淡く点る紅い魂
注釈として、レオは基本的に恋愛面に関して鈍くはありません。
ただ、未だにエドガーが自分のことを嫌いなままだと思い込んでおり、自分が嫌いな人間とも付き合えるので、こうした関わりをなんだか丸くなったなーとしか考えていないです。
つまり、ルー君の時と同様に油断している状態ですね。
とはいえ、このすれ違いを長く続けるつもりはないので、次話で再戦の模様を描いた後は、最終舞台に入ります。
よろしければ、最後までお付き合いください。
紅騎士団の設立と私が団長になるよう厳命されたこと、出生に関しても、次の日にはもう王都中の騎士へ知れ渡っていた。その伝達能力を、どうしてもっと有効な場面で発揮できないのかと呆れたものだ。
反応としては、九割以上が不服といったところか。貴重な応援者にしても、他人事だと思って面白がっている征伐部隊の連中なので、予想通りと言えば予想通りである。事あるごとに半笑いで、未来の伯爵様と呼んでくるのがかなり鬱陶しい。
しかもすぐさま、面倒事が続発してくれた。
嫌がらせや悪意ある噂は、常にあるようなものなので良いとしても、まず直面したのが通勤問題。おかげで毎朝の習慣を変更しなければならなくなった。ジョギングと通勤を兼ね合わせ、シャワーや着替えをロイドの部屋を借りてすることで、なんとか馬車を使用せずに済んでいる。
やはり持つべきは、頼りになる親友だな。もちろん善意であって、けして無理やりではない。私が受けた諸々の理不尽を自分が男爵になることと天秤に掛け、これで怖いものはないと速攻で喜びやがったのは一生忘れないだろう。
そして、なにより疲れるのが、連日続く決闘という名の襲撃だった。
私が団長となることで多大な影響を受けるのは、当然ながら同じ女性騎士である。
王太子殿下のお気に入りであること、人格、なぜ自分ではないのか。挙げればきりがないが、どうやら彼女たちは、様々な想いにより決意したらしい。
それを後押しするように、噂も都合よく捻じ曲がった。
――私を倒せば、団長の座も手に入る。
これがもし意図的に広がったのだとすれば、黒幕はさぞイタズラ好きだろう。悲しいかな、身近でさえ該当する者が多すぎて、特定は困難だった。
とにかくこうなると、後は流れる川のように行き着く先は明白だ。
職務に支障をきたさない範囲で留まっているのが唯一の救いで、貴重な休憩時間はものの見事に消えてしまった。
これで手ごたえでもあれば、良い訓練になるとまだ割り切れたのだろうが、生憎と現実は、子供を相手にしている気分にしかなれない。片手間で昼食が取れるぐらいだ。
仕事も増える一方である。昇級はしても給料は上がらず、ただでさえ手に余っていた通常業務に加え、ウィリアム副団長の補佐――正しくは下僕――としてこき使われ、貴重な休日は貴族教育なるものを強いられる。
しかし、素晴らしくストレスばかりが重なる日々の中にも、僅かながらの楽しみが存在した。
まずは酒だ。どうやらシール家の方々は、美味い酒を与えれば言う事を聞くと学んだらしい。
こちらとしても、歴史や作法を学ぶだけで、今まで飲んだことのない銘柄が手に入るのだから、悪い気はしなかった。
後、色々な方から個人的な指導を受けられるようになったのは、本気で嬉しかった。おかげで新人に戻ったかのように、毎日泥だらけの痣だらけだ。
そして、最近楽しみにしていたのが、初の試みである白騎士との合同訓練だった。
そう、だったのだが――
「なんで私だけ……」
目の前の惨状を受け入れたくないあまり、遠くを見ながらひっそりと呟く。
切望する場所からは、図太い声と剣のぶつかり合う軽やかな音が響いていた。
「勝ち、ました、よ!」
「偉そうに、する割、にっ、大したこと、ない、ですわね」
しかし、そんな私を周囲の屍は放置してくれない。
足元から息も絶え絶えそう言ってきたのは、唯一まだ嫁いでいない王女殿下の護衛をしているらしい白騎士だ。表情はこれでもかと勝ち誇っているも身体は正直で、地面に突っ伏した状態で膝が笑っている。
その姿を一瞥し、仕方なく現実に戻る。
彼女たちと同じようなのが5割、ぎりぎり立っているのが4割、余力を残していそうなのが1割……か。
「壊滅的だな」
本気で、今いる城内に設置された室内訓練場ではなく、外部訓練場へ行きたい。
ほら、ひっそりと見学しているルードヴィヒ殿下も、あからさまに呆れた顔をしている。護衛の総騎士団長閣下は言わずもがなだ。
「聞いて、いまし、て?!」
思わず手のひらで顔を覆いたくなりつつ、叫んできた者とゆっくり視線を合わせた。
「その状態でも、吠える元気はあるようですね」
あからさまな嫌味はわざとだが、これぐらい大目に見てもらわなければやってられない。
今回の試みは、白騎士の技術向上が目的だ。なのに私は、丁度良い機会だからと集められた全女性騎士を相手に指導するよう仰せつかってしまい、一人だけここに居る。
お粗末な決闘ではなく、整えられた場でしっかりと現状を確認し今後へ繋げよ、というのがゼクス団長から下された指示だが、またしても直前に告げられた。
今日という日を、心から楽しみにしていたというのに! 特に、エドガー様との再戦を物凄く期待していた。
それがお守りに変わった私の気持ちを、どう言い表せば良いのか。
「偉そう、に!」
なにしろこんな感じで、向けられるのは敵意ばかりなのだ。そうでない者も、われ関せずといった態度である。
肩書のおかげで指示には従ってくれるも、口答えは当たり前だった。
――あ、殿下がさりげなく拳を握り、声なき声援を送ってくれている。少しだけ癒された。
「今立っている者は、息が整うまで歩いていて下さい」
「無視、とは、大層なご身分、ですね」
しかし、その癒しもすぐに消えてしまう。
大層なご身分って、実際にそうなってしまっているんですがね。対外的には、ですが。
そう言いたいのは山々だったが、こめかみを叩くに留めておく。
そして、足元で小うるさく吠える者を中心として、地面でくたばる全員へ告げる。
「――立て」
「こんな状態で、すぐに、動けるわけが」
「立たない者は今後の見込みがないとし、それぞれの団長へ進言させて頂く」
横暴とも取れる言葉で、当然ながら場は騒然となった。
といっても、私からすれば何もおかしいことではないし、当然ながら怯みもしない。
今までならば、この状態でよく頑張りましたと褒めてもらえたのだろう。女性騎士は、存在しか必要とさていなかったのだから。
しかし、それは過去となり、評価と成果が求められるようになった。
それを分かっている者が、果たしてどれほどいるのか。片手でも余るのかもしれない。
だから、周囲をこれでもかと睨みつける。
「これは訓練です。娯楽の運動ではない。貴女たちに、その意味がお分かりでしょうか」
そもそもこのお守りを任される際、くれぐれも自分を基準にするなとウィリアム副団長から注意されている。
なので、身体を温める目的の走り込みも、普段こなす量の3分の1だ。
が、終了までに倍は時間が掛かっている。おかげで、真ん中ほどの順位で様子を見続けていた私もまた、別の意味で疲れてしまった。
「体力面では全員が話にならない。そして、立つこともままならず息も絶え絶えなあなた方に於いては、それ以前の問題だ」
やってられない。やってられなさすぎて、逆にやるしかないと変なやる気に満ちてきてしまう。
「敵に対し、一々全力で相手をしてどうする。私と張り合う為にここに居るというのなら、今すぐ帰ってもらって構わない。そんな者を相手にしている暇は、私にもあなた方にもないのだから」
「なん、です、って?!」
「悔しいなら立て。目にもの見せたいのならば強くなれ」
そして、私の中で少しずつ、紅騎士団の骨組みとなる材料が生まれていく。
もしかしたらゼクス団長は、これを目論んでいたのかもしれない。
その特殊性から、最終的には王太子殿下に決定権があるも、活動していく上での規律に於いては私の意見が尊重されると言われている。
ならば、これだけは先に伝えておくか。王太子殿下が築く実力主義な国に相応しい、新しい騎士団の常識を――
ひとまず歩かせていた者たちを戻し、へばっていた者もなんとか起立するのを待つ。
それから、私は明言した。
「これだけは覚えておいて頂きたい。二年後に設立する我々女性騎士のみで構成される紅騎士団では、その出生も身分も、何もかもが実力の前では意味を成さない。成させない」
紅騎士団は訓練以外、別の団の部隊に派遣される形で実務を行うことになる。つまり、個人に対する評価が、そのまま周囲での騎士団への印象になるのだ。
それが私だけに影響するならまだしも、この策を打ち出した王太子殿下にまで関係してくるのだからたまったものではない。
だったらやはり、礎は黒騎士団に通じてくる。ただし、二番煎じや後追いで甘んじたりもしない。
「私はいずれ紅騎士団を、我が国で最も厳しい騎士団と評させるつもりだ。力で敵わないからこそ、最も気高き存在にする。女だからという言い訳が通用すると思うな。むしろ男以上の苦労があると、改めて認識することになるだろう。私たちが剣を取るというのは、そういうことだ」
首を捻っていたり、聞いているのかどうかも分からなかったり……。
まあ、良いさ。これから、その一端を垣間見ることになる。
「文句があるなら剣で語ることだな。身体に直接、現実を叩きこんでやろう」
最後にそう告げ、次の訓練に移ることにした。休憩を望む声は、当然ながら聞き流す。
その時間の中、零れてしまった笑みは、さぞ彼女たちを勘違いさせたはずだ。自分の入団試験のことを思い出し懐かしくなっただけだとは、たとえ言葉にしようともきっと伝わらない。
□□□
ルードヴィヒ殿下と出会った場所は、相変わらず人目を凌ぐのに最適だ。そこで私は、軽食を片手に項垂れていた。
疲れたのもあるが、実はひそかに落ち込んでいる。
あれから、やっと本格的な訓練に移れると意気込んだは良いが、その結果は惨憺たるものだった。
最終的に3人の脱落者が出た。訓練を、ではない。騎士そのものを辞めると言って彼女たちは去っている。
これを少ないと見るか、多く見るか……。なんにせよ、苦悩するのは変わらない。
他にも泣き出す者がいたり、かすり傷程度で騒いだりと、あまりにも見れたものではなかった為、総騎士団長閣下が渋るルードヴィヒ殿下を外に連れ出していた程だ。
「はあ……。かなり手加減してこれとか、貧乏くじどころじゃないな」
いっそのこと、騎士学校の学生を二年かけて鍛え上げた方が、よほど楽に思えた。
けれど、それは逃げであり、なにより彼女たちを見捨てることになる。さすがに、まだ早すぎるだろう。
「とりあえず、実力を偽っているのが居るのは分かったから、そいつらを最優先にして――」
どうにか意識を切り替え、俯いていた頭を上げ、全体重を背中の建物の壁に預ける。
ひとまずは、どうやってウィリアム副団長の小言を切り抜けられるかが重要だ。
そうして私が、独り言を呟きながら思考していれば、ふと足音が聞こえてきた。
初め、ルードヴィヒ殿下かと思ったが、どうにも子供の足音にしては大きい気がする。
すると、背もたれにしている建物の端から、埃っぽくなった制服を着たエドガー様が現れた。
「ここに居たか」
「……お疲れ様です」
げっ、と零しそうになったが、なんとか耐えられた。私を探していたようだが、はたして何の用事があるのだろう。
しかしエドガー様は、隣で立ったまま壁にもたれかかるだけで無言だ。
沈黙そのものは嫌いではないが、それも相手によって違ってくる。
なんだ、この緊張感……。すごく落ち着かない。
仕方なく、こちらから口を開いた。
「かなり大変だったようですね」
「先輩も根を上げそうになっていたが……。それほどか?」
「白は汚れが目立ちますから」
それに、髪のリボンが解けかけていたし。鬱陶しくなったら自分で直すだろうから指摘はしない。
というか、せっかく会話が成立したのに、また途切れてしまった。
しかし、視線は感じる。無視しきれず首を後ろに倒すと、ばっちり目が合った。
「お前も、普段に比べかなり大人しいな」
でしょうとも。嫌味に付き合う余力など無いので、はっきり言って放っておいてほしいんですよ。
本音はそんな感じだったが、声を出すといつもの流れになりそうなので、微笑むに留めておく。
それが失敗だったのだろうか。
エドガー様は視線を外すと、あろうことか腰を下ろしてきた。
「そちらはどうだったんだ」
……もう良いや。そっちがそのつもりなら、愚痴にでも付き合ってもらおう。
今の生活では気軽に出歩けず、唯一相談できそうなロイドは、ここのところ口を開けばノロケしか出てこない。
その点この人なら、今更取り繕ったって無駄だし、思ったことをはっきり言ってくるだろう。
「意気込んだは良いものの、求めるレベルが高すぎるのかと少し考えさせられました」
「……驚いた」
するとなぜか、そんなことを呟かれる。
訝しんで隣を見れば、これでもかと目が丸くなっていた。だが、私の発言におかしいところはなかったはずだ。
そう思っていたので、続いた言葉への反応が大げさになってしまった。
「お前でも弱音を吐くことがあるのだな」
「はあ?!」
「しかも、その頭の中に将来の見通しがあるとは」
どちらにせよ人のことを馬鹿にし過ぎだが、特に最初のは勘違いしすぎだ。
――誰があんたなんかに、そんなことするか!
しかし、私の抗議を綺麗に無視し、エドガー様は言う。
「どうせお前のことだ、結局は好きなようにやるのだろう。現に今も、なんだかんだと屋敷に馴染んでいると聞いている」
「なんでプライベートでまで、肩肘張らなきゃいけないんですか」
「意外だ、その自覚もあったのか。まあ……、どうやらお爺様は、お前のずぼらさを嘆いておられるご様子だったが」
「根っこからの庶民なんで」
「それにしても、廊下をシャツ一枚で歩くのはひどすぎる。一緒にされる庶民が哀れだ」
「あれは……! 夜中だったから誰も居ないと」
「どうせ部屋も散らかしているのだろう? カティアの苦労が目に浮かぶ」
ことごとく図星すぎるのも腹立つが、結局この人は何をしに来たのだろう。
私を使ってストレス発散するのが目的か? どんだけ寂しい奴なんだよ。
なら、付き合う義理はない。そっちが居座るというのなら、私から去ってやるだけだ。
そうして立ち上がりかけると、逃がすかといった様子で腕を掴まれた。
「やっていけそうか」
「何がですか?」
「色々だが……。特に、お爺様とだ」
ねめつけても、まったくの効果無し。なんて面倒な。
しかし、そうか……。これが本題だったか。師匠想いな弟子でなによりだ。
「お前に、知らせておきたいことがある」
「過去の閣下についてならば、お断りします」
エドガー様からすれば強情に見えたようだが、こればっかりはいくら怒鳴られようと譲らない。
視線で理由を問われたので、端的に告げる。
「自分の目で見て、直接知っていけば良いだけですから。それでもなお受け入れられないならば、そういう宿命だったと諦めるしかないでしょう」
「……直に分かるはずだ。お爺様は、けして悪い御方ではない」
「そんなこと、周りを見れば明白ですって。私は、エドガー様ほど視野が狭くはありません」
「はっ、言ってくれる」
ここぞとばかりに嫌味も混ぜておいた。
しかし、ダメージを与えるどころか軽く受け止められてしまう。
鼻で笑ったと勘違いしそうになるが、その横顔はどこか柔らかい。微かに上がった口角が、やけに色っぽかった。
それよりも、いつまで手首を掴んでいるつもりだろう。相変わらずひんやりしていて、このままでも不快感が生まれそうにないのが、なんか悔しい。
かといって振り払うのはやりすぎな気がして、仕方なく解けかけた髪を口実にした。
「横、向いて下さい」
「何を企んでる」
「髪が解けかけてるんですよ」
はからずも、エドガー様の中で私がどういう人間なのか分かることになったが、半ば無理やり横を向かせてリボンを引っ張った。
「お前に任せれば、悲惨なことになりそうだ」
「……この野郎。ずぼらと不器用を一緒にすんな」
面倒さが勝って大抵は適当で済ますが、さすがの私も他人にはちゃんとする。
ただ、見るだけでも十分伝わっていたが、直接触ったことで髪質のあまりの良さに打ちのめされそうになってしまった。
細く滑らかなのは当然、ずっと触っていられそうな柔らかさだ。私と比べれば艶だって、最高級な料理と食べ残しぐらいの差がある。
くっそ、毟り抜いてやりたい。もしくは、どっかハゲてたりしないだろうか。
そもそも、この髪でよく伸ばそうと思ったな。解けて当然だ。
リボンだけでは駄目だとポケットを幾つかあさり、入れっぱなしで放置してあった髪紐を見つけられたので使うことにした。
せっかくだ、編み込みでもしてやろう。
「願掛けとかですか?」
「なにがだ」
「髪、伸ばしているんですよね。でも、私の知るエドガー様なら、女々しいとか言いそうなので、何か理由があるのかなと」
ちょっとしたイタズラがばれない様に話を振ると、なぜかエドガー様の肩が小さく跳ねる。
しまった、突かれたくない部分だったか。
「なんとなく、たまたまだ!」
だが、返ってきた言葉がなんだか聞き覚えるのあるもので、こらえ切れず笑ってしまった。
暴れられるわけにはいかないので、指摘するのを控えざるを得ないのが残念だ。
「でも、ほんと良い色ですよね。特にエドガー様は、制服のおかげで映えるっていうか」
「お前に言われたところで、気色が悪いだけだ」
そうしたら、いつも通りの嫌味合戦が始まった。
結局こうなったが、いつの間にか気分は回復していたらしい。呼吸のように応戦している自分がいる。
「ああ、もしかして、惚れた女が好きな色だったり、褒められたとか?」
「なぜそうなる!」
「でも、エドガー様に本気になられる女性って、かなり不憫ですよね」
「おい! 話を――」
「粘着質なくせして正面突破を試みて、周りからすると狩りにしか見えなさそう」
想像だけで私が引いていると、編み込んでいる途中の髪が手の中からすり抜けそうになった。
どうやらエドガー様が、呆れた様子で肩を落としたらしい。
なんだ、今日はあまり張り合いがないな。
「……お前」
「まさか図星でした? エドガー様って、押しが強いですもんね。押しつけがましいとも言えますが」
おかげで私は、窮屈な生活をする羽目になっている。だから責任取って、このぐらいの皮肉は甘んじて受けろ。
そして、前方からの深いため息と共に、髪を結び終わった。
横へ流すスタイルはそのまま、細く一束だけ編み込みを作りアクセントを付けてみたが、中々の仕上がりである。
さて、もう少しで休憩も終わるし、そろそろ戻る頃合いだな。
一人満足し、今度こそ立ち上がろうとする。
すると、エドガー様がこちらを向いて、弱弱しく苦笑を浮かべてきた。
正面上は不機嫌か怒っているとしか映らないが、なんだかんだ見分けがつくぐらいは関わりが深くなっていて、秋が過ぎれば出会った季節になるのだからびっくりだ。今となっては、立場上も切れぬ縁になっている。
「お前は、俺と王太子殿下を比べないのだな」
「逆になぜ、比べる必要があるんですか」
「同じ色で、お互いと面識があれば、おかしいことではないだろう。そうでない者ですら、すぐに引き合いに出すぞ」
良く分からないが、とりあえずまだ髪の話を続けるらしい。
この時間で、一番どうでも良い内容だ。
真面目に付き合うのももったいないし、腰の汚れを払い、肩の凝りを解しながら答える。
「だからといって、エドガー様に深緑は似合いませんよ」
「そういえば、そんなことを言っていたな。今思えば、あの状況で呆れたものだ」
「そもそもとして、イースと比べるとエドガー様に、逆だと王太子殿下に失礼じゃないですか。私にとっては、どちらもいけ好かない部分が多いってだけで十分です」
特にこういう、はっきりしない質問をしてくるところとか。嫌味だけは常に絶好調だ。
待たずに歩き出せば、平然と隣に並んでくる。
俺様め。そっちはまた楽しい時間を過ごせるんだろうなと思うと、腕の一本でも捻りたくなる。
「いけ好かないのはお互い様だろう」
「ならいい加減、決着をつけましょうか」
「なんの決着だ」
「今度は絶対に、雑魚と言わせませんよ」
すると、隣の景色が唐突に変わった。立ち止まったらしい。
振り向くとそこには、顔を下げて肩を震わせるエドガー様が居る。
「くくっ、やはり根に持っていたか」
「いや、当たり前だろ」
おもわず素の言葉遣いに戻ってしまった。
「普通は打ちのめされるか、傷付くと思うがな」
「なんで私が、エドガー様の言葉でそうならなければならないのですか」
自惚れんなって。
それよりも、申し出そのものを嫌がる様子が無い。私にとってはそっちの方が重要である。
ここは、下手に出るのと煽るのとどっちが良いか。
――やはり私なら、強気で行くだろ。
「自信がなければ、断っていただいて結構ですが?」
「誰が。せっかくだ、午後の間で相談しておいてやる。お前が無様に負ける姿を俺だけが拝むなど勿体ないからな」
「はっ、言ってろ。んじゃ、面倒な事はさっさと済ませに限るな」
まさかここまで乗り気になってくれるとは思わなかったが、再戦を諦めていた私にとっては願ったり叶ったり。今度は、引き分けぐらいにはもっていきたいところだ。
そうして、嬉しすぎて早足になった私の背中を、エドガー様の呟きが追いかけてきた。
「敏いと思えば単純で、お前だけには振り回す人間だと言われたくないな」
いやいや、ここは笑うべきでしょう。
本能に忠実なだけですよ、私は!
「浮かれすぎて、指導の加減を間違うなよ」
……うん。それは気を付けよう。
幸い、午後で脱落者が出ることはなく、外部訓練場へ移動するよう声が掛かったのは、私以外が疲労困憊となって死体のように転がってからだった。
彼女たちの間で、計り知れない達成感と一体感が生まれていたので、もしかしなくとも私は、また自分で自分を追い込んだのかもしれない。




