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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【王城】編
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一夜の始まり






 息を殺し、気配を探り、走る、走る――

 人目につかない路地裏から大通りを覗けば、自然と舌打ちが零れた。


「居たか?!」

「いねぇ。たくっ……、どこいきやがった」

「おい! 魚屋のおっさんが、あっちで見かけたってよ」


 野太い声とでかい足音が遠ざかっても警戒は解けない。

 現在、王都は敵の巣窟と化している。追手の数は増えるばかりで、まだ陽の高い日中であることも相まって、私は窮地に立たされていた。


「こうなったら、頼れる奴はおばばぐらいしか……」


 歯噛みしながらなんとかこの状況を逃れる案を考え、視界の隅に入り込んだボロ布を拾って羽織る。

 悪臭に顔を顰めたのは一瞬。長居はできず、再び駆けだした。

 そもそも事の始まりは、出勤直前にかけられた使用人の言葉だった。


『本日はお休みではありませんでしたか?』


 普通ならば、うっかり間違って把握していたのかと思ったはずだ。

 しかし、今の私にとって、休日ほど無縁な存在はない。だからそれを聞いた瞬間、嫌な予感を抱き、急いで本部へ向かった。

 おそらくだが、本来ならば何も知らずに出勤した私を、ウィリアム副団長が確保するという作戦だったはずだ。つまり、いつもの急襲だ。

 ところが今回は、日課のジョギングを省いたことで時間がズレ、顔を合わせた夜勤の仲間により、自分が置かれている状況を知ることが出来た。


『とうとう社交界デビューってやつか』

『歳的にはとっくに行き遅れってのが、また笑えるよな』


 彼らにとっては新しい笑いの種でしかなかったのだろうが、当事者である私は違う。

 だから、からかいながら肩を叩いてくる手を振り払い、詳細を聞くこともなく踵を返した。まさしく脱兎のごとく逃走を開始したのである。

 その結果がこれだ。街の連中は新しい訓練だと思っているようだが、まさか仲間に追いかけられることになるなど……。

 今日の予定がよほど重要と見える。ここまでするのだから謁見と並ぶものであるのだろう。社交界デビューという言葉で、大体の予想は付いているが。

 だからって、大人しく捕まる私ではない。というか、予想通りなのだとすれば、まじで勘弁したい。

 このまま逃げ続けられれば、知らなかったという言い訳が通用するのだ。このチャンスをみすみす無駄にしてたまるか。

 ――というわけで、なんとか仲間たちの目を掻い潜り、苦肉の策としておばばの家へ辿り着くことが出来た。

 ここだけは、外観から雰囲気から何も変わらない。季節柄、庭の木々に実が生っており鮮やかに色づいているので、少しは親しみが感じられるけども。

 門番よろしく座り込んでいる灰の小人によって訪問の許可を得た後、古びた扉を開いた。


「あ! 姉御、久し振り~」

「今日はやけに人が少ないな」

「日中だもん」


 そして中には、末の小人とおばばしか居なかった。

 珍しいと言いかけ、納得する。そういえば、夜以外で来ることが無かったな。

 というかこいつ、まだ生きてたのか。いい加減くたばっていてもおかしくないのに。

 それからおばばの方を向くと、いつもの定位置で寛いではおらず、暖炉に火を点している最中だった。


「邪魔するぞ」

「ここは、高貴な輩が出入りする場所ではないんだがね」

「本気で私を高貴だと思ってんなら、そろそろお迎えが近いんじゃないか?」

「ひっひ。灰と藍の言葉を借りれば、お前さんが新しい騎士団の長で伯爵など世も末よ」


 やはりここは、西街が変わろうとも関係ないようだ。陰気で奇怪なままである。

 いい加減、鼻が曲がりそうだったので、ボロ布をそこらに放り棄て、天井に吊るされている薬草を眺めながら本題へ入ることにした。


「しばらく匿ってくれ」

「姉御の周りってば、なんでいつもそんな騒がしいわけ?」

「うるさい。お前の部屋、検めてやっても良いんだぞ」

「ごめんなさい。でも、全員ちゃんと誓約書あるから、あれは取引であって――」

「黙れ、変態が」

「ていうか、なんで姉御がそれ知ってんのさ!」


 さっそく邪魔されたが、例の性癖に関して家探しを仄めかし一睨みすれば、ひとまず黙らせることに成功する。

 焦った声に驚いたのか、末の小人が窓際で餌を与えていた小鳥も飛び去っていった。


「相変わらずお前さんは、儂を都合よく使ってくれる」

「その分、対価はしっかり払ってるだろ」

「ひっひ、まあ良いさ。見張るにしても、近い方が楽だからねぇ」


 今日のおばばは、機嫌がかなり良いらしい。それがやけに引っかかる。

 しかし、時間が経つごとに包囲がきつくなっており、闇雲に逃げ回るよりかはここの方がよほど安全だ。

 ところが、この選択は間違いだったと気付かされることになる。


「それにしても滑稽、滑稽。その様子では、果たしていつまで持つ(・・)かどうか」

「何がだよ」

「さあねぇ。ともかく、今後も儂と付き合うというのなら、自分が貴族であることを忘れるんじゃないよ」


 おもいっきりはぐらかしてきたのが、おばばなりのヒントでなけなしの慈悲だったのだろう。魔女は調整者(バランサー)だと教わっていなければ、きっと首を捻るだけで終わっていた。

 表と裏、その両方に影響力があるのは、やはり貴族である。となれば、繋がり(パイプ)を持っていないわけがない。

 でもって、私以外で西街に出入りしていた条件に見合う人間を一人だけ知っている。言わずもがな、自由人のイースだ。

 だから、おばばの背後を見て、盛大に悪態を吐いた。


「くっそ、やられた」

「ひーっひっひ! あちらさんは、お前さんとは比べられないほど羽振りが良いからね」

「そりゃそうだろうよ!」


 暖炉を使うには、まだ早い季節。おそらく煙が合図で、さらに言うと、末の小人が餌をやっていた鳥は伝令用だったのだろう。小鳥だったから油断した。

 機嫌が良いはずだ。私がここを頼ることなど、逃走が悟られた時点でお見通しだったわけか。

 なら、長居する理由はない。

 どうやら確保を依頼されているわけではないようで、踵を返しても、おばばと末が止めてくることはなかった。


「邪魔したな」

「姉御ってさ~、ほんと人生満喫してるよね」

「次来る時は、お前の逮捕状と一緒にだな」

「えっ?!」

「ひっひ、それならば歓迎しようかね」


 珍しくおばばから好意的な返事をもらい、それを背に外へ出る。

 そのまま灰の小人への挨拶を適当に、再び街を彷徨うしかなかった。

 これで完全に行く当てを失ったわけだが、さてどうするか。相変わらず視界には、ひっきりなしに私を探す仲間の姿が映る。

 西街に居ることがバレてしまった以上、橋を押さえられていると考えた方が良い。


「ベディーナの店……。いや、そこもロイドが知ってるからな」


 困った、ほぼ詰んでいる。

 道と呼べないほど狭い建物の間で一人唸るとか、一歩間違わなくても不審者だ。気晴らしに空を仰いだが、見慣れた伝令用の鳥が見えてしまい逆効果にしかならない。

 そして視線を戻し、周囲を窺おうと薄暗いここから陽の光が当たる場所を見た時だった。


「…………あ」


 小動物染みた大きな黒い瞳と思いっきりぶつかる。

 よりにもよってテディに見つかってしまうとか、今日は確実に厄日だろう。

 一瞬だけお互いに固まり、私は慌てて背中を向けた。

 が、すぐにしゃがれた声が響き渡る。


「見つけたあああああ!」


 テディの奴、剣を抜きやがった! やばい、逃げきれる気がまったくしない。

 エドガー様が技術的な天才だとすれば、テディの場合は本能で他と一線を引いている。個人戦に於いてはゼクス団長ですら舌を巻くぐらいだ。私では相手にもならない。

 その代わり、仲間との連携がとことん苦手なのだが、それを今言ったところでどうしようもないだろう。

 ていうか、失敗した。こんな場所に隠れるんじゃなかった。私の確保という馬鹿らしい理由で街に出ているとはいえ、単独なわけがない。最低でも二人組なはずだ。なのに相棒は居らず、しかもテディと組めるのは私以外だと一人しかいない。


「よっしゃ、でかした!」

「やっぱりお前か!」


 せめて回り込む前に広い場所へ出ようとしたが、それは叶わなかった。

 おそらく、建物が一軒だけで並んでいてすぐに合流できるからと、もともと分かれて捜索いたのだろう。危惧した通り、反対側からロイドが現れた。まんまと挟まれてしまった。

 でも、テディはともかくロイドなら、十戦中二勝はできる。しかも今なら、暗器を使えるからより勝算があった。

 他からすれば笑いごとでも、こっちとしては由々しき事態なので、遠慮なく針を投げる。

 大丈夫だ。くらっても、少しの間眠るだけで問題はない。


「うぉっ?!」

「ちっ、避けんなよ」

「いやいや、んな無茶な。つーか、レオ! 今すぐ本部に戻れ。ちなみに、ゼクス団長とウィリアム副団長命令だからな」

「断る。どこに行こうが、休みなら私の勝手だろ」


 残念ながら命中させられず、狭すぎて剣も抜けず、勢いのまま殴りかかるしかなかった。

 ロイドはそれをあっさりと真正面で受け、私を拘束しようとする。

 焦ることしかできない。背後からはテディが迫っていて、しかもあいつの体格ならすぐに追いつくだろう。

 でもって、さっきの大声により応援も駆けつけるはずだ。

 まじで終わったな。一人ぐらい、同情して手を貸してくれたって良いだろ。

 ロイドの腕や足をいなし、私の方もいなされながら舌打ちを零す。

 無駄な抵抗は結局、テディが背中に切っ先を突き付けたことで終わりを迎えた。


「手間かけさせんじゃねーよ。訓練時間が無駄になったし、まじありえねー」

「あり得ないのはこっちのセリフだ。訳も分からず仲間に追いかけまわされた挙句、縛られる身にもなれ」

「逃げなきゃいいだけだと俺は思うが、そこで大人しくしないのがレオだからなー」


 まともな道に出てから腕を縛られ、座らされ、部下に見下ろされるこんな私が貴族とか、つくづくこの国は大丈夫かと思う。どんどんと周囲に人が集まり、さらし者になりかけている。

 でもってテディは、腹が立っているのは十分に伝わったから、そろそろ剣を収めて欲しい。喋る状態のこいつだと、手が滑ってってことが本気であり得るから怖い。


「で、なんで私は追われてたんだ。計ったように今日が休みになってるし。出来れば聞きたくないけどな」


 ともかく、気を持ち直してロイドを見上げる。

 すると、やはり厄介な事が待っていた。


「今日、城で夜会があるんだと。で、それに出るので休みにしたらしい」

「断る、嫌だ」

「なら俺は、それを断る」

「お前……! お前だけは、私の味方だと思ってたんだぞ!」


 しかもロイドは、人の全力な訴えをあり得ない理由で断ってくれる。

 お前が口を尖らせた所で、腹立たしさが倍になるだけだ。


「んなこと言ってもなー。彼女とお前なら、そりゃ彼女の方が大事だろ」

「はっ、だっせぇ」


 背中からのテディの嘲笑が止めだった。

 でもって、どこのどいつだ。縄で縛られた私の姿を見て、とうとうこの日が来たかとか言った奴!


「今日の城での夜会に、エイプリルも出るんだよ。お前が居れば安心だからな。てなわけで悪いけど、今回は俺もお前の敵だ」

「私は生贄か」

「さすがレオ! 話しが早くて助かるな」

「俺ならこんなのに釣られないけど」

「テディ! てめぇはいつも一言多いんだよ」


 それから私は、多くの目に晒され、仲間たちにどつかれたり笑われたりしながら、ロイドに担がれ城へと連行されてしまった。

 道中で、腹いせとして何度も腹へ膝蹴りをかましてやったが全然足りない。せいぜい明日からの数日間、痣で苦しめば良い。

 しかも、だ。これだけでも十分だったのに、この騒動は始まりに過ぎなかった。

 この一夜は、ある意味人生で最も衝撃的な時間であった――







 更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

 最後の舞台はお城です。

 次話では久し振りに、おさげをぴょこんとさせる彼女が登場です。

 



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