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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【王城】編
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一夜の始まり(2)




 初めて何かしらの強制参加から逃れられるかもしれないと頑張ったものの、数の暴力と親友の裏切りによって実現せず、私は縄で縛られ担がれるという前代未聞の状態で登城を果たした。

 強要されたのはこの日催されるらしい夜会の出席でありながら、まだ昼にも関わらず城へと直行である。

 おかしな話だ。騎士服で良いなら少しは心が軽くなるも、周りが許してくれるわけがない。そうなると、シール家での攻防が仇となる。

 カティアさんから事あるごとにドレスを作れと言われ、今までずっとベディーナの存在を知らせずに無理だと言い、なし崩しで後回しにしていたのだ。もし勝手に作っていて、それを着なければならないのだとすれば、とんでもない地獄が待っていることになる。

 で、城へそのまま連行された理由だが、それは道中でロイドがあっさり教えてくれた。


「んなの、逃げられないようにする為に決まってるだろ」


 自分でも成程と思ってしまうぐらい、これ以上ない説明だ。

 でも、私の到着を今か今かと待っていた存在は予想外すぎた。


「んじゃ、後はよろしくお願いします」

「ご苦労様でした。すごく助かったわ」

「いえいえ、俺もこいつが出てくれないと困るんで。つーわけで、レオ。お前はとことん目立って、周りの視線を独り占めしろ。あ、エイプリルには近づくなよな」

「ちょ、待て! おいこら、ロイド!」


 城内の一室に放り込まれ、満面の笑顔で迎えてくれた人を見て呆然としていれば、あっという間でロイドが去ってしまう。

 閉められた扉の音が、私の心へどれだけ無情に響いたことか。

 しかし、憂さ晴らしに悪態を吐くことさえままならない。床に転がる私の頭上に降り注ぐ視線が、とんでもなく怖かった。


「久し振りね、レオちゃん」

「おひ……さし、ぶり……です」

「貴族にとって、夜会はとても重要なものだと分かっているでしょう? 国王陛下が主催となれば、特にね」


 怒ってる。あのジョゼット様がお怒りだ。

 たぶんその半分は、復帰後から届くようになった再三のお誘いを断り続けてきたことが原因だろう。本気で忙しくて時間が無かっただけで、けして故意にそうしていたわけではないけども。


「いや、しかしですね。私はまだ未熟で、そのような場に出ても粗相をするだけかと」

「あら、おかしいわ。たったの二週間で、わたくしから及第点を取った子は誰だったかしら」


 あ、駄目だ。これは勝てない。

 というか、機嫌の悪い女性に口答えしたこと自体が愚策である。

 この全身に圧し掛かる重い空気に、世の男たちは日々晒されているのか。そりゃ愚痴りたくもなるってものだ。

 今のジョゼット様には、どれだけ私が正論を言っても黒が白になることはない。そんな気がする。


「そうね……。では一応、他の意見も聞いてあげましょう。カティア、あなたはどう思う?」

「エレオノーラ様は、すでに最低限の作法を身に付けられておられます」

「ハルト様のお顔に泥を塗る可能性はあるかしら?」

「冷静でおられる限りは、まずあり得ません」


 ひっそり世の男たちに同情していると、ジョゼット様が必要のない止めを刺しにきてくれた。

 しかし、どちらかといえばカティアさんの追い討ちの方がダメージが大きい。でもって、出来ることなら色々と異議を申し立てたい。

 最低限って言うけどな、それを身に付けるのがどれだけ大変だったか。習得するまで禁酒させられただけでなく、課題を達成しなければ食事すらもらえなかった。しかも、本部の食堂や仲間にまで協力を要請する徹底さ。

 どこに誰の目があるかも分からず、怖すぎて買い食いをする気すら起きなくて、餓死はご免だと必死になるしかなかった。

 そんな扱いや冷静な場合と限定する辺り、カティアさんもこの短期間でだいぶ私のことを理解している。


「だ、そうだけれど?」

「……出ます。出させて下さい」


 この場には、そんなカティアさんとジョゼット様がいるのだ。一瞬でも反抗を試みた私が馬鹿だった。

 そうしてやっと、ジョゼット様の空気が普段の柔らかいものへと戻った。

 どれだけ私を出席させたいんだよと、首謀者に対して恨みを抱く。シール卿が相談してイースも一枚噛んでいるのか、もしくはあいつが望んでいるのか。なんにせよ、この人選は効果が抜群だ。

 ところで、放り込まれた際にまだ他にも居たような気がしたのだが、誰だろう。

 ま、それよりも前に、手足の縄をどうにかしなければ。縛ったのがロイドというか黒騎士でなければ、自力でどうにか出来るのだが……。


「カティアさん。白騎士か誰か、男手を呼んで来て下さい」

「あら、どうしてかしら」

「縄をほどきたいので」

「それぐらい、わたくし達でも出来るわ」

「いえ、仲間が縛ったので、女性では無理ですよ。刃物を持たせるわけにもいきませんし」


 私がカティアさんに願い出ると、何を思ったかジョゼット様が縄を解こうと動かれる。

 が、言った通り、固くて無理だとなぜか楽しそうに笑った。


「ふふ……。レオちゃんってば、紳士なんだから」


 そして、止める暇なく腰の短剣を抜き、握らせてきた。

 ここは、さすが騎士の妻だと思っておこう。人を呼ぶのは手間なわけだし。

 深く考えずさっさと縄を切ると、ようやく床とおさらばできた。強張った筋肉を解すように手首を回す。服の上から縛られていたので跡が残ることは無かった。ロイドも、そこら辺は気を使ったのだろう。


「それで、今回もジョゼット様のお世話になる形なのでしょうか」

「というよりも、わたくしがハルト様にお願いしたのよ。レオちゃんったら、全然構ってくれないのだもの」

「……忙しくて」

「ええ、分かっているわ。といっても、わたくしも準備があるから、今日は洗ってあげられないのだけれど。その代わり、一緒に入りましょ」

「は? 一緒に、ですか」

「そうよ。さ、カティアとアデラも手伝って」


 それから苦笑混じりでジョゼット様に問いかけると、とんでもない言葉をもらってしまった。

 さらには、止める間もなく続きの部屋へと向かってしまわれる。

 まさに唖然だ。カティアさんまで、ここで立ち止まっていれば私が駄々を捏ねると思ってか、にこやかに「お待ちしております」と言ってジョゼット様を追いかけていく。


「あー……。とにかく、アデラ嬢が元気そうで良かった」


 だから私に出来たのは、一人残ってくれた最後の人物へ声を掛けるという現実逃避のみ。

 今気付いたと明白だろうが、大目に見て欲しい。

 アデラ嬢は背後に立っていたので、ゆっくりと振り返り微笑みかける。

 彼女と会ったのは、潜入の際に手伝ってもらった一回きりだ。つまり、ほぼ一年振りとなる。

 あの時は、そばかすと飛び跳ねるお下げが愛らしい子で、どこかそそっかしく抜けている印象だったが、素直な感想を挙げればとても綺麗になっていた。髪型は前と同じでも、薄く施された化粧がそばかすを隠し、お仕着せに負けていない。

 随分と修行を積んだようだ。あの頃には無かった高い家柄の使用人に相応しい落ち着いた雰囲気がある。

 まあ、当然か。たとえ私を気遣ってくれたのだとしても、登城に付き添わせても問題ない状態でなければ、ジョゼット様は選ばないだろうから。


「お心遣い、痛み入ります」


 ただ、複雑でもある。

 顔を合わせた時に気付いたが、私とアデラ嬢の間には、以前にはない壁が出来てしまっていた。

 こうやって態度を改められる度、否でも自分の立場を実感させられる。仲間の黒騎士がむしろ例外というべきか、今まで酒場で気軽に肩を組み合うような付き合いのあった一般人でさえ、戦々恐々とする者がいるのだ。

 もちろん、アデラ嬢が正しいのは分かっている。特に彼女は、バリエ家の使用人として、たとえ私が現在でも流れ続けている――むしろ強くなった――噂通りの悪女であっても、粗相のないよう努めなければいけない。

 だから、これは私が我がままなだけだ。困らせてしまうだろう。

 それでも今日は、すでに精神的疲労が大きいので我慢してもらいたい。これからジョゼット様と裸の付き合いをしなければならないのだし。

 というわけで、深々と下げたままな頭へ向かい口を開く。


「これからもとは言えない立場に私がなってしまったけど、せめて今だけは、前と同じようにしてもらえると助かるかな」

「しかし――」

「大丈夫、ジョゼット様には私が怒られるから。ちょっと心がささくれ立ってて、癒して欲しいんだよ」


 すると、ガバッと表現するのに相応しい勢いで顔が上がり、心なしか瞳を潤ませてアデラ嬢が私の両手を掴んだ。


「お久しぶりですー! もうお会いできないかと思ってました」

「無事、ジョゼット様の修行を生き残った様で良かった」

「そうなんですよ! あの後、奥様の恐ろしさに何度挫けそうになったことか」


 前言撤回。やはりアデラ嬢は、アデラ嬢だった。

 それからは、少しばかりジョゼット様からお小言をもらいつつ、カティアさんも加わった四人で和気藹々としながら湯船に浸かることができた。

 はたして、同性と過ごす時間がいつ以来だったのかは、考えたくもない。とことん私は、ムサい場所にいるのだなと実感してしまったのは余談としておこう。

 そして、苦行に身構えながら風呂から上がると、そこには新たな人物が待ち受けていたのである。




 □□□




 頭の上からつま先まで余すところなく磨かれ、アデラ嬢の技術が向上しているのを実体験したのだが、中々に気持ちがよかった。

 もちろんカティアさんは、ジョゼット様を十分に満足させていた。ちなみに配置が逆だったのは、私がそう頼んだからである。

 それから下着のみを身に付けて最初の部屋へと戻ったわけだが、その声が聞こえたのは、扉がしっかりと開き相手と目が合ってからだ。


「美しさこそ正義! 美の使者ヴィーナ、お呼びによりここに登場!」

「アデラ嬢、閉めて下さい。不審者です」

「え? え?!」


 栗毛の髪を襟足辺りで切り揃えた髪型に、丸いフェルト生地の帽子を被り、良く言えば独特の、悪く言うと奇抜な服装のそいつのことは良く知っている。

 右手を突き出し、勢い勇みすぎているのか鼻息を荒くした得意満面な様子には、今日一番の苛立ちが生まれた。

 まったくもってお呼びではない。というか、速攻で変態の森へ帰れ。そう叫んで引きずり出したかったが、私の思わずの言葉で狼狽えるアデラ嬢が可哀想になり、ひとまず三人より前に立つ。

 そして、腕を組んでこれでもかと微笑んでやった。もちろん、アデラ嬢とは違って悪魔と言われる方でだ。


「なんでここにいる。――ベディーナ」

「いつになったらヴィーナって呼んでくれるのよぅ。レオこそ、相変わらず良い乳してるわね!」

「二度言わせるつもりか?」

「あんたのドレスを作れる職人は、私しかいないでしょうよー」


 だめだ。いつも通り、意思疎通がままならない。

 蹴り飛ばしてやろうか、この女。

 すると、背後からジョゼット様が飛び出し、あろうことかベディーナと手を取り合って跳ね始めるではないか。


「ヴィーナちゃん、待ってたわ!」

「きゃあ、奥様! お久しぶりですぅー。今日も素晴らしい美少女っぷり、ヴィーナ涎が止まりません!」


 ……ああ、そういうこと。

 二人の様子に、とりあえず最初の疑問は解決した。

 しかし、だ。すると今度は、いつの間に出会っていたのかという話になる。

 ベディーナのことは、確かに紹介すると言っていたが、今の今まで先延ばしになっており機会は無かったはず。だというのに、知り合うどころかかなり仲良くなっているのだから頭が痛い。


「レオちゃんったら、怖い顔しないの」

「そうよ、そうよぅ。ただでさえ、あんたは宝の持ち腐れなんだから」


 こらえきれず舌打ちすれば、ベディーナもやっと、私の機嫌が本当に悪いことを悟ったらしい。

 そのくせ、あからさまに肩を竦めてため息を吐くのだから、よほど死にたいと見える。ジョゼット様が居るので私が耐えると分かってやっているのだろうが、後で覚えていろよ。


「奥様とは、西街の新しい孤児院でお会いしたのよ」

「そうなのよ。金銭面でお手伝いしていたから遊びに行ったら、丁度ヴィーナちゃんも居てね。声を掛けられた時には驚いたけれど、すっかり仲良くなって今日の事もお願いしたの」

「まさかレオと面識あるなんて思わなかったから、私もびっくりしましたよー」

「もう運命としか言えないわよね」

「ええ! もう私、奥様に会った瞬間ビビッと来て。レオも、笑えるけど貴族になったし、これはもう私の時代の到来としか思えないわ。ほんと笑えるけど」


 とりあえず、経緯は理解できた。強調するように笑えると二度も言われたが、そこはもう面倒くさいので言及しないでおく。

 それにしても、もはや受け入れるしかないのだろうか。この世は、ことごとく私を平穏から遠ざけたいのだと。

 だとすれば、色々と思う所はあっても、物事をとことん肯定的に捉えていくしかない。そろそろ悟ってきた。事実、ベディーナのおかげで、ドレスへの不安は無くなったわけだし。


「なら、さっさと用意を始めろ。お前の好きにして良いから」

「まじ?!」

「むしろ私に任されても困る。ただし――」

「装備についての文句は受け付けない、でしょぅ?」


 そうして、心もち首を振りながら姿見の前まで移動すると、ベディーナが私の言葉を引き継ぎながら得意気に笑う。

 すると、そんな私たちを楽しそうに見ていたジョゼット様が、おもむろに両手を叩いて緩んだ空気を一瞬で変えてきた。


「さあ、それでは支度をしていきましょうか」


 とはいえ、様々な話を――私へ集中的に質問が飛んでくる形で――しながらだった為、室内で声が途切れることはなかったわけで、準備が終わる頃にはすっかりやつれた自分と対面することになる。

 本番よりも前哨戦の方がよほど手ごわく、初めて自分の体力を恨めしく思ってしまった。




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