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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【王城】編
62/79

召喚状と拉致




 入院している内に春が過ぎ、夏は身体を元の状態へ戻すことに明け暮れた。そして、秋も近くなって、ようやく私は黒騎士としての日々を再び謳歌できるようになった。

 征伐部隊の任務に出れない間、訓練以外では西街の復興の手伝いで忙しく、歳が上がっていたのにも気付かなかった程だ。

 多くの犠牲者を出し、酷い有様だったあの街も、今や南街と変わらないほどに活気付いている。粛清により没収した財産のおかげで資金には事欠かず、襲撃に加担していた者も一掃されたことで、あそこを悪の巣窟と呼ぶ者はもう居ない。ならず者が完全に消えたわけではないが、魔女の家とその周囲に名残をとどめるのみだ。

 あの時の火災は反逆の末の暴挙として、もちろん王家は強い非難を浴びた。

 それでも結果として、王太子殿下の名声は下がるどころか上がっている。貴族側の混乱を理由に後回しすることなく、彼のお方が中心となって立てられた復興計画が、民のことをしっかりと考えているのだと十二分に伝えるものだったからだ。

 おかげで助けたあの兄妹も、新しく建てられた孤児院で仲良く暮らしている。イルマもまともな家を手に入れ、父親が職に就けたことで今後も安定して暮らしていける保証を得られた。ついでを言えば、ジョゼット様に紹介すると約束しているベディーナもしっかり生き残っており、国からの援助を受けて店を開く予定となっている。

 そうして誰もが王太子殿下を絶賛するので、ついうっかりと思ってしまったものだ。勝利したからこそ言えるのだとしても、ルードヴィヒ殿下や私の努力って何だったのだろうか、と。

 しかも、私だけが苦行を強いられ、余計に悲しくなる。数々の自分勝手な行いの結果、下された処罰は半年間の減給だった。ちなみに七割だ。

 聞いて驚け。その内訳は、箝口令を独断で破った等、諸々のことで二ヶ月。ルードヴィヒ殿下に悪影響を与えかねない行動に対してが四ヶ月である。

 たかがキスをし返しただけで四ヶ月! ウィリアム副団長は、実に良い笑顔でそれを告げてくれた。

 あまりの衝撃で、開いた口が塞がらなかった。たとえ建前として使っただけで、本当は公に出来ない面で私を罰する目的があるのだとしても、反省を促すまともな理由を考えられなかったのか。おまけに半年ものブランクを背負い、征伐部隊の一員としては戦力外となる始末。

 さらには、西街でしか広がっていなかった私の異名が、南街の人間にまで知られてしまう悲劇にさえ見舞われる。

 あの夜に老人を預けた男が、震えながら私を指差し叫ばなければ……。共に居たロイドが、否定するより早く肯定しなければ、誤魔化せたかもしれないというのに! おかげで、退団を免れたことを喜ぶに喜べなかった。

 そうそう、ロイドと言えばだ。どうやら私が居ない間で、あいつにもやっと運命の出会いが訪れたらしい。



 □□□



 それは退院して宿舎へと戻り、少しずつ訓練にも混ざり初めていた頃のこと。

 減給のせいで借りを返せないままにも関わらず、いきなり驕るからといつもの酒場へ連れ出された先で、ロイドは聞きたいことがあるとやけに深刻な顔で言ってきた。

 おかげで私は、久し振りの酒をすぐに楽しめなかったのだが、とりあえず先を促してみれば驚きの内容が待ち受けていたのである。


「お前ってさ、貴族に詳しいよな?」

「は? ……まあ、平民にしてはそうだろうな」

「だったらさ、男爵ってどんぐらい偉いんだ? つーか、貴族の仕事って何なんだよ!」


 ロイドは始め、こちらの反応などお構いなしに、心底困った様子で頭を掻き毟って酒を一気に飲み干していた。

 まったくもって話が見えない。かといって、質問を残したままで落ち着いてくれるとも思えず、ひとまず意味が分からないまま答えるしかなかった。


「五爵位の中では最も下位だな。領地を持たないのも多いし、あっても町とか村で、相手によっては商人の方が金持ちだったりするぞ」

「名前言ったら分かるか?」

「何だよ。今度はお前が、喧嘩でも売ったのか」

「ちげーって。でも、俺にとっては大事件なんだよ!」


 よほど切羽詰っているのか、テーブル越しに肩まで掴んでくるので、とにかく名前を聞いてみれば、なんてことは無い。粛清の対象外で、人畜無害な男爵であった。

 貴族としては大人しく、しかし商人としては良い稼ぎを出しているとかないとか。そんな相手とどう関われば、大事件が起こるのだろう。

 するとロイドは、酒のおかげで冷静になれたのか、やっと事情を説明してくれた。ちなみにこの間で、私は一口も飲めていない。


「……ほら俺、城に突入しただろ?」

「私が火に囲まれていた時な」

「そん時にさ、襲われてた侍女がいたんだよ」

「誰にだよ」

「白騎士」


 そこで一度、お互いにため息を零す。ロイドに至っては、私以上にその尻拭いの為に奔走していたわけで、遣る瀬無さも一入だろう。

 ただ、本題はそこではないので、それぞれでなんとか持ち直す。なにより私は、一口目が不味くなってしまったのが切なかった。

 つまり二口目で、気分はすぐに向上した。


「で?」

「その侍女が、さっき言った男爵の娘でさ。助けた礼をって言われたのをきっかけに、何度か会ってたんだよ」

「まさか、お前……」

「求婚された」

「やったじゃねーか! 女からってのが、お前のらしく残念だけどな」

「正確には、父親の男爵経由だ」


 ……沈黙し、目を逸らしてしまった私は悪くない。

 なんにせよ、めでたいのは変わりないはずだ。

 しかし、だったらなぜ本人は困惑しているのか。まさか相手も、黒騎士で平民だと知らずに話を持ち掛けているわけがないだろう。

 するとロイドは、頭を抱えて唸り始めてしまった。

 その様子を眺めながら、除けられた酒にひっそりと手を伸ばす。


「婿に来てくれって言われた」

「それの何に問題があるんだよ」

「次の男爵になって欲しいって……」

「おー、玉の輿か。すげーな」

「レオ! お前、他人事だと思って楽しんでやがんな?!」


 突っかかれてしまったが、だってなあ……。どうしたいのかが分からなければ、相談に乗りようがない。

 だというのに、ロイドはそこを指摘しようとした瞬間、いくら喧騒で満ちているとはいえ、人前でとんでもないことを吐こうとしてくれた。


「俺よりよっぽど、お前の方がアレだろアレ! はくし――うごっ!」

「アレってなんだよ! つーかてめぇ、こんな所でその話はやめろ!」


 なので殴った。顔面ど真ん中を、もちろん手加減無しでだ。

 ロイドは後ろに倒れ、盛大な音を響かせた。ここで酒場は一瞬静まり返り、発生させたのが私たちだと知るや否や、楽しそうに歓声を上げる。

 その収拾がつくまで話しは中断せざるを得ず、無駄に疲れてしまった。

 ちなみにロイドは無傷だ。鼻血すら出していない。


「よーく分かった。お前が主体だと、何も、まったく、見えてこない」

「……ふつー、殴るか? 親友が困ってんのに、俺は協力してやったってのに」

「黙れ。ともかくお前は質問に答えろ」


 どうにか腰を落ち着けられて、酒を一気に五杯ほど頼む。

 こうでもしなければ、またいつ脱線するか分かったものではない。


「人の金だからって遠慮なさすぎだろ」

「国王陛下から、たんまり褒賞貰ってる奴が何言ってんだ。こっちは減給だってのに」

「それはレオが悪い。そうに決まってる」


 そうか、よーく分かった。お前は真面目に相談するつもりがないんだな。

 ロイドがあまりに即答するものだから、正解だがムカついた。

 私の表情を見て慌てていたが、残念だったな。その時には、右手を上げて叫び終わっていた。


「マスター、やっぱ十杯で頼む!」

「せめて貸した金返せよ!」

「それはそれ、これはこれだ」


 断言すれば、この世の終わりのような顔をしてテーブルに突っ伏してしまう。

 その姿を笑ってから、またしても話題が逸れていたことに気付いた。

 危ない、危ない。最低限、驕られるに相応しい働きだけはしておかなければ、明日は我が身だ。

 なので喉をたっぷり潤してから、尋問を開始する。


「その男爵のところって、一人娘なのか?」

「……いや。弟が一人居る」

「なのに婿養子? 訳ありか」

「それが、そいつは商売の方だけ継ぎたいらしくて、そっちに口出ししねーのを条件にとか何とか言ってたな。ぶっちゃけ面倒なんだと」

「あー……。そういやその家、一般向けの商売だもんな。今だと上に行く絶好の機会だってのに、ほんと興味が無いわけか」

「お貴族様の威厳ってのが全く無かったわ」


 なるほど。もしくは、人の懐に自然と入れるこいつの性格を使えると判断したか。

 とはいえ重要なのは、相手側の考えよりもロイドの気持ちだろう。

 テーブルを占領する大量のカップを次々と空けながら、ひとまずそこの確認を取ることにした。

 ちなみに、騙されている心配は全くしていない。こいつの人を見る目は本物だ。

 指を差せば、たったの五杯程度で赤くなり始めた顔が、若干ながら持ち上がる。


「で? 婿に入ること自体は問題ないのかよ」

「それは別に良いんだよ。セラは子供も生まれたし、面倒見る親もいないしな」

「そうだ、忘れてた。私が入院してる間だよな。どっちだったんだ?」

「女。もうまじで可愛くてさー。あの時、あり得ない激務だったから、唯一の癒しだったっつーか。今でもそうだけど!」


 ところが姪っ子の話になった途端、だらしない表情になるのだから現金な奴である。

 すぐに自慢話へ突入するが、以前の賭けの勝敗が分かればそれで良い。祝いは、余裕が出来たら直接持って行く。

 というわけで、思いっきり話をぶった切ってやった。


「だったら、んな面倒事は、全部後回しで良いだろ」

「でさ、そん時―― へ?」


 そして、私としての結論を告げれば、瞬時に理解できなかったのか、ロイドはアホ面のままで固まった。

 他人からしてみれば、投げやりで親身とは程遠く思うかもしれない。

 けれど、こうして相談してきた時点で、答えなど分かりきっている。


「だから、余計なことはそん時に考えれば良いって言ってんだよ」


 するとロイドは、またしてもテーブルに突っ伏した。

 しかもだ。まだ手を付けていなかったカップ全てを抱えながら。

 別に良いけどな。だったら新しいのを頼むだけだし。というわけで、また十杯追加しておく。


「レオが冷たい……。そして鬼だ」

「あのなぁ。その子、良い子なんだろ?」

「まあ、うん。美人じゃねーけど、なんていうかこう、一緒に居てホッとする感じだな」

「その顔で選り好みとか、出来るわけねーだろ」

「おまっ! 本当でも、言っていい事と悪い事があるだろ?!」


 そして、私の毒舌に反応して顔を上げたところで訊いた。


「好きなんだろ? からかわれるのが分かってて、それでも相談するぐらい」


 それから口角を上げれば、ロイドの顔が酔いとは別で一気に赤くなる。ルードヴィヒ殿下と同じ反応だ。

 七歳児と一緒って……。どんだけ残念なんだ、こいつ。

 でもま、分かりにくいよりマシだな。


「っ、た……ぶん」


 腕で必死に口元を隠す姿を思う存分堪能し、口に含んだ酒は、安いわりに中々美味かった。

 まだまだ全然いけそうだ。というか、ずっと飲んでいられる。


「でも俺、黒騎士辞めるつもりもねーよ」

「なら、辞めなければ良いだけだろ。つーか、たぶんな内は、本人との関係を深めることで悩めっての」

「爵位継げって、とんでもないこと言われてんのにか?」


 しかし、ロイドは違うらしい。振り出しに戻るようなことを言って、辛気臭い息を吐いてくれる。

 持っているのが水なら、即効でぶっかけていた。


「本気で怖気づいてんならやめとけ。その方が、その子の為だ」

「嫌だから悩んでんだって!」

「んじゃ、すぐに結婚すんのか?」

「それもちょっと……。まだ会って半年だぞ」

「あー、もう、めんどくせぇ! お前が本気なのは分かったけどな、悩む時期がまだ早いって言ってんだよ。相手側には、待ってくれって伝えれば済む話だろうが。結局、本気で一緒に居たいなら、どんな状況でも方法を模索すんだよ」


 乙女かお前は!

 今まで振られてきた理由が良く分かった。一々、真剣すぎるんだよ。

 カップを叩きつけ怒鳴ったことで、ロイドはやっと黙り、私の言葉の消化を始めてくれる。

 たたみかけるならここだ。これ以上、酒が不味くなってたまるか。


「そもそも、相手を想って身を捧げんのと、我慢して犠牲を払うのは違うだろ。後者は自分だけじゃなく、相手の価値も下げる」

「……つまり?」

「黒騎士を辞めるつもりがないのも、しっかり言えってことだ。どっちかを天秤にかけるぐらいなら、両方もぎ取るぐらいしてみせろ。そんぐらいできねーと、どの道、貴族になっても先は知れてる」


 そうすると、ロイドはいきなり立ち上がり、わざわざ移動して肩を力強く掴んできた。

 やけに本気な顔をするものだから、さっそく腹を括ったのかと思ったのだが……。


「――レオ」

「んだよ」

「お前、なんで女に生まれたよ」

「はあ?」

「俺は今、無性にお前に抱かれたい。俺が女で、レオが男なら、絶対に惚れてるわ」


 だめだ、こいつ。馬鹿だ。というか、逆が良くて、現実は無しってどういうことだよ。

 さらには目元を覆い、とんでもなく失礼なことを言ってくれる。


「でも俺ぐらいしか、お前をもらってやれない気がして。それが一番、心配なんだよ。だから今すぐ誰か見繕ってこい」

「散々ぐずっておいて、人のせいか?! 余計なお世話だ!」


 この野郎……!

 気持ちのまま、気付いた時には足払いをかけていて、ロイドは盛大にすっころんだ。どうせ無傷なのだから、ついでとばかりに踏みつける。


「ま、貴族について知ってることは、常識から何から全部教えてやるよ。とにかく今は、好きな女のことだけ考えてろ」

「……おう。頼むわ」


 それでもし、両親と同じ轍を踏みそうになった時は、私が協力すれば良いだけだ。

 ただしこれは、本人には伝えない。今はまだ、な。せっかく気合が入ったのに、後ろ向きな可能性の話をするのは野暮ってものだ。

 そうして私が、たぶん十六杯目となるカップを空けてる間で、ロイドは足の下から抜け出して声高らかに宣言していた。


「よっしゃああ! 今度こそ振られ記録打ち止めだ! でもって全力で、愛を育んでやる!」


 酔っ払い同士、周囲も乗って、ひどい騒ぎになっていく。

 その様子を一歩下がって眺めつつ、私は思っていた。さて、この情報を誰に売りつけようか、と。

 黒騎士は既婚者には優しいが、彼女持ちには嫉妬剥き出しで容赦が無い。たぶん数日後には、ボロ雑巾のようになったロイドの姿が拝めるだろう。でもって私の金欠が、少しばかり改善される。


「妨害があった方が、恋も愛も燃えるらしいからな」


 親友の幸せの為なら、いくらでも悪役になってやろう。

 けして、さっきの言葉にムカついたからではないからな。だから、安心して逝け。

 そして私は、頭から酒をぶっかけられたので限界を超え、倒れるロイドを見ながら呟いた。


「あれが貴族って……。実際にそうなったら世も末だな」




 □□□




 ――とまあ、そんなことがありつつ、日々は過ぎていったわけだが。

 どうにかこうにか金を作って剣帯を新しくし、剣そのものもすっかり馴染んで勘を取り戻した頃。ついでに言えば、減給期間が終わったタイミングで、私はありし日のように訓練の途中で団長室へ呼ばれ、そこで耳を疑う言葉を聞くことになった。

 それはもう、平穏な時間をつい思い返してしまうぐらい、唐突で突拍子のない事だ。


「しょう、かん……じょう、ですか?」


 言葉もまともに話せず、かろうじて問い返すのが精一杯。

 けれどゼクス団長は、前回と違って歩きまわらず、どっしりと構えている。

 その手には、格式ばって豪華な書状があった。内容は、国王陛下が私を呼んでいるというもの。王太子殿下ではなく、国王陛下がだ。

 そして、それを告げられた瞬間、私は忘れてはいけなかった懸念を思い出す。六ヶ月も経って、すっかり油断――というか、頭から抜けていた。主にルードヴィヒ殿下のせいだ。後、ロイド。

 なので、決断は早かった。

 ――よし、どうにかして逃げよう。

 断ることが出来ないのだから、取れる手としては登城が不可能な状態になるしかない。

 かといって、せっかく完全復帰できたというのに、また負傷するのは避けたいところだ。

 となれば、一日、二日ほど、原因不明の昏睡状態になるのが最善だな。確か部屋のどこかに、そんな薬が転がっていたはず。

 そうやって瞬時に計画を企て、冷静さを取り戻す。ここで不審に思われたら大変だ。

 しかし、すでに逃げ道は封じられていた。


「日時の指定は、何時でしょうか」


 私が尋ねると、ゼクス団長は一言――


「今日、これからだ」

「はあ?!」


 おもわず敬語も忘れ素を出してしまったが、当然なことだろう。

 正式な召喚状だぞ。謁見には相応の手続きがあり、急にこれからなどあり得ない。

 なのにゼクス団長は、至極当然のように言ってくれた。

 やばい、まずい。そればかりが頭を巡る。

 嫌な予感を抱くのが遅すぎた。どうやら勘は、完全に戻っていたわけではないらしい。


「こんな埃まみれで、国王陛下の御前に立てるわけがないですって!」


 必死に抗議しつつも、視線は逃走ルートを探る。

 しかし、出入り口以外でそれを可能とする窓は、ゼクス団長の巨体によって完全に隠されていた。そのせいで、ありがたくも何ともない後光がさしている。

 待て、落ち着こう。そうだ、準備をすると言って退室させてもらい、急いで薬を探す作戦ならどうだ。

 ……よし、これならいける。近くに瓶が転がっていたとしても、私の部屋ならいくらでも誤魔化せるだろう。

 だが、活路が見えたと思った瞬間だ。背後の扉を開く音と共に、鬼畜を通り越した魔王が降臨してくれた。


「式典用の制服があるでしょう?」


 死んでも振り返りたくないと思いながら、それでもそうしなければならない下っ端の宿命が絶望を呼ぶ。

 そして、まさしく退路を断って扉の前に立つウィリアム副団長が、ご自慢の顔をこれでもかとにこやかにして、腕に掛けていた綺麗な黒い布を差し出した。


「わざわざ、この私が、取って来てあげましたよ」

「ウィリアム副団長は、一度プライベートという言葉を学び直すべきだと思います」


 なんてことしてくれてんだ。強調したところで、有り難味は微塵もない。それどころか殺意すら抱ける。

 あまつさえウィリアム副団長は、この場で着替えろとまで言ってきた。


「何が目的ですか」

「失礼ですね。あなたの素肌になど興味はありませんよ。そうでなくとも、あんな魔窟に住んでいる者を、どうしたら女性として扱えるのか」


 失礼なのはどっちだよ。それに自室も、物が多いだけでゴミを放置しているわけではない。

 さらには、ゼクス団長まで加わって羽交い絞めにしようとしてきたので、さすがに観念して着替えるしか無くなった。

 どうやら二人共が、時間を掛けたくないようだ。本当にぎりぎりで、私へ知らせたことになる。


「それで、どうしてここまでするんですか」

「でないと逃げるでしょう。分かりきったことです。それよりもほら、濡れタオルで髪を拭きなさい」

「ありがとうございま――!」

「レオ、往生際が悪いぞ」


 私の行動はすっかり読まれているようで、タオルを受け取るふりしてウィリアム副団長の隣を駆け抜けようとすれば、後ろからゼクス団長に首根っこを掴まれた。

 やはり包囲からは脱せないか。それでも、たとえ怒鳴られたとしても、私は最後まで諦めない。

 だって、この二人がここまでするとか、それだけでもうおかしいって。嫌な予感どころか恐怖だ。

 しかし、抵抗空しく身形が整えられてしまい、ウィリアム副団長にがっしりと腕を掴まれる。


「子供ではないのですから、一人で行けます。書状を下さい、書状だけで良いです!」

「そして途中で迷子を助け、スリを捕らえ、暴漢から女性を守って遅刻すると。今回ばかりはさすがにさせませんよ」


 くっそ、やっぱだめか。それでもまだ手はあるはずだ。

 そうして必死に策を探している間で、気付けば団長室を出て廊下を歩いていた。ゼクス団長は行かないらしい。

 すると、前方で見知った人間を見つけた。

 こうなればもう、他力本願で縋るのみだ。


「ロイド! テディ! たす――――」

「なんだ、レオ。またウィリアム副団長を怒らせたのか?」

「ああ、丁度良かった。二人とも、これからレオは外出です」


 お前、いつもの特技はどうしたよ。空気読んで助けろって!

 そう訴えたくとも、途中で口を塞がれてしまい絶体絶命だった。

 しかし、さすがに分かったのか、テディがロイドの服を引っ張ったことで希望が見え――――れば、どれだけ良かったか!


「……なんだ? 相当やらかしたのか」

「そんなところです」

「くっ。ロイド、てめぇ! 調べとくっつったじゃねーか!」


 あまりに物事が急に進み過ぎて混乱がひどく、なんとか手を退けるのに成功しても、口から出た言葉は助けを求めるものから程遠くなってしまう。

 そして、ロイドの表情により、こいつも私と同じで半年前の病室での会話をすっかり忘れていたのだと悟った。


「わり! ほら、俺も大変だったじゃん?」

「お前、あんだけしつこく言っておきながら! 次のデート、平和に過ごせると思うなよ?!」

「良いから行きますよ。レオも、私の手を煩わせたことを覚えておきなさい」


 結局、全ての抵抗は無駄に終わり、ウィリアム副団長に引きずられるがまま、王城へと向かうはめになる。


「悔しかったら彼氏作れー」


 ロイドのそんな言葉が、焦りと困惑で満ちた私を見送った。

 あれか、彼女が出来たのをバラしたこと、根に持ってんのか?

 だとしても、今度、絶対、あいつのデートを邪魔してやる。とりあえず、そう心に誓った。




 ちなみにロイドは、バラされたことで、しっかり特別指導という名目の集団リンチ(愛と嫉妬の拳)を受けました。

 ということで、最終章です。



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