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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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連続する予想外(3)




 肩身の狭い思いをしつつ、それでもなんとか半分の一週間を乗り切った。

 私にとって作戦当日は、多大なストレスからの解放でもある。しかし、折り返しとなった今、本音を言えば耐え切れるかどうか微妙なところだ。

 何も知らない連中からの嫌がらせは、上司の手ほどきに比べれば可愛いものなので構わない。問題は満足のいく鍛錬が出来ないことだった。

 城から出られないせいで、長年の日課であった毎朝の城下マラソンはできないし、相手がいないせいで打ち合いすらままならない。これは死活問題だ。

 ダンスは見事合格点をもらえ、お勉強も後は暗記が主なのでジョゼット様に教えて頂くことは少なくなった分、時間が取れてしまうことが物足りなさに拍車をかける。

 けれど、唯一付き合ってもらえる可能性があったジャン様とエドガー様には、すでにあっけなく拒否されてしまっている。エドガー様になど、必要ないとまで吐き捨てられた。そんな資格はないとも言われたな。さすがのこれには本気で腹が立った。

 ほんと、なんでここまで嫌われなければならないのだろう。

 私が女だから? それとも平民だからか。……どちらもなのだろう。だからといって、こればっかりはどうしようもない。

 私だって、身分はどうでもいいが、出来ることなら男に生まれたかった。騎士になってからというもの、そうすれば負わずに済んだ苦しみが沢山ある。その反面、女だったからこそ出来た事も同じくらいあるのがじれんまを生む。


「とにかく今は、おもいっきり剣を振れるだけで良い……」


 人目を忍んでのこんな寂しい方法ではなく、全身泥だらけになってでも身体を動かしたい。そんなささやかな望みは、本格的になってきた寒さのせいでひどく冷たい風にさらわれ消えてしまう。

 それからしばらく素振りをしていたが、すっきりするどころか余計に鬱憤が溜まっていくので、諦めて精神統一に努めることにした。

 利き手を鞘に収めた剣の柄に置き、深く呼吸をする。

 すると、まず聞こえるのが風の音だ。冬らしさ溢れた強くもどこか厳格な空気の流れ。次に耳へと入るのが、それに揺さぶられる乾いた草の歌。さらに範囲を広げれば、城内で働く人々のざわめきが届く。

 しばらくそれらに集中していれば、ささくれ立つ心が次第に静まっていくのを感じた。自然と呼吸方法も変わっていき、今なら良い筋で剣を繰り出せるだろう。

 上司曰く、これを意識せず出来るようになれば一人前だとか。私の場合、異名になるほど表情は取り繕えても、感情がまるっきり気配や剣に乗っているので駄目らしい。

 ……まてよ、ということは、だ。悪魔というのは内面を表していることにならないか?

 とんでもない事実に気付くのと、背後に人の気配を感じるのはほぼ同時だった。

 この一週間、誰かがここを訪れることなど無かった。振り返れば、遠目ながらとんでもない人物が近づいてくるのが分かり、慌ててその場に跪く。

 建物が壁となってしまい、相手が私に気付いたのは無視するには近すぎる距離に来てからだった。


「何者だ? 所属と名を述べろ」


 視界に入ったのは汚れ一つない光沢ある靴で、頭上からは怪しんでいる様子が隠されていない冷ややかな声が降りそそぐ。

 まったく、なんでこのお方がこんな場所に来てしまうのか。というか、そもそもなぜお一人で出歩いているのだろう。


「白騎士団団長アシル=クロード・バリエ様の下におります、レオと申します」

「事実だろうな? お前など聞いたことも見たこともないぞ」

「申し訳ございません。現在とある任務中につき、私からはこれ以上の詳細を述べることが出来ません」

「それは俺が第三王子であってもか」

「はい。ですがすぐに確認は取れるかと存じます」


 突然現れた末王子はしばらく無言で立っていたが、ややあって元来た道を引き返していかれた。

 完璧に気配が消えてからホッと息を吐き膝を伸ばす。

 いくらここが城内だとはいえ、まさか王族に出くわすなど思ってもいなかった。態度や言葉遣いは大丈夫だっただろうか。

 やはり任務を受けてからというもの、碌なことがない。午後の授業までまだ時間はあるが、今日は部屋で大人しくしておくべきだろう。

 動揺で早くなった鼓動を落ち着け、そう結論付けてから、そこらに散らばった荷物をまとめる。そして、振り返った。

 そこで再びギョッとした。だから何故、殿下は共も付けずにお一人なんですか!


「――レオ! よかった、まだ居たな。ああ、礼は先程もらったからいらないぞ」


 驚きを必死に隠し、また膝を折ろうとすれば止められてしまう。こうなると、どうしたら良いのか分からなくなる。

 さっきまでの不審者扱いはどこへいったのだろう。そもそも何の用で戻って来られたのか。

 しかし、こちらの困惑などお構いなしに、殿下は両手に持たれていた模造剣の内の一本を私へと突き出した。


「確認は取れた。そしたらアシルが、せっかくの機会だからレオに指導してもらえと」

「し、どう……ですか」

「そうだ。丁度今は剣の稽古の時間だしな」


 殿下はそう説明し、早く模造剣を受け取れとおっしゃる。

 とりあえず従いながらも、頭は状況を把握しようと必死だ。目の前では殿下が人の気も知らず木製の剣を振っていた。

 たしか御歳は今年で七を迎えられたはずだが、身長が平均より高いせいかもっと上に見える。同一とするべきではないけども、私と同じ金髪で瞳は透き通る翡翠。疑うべくもなく、国王陛下の末のご子息だ。ちなみに三男二女、全員で御子は五人居られる。


「失礼ですが殿下、護衛の者はどうされました?」

「ああ、最初ここに来た時は置いてきた。今はレオが居るなら大丈夫だからって、アシルが言ってたぞ」

「……そうでしたか。しかし、剣の稽古ならばしっかりとした指南役のお方がおられるはずです」


 なんという自由人。子供だからしょうがないのかも知れないが、アシル様もアシル様だ。大丈夫なわけがない。

 どいつもこいつも、そんなに私を窮地に陥れたいか。今でも十分につらいというのに。

 しかし、かなり遠まわしながら精一杯の拒絶を示すも、殿下は私の言葉に眉を寄せると黙り込んでしまわれた。

 ああ――そういうこと。元々稽古から逃げる為に来ていたのですね。たしかにここは、隠れるにはもってこいの場所でしょう。周囲が良く見え、上手い具合に相手の死角となる。


「あいつらは、つまらないから嫌だ。世辞しか言わないし、子供扱いしてまともに相手もしてくれない」


 当たり前だ。殿下には申し訳ないがそう思う。

 平民な私など尚更だ。彼らは見合った立場があるからこそ、少しの怪我ぐらいならば負わせても許されるわけで、いくらなんでもこれはまずい。

 しかし、今度こそ断りを入れようと口を開きかけたところで、殿下は魔法の言葉を告げてきた。


「そうだ、レオが渋った時に言えってアシルが教えてくれたんだが、〝断ったら例のお願いは無効〟だそうだ。お願いって一体なんだ?」


 あの狐……! 殿下に命令しろと言わずそっちで攻めてくるのがいやらしい。尊敬の念は、ただの気の迷いだったのだろう。

 仕方なく、お願いの内容についてははぐらかし、殿下に付き合う覚悟を決めた。責任は全て、アシル様に押し付ける所存である。


「場所は移動しなくてもよろしいのですか?」

「他の奴に見つかると、レオの立場も悪くなるだろうし。それに、今の方が秘密の特訓みたいで格好良いだろ!」


 ……残念。嫌味と引換えに第三者から止められるのを期待したが、その目論見は純粋さを前に失敗してしまった。

 諦めが悪いもので、殿下が正面で構えるのを見ながらもまだ打開策を考えている自分がいる。

 しかしそれも、打ち込んでこられれば無意味と化した。


「たあっ!」


 気合は可愛らしい掛け声に十分込められている。

 とはいうものの、いくら片手で相手をしているといっても、踏み込みからなにから全てがあまりに未熟だ。殿下がまだ習いたてだとしても、指南者は一体どんな教え方をしているのだろう。


「レオも掛かってきてよ!」

「指南された方がどこまでお教えなされてるのか見ているので、しばらく打ち込んで下さい」


 殿下は殿下で、初めの言葉遣いが大分崩れ、歳相応の幼さが前に出てきていた。

 私としてはそっちの方が必要以上に構えず済んで楽だが、王族としては初対面の者に対し心を開きすぎだろう。意識の切り替えが出来ていない証拠だ。

 しばらくは模造剣が作る乾いた音が響くも、殿下が息を切らせ始めたところで制止をかけた。


「どう? 強くなれそう?」


 幸いにも余分に持ってきていて使わずにいたタオルを渡す。

 見上げてくる視線は期待と希望に溢れていて、それを前に嘘は言えないと思った。

 たしかに殿下は子供である前に王族だが、保身のためのお世辞を言えるほど私は器用に生きれない。だから嫌だったのに、アシル様め。

 深いため息を吐きたいのを我慢しゆっくりと、しかしはっきり首を振れば、殿下に悲しげな顔をされてしまった。


「私もまだまだ未熟で偉そうなことはあまり言えませんが、今のままでは難しいでしょう」

「なんで?!」

「……殿下は、基礎の大事さをしっかり理解なされておりますか?」


 そもそも私には、誰かを指導する資格があまりない。

 だから、部下を持っているといっても剣術に関しては別の者に託しており、私は身体作りや実戦的な訓練での敵役を担っている。

 それでも、基礎の基礎であれば新人に対してやっているので、殿下の今の状態の原因も察しがつけられた。

 かつて私も経験し、学生時代に教官からしこたま怒られ矯正されたそれは、自惚れもしくは勘違いだ。


「はっきり申し上げれば、殿下は基礎がまったくもって身に付いておりません。その状態で自己流を主張しようものなら、どなたかが必ずお笑いになるでしょう」

「今まさにレオが笑ってると俺は思う!」

「これは地顔ですのでどうすることもできません」


 癇癪を起こすかと思ったが、殿下は頬を膨らませた後はポカンとされ、そのまま私を凝視した。ふくれっ面がジョゼット様とそっくりだったと言ったら、どちらに対しても失礼になるだろうか。

 それにしても殿下を見ていると、昔の自分を思い出し、懐かしさを通り越して落ち着かない。


「殿下は物語を読まれますか?」

「え? あ、もちろんだ」

「古の勇者や竜の友人はご存じで?」

「もちろん! でも俺は、死霊の魔女を退治した英雄の話が一番好きだな」


 どうすれば理解して頂けるか悩んだ末、この年頃の子供が好きそうな物語を例に挙げることにした。

 目線を合わせるためしゃがみこむと、我を取り戻すどころか途端に瞳を輝かせてくれたので、掴みは大丈夫だろう。

 殿下の言う主人公は、その時の功績を認められて騎士となり、姫と結ばれたのだったか。たしか元は木こりの青年な設定だ。


「では、彼の英雄は、なぜすぐに剣を揮えたのでしょう」

「それは才能があったからで、だからこそ英雄になれたんだろう?」

「いいえ。たしかに才能がなくてはそこまで高みには上れませんが、それは違います」


 首を振って否定すれば、殿下は難しいお顔で呻いた。自分なりに一生懸命考えておられるのだろう。

 少しでも早く強くなりたい。それこそ好きな英雄のように。だから基礎などという、一見地味で同じ事を繰り返すばかりな訓練がまどろっこしい。たぶん殿下はそうお思いで、指南役の小言が鬱陶しく、サボりに繋がったのだ。

 けれどそれは、とても大きな勘違い。自分もそうだった。

 そして私の場合は、耐えうる身体が作れていない内から無理に無理を重ねた訓練をし、変に筋肉がついてせっかくの長所である柔軟さを失うところだった。


「英雄が元はなんであったか、覚えていらっしゃいますか?」

「貧乏な木こり、だろ」

「はい。毎日毎日、わずかな生活費の為にせっせと木を切っていたのです。重い斧はしっかりと握らなければ振り下ろす際にすぐ飛んで行ってしまうでしょう。上手く体重が乗らなければ、何度も何度も同じ動作を繰り返さなければなりません。だから彼は、その日々の中でぶれない重心や逞しい腕、集中力を養っていたのですよ。もちろん仕事場が森ですから、周囲の気配に聡くもなったでしょうね」

「あ…………」

「そもそも基礎というものは、その道を極めていく中で見出した、多くの先達からの教えです。剣の握り方一つをとっても、最も安定して力が込められる完成された形と言えるでしょう。しかし、実際には様々な手の大きさ指の長さをしていますから、平均もしくは一般的なという括りがつきます」

「なら最初から、自分の握りやすい方法でいいんじゃないか?」

「本当にそうお思いですか? 自分にとっての使い易さと楽さは違うと、私は教わりました」


 殿下は当然というべきか、城下の子供とは違いしっかりとした教育を受けているので、考えることが既に身についている。だからこそ誇りも相まって、納得が出来なければ甘んじることに耐えられず、今回のように稽古をサボる結果となってしまったのだろう。

 逆に納得さえできれば、素直なお人柄でもありそうなので大丈夫なはず。

 私の言葉を一生懸命呑み込んで下さる様子を黙って見続けること数分。殿下はおずおずと剣を持った腕を伸ばすと、上目遣いでおっしゃった。


「握り方、前に教えてもらったけど忘れたから、教えてくれる?」

「私で良ければ喜んで」


 それから午前中はずっと殿下と共に過ごし、気付けばここが二人の秘密の場所になっていた。

 ただし、お送りした際には二人揃って年配の侍女から叱られたので、殿下には悪いがこんなことは二度とごめんだと切実に願う。

 護衛の方が了承済みだったことが、せめてもの救いだった。




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