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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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偽の朝焼け(4)



 整備などされていない、雑草が生え放題で小石がいくつも転がる場所には、居住区の三分の一ほどの人々が集まっていた。

 下手に出たら話しをするどころでは無くなると思っての第一声はあっさりと流され、各々が子供を背に隠したり、欠けた包丁などの粗末な武器を向けてくる。

 そして私たちは、憎悪の嵐に見舞われた。


「騙されないわよ!」

「騎士が何だってんだ」

「来るな!」


 口を挟む暇など無かった。

 落ち着くまで耐えるしかないと思ったが、身を隠していた者達も次々と加わり、あっという間で囲まれてさらに過熱する。

 これでは叫びたくとも叫べず、説得の余地が無い。

 打つ手が思いつかず焦りが生まれた。女児の事が無ければ、まだ彼等も困惑しながら話を聞いてくれただろう。信頼が首の皮一枚で繋がっていたはずだ。

 思わず仮定に縋ってしまいそうになり、慌てて首を振る。そして、炎の迫り具合と風向きを確認し、再び気持ちばかりが先走った。

 火の粉が頭上で踊っていた。それはつまり、危険が差し迫っているということだ。風が強くなっていることに気が付けなかった。これではそう時間を待たず、居住区も炎に包まれるだろう。


「――くっそ」

「落ち着け、焦るな」

「しかし、火が!」


 どうせ罵声でかき消えるだろうとひっそり悪態を吐けば、エドガー様が宥めてくる。

 思わずそれに言い返すと、軽く腕が引かれて耳元で囁かれた。


「あの時の女児が原因か」


 その声には、苦々しさが込められていた。

 今更と思ってしまった私は、相当せっぱ詰まっているようだ。

 ここで私たちまで軋んでどうする。八つ当たりをしている場合ではない。

 だから、必死に精神を落ち着け、口元の布を顎の下へとずらして首を振る。


「私が謝罪に失敗したからです」


 そして、そう答えて苦笑しようとした時だ。

 思わぬ言葉が心を抉った。


「てめぇのせいだ!」


 小石と共に飛んできたそれに驚き、息を呑む。

 すると、示し合わせたかのように、全員が同調して畳みかけてきた。

 次第に石だけではない様々な物が飛んできて、足元に転がっていく。

 幸いにして、まだ脅しで留まっていた。


「そうだ、そうに違いねぇ」

「あんたのせいで」

「お前がいなければ!」


 だというのに無意識で足が下がり、エドガー様の身体にぶつかって止まる。

 だめだ、怯むな。笑え、笑って耐えろ。聞き流せ!


「おい……」


 なんとか表情を取り繕うも、平気だと返す力までは作れなかった。

 これが言いがかりで、腹立ち紛れな言動だとは分かっている。

 しかし、思っていたのだ。それでいて考えないようにしていた。

 女児とその両親へ頭を下げた件ではない。一連の騒動に私が関わったせいで、こうなってしまったのでは、と――

 巻き込まれただけと言うのは簡単で、駒の一つだったのも事実。使うと決めたのはイースであって、私ではない。

 だとしても、私がいなければもっと上手くやれたのではないか、こんな混乱が生まれなかったのではないかと思ってしまう。

 それはまるっきり、両親が殺された時と同じ焦燥感だ。

 そして、一つ一つは大して効果のない攻撃が、私たちに降りそそぎ始めた。


「くっ、下がれ。俺が前に出る」


 エドガー様は律儀に約束を守って下さり、それどころか私を庇おうとする。

 しかし、石の一つが頭に向かって飛んできて、反射的に腕を上げた隙を狙い、何かが脇腹に命中してしまった。運悪く、左側を。


「ぐっ、かは――――!」


 気付いたのは、息が詰まってからだった。膝が勝手にくず折れて蹲ってしまい、止まらない咳に生理的な涙が浮かぶ。

 視界の隅で、木で造られたボールが転がっていた。


「レオ?!」


 痛みを感じない分、どれほどのダメージを受けたのか分からず、自分では対処の仕様がない。

 だから、身体が望むままに咳を繰り返していれば、上から名を呼ばれた。

 これで二回目か。二週間、毎日顔を合わせて一度も無かったというのに、この数時間で再び聞けるとは。

 そう――人は変わる。些細であっても、他人からすればどうでも良い事であっても。

 だから、エレオノーラは現実逃避を選んだが、今は違う。思いはしても、怯みはしても、とことん開き直ってこの場を乗り切る。それが――私だ。

 行き当たりばったり、考えなし。何とでも言うが良いさ。それで今までの無茶ばかりな日々を生き抜いてきた。


「ぜっ、は、は……」

「一度下がって、落ち着くのを待つしかないな」


 自分の呼吸ばかりがうるさく響き、肩を抱いて身体を支えてくれるエドガー様の声すら辛うじてしか聞こえない。

 それでもその案を拒絶して、口元を拭った。


「うくっ、はあ……。なめん……じゃ、ねーよ」


 脳裏にちらつく自分の無力さを蹴り飛ばし、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、剣を外して足元に放り投げ、暗器もホルダーごと同様にそうした。

 深呼吸は一度。視線を前に定める。


「これで私は、反撃できない。遠慮する必要が無くなったな」

「何、を……」

「ほら、さっきの続けろ。好きなだけ的になってやる」


 唖然とするエドガー様を無視し、鎧を纏う。これを授けてくれた人に感謝を伝えられた今、もはや誰にだって壊される気がしない。

 逃げることもだ。逃げてたまるか。

 気付けば罵声は止んでいた。八つ当たりの雨もだ。四方から、驚きと困惑の視線を感じる。


「その代わり気が済んだら、私の連れの指示に従って避難しろ」

「馬鹿なことは止めろ!」

「どうした? 時間はそんなに残ってないぞ。ここに居たってどうせ死ぬだけだ。なら、最後まで足掻いて、賭けるぐらいしやがれ」


 そう言ってから、結果が分かっている時点で賭けが成立しないことに気付き、自分の間抜けさに笑ってしまった。

 その表情のまま、エドガー様の方を振り向き睨みつける。

 すると、伸ばされていた腕が途中で止まり、静かに下ろされた。

 心配せずとも、まだ血は吐いていないから大丈夫だ。きっと、たぶん。殿下との約束も忘れたわけじゃない。

 ただ、ここで引けば襲撃者の戯言を、作られた疑念を肯定してしまうようなものだから、少し――ほんの少し無理をするだけ。今に始まったことではないだろう?


「さあ、遠慮するな」


 一歩足を踏み出すと、中年の男が私目掛けて腕を振り上げ、弱々しく項垂れた。

 そして、何故と問う前に叫ばれる。


「なんでだ!」

「分かっているからに決まってる」

「なにを!」


 どういうことだろう。好きにさせてやろうと思った途端、皆が大人しくなってしまった。

 もしかして、逆に怖がらせてしまったか。精一杯心掛けて柔らかく微笑もうとしたのだが、どうやったって私の表情は悪魔っぽくなってしまうのかもしれない。

 それはそれで泣けてくるな。人としてどうなんだ。

 ともかく、話しがかみ合っているか不安になりながら返答する。


「お前たちは、それぞれ大切なものを守ろうとしているだけだ。でなければ、こうして皆で集まったりしない」


 だから私は切らないし、剣を外した。

 冷静な者からすれば愚かなだけだとしても、こうなってしまった責任は彼等にないのだ。

 しかし、私の提示した取引とは裏腹に、全員が沈黙して固まってしまった。

 ああ――もう、どうしたら言う事を聞いてくれるのだろう。

 心底困って空を仰ぎ、先程よりさらに近付いてきた赤い揺らめきに舌を打つ。

 さらにはあまりにも膝が笑うので、また倒れてはまずいと跪いた。一つの動作を取るごとに息が止まる。

 すると、そんな私の隣に人が並ぶ。


「我々を受け入れろとは言わない。信用する必要も無い」


 淡々としながら、けして冷たくはない響きだった。エドガー様はさらに前に出て、私を背に隠す。

 そんなことをされたくはないと抗議をしかけ、しかしそれは頭を押さえられたことで叶わない。

 どんだけ力込めてんだ。上がらないどころか下がってるぞ。それも、これ以上ないほどに。


「この場にいるのは誰かだけを考えろ。何が出来なかったかではなく、何をした者か」


 渋々黙っていれば、エドガー様の声が徐々に熱を帯びていった。

 気のせいか、髪をわし掴まれているような……。

 感情が昂ると、制御できなくなる性質なのだろう。ぶち切れさせた時もそうだった。


「子供の誘拐を未然に防げなかったことは、その役割を担う者たち全ての責任だ。しかし、ここに居るのは、その中で必死に護った者だ。仲間に頭を下げてまで、及ばなかった力をお前達に詫びた者だ」

「そんなこと、俺たちには――!」

「ああ、関係無いだろう。それでも、自分たちではどうしようもない状況で期待し、賭けるには事足りる。相手に悪意があるかどうか判断する目を、この街で生きるお前たちならば持っているだろう!」


 そして、風向きが変わる。

 なぜその事を知っているのかと驚いていたところで、女性の制止する声が響いた。


「イルマ、待ちなさい!」

「お前は……」


 さらには、エドガー様の驚いた呟きが聞こえる。

 私は何が起こったのか分からず、頭の上の手と格闘するべく首に力を入れていた。

 だが、それは必要なかったようだ。あっさりと顔を上げることが出来て、隣から高く可愛らしい声が響いた。


「騎士のお姉ちゃん」


 驚きと共に視線を向ければ、真摯な眼差しが目の前にある。

 私に合わせてしゃがみ込み、その子は今の状況にそぐわないほど朗らかに笑う。


「君は……」


 言葉を失った。どうしてと、思わず尋ねてしまいそうになる。

 そんなこちらの心情を無視し、薬物パーティーで救った女児――イルマは私の手を握った。

 そして、言う。


「どこに逃げれば良いの? あたしも一緒に、皆にお願いするよ」

「どうして……」


 せっかく我慢したというのに、無理だった。

 謝罪に行った時は会わせてもらえず、この場にいたとしても、姿を見せてくれるとは思っていなかったというのに。

 それに、誰よりも私たちを疑って当然なのがこの子である。

 にもかかわらず、イルマは私の質問に首を傾げ、さも当然なことのように告げる。


「だって、また助けに来てくれたんでしょ?」


 泣きそうになった。どうしようもなく、情けないほどに。

 ただでさえそんな状態な私に、イルマは容赦なく歩み寄ってくれる。


「お腹、ごめんね。皆、怖かっただけなの」

「大丈夫、分かってるよ。それよりも今、壁にある抜け道から、黒騎士が皆を助けようと動いているんだ」

「そこに向かえば良いの?」

「そうだよ。私たちはそれを知らせに来たんだ」

「分かった。ちょっと待ってて」


 イルマが作ってくれたこの好機を、見逃すわけにはいかない。軽い足音が遠ざかり、彼女は貧民たちの元へと戻っていった。

 その間で、エドガー様が私を立ち上がらせる。


「お前のせいで肝が冷えた」

「ご冗談を」


 わりと本気で睨まれ、肩を竦める。

 これも救われたことになるのなら、もう三度目だ。仲間と助け合うことは多々あれど、一方的にそうされたのはエドガー様だけな気がする。しかも複数回。不思議な縁もあるものだ。

 と、笑っていれば、イルマの必死な訴えが聞こえてくる。


「だってあたし、死にたくない!」


 子供の説得は簡単にはいかないようで、それでも私たちは黙って待つしかない。

 エドガー様が拾ってくれた剣とホルダーを装備し直しながら、ただただ願う。切実な、それでいて当然なその主張が通る事を。


「騎士のお姉ちゃんは、あたしのことを助けてくれたもん。さっきだって、痛くても怒らなかった!」

「……だ、そうだが?」

「あれぐらいでへこたれるほど、打たれ弱くないですよ。もちろん、薬が効いてなくても」


 強がりをのたまえば、かすかだがエドガー様が笑った気がした。

 やばいな、目がおかしくなったか。さっきよりよっぽど、今の方が自分の身体に不安を覚える。

 しばらくして、一人の男が私たちの前に立った。どうやら説得が終わったようだ。

 達成感溢れた表情で、イルマが笑顔を向けてくる。つられて私の頬も緩んだ。


「あなた方の話を信じましょう」


 本当に渋々な言葉は有難いもので、だから私はゆっくりと首を振る。


「その信用はイルマに。私たちは、彼女の信頼に全力で応えると約束する」


 結局、こちらは何も出来なかったのだ。信じるに値しない。

 それでもすぐさま、周囲の者達に話を伝えるよう頼み、貧民のリーダーにあたる男も交えて移動の相談へと移る。

 まだまだ疑念は渦巻いていたが、十分だ。皆が助かればそれで良い。


「女性と子供を男たちで囲い、エドガー様が先頭を。私は殿を務めます」

「だが、俺には案内などできないぞ」

「それは私が。ただ、あなたは怪我をしているのでは?」


 バレていたかと思いながら、気にする必要はないとそれだけを告げる。

 エドガー様も私が後ろに回るのは納得しかねているようだが、逆では歩くスピードが極端に遅くなってしまう。万一に備えて余力を残しておく点でも、これ以外の選択肢はないのだ。

 そして場が整い、避難が始まった。貧民で作られた行列はそれなりに長く、ゆっくりと進んで行く。

 私は、二手に別れる直前に、エドガー様から釘を刺されていた。


「殿下を泣かせたら許さんぞ」

「肝に銘じますよ」


 まったくもって、信用がないようだ。当然なことでも、エドガー様にまで案じさせてはお終いだろう。

 そう思いながら、しきりに私を気にして恐る恐る振り向く者達を放置し、燃え盛る西街を眺める。

 おばばは最後まで逃げないだろう。逃げないままで、平然と生き残るはずだ。真っ先に家の周辺の建物を潰して安全を確保し、今頃は暢気に編み物でもしているかもしれない。

 あのクソババアが動いてくれれば、もっと犠牲は少なくて済んだというのに。私の怪我の完治だって延びなかっただろう。


「あー……、頑張った対価にタダで薬くれたら助かるんだけどな」

「お薬がどうかしたの?」


 警戒をしつつ、そうやってぼやいていれば、いきなり声をかけられた。

 内容がただの八つ当たりだったので、恥ずかしさ混じりに小言を口にしてしまう。


「だめじゃないか、イルマ。お母さんの所に戻りな」

「ちゃんと許してもらってきたよ」


 けれど、イルマは私の横に並ぶと、そこから動こうとしない。

 仕方なく、頭を撫でて一緒に歩くことにした。

 もし襲われたとしたら、すぐに近くの者に預ければ良い。ついでに、ほとんど乾いてしまった口元の布を外し付けてやる。

 そして、他愛ない会話に興じた。

 てっきり私は、イルマが殿下と同じぐらいだと思っていたのだが、どうやら三つほど年上だったようだ。


「イルマは、私が恐かったりしないか?」

「なんで?」

「いや……。剣を下げてるし、顔もあまり優しそうには見えないだろ?」


 しかし、あまりに屈託なく接してくるので、こちらが逆に落ち着かない。

 檻から救い出した時には意識がなかったとはいえ、その間で私を見ていたとすれば、それはかなり恐ろしい光景だったはずだ。

 けれどイルマは、そんな事はないとあっさり否定した。


「綺麗だったよ。青いちょうちょみたいで!」

「蝶?」

「うん! ドレスがひらひらしててね、寝ちゃう前にずっと見てたの。あ、そうだ」


 そういえば、あの時はドレスを着てたな。ベディーナお手製の。

 かなりあられもない姿だったというのに、そう言えるイルマを凄いと思っていれば、不思議そうにこちらを見上げてくる瞳に気付く。手を繋いで引っ張ってきていたようだ。

 慌ててどうしたのかと聞いた。感覚がないことを知られるのは避けたい。イルマも含めて貧民たちの前では、普段以上に誠実な騎士でいなければ不安を感じさせてしまう。


「ん、どうした?」

「言えてなかったから。あの時、助けてくれてありがとう」


 どうして子供というのは、こんなにも純粋になれるのだろうか。

 そう思いながらその気持ちを受け取り、そっと手を離す。


「ごめんな。もしもの時のために、手は繋げないんだ」

「あ、そっか。騎士って凄いね!」

「どうして?」

「だって私は、これで大丈夫だなーって、それしか考えてなかったから」

「それだけを考えてもらえるよう、私たちが居るんだよ」


 それからは、イルマがしきりに騎士について聞いてきて、答えることが続いた。場所と状況が違えば、さぞ長閑な時間になっただろう。

 けれど、次第にかなり近くの建物も燃え始め、一行の足並みが早くなる。

 それについて行くのは、中々に苦労だった。何度も何度も腕が脇腹を庇いかけ、慌てて耐えるというのを繰り返す。

 そんな私へ、一人の青年が近付いてきた。


「あの、さ」

「何かあったか?」


 その青年は、困った様子で頭を掻き、言葉を濁す。

 イルマと顔を見合わせてから促せば、おずおずと口を開いてくれた。


「気のせいかもしれないけど……。なんか、子供の泣き声が聞こえる気がして」

「どこからだ」

「え? あ、こっち」


 本人は相手にされないと思っていたのか、私があっさりと信じたことで驚いた様子だった。

 とにかく、しばらく最後尾を頼むと近くの者に告げ、青年がその泣き声を聞いたという場所まで向かう。なぜかイルマもついてきていた。


「ここら辺を、さっき通った時に」


 他には誰も気付いていないらしく、耳を澄ましてもそのような声は微塵もしない。

 なので、二人にはこの場に居るよう念を押し、少しだけ行列から離れて路地へと入った。

 それだけで、至る所で激しく炎が弾ける音がする。もう少し急いだ方がいいかもしれない。

 そして、やはり青年の気のせいだったと結論付けようとした時だ。


「――――、――――て!」


 届いた。私の耳にも、微かな泣き声が。

 瞬間、歩くのにも苦労していた足が自然と動く。青年とイルマの所へ戻り、伝言と指示を出す。

 全てが考えるより早い行動だった。


「イルマはすぐ、お母さんの所に戻るんだ」

「え、え? うん」

「お前は、最前列のもう一人の騎士に伝言を。頼めるな?」

「分かった。でも、あんたは?」


 答えは決まっていた。


「助けに行く」

「でも! そりゃ、俺が言ったことだけどさ、子供一人ぐらい……」


 最後まで言えず尻込みする青年に苦笑できたのは、彼が現実と現状を分かっていて、そのくせ優しさも捨てきれないからだろう。

 だから私に、声を掛けてきたのだ。建物が燃える道に入りたくないのは当然で、見ず知らずの子供に命を賭けるなど、かなりの勇気が必要になってくる。

 それを青年は持っていなかった。しかし、伝えるだけの勇気はあった。彼はただ、見捨てて欲しかっただけなのかもしれない。私がそうすれば、騎士の判断として正当化されるのだから。


「お前は正しいことをした。で、私は仕事をする。それだけだ」

「あ、待てよ! 伝言は?!」

「少し無茶をしてきますが、約束は忘れてません。皆を頼みます。そう伝えてくれ!」


 つまり、賢いのは青年の方で、私が馬鹿なだけだ。

 背中でイルマが何かを叫んだ気がした。

 聞き取れなかったが振り返らず、先程の声がした方向へと駆ける。

 取り繕う必要がなくなったので、可能な限り脇腹を支え、すぐに乱れる呼吸を無視し、残していた力をなんとか振り絞る。


「どこだ?! 聞こえるなら返事をしろ!」


 進めば進むほど、道を逸れれば逸れるほど、周りは赤一色となって行く手を遮ってきた。

 しかし、捉えた。


「助けで、っう……、誰がぁ、お願い゛」


 悲痛な、必死な声。ここに居ると伝えてくる。

 それを聞いただけで、無視しなくて良かったと思う。つくづく自分は子供に甘い。

 そして、見つける。声の主は、家だった炎の塊を前に、あらん限りの力を使って泣いていた。ただただ、救いを願って。

 だから私は、手を差し出す。それに応える為、この街に来たのだから。

 ――――そうだろう? 





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