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君は、ただそうして突っ立っているだけで、人様からお金を頂くつもりかね?

作者: 添牙いろは

「君は、ただそうして突っ立っているだけで、人様からお金を頂くつもりかね?」

 壮齢の男性は、青年に対してそう言った。

 青年とて、ただ立っているだけのつもりはなかった。こうして、道行く人に訴えかけ続けてきたのだから。「病気の子どもたちのために、募金をお願いします」と。

 青年は、悔しかった。実際、募金の集まりは芳しくなく、この男性に対して反論できる結果を示すことができなかったのだ。己の、子どもたちのために何かしてやりたい、どうにかしたい、と願う気持ちの大きさに対して、己の力はとても弱く、とても小さなものだったから。

 そんな自分の行動は、年長者には”突っ立っているだけ”と映ったらしい。何もしていないのも同じだと。それが青年にとって、地に膝を屈するほど悔しかった。


 ゆえに青年は、ギターを手に取る。もう二度と、誰からも”ただ突っ立っているだけ”などと言われないために。

 ギターを弾きながら、青年は歌い続けた。自分の無力さと、それでも、一人でも救いたいと願う想いを。

 最初は、誰に見向きもされなかった。肩から掛けていた募金箱をギターに持ち替えたことで、一円も得られなかった日もあった。

 それでも、毎日毎日続けることで、少しずつ人々に耳を傾けてもらえるようになり、曲と曲の合間には、以前とは比べ物にならないほどの募金を得られるようになっていた。

 青年は喜び、そして、そのきっかけを与えてくれた壮年の男性に感謝した。この活動を続けていけば、より多くの子供たちに薬を届けてもらえるだろう。

 旋律を変え、歌詞を変え、青年は歌い続けた。社会に訴え続けた。その想いは一人ひとりに伝わり、いずれは大きな力になると信じていた。


 そんなある日、一頻り演奏を終えた青年の下に五百円硬貨を握り締めた少女が近づいてきた。

「ネットで見て、生演奏を聴きに来ました!」

 青年は、携帯で自分の演奏を撮られていることは知っていた。しかし、インターネットで流されていることまでは知らなかった。

 青年はこの手の事情に疎かったが、自分の活動に興味を持ってくれるきっかけになったのなら、悪いことではないのだろう、と考えた。

 少女は硬貨を青年の足元の募金箱にそっと置くと、こう尋ねた。

「CDとかは無いんですか?」

 青年に、その発想はなかった。自分はただ、募金箱の代わりにギターを担いでいただけなのだから。

 インターネットで流れているのなら、それを聴けば良いのでは、とも思った。しかし、こうして記憶媒体を欲する人がいるのなら、作ってみるのも悪くないのでは、と軽く考えてみた。

 しかし、青年はその費用を調べてみて愕然とする。自分の歌のCDを作成する金額で、一体何百人の子供たちが救われることか!

 ここで青年は、発想を逆転させる。自分は今まで、子供たちのための医療費を募ってきた。ならば逆に、自分のCDを欲する人に、自分が製作費用を募ってみてはどうだろうか。


 調べてみたところ、様々な人々が、様々な企画に必要な予算を募っているサイトがあることを知る。青年も、そこに登録してみることにした。金が集まれば、作ればいい。足りなければ、作らなければいい。

 募金してくれた人には、そのお礼として製作したCDを贈らなければならないが、作成する枚数が増えれば増えるほど、一枚あたりのコストは安くなる。集まる金額が増え、一枚あたりの製作費用が安く済めば、より多くのCDを焼くことができ、その売上は子供たちの薬代にもなる。

 青年は、これはとても良いことだと考えた。


 実際自分の募金を始めてみると、子供たちへの薬代よりずっと集まった。最終的に、応募者数の倍以上の枚数のCDを作成することができた。それらを募金者たちに一枚ずつ送り届け、残りのCDは、募金活動の傍らで売っていくことにした。

 かつて、ギターの代わりに募金箱を持っていた頃は、一円を得るのも本当に苦労した。今、若者が街頭で歌う度に、その頃には信じられないような金額が、自分の手元に集まるようになっていた。余ったCDも少しずつだが着実に売れていった。


 青年は嬉しかった。それまで以上に熱心に街頭募金を続けていった。

 しかし、それを咎められる日が来るとは思っていなかった。


 その日もいつもどおりギターを片手に子供たちへの寄付を募った。世界の惨状を訴えた。多くの人たちが訪れ、硬貨や紙幣が箱の中に集まってきた。

 最後の一曲を終えて、家路につこうと後片付けをしていると、警察と思われる男性が青年に声を掛ける。

「お尋ねしますが、イベントの許可は取られていますか?」

 青年は、最初は何のことだか判らなかった。街頭募金を集めるのに警察への手続きが必要などと考えたこともなかった。

 どうやら、青年が募金を行っていた場所は駅の敷地の中だったようだ。これまでは駅長の好意によって黙認されてきたものの、最近人が集まりすぎて、駅の利用者に不都合が生じるようになってしまい、やむなく警察に相談するに至った、とのことだ。

 青年はショックを隠しきれなかった。折角ここまで続けてこれたのに、他の場所を探さなくてはならなくなってしまった。しかし、募金活動をさせて欲しいと頼んでも、ここと同じように断られてしまうかもしれない。青年は、この先がとても不安だった。

 青年と警察のやりとりを近くで聞いていた募金者の一人が、二人の間に割って入ってきた。

「もし宜しければ、うちのライブハウスで演奏して頂けませんか?」


 この募金者の話によると、この人が経営する店では、自由に楽器を演奏して良いどころか、そこで演奏するだけで多額の寄付をしてもらえるらしい。そんなうまい話があるものか、と疑いもしたが、他に行くところもなかったし、青年はこの人の話に乗ってみることにした。

 店の人に指定された日時に赴いてみると、そこは募金とは程遠い場所だった。様々な楽器を手にしてギラギラした自分と同じくらいの人たちが、狭い室内にひしめき合っていた。

 青年は、自分は場違いではないだろうか、と憂慮していた。しかし、ここで自分がやりきれば、子供たちが救われる。そう信じて、自分の演奏順を一人待ち続けていた。

 もうじき自分の番が回ってくる、と青年は緊張に身を震わせた。そこに、一人の女の子がやってくる。少し前に部屋を出て行った女の子グループの一人だ。青年は、忘れ物でもしたのかと思ったが、彼女の目的は、青年本人だった。

「あの……私たちもCDを作りたいんです!」

 時間がないので軽く話を聞くと、彼女もまた、青年のCD製作の際に募金してくれた一人で、自分も同じようなことをしてみたい、とのことだった。

 残念ながら青年の出番は目前で、それを説明するには時間がなかった。しかし、その僅かな会話が、青年の緊張を解してくれた。青年は、この女の子に感謝した。そこで、自分の演奏が終わった後、ゆっくり話がしたい、と伝えた。

 青年が言われたとおりに舞台に上がると、そこは夜の駅前より暗く、何倍もの人で溢れかえっていた。それでも、女の子のお陰で青年は緊張することなく自分の想いを訴えることができた。万雷の拍手で見送られ、店の人からも約束の募金額を頂くことが出来た。青年は、とても満足していた。


 青年は女の子との約束を守るため、彼女の姿を探していると、彼女らはロビーに座って待っていた。四人組の子たちだったが、皆青年のCD製作の協力者たちだった。このような形で巡り会えたことを、青年は嬉しく思った。

 ファミレスに場所を変え、青年は女の子たちと会話を交わした。彼女らの話によると、青年の顔と名前は、ネット上でかなり広まっているらしい。青年がCD製作の際に多額の寄付を集められたのは、そのためだったようだ。

 しかし、彼女らには青年のような知名度がない。自分らが歌うCDなど、欲する人はいないだろう、と彼女らは残念そうに言った。

 楽器を整え、ライブハウスに出演し、とお金がたくさん掛かり、製作費用まで回らない、と彼女らは嘆いていた。親譲りのギター一本で募金活動を行ってきた青年は、自分とは違い、音楽活動とは実に大変なのだな、と驚愕した。

 それでも、青年は何の心配もしていなかった。何故なら、彼女らの演奏はとても上手だったから。

 彼女らは、自分たちのCDを作る協力してくれたら、青年の募金活動にも協力してくれる、と約束してくれた。それで、青年は彼女らに力を貸すことに決めた。

 彼女らは、青年に詞と曲を求めた。それを彼女らが歌い、そのCDを作りたい、と申し出たのだ。青年は二つ返事で承諾し、彼女らに必要なものを用意した。募金のサイトでは、自分の名前で金を集めつつ、歌が上手な彼女らを広く紹介した。

 青年が思った通り、彼女らの歌声は多くの人々に受け入れられ、青年よりも遥かに多額の寄付を集めることができた。彼女らもCDを作ることができて嬉しそうだったし、青年も、自分が歌うことなく子供たちの医療費を得ることができて、とても助かった。

 この成功談を目にして、僕にも、私にも、と青年の詞や曲を求める人々が殺到した。青年は忙しくもこれに応え、たくさんの人々を幸せにしていった。


 青年は、楽曲を提供する傍ら、若者の音楽活動を支援していった。自分が優秀だと感じたバンドには自ら曲を提供し、それを通じて演奏の機会を与えた。

 青年はもう、募金のサイトは利用していなかった。知り合いのツテで自分用のサイトを開設してもらい、独自に集金するようになっていた。手間暇は掛かるが、その方が管理費は格段に安く済んだ。


 青年は、多忙を極めていた。

 送られてくるバンドたちの演奏に耳を通し、演奏に応じてもらえるライブハウスと提携し、著作権管理団体と掛け合った。扱う金額が増え、必要な事務手続きと、それに必要な書類の作成にも手間を取られた。

 青年には、もはや演奏どころか、街頭に立つ時間すらなかった。彼の抱える作業量はとても一人でこなせる規模ではなくなっていた。そこで、自分の代わりに楽曲を作ったり、バンドの選定を行ったり、書類の作成や事務手続きを代行してくれる人を募った。

 人が増えれば、人同士の揉め事も起きる。青年は、もう二度と駅前で犯したような迷惑を掛けたくなかった。そこで、法律の専門家に相談し、組織としてのルールを定めていった。

 青年の下に多くの人と金が集まり、彼は自分の目に映る人々と、目の届かない子供たちの幸せのために、働き続けた。


 それから何十年もの時が流れた。

 青年も歳を取り、いつの間にか代表取締役、という肩書がついていた。

 アーティストだけでなく、事務処理のための従業員も何千人と抱えていた。それでも、彼は最初の志を見失ったことは一度もなかった。今では子供への薬だけでなく、地球環境を保全することも回りまわって子供たちのためになると信じて、様々な団体への寄付を行っている。感謝状もたくさん頂いた。これを受け取る度に、それだけ救われた子供たちがいることを喜ばしく思った。

 彼は、送金するだけでなく、実際に世界各地へ飛び回り、子供たちの世話をしたいと考えていた。今の彼にはそれだけの力があった。しかし、それは許されなかった。今の彼の身は彼だけのものではなく、彼の下に集った何千人もの従業員のものでもあるのだから。

 彼は今日も世界各地を飛び回る。従業員の生活と、地球と世界の子供たちのために。

 一週間ぶりに日本の本社に戻った彼は、久々に近所の定食屋で昼食を摂ることにした。午後からは新人採用の最終面接が控えているためあまり時間はないが、こうして下町を歩ける機会も少ないので、何とか時間をやりくりして、一時間の空きを確保した。

 途中、駅前を通りがかると、一人の青年が募金箱を片手に大声を張り上げていた。

「病気の子どもたちのために、募金をお願いします!」

 丁度、今日の午後に面接する若者と同じくらいの年頃に見えた。うちで働けば、ここで募金箱片手に寄付を募るより、余程良い給料を払うのに。そう思うと、この若者の行動がとても勿体無く思えた。

 ゆえに、彼はかつての自分に、こう声を掛けた。

「君は、ただそうして突っ立っているだけで、人様からお金を頂くつもりかね?」


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[一言] 面白かったです
[一言] タイトルの言葉を言われた青年は、音楽で成功してとある若者に同じ言葉を言う。 そうして、またその若者が成長するんでしょうね。 タイトルを活かした良い作品だと思います。 短編だからなのか、内容…
2014/01/01 20:11 退会済み
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