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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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連続する予想外(2)





 私の教師役がジョゼット様であったのは、この際だから不幸中の幸いと思っておこう。

 あのお二人の特技を知っていくつかの考えが生まれたのは良いが、行動が制限されている以上は承認と代行をしてもらわなければならない。

 なので、どうにかしてアシル様に会えるよう取り計らってもらおうと授業の合間を縫って頼んでみれば、ジョゼット様はあっけらかんと朗らかに言った。


「旦那様なら、いつもお迎えに来てくださっているわよ」


 ……授業が終わると一目散に部屋を辞す私が悪いのだろう。そういった気遣いの無さに関しては、仲間内でもよく指摘されているのだから。

 だとしても、こんなにも簡単に最初の難関が突破できてるとは思わず、それとなく天を仰いでしまう。


「ふふ、レオちゃんはもう少し、お友だちを作るべきなのかもしれないわね」

「友人ですか? そう社交性があるわけではありませんが、一応数人ならば……」


 そんな私にジョゼット様は嫌味なく言う。たとえばこれがエドガー様だったなら悪意だけが含まれているだろうが、この方の場合は意味をそのまま受け取って良いのだとその人柄から感じている。

 ただしそれは、貴族間ではあまり賢いものではないのだろう。かといって、ジョゼット様の頭が弱いということではない。単純に私に合わせて下さっているということだ。

 つまりはジャン様に抱いた印象が軽い云々を除き、バリエ家そのものに当てはまる。当主であるアシル様になど、まんまと絆されてしまっていた。気を付けなければ。

 そんな相手とこれから渡り合わなければならない私の不安をよそに、ジョゼット様は頬に手を当ててこちらを見上げていた。


「でも男性ばかりでしょう? わたくしが言っているのは、同じ年頃の女の子のことよ」

「私は特にそういった相手との接点が希薄な職場ですからね」

「やっぱり。だから余計に男の子っぽくなるのだわ」


 反応に困り曖昧に頷けば、ジョゼット様はなぜか険しいお顔をして一人でぶつぶつと呟き始めてしまう。

 そもそもとして、私と付き合える女性など早々お目にかかれるものではないのだが、そこのところを分かっておいでなのか。

 なぜなら、まったくもって話が合わない。流行りの服や人気の役者など語られてもついていけないし、性格上相談ごとにも不向き。最悪な思い出ともなれば、誤った感受性をさらに拗らせ告白してきた人さえ過去にはいた。もちろん丁重にお断り申し上げたとも。


「ねえレオちゃん、まさかとは思うけれど……」

「なんでしょう」


 とりあえず黙って可愛らしいお顔を観察していれば、今度は恐る恐るといった様子で声をかけられた。心なしか青ざめていないか?

 ともかく大人しく待っていれば、なんというかもう予想外すぎる質問が彼女の小さな口から飛び出てくる。


「あなた、恋もしたことがないのかしら?」


 …………この方の部屋は絶対にメルヘン仕様なのだろう。でもってジャン様の女性の好みは、年上もしくは大人びた落ち着きのある人なはず。たぶん大きく外れてはいまい。


「そう心配されずとも、それなりに関係を持った相手はいますので」

「ちゃんと心がときめいたり、ふわふわと浮かんだりしたの?」

「は……? あ、いえ、それが恋なのであれば、返答に困りますが」

「やっぱり。ちなみに今までの方との関係を表すとしたら?」


 一体何が目的での質問なのかは理解できないが、とりあえずは正直に答えておくべきなのだと思う。相手がジョゼット様だからこそ、戸惑いはあれど苦笑で止められた。

 けれど、内容としてはいささか問題がある気がする。まあ私は構わないし、飾るつもりもない。


「そうですね、利害関係の一致……でしょうか」


 はっきりと告白すると、ジョゼット様は愕然となされる。まあ、当たり前の反応だろう。

 とはいえ、これ以上にしっくりくる表現はなく、説明するにしてもあまりに明け透けとしすぎてしまうので、なんとかお一人で立ち直ってもらうしかない。

 正直言って、世間一般的な恋人を率先して欲しいと思ったことは一度もない。恋そのものは経験もあるが、言われたような浮ついた状態にはなったことがないし、想像だってできなかった。

 それどころか、これといってアプローチをしたりはせず、あまつさえ恋をしながら別の相手と……、ということもあったぐらいだ。

 それは騎士になってからの話で言い訳になるだろうが、規模の大きな戦闘を繰り広げた後はどうしても血が昂りすぎてしまうせいだった。男であれば仕方がないと受け入れられ易いところ、私の場合は軽蔑が先にきてしまう。はしたない、尻軽だ。女ってだけで全てが変わる。

 かといって同僚とそういう仲になってしまうのは職務に支障をきたさないとも限らず、しかし娼婦を買うわけにもいかないし、そういった性癖もないので、だからこそ醜聞を鑑みれば相手を絞るのが一番。私にとっての恋人とは、そういう意味合いが大きい。

 こういう価値観は、生活環境も一因なのだとは思う。男ばかりな集団で初心さなど見せようものなら、精神的な限界はあっという間に訪れる。それどころか誘っているとすらとらえられ、即効に喰われかねない。

 率先して猥談に加わる方が、よっぽど護身になるのだ。男からしてみれば、女のそれはかなりえげつないらしいから。


「あの……、ジョゼット様?」


 こんなところで、変な部分まで黒騎士に染まっているなと改めて認識していれば、いつの間にかジョゼット様がふくれっ面で私を睨んでいらっしゃった。上目遣いで全く怖くなく、むしろ可愛らしいだけで、リスみたいだ。こんなにもコロコロと表情を変えるなど、私には到底不可能な芸当だと尊敬する。

 そもそも何故、機嫌を損ねてしまったのかが分からない。


「レオちゃんは色々ともったいなさすぎるわ!」

「はあ…………」

「せっかく綺麗で、中身もちょっと物事に無頓着だけど真っ直ぐで良い子なのに、その魅力をどうして前に出さないの」


 そして気付けば説教をされてしまう。

 とりあえず、ずっと立たせたままというのもアレなので、手を握られたのを利用して誘導し座って頂いた。


「会ってからずっと思っていたのだけれど、お仕事だけが全てじゃないのよ?」

「それはもちろん、私にも趣味ぐらいはありますよ」

「お願いだから、旦那様みたいに剣とか言わないでちょうだいね」


 疑いの目を向けられ、ジョゼット様の目の前に座りながら内心でギクリとうろたえてしまった。私の場合は剣に限らないが、武器収集も趣味の一つだ。

 しかし、ここは黙っておくべきだろう。


「旅行と、植物もそれなりに好きで独学してます」


 いくつかある内から、まともそうなものを選んで告げる。大丈夫、嘘は言っていない。……かなりオブラートに包んでいるだけで。

 それは間違っていなかったのか、ジョゼット様の表情が一気に朗らかになった。


「まあ! お花が好きなのね」

「そう……です、ね。はい」

「ちなみに何が好きかしら? 私はね、タンポポが大好きなの。ご婦人方にはさすがに言えないけれど、レオちゃんだから教えるわ」

「それは光栄です。私もタンポポは好きですよ」


 便利ですよね、タンポポ。とは返せない。目で見て楽しむのではなく、使う方向で学んでいるとも。

 だから植物と言ったのだ。綺麗なだけで使い道のない花には詳しくないから。


「それで、レオちゃんは?」


 ジョゼット様の無邪気さが痛かった。

 彼女が好きそうな花を必死に思い出す。


「スズラン、でしょうか」

「素敵ね。花言葉はたしか、純愛だったかしら。……まあ、そういうことだったのね! レオちゃんは、たった一人の殿方と出会うのを待っているのでしょう? ふふ、恥ずかしがらずにそう言ってくれればよかったのに」


 選択はある意味正しくて、けれど私にとってはだいぶ失敗だった。ジョゼット様が一人はしゃいでいる姿から、視線を逸らさずにはいられない。

 花言葉など今初めて知りました。単純にトリカブトとかではあからさま過ぎるし、知っているものの殆どは好きというにはマニアックすぎるだろうと、スイセンと天秤にかけて選んだだけです。

 なので、できれば妄想に近い勘違いはそこで止まって頂きたい。頬を染められても、期待には断じてお応えできません。


「そうだわ。今回のお仕事が終わったら、是非とも私のお家に遊びにいらっしゃい。その時には、旦那様やジャンのご友人方も招待してささやかなパーティーを開きましょう!」

「それはちょっと……。本来ならば私は、この制服すら着てはいけない立場ですし」

「大丈夫よ、遠慮しないで。私とレオちゃんの間柄じゃない。友人関係に身分は不必要だもの。でもそうね、その際髪だけはどうにかしないとダメでしょうね。ドレスもこちらで用意する、むしろさせてくれないとつまらないし――」

「いえ、遠慮ではなく……。あの、ジョゼット様? 聞いてますか?」


 この時の慄きは、間違いなく恐怖によるものだ。

 のべつに喋るジョゼット様を止めるのは上司から一本取るよりも難しく、これこそが同僚の言っていた女性の凄さだと実感する。

 どういった思考で一瞬にして話題を変えているのだろう。こちらの答えすら求めていないのか、それとも全部が気になって選べずにそうなっているのか。謎だ、謎すぎる。これが出来なければ女の資格がないのなら、私は女でなくて良い。甘んじてどちらでも無い存在になれる。


「――おや? めずらしい」


 もはや為す術なく鎧だけを装備していれば、静かに扉が開く音がして天の助けが現れた。

 慌てて立ち上がって礼を取ると、後ろからジョゼット様が非難めいた言葉を口にする。


「空気を読んで欲しかったわ、旦那様」

「いやあ、あまりに楽しそうだったから私も混ぜて欲しくてね」


 片手で楽にするよう促され顔を上げれば、アシル様が意味ありげにこちらに視線を投げられたので、おそらくは私が困っていたのを察しておられるのだろう。さすが旦那様、奥方のことをしっかりと把握されている。

 しかも、ほがらかにジョゼット様の話に付き合っているので素直に尊敬してしまった。


「しかし、私が来るまでレオが残っているのは珍しいね」

「なんでも旦那様に会いたかったそうよ」

「おやおや、私も罪な男だ」

「残念でした。レオちゃんは、レオちゃんだけの殿方と出会うのを待っているから、旦那様は論外なの」

「そうなのかい?」

「それに旦那様は私の唯一だもの」


 ただし、それも束の間。目の前で甘い空気を出し始めたお二人を、衝動的に叩き切りたくなった。仲が良いのは結構だが、せめて誰もいない時にやってくれ。

 邪魔することもできず、仕方なしにしばらく腰の剣に伸びそうになる手を抑えつけて耐えていれば、満足したのかやっとアシル様が私の方を向いてくださった。


「それで、何か困ったことでもあったのかい?」

「いえ、困ったことはありません」

「なら用件は何かな」


 居住まいを正せば、さすがのジョゼット様も空気を読んで一歩下がってくれる。

 髪と同じ茶色い瞳からは、楽しんでいるとも品定めしているともとれる視線が生まれており、これから無茶な頼みをする私の手は緊張で汗ばんでいた。


「お願いがあります」


 それでも、頭を下げて口にする。

 すぐには言葉が返ってはこなかった。

 空気が張り詰めていた。あまりに身の程知らずな内容なため、頭ごなしに叱責されないのが逆に恐ろしい。


「頭を上げなさい」


 やっとそう声を掛けられ従うと、そこには柔和さなど欠片もないアシル様が私を見つめていた。

 それだけではない。さっきまであれだけ無邪気だったジョゼット様までが、彼の後ろで私の真意を探っている。

 お二方のそんな姿を見て思う。さすが、だと。玉座を支える三大侯爵家の一角の血は、やはりとてつもない。これで当主ではないのだから、本物の貴族ほど恐ろしいものはないだろう。

 もっともアシル様の凄さは、貴族によっては下賎とあからさまに罵る平民な私の話に対し、真摯に耳を傾けて下さることだ。


「まずはその理由を話してもらうよ」


 ほら、これがまずあり得ない。

 自惚れでもなく、それは私がそう扱うに値すると認めてくれているからであり、故に私は今回の任務を流されるままおざなりにやり過ごしたくないと思える。

 これこそがきっと、真の白騎士の姿なのだろう。

 そして私は、さらに気を引き締め、改めて考えを説明した。この方に選んで頂けたことに報いたくて、全てが終わった際には選んで良かったと言って頂けるように。

 ただし、エドガー様とジャン様にはけして伝えないで欲しいことを頼むのも忘れない。はっきりいって彼らとは、共に戦うために必要な信頼を築けそうにないと、アシル様を見て余計にそう思ってしまったから。





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