へらへらしてる人は嫌い……です
父のことは、昔から苦手だった。いつも母や自分に会いに来ては、優しい言葉をかけてくれるが、その言葉には中身がない。へらへらとうわべだけ取り繕うようなことを言うが、約束を守ったことは一度もない。
物心ついた頃には、母が父の正妻ではなく、父には他に女の人がたくさんいることに気がついていた。それから、父への感情は苦手から嫌悪感へと変わっていた。
母は、父に苦労させられつつ生きていたが、数年前に体調を崩してそのままひと月前に亡くなった。
これからどうしようかと思っていたところに、遠く離れた父から身を引き取るという便りが来た。数日後に迎えが来るという。相変わらず勝手である。それでも、反対する力はない。手紙は火にくべたが、それ以上の抵抗はできなかった。
「あなたがエリナー?あたし、メイベルっていうの。よろしくね」
迎えに来た騎士は、思いの外軽い様子で話しかけてきた。まだ若い女の人だ。この人は怖くなさそうだな、と少しほっとする。
その人の後ろにいるのは、彼女と同じぐらいの年の男の騎士と、もう少し年上で背の高い男だった。
メイベルは彼らを指してにっこり笑う。
「あっちはノアと、背の高い方がウィルフレッドだよ。これからよろしくね、エリナー」
「……よろしく、お願いします……」
小さい声しか出なかったが、三人には聞こえたようだ。ノアは微笑んで「よろしく」と言い、ウィルフレッドは「おう」と手を挙げてみせた。
「よろしくな、お姫様」
「お姫様……?」
「あれ、違うの?護衛護衛って言うから、てっきりどこぞのお姫様かと思ったんだが」
ウィルフレッドはそう言ってしゃがみこみ、エリナーと視線をあわせた。明るい茶色の瞳が僅かに細められ、「ふうん」と唸る声が聞こえる。
メイベルがそれを止めた。
「もう、ウィル。ダメだよ、レディの顔をまじまじ見るなんて」
「ん、そっか。悪いな」
ウィルフレッドの大きな手が頭にのって、ぽんぽんと叩くように撫でられた。
その横から、ノアが身を屈めて話しかけてくる。
「じゃあ出発しようか。荷物は?」
「これ」
エリナーがネコのぬいぐるみのリュックをみせると、ノアは驚いたように目を丸くした。
「これだけ?」
「ダメ……ですか?」
「ううん。少ないからびっくりしただけ。持とうか」
「大丈夫……です」
答えたエリナーの腕から、ウィルフレッドがネコリュックをひょいとつまみあげた。
「あ……!」
「へえ、クロネコ。よくできてるなあ。あんまり実用的じゃねえけど」
「お母さんが……作ってくれたんです。……返して」
そう言うと、ウィルフレッドは素直にネコを返してくれた。
屋敷を出ると、門の前に娘たちが何人か待っていた。知らない人だ。思わず、メイベルの後ろに隠れてしまう。
娘の一人が甘い声を出した。
「ウィル様ぁ、どうして手紙にお返事くれないのぉ」
「何言ってるんだよ。恋人がいるんだろ?」
「でも、ウィル様の方が素敵なんだもの」
「王都に来るなら言ってくれたら良かったのに」
別の娘まで同じように甘い声を出しはじめる。対してウィルフレッドは、愛想笑いを浮かべてそれに応えた。
「仕事で来てるから、そんな遊んでるわけにもいかないんだよ。ごめんな」
「ね、今夜は?久しぶりに飲みに行きましょ?」
「今からもう街を出るんだ。悪いな」
ええーっ!と娘たちが非難の声をあげる。
「そんなのひどいわ」
「文句ならうちの師団長と、行程を決めたこいつに言ってくれ」
ウィルフレッドがノアの首根っこを掴んで娘たちの前に出す。
「ちょっとウィル。俺を巻き込まないでよ」
「だって、行程決めたのおまえだろ?」
「そうだけど……」
言い合う二人を見て、メイベルが笑いながらエリナーに耳打ちした。
「モテる男の人は大変だよね」
エリナーは答えなかった。
嫌悪感がわきあがってくる。
適当なことばかり言って、たくさんの女の人にちやほやされて。
カッコ悪い。
ひどい。
卑怯だ。
お父さんと同じ。
「いや、参った。俺が来てるのを何で嗅ぎ付けたんだか」
娘たちから解放されたウィルフレッドが呆れたようなため息をついた。
「ウィルが昔何かしたんじゃないの。それでずっと見張られてるとか」
ノアに言われて、彼はおかしそうに笑った。
「ああ、まあ一理ある。しかし、後腐れない大人の関係だったはずなんだけどな。ダメだぞ、ノア。こんな大人になったら」
「俺にはそんな器用なマネできないよ」
ウィルフレッドが笑って、こちらを振り返った。
思わず目を逸らす。
娘たちに囲まれてへらへらと笑っているウィルフレッドは、父そのものに見えた。
出会って数刻、エリナーのなかでウィルフレッドは「嫌いな人」に振り分けられた。
「ねえ、エリナー。エリナーは、ウィルのこと嫌いなの?」
負の感情は素直に表に出ていたらしく、二日目の夜に泊まった宿屋でメイベルにそう聞かれた。
「……へらへらしてる人は嫌い……です」
その答えに、メイベルは困ったように笑った。
「王都であんなところ見せられちゃったもんね」
「それだけじゃない、です……」
道々、暇潰しがてらおしゃべりをしていて、どうして騎士になったのか、という話になった。
ノアは生まれ育った街が好きだったから、メイベルは特技を生かしたかったから、と理由を語ってくれたのだが、ウィルフレッドはごまかした。挙げ句、「お姫様を守りたかったからかな」と言い出してエリナーの頭を撫でたが、エリナーはバカにされているとしか思えなかった。