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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【王城】編
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召喚状と拉致(4)






 それがアシル様だけの考えなら平気だっただろうが、この人は確かに言った。全団長と。つまり、ゼクス団長も含まれるわけだ。

 確かに私は、苦労しか製造しない存在だと思う。しかし、それでも結果を残せていたから、少なからず認めてくれているから、黒騎士の一員と認められていると思っていたのに……。


「邪魔だからこれ幸いと、寄ってたかって追い出すことにしたというわけですか」


 そんな理由で集められるのだとしたら、余計に願い下げだ。

 そんなことをするぐらいなら、入団資格にしっかりと女を除外させ、必要にせまられる白騎士団にだけ部隊を用意すれば良い。


「やってられっか!」


 堪忍袋の緒だって切れるというもの。とうとう衝動的に剣を掴み、叩きつけかける。

 それをアシル様が容赦のない力で止め、至近距離で低く囁く。


「話しは最後まで聞くものだよ」

「……今だけは、あなたの息子と意気投合できそうだ」

「冗談でしょ? こっちから願い下げ――、こわっ」


 対抗しながら、いらん茶々を入れてくるバカを睨みつけた。

 だが、私の悲しみなど、誰にとってもどうでも良いもので――

 アシル様は、腕の骨が悲鳴を上げているのを無視して告げる。


「レオが悪いわけではない。ただ、どうやったって男の世界に女が入れば、余計な問題は起こってしまう。指導に関しても、加減や基準が分からず頭を悩ませ、結果として変に気を遣い持て余す。妥協しなかったマクファーレンと、挫けなかった君が非常識なんだよ」


 否定できずに唇を噛んだ。

 絶好なその機会を見逃してくれるわけもなく、さらにたたみかけられる。


「しかし、必要であることには変わりない。ならば本腰を入れ、相応しい人材に任せるべきだろう。少数であることを強みとして派遣させる仕組みにすれば、各団の仲介役にもなると王太子殿下は仰ったよ。さらに、全ての新人の基礎教育を任せば、長い目で協力体制や意識を自然と浸透させることが可能だ。もちろん、女性騎士の存在を認めさせることにも繋がる」

「だからって私が……!」

「前例のない試みでありながら、多くの目的を有する分、その苦労は想像を絶するだろう。故に、並大抵の者には任せられないのは分かるね?」

「ならば余計に、私には荷が重すぎる!」


 アシル様の説明によって卑屈に受け取らず、皆がより良い形で職務を全うできるようにするための試みだと、それ自体には納得がいった。

 けれど、聞けば聞くほど、私が中心に置かれるのは受け入れられない。

 謁見で誰かが言っていた通りだ。責任も、向けられるだろう期待だって大きすぎる。

 そのくせ手は貸せないって?

 そうだろうな。白騎士に限らず、北の砦を主とした緑騎士、大した情報を集められず役に立たなかった青騎士も、立て直しと強化が必須だ。黒騎士だけがばっちりを受け、フォローを強いられている。どこにも余裕など無い。

 私が騎士団を率いるとか、ただでさえロイドが男爵になる以上に世も末だってのに、貧乏くじにも程がある。


「それでも私たちは、委ねられるのがレオだけだと判断した。これは贔屓目ではないよ。初めて会った時に言った、私の言葉を覚えているかい?」


 突然の質問に思考が停止する私へ、アシル様ははっきりと告げた。


「レオが我が国最強の女性騎士であることは事実だよ」

「違います!」

「いや、どうやったってそうでしょー」

「君を心底嫌っているジャンですら否定できないというのに、まだ信じられないかな」


 そんなことを言われたって、私は……!

 なんとか拘束を抜け出ようともがきながら、吐きそうになるほど気分が悪くなる。

 しかしアシル様は、手を緩めてくれない。


「君は、女性騎士に必要なものが何かを知っている。技術と工夫で強さをまかなうことができ、求められる役割を理解し、人をまとめるカリスマ性だって少なからずあるだろう? だからこそ、謁見で見せられた素養を前に、多くの者が渋々であれ口を噤んだ。なによりそこに立てば、君は王太子殿下の手助けができる」

「……は?」


 そして、不可解さに首を傾げた。

 すると、アシル様がとんでもないことを暴露する。

 初めて聞いた王太子殿下が望む治政のあり方は、これまでの常識を覆すものだった。

 身分に関係なく、有能な者が国王の手足となる世の中。それは、考えるだけならとても素晴らしく、しかし実行するとなれば、私ですらかなりの困難さを秘めていると分かるものだ。

 にもかかわらず、王太子殿下はすでにその道へと動き出しているらしい。驚くべきことに、薬物パーティーの時にはもう、それを視野に入れていたそうだ。

 二年という期間は、国王陛下にとっては身辺を整理し余計な問題を残さないようにする為、王太子殿下にとっては即位に向けての準備の為に存在していた。

 実行を即位後すぐに定めているのは、それが絶好なタイミングだからなんだとか。新しい風は、新しい内に吹かせなければならないらしい。かなり若い王となるわけだから、他にも多くの意味を含んでいるのだろう。

 しかし、当然ながらそこには多くの問題が立ちはだかっている。

 アシル様は、その中に王太子殿下ではどうやっても手出しができないものがあるのだと言った。


「貴族との確執。こればかりは、王太子であれ国王であれ、間には立てない。けれど、いくら真っ当な貴族だとしても、考え方が千差万別である以上は避けて通れないだろう。歴史による誇りそのものは、無意味と一蹴して良いものではないからね。幼い頃から教えられることで育つ意識もある」


 さらに、だからイースには私が必要なのだと、わけの分からないことを口にした。


「君は、一度これと決めたことに対しては、どのような苦境に陥っても譲らない鋼の精神を持っている。その頑固さは、使いようによってはとても頼もしく、マクファーレン達を振り回す身勝手さや、エドガーとジャンを苛立たせた太太しさもまた、方向が定まればこれ以上安心して任せられる要素はないだろう」


 一長一短と言っているつもりなのだろうが、私にはとても使い易いと言っているようにしか聞こえない。

 それに、性格だけで解決できる問題でもないはずだ。身分が関わってくるのなら、平民である私では話にならない。

 しかしアシル様は、そこを無視して言葉を続ける。

 

「謁見で怖気づくことなく反論してくれたおかげで、貴族の目は見事に君へと固定された。それでも君は、紅騎士団を率いることになったなら、外聞を気にせず遠慮なく動くだろう。その姿は、同じく実力で立場を勝ち取った者に勇気を与え、くだらない妬み僻みを持つ者からのこの上ない盾となる」

「それで私が、根も葉もない噂に苦しめられても構わないと?」

「すでにその状態でありながら、平然としている子がおかしなことを言うね」


 だから、どんどんと追い込まれる私は、深く考えずに指摘してしまった。


「団長となったところで、身分を理由に従わないであろう者はいくらでもいる」

「そうだね。だから国王陛下は、君を見定めその結果でハルト様の申請を受理するかどうかをお決めになると仰られた。私としては、レオならば自力でねじ伏せる気もするけれど、いらぬ苦労は取り除いておくに限るからね」


 アシル様は、ようやっと腕を離してくれながら、実に楽しそうな笑みを浮かべる。

 そして、私の怒鳴り声が響くことになった。


「おそらくもう、君はただのレオではなく、レオ・サン=シールになっている頃だ。そしていずれは、百三十年ぶりぐらいになるかな。女伯爵となることが決定したよ」

「くそったれが!」


 どいつもこいつも、もううんざりだ。

 耐えることなく吐いた悪態と共に、目の前の糞親子に向けて懐から取り出した針を投げる。

 どちらもあっけなく弾かれたが、それでも狙いを息子に定めて走り寄った。

 団長という地位にしたって、女伯爵という身分にしたって、私には嬉しさも誉れも生みはしない。反感や障害、いらぬ詮索、数々の問題が隠れているのは明白で、どうやったって一生ものの面倒事としか考えられないのだから。

 そもそもとして、元々居たであろうシール家の跡継ぎはどこいった。母さんが駆け落ちしてから二十年以上経っているのだから、血縁から見繕っていたはずだ。

 領地経営云々をやれって言われたって、一年も経たずに落ちぶれさせる自信しか持てない。貴族の誇りはどこいったよ。高潔な金獅子の一族が聞いて呆れる。

 それに、盾なんかをわざわざ用意しなくとも、才能があって本当にその職に誇りを持っていれば、おいそれと折れはしない。むしろ成り上がりほど厄介な存在もないっての。それこそ鋼の精神が標準装備(デフォルト)だ。


「うっわ、レオってば本気なんだけど」

「どうやら説得に失敗したようだね」

「失敗って、そもそも今のを説得とは言えないでしょー」


 ジャン一人ならなんとかなっただろうに、アシル様がフォローをしながら私の逃走を阻止してくるせいで、眠り薬をたっぷり塗った針を掠らせることすら出来やしない。

 ほら、こんな私をどう見たら強いといえるのだ。


「レオの過小評価は、周りが化け物だからだよ。現に私たちをねじ伏せられないのと同じように、私も君を拘束出来ずにいる。こちらは二人掛かりなのにね」


 アシル様はそう言うも、呼吸すら乱していないのだから説得力など皆無である。

 逃げると決めて動いているので、こっちは不敬罪や規則違反を気にせず全力だってのに!


「王太子殿下からの信頼を裏切るつもりかい?」

「あいつはただ単に、私を傍に置きたいだけだろ!」

「ほら、やはり分かっているじゃないか」


 そうして決着のつかない攻防を続けたが、アシル様がふいに口にした言葉へ声を荒げた隙を突かれ、羽交い絞めにされてしまう。

 遠慮なく暴れたというのに、部屋はさほど乱れておらず、そこで初めて家具がほとんど置かれていないことを気付いた。あるのはテーブルとイスだけで、もしかしなくともこうなることが分かっていて、予め移動させていたのだろう。

 その事実が、ただでさえ抑えが利かなくなった激情をさらに煽り、無駄な抵抗を試みさせる。

 けれど、アシル様はあっさりとそれを往なすと、壁まで歩きそこに私を押し付け、背中で両手を拘束して抜身の剣を首に添えた。

 この半年でいくらか伸びた髪が、結んでいなかったせいで数本切れてしまう。それは、音もなく絨毯の上に落ちていく。


「私は本気だよ」


 何がとは言わない。

 そのくせ、わざわざ付け加えてくる。


「逃げるならね」


 だから、行き場を失った感情は、額を壁に思い切りぶつけることで最低限吐き出した。


「王太子殿下は、暴れることも口汚く罵ることも私へ許すよう仰った上で、それでも逃げるようならばと命じられた」

「…………なぜ」

「護衛を突破する腕を持つ暗殺者すら、何年もの間ご自身の手で退けられてきた王太子殿下にとって、最も自身を死に追いやれると予想する人物がレオ、君だからだ」


 過大評価を鼻で笑いかけ、息を呑んだ。

 死に追いやるだけならば簡単だと思う自分が確かに居た。眩暈がしながらもさらに考え、そのせいで意味を変えた笑いが零れる。

 つまりは、イースが何を一番に選んでいるのかを知っていることが重要なのだろう。そして、それは国であり民だ。

 なので、もし本気で私があいつの死を望んだその時は、ただ言葉を用いるだけで良い。

 ――――お前が生きていれば民が死ぬ、と。

 魂が変形していなければ、それだけで迷わず死ぬだろう。あいつは、自分と民が同時に危険だった場合、私が迷わず後者を選ぶことを知っている。軽はずみにそんなことを言わないのも、それを口にするまでで何とかしようと、それこそ死に物狂いで奔走するのだってそうだ。

 もしくは、私の心が狂ってその上でイースの死を望めば、それが叶うまで次々と民を殺していけばいい。人手を集め、取引に応じるまで永遠に、無差別に。そうすれば、暗殺を企てるよりよほど楽に死へと追いやれる。

 だから、怖いのだろう。手の届く範囲に置けないのならば排除を選ぶ。後顧の憂いが残らないように。


「団長となるか、第二王妃となるか、死か……。選択肢はそれだけだと、自覚ができたかい?」


 なぜ第二王妃がまだ残っているのかは気になったが、ひとまずこの場で逃亡を決行するのが無理なことだけは理解した。

 けれど、諦めたわけではない。

 つまり、私が懐に居るとイースに思わせた上で、自由を勝ち取れば良いわけだろ? ならば、今後は監視がつくかもしれないが、二年はチャンスがあるのだとそう思うことにしよう。

 それでも気力が根こそぎ奪われ、頷いて意思を示すことしかできなかった。

 そんな時、新たな存在が現れる。というか、入室していたのを気付かなかった。

 その人の言葉は、大いに私を苛立たせる。


「それでは駄目です、アシル様。はっきりとした言葉を口にさせなければ、そいつは後から余計なことをしでかすでしょう」


 全員の視線がそちらへと向く。

 こうして突然視界に入ってくることは、これまでに何度もあった。相変わらず、見計らっていたかのようなタイミングの良さだ。

 そして、そのほとんどで、私の窮地を救ってくれている。

 けれど、今回は違った。

 最後に見た、炎で飾られた照れ顔が記憶から消えてしまいそうになるぐらい、エドガー様は不機嫌そうな表情を浮かべ、そうしてもたれ掛っていた刺し傷が刻まれた扉から身体を離す。


「言え。任務として受けるのではなく、自らの意思で団長になると」


 濁りない青は真っ直ぐにこちらを射抜き、最も避けたかった状況を作る。

 だから、天井を仰ぎ現実を逃避することしか、今度こそ私には出来なかった。


 ああ――そういえば、あの時のキスの仕返しを考えるのを忘れていた。






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