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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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偽の朝焼け(2)




 私たちの立場をある程度でも周りに示すことが叶い、これでやっと西街の住人の救出に移れる。

 本当ならばエドガー様を通じて指示をするのが理想だが、今はその手間が惜しすぎた。

 警ら隊の部隊長から何かを言いたそうな気配がしたので、それに気付かなかった振りをして先手を打つ。


「警らは三小隊、今すぐ馬を走らせて西街の裏へと回れ! 残りは手分けして、馬車と医者の手配、近隣住民の避難誘導および飛び火の警戒、直接救助にあたる者の選抜を! 西街住人の避難場所は水の広場とし、これの準備は自警団に頼みたい!」


 しかし誰一人として、すぐには従ってくれなかった。

 いきなりの、しかも所属の違う小娘による命令に唖然とし、あっという間で憤慨する者が続出する。

 特に中級の先輩たちがひどかった。警らを中心とした上級である部隊長の方々は、まだ黙って私を見るに留まっているが、それもいつ変わることか。


「征伐のお荷物が何様のつもりだ! あぁ?!」

「はっ! 裏に回って壁でも壊せってか?」

「しかもこの炎の中飛び込めと。てめぇは俺たちに死ねっつーんだな!」


 次々に罵倒を浴びせられ、今にも殴りかかってきそうな気配となる。

 懐かしいな。入団当初は征伐部隊の面々も含めてこれが日常だった。罵られ、笑われ、殴られて、私を辞めさせたいばっかりに冗談半分で襲ってきた奴もいたっけか。

 その中で付いた耐性が、まさかこんなところで役立つことになるとは。本人達も予想していなかったに違いない。

 痛みに呻くか気絶した目の前の拘束された連中をわざとらしく一瞥し、それからその塊を越えて仲間に近付いていく。


「口しか動かせねぇ奴はすっこんでろ!」


 とはいえ、歩み寄ったのは身体だけだ。

 文句なら全てが終わってから聞いてやる。満足行くまで殴れば良い。


「いつのまに黒騎士は、一から十まで説明しなきゃ動けないほど腑抜けやがった?! 中へ入ることも、中から外へ逃がすことも、私なら方法を持ってるからここに来てんだよ! 分かったらさっさと言った通りにしやがれ!」


 思わず喧嘩腰になってしまったが、エドガー様が権力を振りかざす直前で部隊長方が集まってくれた。

 その視線は必ずしも私のことを許容しているわけではなかったが、それでもこの状況で嘘を吐くとは思わずにいてくれているらしい。

 だから早口で、納得に足る説明をする。


「西街の裏、正門から十三番目の国旗をさらに二十四歩進んだ場所は、薄い壁で隠されているだけで、壊せば簡単に通り抜けられるようになります」

「そんなことを何故知っている?!」

「ラルフ部隊長を通し、ゼクス団長とウィリアム副団長には報告が上がっています。とにかく、そこに向けて中の者達を誘導しますので、急ぎ通れるようにして下さい」

「どういうことだ」

「道はまだあります。ただしこちらは、どこに出るかまで把握していませんので、大勢で入るには些か不安があります。他の方々は裏を使った方が良いでしょう」


 向けられる驚愕は大きく、秘匿していたことに対する怒りも垣間見えた。

 特に裏の抜け道は、国の防衛にも関係してくるので大問題である。

 しかしこれは、正式な決定で放置され、発見者というか情報を入手した私には箝口令がしかれたものだ。

 西街の人間も全員が馬鹿ではない。裏の世界に染まれば染まるほど、逃げ道が一つしかない状態で暢気に寝てなどいられなくなる。

 潰したとしても、減るどころか増えるだけだろう。それを常に見つけられるとは限らない。

 だったらしっかりと把握して、その箇所に事実は知らせず監視を置く方が建設的だ。

 よって、箝口令を独断で破ったことについてはともかく、隠していた事を非難される理由はなかった。

 ちなみにもう一つの抜け道については、報告も事実確認もしていないのでほぼ賭けだ。そうでなくともどこに出るか分からない以上は、土地勘が無ければ色々と危険が多いと判断した。


「信じる信じないの次元は、とっくに越えています。これしか手段はない。違いますか?」

「この者の発言は全て、私の言葉と思え」


 皆が半信半疑、むしろ疑心暗鬼な中、背中を押してくれたのはエドガー様だった。

 近衛部隊の白騎士。それだけでも十分な効果を発揮するが、そこに付け加えられるのが家の力だ。

 反論の余地が無くなった部隊長たちは、様々な反応を見せてくれながらも全てを委ねてくれた。

 そして警ら隊の部隊長が、真剣な眼差しでこちらを射抜く。


「だが、指揮官が前線に出るのは容認できない」


 もっともな意見である。本来ならば、エドガー様は残るべきだろう。

 しかしこの場には、上手く連携を取れる者が他にいなかった。相性の問題以前に、私の戦い方を知らなさすぎる。

 それに、大まかなことだけ分かれば、後は事情を知らずとも普段のような動きが出来るはずだ。


「だ、そうですが?」

「私は南街にも疎い。それに今回、私はこの者の補助に来ただけだ」

「ええ、それは既に分かっております」


 しかし、警ら隊の部隊長はすぐには引き下がってくれなかった。肯定したというのにだ。

 意味が分からず首を捻っていれば、やはりその視線が私に向く。

 そして、呆れた様子で指差してきた。


「貴族に補助をさせといて、お前にはその自覚がないのか」

「は? 私のことを言ってたんですか」

「あれだけの大口を叩いておきながら、お前以外に誰がいる」


 ……ごもっとも。ついさっき、偉そうに命令したのは私でしたね。

 ただ、差し迫った状況だから仕方なく従ってくれるだろうと、それしか考えていなかったから驚きだ。

 すると警ら隊の部隊長は、本当に嫌々ながら口を開いてくれる。


「俺たちが、これまでどれだけお前に仕事を取られてきたか。あまりの神出鬼没さに呆れてはいたが、その働きに嘘はなかった。それぐらい、俺たちも分かっている」


 日課のジョギングや西街での情報収集の中で、これまで何度も不埒な場面に遭遇している。それは全て、本来ならば警ら隊が取り締まるべきものだ。

 だから、点数稼ぎと陰口を叩かれていたのは知っていた。手柄を横取りしたと言われても仕方が無い手出しをしたこともある。

 それがこんなところで意味を持つとは……。

 西街との関わりだって、元の目的に対しては無意味でしかなかったというのに、それが今、人を救うことに役立とうとしている。

 無駄にはならない。ジョゼット様の言葉が蘇る。

 どうしよう。さっきから、力が湧いて仕方がなかった。


「……ありがとうございます。しかし、私ならばどこに出ようとも、ただの貧民の居住区に向かうことができます。出来る事を皆で、出来る限りやりましょう。細かな手配はおまかせします」

「そうか、分かった」


 部隊長たちの了承を得たことにより、納得できなくとも一気に皆が慌しく動き出す。

 中で苦しんでいる者達からすれば、どれだけ遅いと罵られても反論はできないだろう。しかし、動かない限りは誰も救うことなどできやしない。

 そして私とエドガー様も、突入するべくその準備に移ろうとした。

 そんな時だった。どこからか、強く名を呼ばれて引き止められる。


「あたしらにも何か出来ることはないかい?!」

「手伝わしてくれ!」

「何でも言って下さい、何でもやります!」


 しかも複数だ。

 呼び捨てだったり、様付けだったり。知人もいれば、噂で勝手に知っているだけの者もいるだろう。


「まだ叫べるか?」

「やるしかないでしょう」


 エドガー様に囁かれ、苦笑する。

 正直なところ、ここで野次馬をしている暇があれば、さっさと逃げてくれるだけで良い。

 だが、この一体感を上手く利用できれば、後々の非難が緩和するのは確実だ。そんな打算的な考えを巡らせたくはなかったが、綺麗事を言ってなどいられない。

 無意識に脇腹を支えたくなるのを我慢し、こちらは任せるよう部隊長たちへ合図した。


「これより我々は、救出作戦を実行する! よって、この場の者には直ちに避難することを命じる!」

「それ以外でも何かやらしてくれ!」

「分かってる。こちらこそ、手を貸して欲しい。皆の手で王都を護ろう!」


 もちろん、私の言葉に全員が真摯に耳を傾けてくれたわけではない。

 そそくさと避難していく者もいれば、鼻で笑う者もいる。忌々しそうに睨みつけてくる者は、第二王子の駒だろうか。問いつめる余裕がないのが悔しいところだ。

 ただ、それらを嘆くより、手を貸してくれる者がいることの方が重要だろう。

 だから私は、鉄臭さを感じるようになってきた喉を叱咤し、なんとか皆が望む騎士を演じた。


「足や体力に自信のある者は、王都中の医者を叩き起こして水の広場へ向かうよう伝えてくれ! それから古くて良い、近隣の宿から毛布をありったけ譲ってもらい、それを水の広場へ! 自警団と協力して細かな用意もだ! それと誰か、急いで水を桶二つ持ってきてくれないか」

「避難に応じない者や協力を渋る相手には、ブノア家の名を出せ。遠慮はいらん! だが、少しでもそれを悪用してみろ。二度とこの国の土を踏めないどころか、陽の光を拝む機会を失うと思え。これは脅しではない!」


 さらに隣から、思いもしない言葉が続く。

 次々と快い返答をもらい、乱れる息を整えながら言ってしまう。


「前から思ってましたが、エドガー様は中々に過激ですね。ここで脅しますか」

「脅しではないと言ったはずだが? それに、お前には負ける」


 心外だと言った様子で、青い瞳は私が足を奪った連中へと向いた。

 なので、肩を竦めておどけてみる。


「私は、万一にでも逃げられないよう保険をかけただけですよ」

「物は言い様だな。あれを見て俺は、微笑みの悪魔という馬鹿げた名を笑えなくなったんだが?」

「それはそれは。私は出会った当初から、銀雪の騎士に納得していましたよ。まあ、些か優しすぎる名だとは思いましたが」


 そうやって、今までならば考えられない軽口を叩き合いつつ、頼んでいたものが届けられるのを待っていたのだが、そんな私たちへ唐突に罵声が飛んできた。

 大人しくなっていた裏切り者の一人だ。強い憎しみを瞳に宿し呪詛を吐く。


「高貴な色をおこがましくも宿しておきながら、貴様は自分が何をやっているのか分かっているのか!」


 痛みに慣れてしまったのか、はたまた憎しみが痛みを越えたのか。

 無視しようと思ったが、そんな私の耳に聞き捨てならない言葉が飛んでくる。


「あまつさえ、忌まわしき色を持つ者と懇意にするなど! 王太子に続いて、どれほど愚かさを重ねれば――」


 足を地面に叩きつけた音が、驚くほどよく響いた。

 自分の中で何かが切れてしまった気がする。それはもう綺麗に、良い感じに。

 元凶へと近付いていけば、一歩ごとにそいつの表情が白くなっていき、あまりのまぬけさで腹を抱えそうになる。

 そうすれば血反吐をはきかねないというのに、まさかわざとか。狙ってるのか。

 憤慨している間で真正面に辿り着いたので、見せつけるようにゆっくりと剣を抜いてやった。


「ひっ、あ、悪魔め!」


 人の顔見ながら何て事を言うんだ、こいつ。失礼すぎるだろ。これでもそれなりに美人な部類に入るはずなんだがな。

 そうぼやきながら、左手を後ろへ回す。そこで自分の髪が、緑騎士との追いかけっこで少しばかり短くなっていたことを思い出した。

 最近は、起きて顔を拭いている間でカティアさんが結んでくれていたから、すっかり忘れていた。

 ともかく束ねた髪を掴んで、頭と手の間に刃を入れる。


「ばっ、止めろ!」


 エドガー様から怒鳴られるも無視だ、無視。一気に右手を横へ引く。

 感覚がない分、力加減が上手くいかず、危うく背中を切るところだった。視界の隅に、括っていた紐が落ちるのが見える。

 そして左手を、胸糞悪い男の頭上で開いた。


「で、何だって? ただの身体の一部が、染めれば簡単に変わるただの色が、切ってもいつかは生えてくるものが、てめぇに今、何かを与えたか?」

「な、なっ――」

「あー、悪い。生えるとは限らねーか。特に男は、死活問題だったりするもんな。てめぇはそれに悩む前に終わるけど。ま、若い姿であの世に行けんだから、それはそれで幸せなのかもな」


 ハラハラと舞う髪が、炎に照らされ散っていく。

 訓練で陽に焼け、西街への潜入で何度も染め、そのせいで痛み褪せてしまった金は、私に何も与えはしなかった。大切なものを、理由にもならない理由で奪ってくれた。

 たしかにこの色は、美しければ美しいだけ人を魅了するだろう。金貨などの高価な物を連想させる。

 しかし、それだけだ。熱気にあおられ、夜風にさらわれ、あっけなく消えてしまう。薬の効果がなければ得たであろう感覚と同じで、こんなにも軽い。


「その短絡的な思考はどうにかならないのか!」

「――金よりよっぽど黒の方が優秀だ」


 エドガー様が肩を掴んで叱責してくるが、怯える男だけを見続けた。

 そして、はっきりと言ってやる。


「それは光も……、金さえ吸収する。どんな色とも調和して、そのくせ己を譲らない。ただ光って主張するしかないより、よっぽど気高いじゃねぇか。なあ?」


 だから私は、黒が好きだ。だから私たちは黒騎士だ。

 ――だからイースは、絶対に負けはしない。

 しかしなぜ、隣のお方は呆然としているのだろう。

 まあ良いか。時間的に、そろそろ例の物が届くはず。届かなければ、強引な手段に出なければならない。


「特に赤との組み合わせは最高だ。でも、てめぇの血はだめだ」

「すまなかった! 謝るから、だから!」

「心しなかったのが悪い」


 しっかり忠告はしてあった。次はないと。なにの私の耳に、王太子殿下への侮辱の言葉を飛ばしたのだから自業自得である。

 そして、己の罪を自覚できるようゆっくりと逝ける場所を狙って剣を振り、しばらくして男の口から声が生まれることは二度となくなった。

 やはり流れたその色は、薄汚れて地味なもので、剣の銀にも劣る。

 コートを脱いで刃を拭い、せめてもの情けで転がった男の上に広げてやったというのに、意識のあった別の奴が嘔吐したせいでせっかくの気遣いもひどい有様だ。

 ここで待ちかねた物が届かなければ、腹いせにそいつを蹴り飛ばしていたかもしれない。


「ちょ、どいて下さいっす。レオさーん、お待たせっすー!」

「遅い!」

「これでも急いだんっすよ。この騒ぎでもさすがに本部を無人にはできないっすから、俺一人で用意しなきゃいけなかったし!」

「良いからさっさと河に下ろせ」


 それは馬を入手した際、本部へと走ってもらった例の指示によるものだ。出来ることなら無駄になって欲しかったが、出しておいて良かった。ついで、野次馬に頼んでいた水も届けられる。

 これで私たちも、突入が可能になったというわけだ。

 なので、未だに人の肩に手を置いて固まっているエドガー様を、急ぎ呼び戻すことにした。

 桶の一つを渡してもらい、それはもう躊躇なく頭上でひっくり返してやる。

 嫌がらせではない。火の海に飛び込むせめてもの対策だ。

 

「つめっ、なにをする!」

「寝てるのではと思いまして。ああ誰か、止血用の布を二枚くれ」


 勤務中は携帯が義務付けられているそれを譲ってもらい水に浸してから、続けて自分も同じく全身に被る。私の場合は、薬のおかげで寒さは感じない。

 そして、一枚をエドガー様に渡して口を覆った。喋りにくいが、それは諦めよう。


「舟の用意ができました。行きましょう」

「また恥じらいのない……。それに舟だと?」

「厩舎で一応、橋が落ちていた場合を考え、持ってくるよう伝えに行かせていたんです。死体引き上げ用なので小さいですが」


 コートを脱いだせいで、ホルダーでは隠しきれないほど薄いシャツが身体のラインを出してしまったようだ。布の下で零されたため息はしっかり届いている。

 まあ、そろそろエドガー様も見慣れただろう。

 そして、本来ならば業務部所属で現場には出ない新人が、他の者にも手伝ってもらいながら舟を河へと下ろすのを待ち、二人で乗り込んだ。

 怪我を気遣ってか、移動を請け負ってくれたのでそれに甘え、私は頭上に向け声をかける。


「助かった。お前は戻って良いぞ」

「了解っす! あ、死ぬのは処理が面倒なので、まじで勘弁して下さい!」

「……お前は本当に小隊長なのか?」


 その指摘には、私も最初から不服しかなかったので答えようがなかった。

 任命はラルフ部隊長からされ、納得がいかずウィリアム副団長に説明を求めたのだが、そこで言われた理由がとんでもなさすぎて教えるのも憚れる。


『ただでさえ疎まれているのですから、今ならその中にやっかみが増えた所で気にならないでしょう? 一度で面倒事を済ませてあげるなど、優しい上司で良かったですね』


 今思い出しても、真意が分からない。出世欲は無いどころか勘弁して欲しいぐらいだが、だとしてもこれ以上の地位は望めないということなのか、それとも単純に素養があると思ってくれていたのか。

 なんにせよ、任された部下がことごとく灰汁が強くて、まとめるなど一生かかっても不可能なのは確かである。ロイドがいてやっと、なんとかやっていけてる状態だ。


「もう少し北へ、あの屋根の色が少しだけ薄い建物の前で止まって下さい」


 そうしてげんなりしていれば、情報にあてはまる場所へと到着した。

 南街側からはこちらを窺ういくつもの視線をもらい、西街側からは炎の歓迎を受ける。

 その中で慎重に壁へと近付き、生い茂る水草を掻き分けて入口を探す。


「やはりお前、感覚が無いだろう」


 その作業に集中していれば、とうとう明確に追及されてしまった。

 この状態で怯まないのは、やはり決定的だったか。

 振り返れば、エドガー様は腕を上げて熱気から顔を守っている。


「こうでもしなければ、動けませんでしたから」

「殿下を泣かせるつもりか」

「エドガー様さえ黙っていてくだされば、そんなことにはなりませんよ」


 しかし、壁の些細な違いにも気付けないのは不便だな。

 苦肉の策として、左手で拳を作って強めに叩いていく。やはり習慣的に包帯でも巻いておくべきだった。


「……ですから、いざという時は遠慮しないでください。もう十分に、私たちが全力を尽くしていると見せられたでしょう」

「留まるよう言われた際、従えばよかったとは思わないのか」


 エドガー様らしい優しさだなと思う。戻れと言えばそれで良いだろうに。

 そして、壁が壊れるのと私の返答が重なった。


「西街は、私にとって―― あ、ありました!」


 賭けには勝てたようだ。

 急いで偽の壁を剥ぎ、入口を露わにしていく。途中からはエドガー様も協力してくれて、普通の家の玄関ほどの分厚そうな板が現れた。

 しっかりと管理されているのか、腐敗している様子はない。取っ手などは見当たらず、下の方にくぼみが作られていた。どうやら水が侵入しないよう、持ち上げて開閉する仕組みらしい。これまた私に優しくない造りである。

 エドガー様がなんとか頑張ってくれたが、通るには最後の一押しが足りないようだ。


「そっちは頼みます!」

「死んでもそちらの方は生きて帰せ」


 だから、警ら隊の部隊長の激励を受けてから二人で扉を押し上げ、ぎりぎり作れた空間をなんとか通る。

 今まで炎が担ってくれていた光を失い、手にするのは小さなランプ。薄暗い中、わずかな溝臭さが鼻をつく。


「さしずめこれは、地獄の入口ですね」

「殿下といい、お前といい……。縁起の悪いことを口にするな」


 そして私たちは、西街への突入を開始する。

 今度こそ肩を並べ、一人でも多くの未来を救うために。

 感覚はないはずだが、腕がぶつかるほど近くにある隣の存在は不思議と温かく、そして頼もしく感じられた。






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