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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
53/79

偽の朝焼け



 貴族が平民に頭を下げるなど、イースが私に対してそうするのと同じくらいあり得ないことだ。

 人としてどうとかではなく――あいつは人でなしだが――それが身分制度であり、その行動を恥とすることで戒めに繋がるからである。

 よって、エドガー様の行動は、私を大いに混乱させてくれた。


「何に対し、私は……謝罪を受けているの、でしょうか」


 頭を上げろと簡単には言えない。

 なにしろ重いのだ。伯爵家の次男の謝罪なのだから当然だろう。

 かといってこんなことをされる謂れはなく、安易に受け取ることもできない。

 その為、なんとか冷静になって問いかけたのだが、私はとっかかりからとても不誠実に相対していたと知る。


「いくらお前が気に食わないからといって、生まれや身分を冒涜して良いはずがない。性別を理由に使えないと決め付けたこともだ。それと、本当ならば俺が立ち入るべきではないのだろうが、ジャンの件もあいつの友として、止めるどころか気付くことすら出来ず、すまなかった」


 教本にでも載っていそうな綺麗な姿勢で折られた腰は、上がるどころかさらに下がった気がする。

 その姿に思う。――最低だ、と。

 それはもちろんエドガー様に対してではなく、自分自身へ向けた言葉だった。

 この人は今、騎士という同じ立場をもって謝罪をしてくれている。なのに私こそ、身分しか見ていなかったのだから。

 気に食わないのはしょうがない。無理に気に入ってもらう必要もない。そうでなければ仕事が出来ないなど、自分の未熟さを都合良く誤魔化しているだけだ。

 そしてこれは、私が覚悟して事に当たるのと同じで、だからこそ見せているエドガー様の決意である。


「頭を上げてください」


 それを理解した後に声を掛け、濃い青が姿を現すのに合わせて今度は私が頭を下げた。

 気を遣うなど、とんだ自惚れだった。また間違ってしまうところだった。

 そんなことを考える暇があれば、エドガー様のように協力する努力をすべきだと学んだはずだというのに。


「こちらこそ、数々の傍若無人な態度、大変申し訳ございませんでした」


 傍から見れば子供の喧嘩の終わりのようで、状況を考えろと呆れられるかもしれない。

 けれど私たちは、土台からまず作れていなかった。それを清算しなければ、いざという時の連携が鈍る。命を預けるなど持っての他で、判断の邪魔にしかならない。

 自分を許せないだとか、謝るだけで済む問題ではないだとか、プライドなどもっとそう。これは自己満足であって自己満足ではない。

 きっとエドガー様も、同じ気持ちなことだろう。

 全てはルードヴィヒ殿下から託された想いに応え、信頼に報いる為に――


「勘違いするな。だからといってお前と慣れ合うつもりはない」


 だから、どこか照れ臭そうな響きをもった言葉に笑ってしまった。

 エドガー様のことが少しだけ理解できた気がする。この人はたぶん、興奮したり動揺したりすると暴言を吐いてしまう悪癖があるのだろう。

 外れていたとしても、そう考えていれば嫌味に腹が立つことが少なくなる。


「しかし、これから向かうのはお前の領域(フィールド)だ。好きなように動け。そして、迷わず最善を選び取れ。全ての責任は俺が取る。お前の背中は、殿下から俺が預かった」

「言われなくとも」

「ならば、用件はこれで終わりだ。――行くぞ」


 強気に返せば鼻で笑われた。それで良いのだと言われた気がする。

 でもって、エドガー様が隣を通り過ぎてから顔を上げて後を追うと、強めの風が黒髪を煽り耳が見え、そこがやけに赤いように思えてひっそりと噴き出してしまう。

 もしかして、だから頭を上げろと言ってくれなかったのだろうか。身体の具合に不安を持ちながら、それでも無理をしたというのに酷い人だ。


「念の為に迂回するので、先ほどより飛ばします」

「望むところだ」


 そして私たちは、孤児院が怪しまれないようせめてもの撹乱をしつつ、とうとう西街へと馬を走らせた。




 □□□




 あまりに人が多すぎたせいで、途中までしか馬を使えなかった。仕方なく顔見知りに預け、人ごみを掻き分けながら橋がある場所へと走る。

 そして、やっとの思いでそこを視界に捉えた時、私たちは思わず足を止めてしまった。

 至近距離から見た西街は、ありきたりな表現でもまさしく火の海だった。河に沿って炎が広がり、その勢いは衰えることを知らない。熱気に至っては、南街側をも侵略している。

 なにより舌打ちを我慢しきれなかったのは、私にとって最悪な想定であった橋がすでに落とされていたことだった。

 建国者から罵りたい気分だ。ただでさえ西街は隔離されているというのに、王都をぐるりと壁が囲っているせいで、今では完璧に孤立してしまっている。これでは、鎮火する頃には全てが炭と化しているだろう。

 しかし、すぐさま気を持ち直し、声を張り上げる。


「退け!」


 制服を着ておらず、目の前の惨状に気を取られて腰の剣にも気付かないせいか、やっとの思いで確保していた前方を塞がれそうになったからだ。

 幸いなことに私を知る者が近くに居たのか、慌てて周囲へも道を開けるよう促してくれる。

 それに感謝しつつ、なんとか黒い集団の元に辿り着いた。


「レオ?!」

「レオさん!」

「他の面々は?!」


 その途端、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 やはり手出しができなかったらしい。自警団も近くに集まっているが、野次馬が河に近付きすぎないよう注意するぐらいしか出来ることがないようだ。

 あげくに征伐部隊どころかゼクス団長とウィリアム副団長の姿も消えてしまっていることが、黒騎士に大きな混乱を招いてしまっている。

 しかし、その不安を拭ってやるのも、説明してやる時間だって惜しい。

 なのでより冷静な者を探し、警ら隊の部隊長を見つけた。


「時間が惜しいので、まずは状況の説明を」

「分かった。ゼクス団長ならびにウィリアム副団長、そして征伐部隊の全員が出払ってしばらくして、炎が一斉に西街を取り囲んだ。我々が急ぎ駆け付けた時にはもう手の施しようがなく、やむを得ず住人の避難を優先しようとしたのが一刻前のこと」


 皆の視線がしきりにエドガー様へ向けられていたが、気付いていない振りをして耳を傾ける。

 その間も、蟻のように群がる野次馬や炎の奥を必死に見据えた。

 くっそ、息がやけに切れる。整うのが遅い。額から流れる汗は熱気からか、それとも身体の異常を知らせる冷や汗か。これも無視するしかないだろう。


「しかし……」

 

 それにしても、なんだろうこの感覚は。炎を睨みつけながら違和感を抱いていれば、説明が唐突に止まった。

 嫌な予感がして視線を正面に戻すと、警ら隊の部隊長は苦い表情を浮かべながら顎でとある方向を示す。

 するとそこには、十人ほどの黒騎士が拘束されている姿があった。


「あの者達は?」


 その理由に予想がつき、あまりの怒りで言葉を失った私に代わり、エドガー様が問いかける。

 警ら隊の部隊長の視線は、そこで橋があった場所へと移った。石造りのアーチ橋は見事に無くなり、下の河でただの瓦礫と化していた。


「我々が西街へ渡ろうとするのを阻止したあげく、知り得ないはずの橋の仕掛けを使ってこの状況を作り出した者達だ」

「仕掛けだと?」

「西街が、元は侵略を受けた際に敵を追い込み、一掃する目的で造られたことはご存知ですか?」

「一応はな」

「橋も同じで、仕掛けを起動させれば簡単に崩すことができるそうです。とはいえその方法を知っているのは、本当に限られた方々だと聞かされています」


 だからこそ、まんまと崩されてしまったのだろう。

 エドガー様はそんな事がと疑い半分で絶句していたが、私たちにとってはわりと有名な話だ。

 そしてそれは、さらなる不安材料となってくれた。

 今は無法地帯でも元は重要な役割を担っていたのだから、橋の破壊方法を知る限られた人物とは、それこそ国王陛下を筆頭とした方々と誰もが予想する。あげく実行したのが黒騎士となれば、それだけでも様々な憶測と動揺を生むだろう。


「やむなく四名を切り捨て、七名を捕縛。結局、我々に出来たのは、無謀を承知で河へ飛び込んだ者達を引き上げることのみだった」

「では、中の状況が少しは分かるんですね?」


 エドガー様への簡単な説明を終え、再び警ら隊の部隊長に状況を教えてもらう。

 思わぬ朗報だった。これで少しは、今後の行動の参考になる情報を得られる。

 そう思ったのも束の間、私の問いには無情にも首を振られてしまった。


「混乱が過ぎて、言っていることが的を得ない」

「ああ、良かった。そんなことですか」


 しかし、沈みかけた気分はすぐに浮上する。てっきり意識がないだとか、死んでしまっただとか、そんな結果だったのかと思ったじゃないか。

 だというのに、そう言った私をエドガー様までもが驚いた様子で見つめてくる。

 不思議だったが、時間がないので置いておく。

 とにかく連れてきてもらうようお願いすれば、救出者がそう待たずにやって来た。

 ただでさえ清潔とはいえない格好をさらに黒くして、腕には包帯を巻いている。

 フリーのならず者だろうか。その男は、なぜか周囲の黒騎士に対してひどい怯えを見せていた。


「――おい」

「ひぃっ! やめ、やめてくれ」


 ほとんど引きずる形で現れ、呼びかけただけで頭を抱えて蹲る始末。

 苛立ちそうになるのを堪えてしゃがみ込み、仕方なく精一杯の柔らかい態度を心掛ける。


「腕の他に痛むところはないか?」

「なんで俺がこんな目に……、なんで……」


 残念ながら、それでも正気を失ったままだった。

 なるほど、これでは確かに何の役にも立たないな。

 しかし、それを許し、根気良く付き合ってやるわけにもいかない。

 溜め息を零してから、一度顔を上げる。


「ロープはありますか?」

「あ、ああ。数本ならば」

「では、それを持ってきてください」


 そして、エドガー様にお願いをして、男を移動してもらった。

 私が指差したのは、炎で赤く染まった河である。


「落としてください」

「…………分かった」


 その一言で意図を察してくれたのだろう。エドガー様は戸惑うことも躊躇もなく、反動をつけて男を落としてくれた。

 恨むのなら、ここに連れてきた黒騎士を恨んでくれ。

 そう思いながら河を覗きこめば、突然の浮遊感と水の感触が男を現実へと引き戻し、哀れな悲鳴と共にもがく姿が目に入った。


「なんてことを!」

「こうでもしないと話しが出来ません」


 警ら隊の部隊長や、ついでに周囲からも非難の声が上がったが、優しさだけで人を救えれば苦労はしない。

 適当に流してロープを受け取り、男に向けて垂らしながら声をかける。


「目が覚めたか?」

「た、たす――――っ」

「中でお前の身に何が起こったのか教えてくれるなら、すぐに引き上げてやる」

「話す! 話すから!」


 その言葉に思わずニンマリと笑ってしまった。それを見た周囲の人間が一斉に下がった気がしたが、ただの思い違いだろう。

 引き上げるのもエドガー様に頼み、やっとのことで知りたかった情報を得ることが出来た。


「火事だと騒ぎになってすぐ見たことない奴等が現れて、誰彼かまわず切りかかってきやがったんだ! 途中からはいくつかの組織の連中も混ざって、俺は必死に隠れながら――!」

「襲われた?」

「しかもそいつら、これは王太子の命令だ何だと言ってやがった! 西街はもう終わりだ! 国は俺たちを見捨てるだけじゃ飽きたらず、こんなひでぇことを!」


 そして、違和感の正体と共に、状況が想定していた最悪を越える最悪であることを把握する。

 そういうことか。一帯に漂う空気が以前に経験した焼き打ちに合った村と酷似していたから、引っかかっていたのだろう。共謀した組織は、大方買収でもされたか。

 さらに男は、私の足に縋りついて詰め寄ってくる。


「なあ、俺たちが何したよ。そりゃちょっとした盗みはしたけどよ、だからって火で炙られ問答無用で切り殺されなきゃなんねいほどか?! 貧乏人には生きる価値もねえのか?!」


 もたらされた情報に、場も騒然となっていた。

 こんな形で種を蒔くなど、しかもそれを芽吹かせる助けを私にさせるとは、敵は相当死にたいらしい。

 術中に嵌っているって? まさか。これは必要なことだった。避けて通れぬ道だった。下手な黒騎士が聞き出していなくて良かったとすら思う。

 それでも生じた怒りはどうしようもなく、呼吸が乱れて剣を掴んだ左手が震えていた。

 エドガー様が肩に手を置き、落ち着けと囁いてくれなければ、私はきっと橋を落とした連中を感情任せで手に掛けていただろう。


「……悪かったな、河に落として。でも、おかげで助かった。お前が逃げた時、火はどこまで広がっていた?」

「え、あ……。まだ、手前だけで」

「奥には放たれていない様子だったか?」

「たぶん、そうだと……」

「そうか、分かった。後は任せろ」


 消えかけた理性を呼び戻し、最後の確認を終え、男の手を離させて足を進めた。

 そこかしこで王太子殿下を疑う言葉が囁かれ、興味深そうに私の行動を注視していたが、その全てを一先ず放置する。

 視線の先でそいつ等は、低俗な笑みを浮かべていた。


「皆、知ってるか?! この女はなあ、王太子に媚び売って身体を差し出して、それで騎士になったあばずれなんだよ!」

「こんな酷いことをした奴が国王になった日には、いつ殺されるか分かったもんじゃなくなるな。だが、案ずるな。第二王子殿下は今、それを阻止しようとなさっている!」

「真に玉座を継ぐに相応しいのはあのお方だ!」


 うるさい。ああ、うるさい。

 こいつ等もこいつ等だが、こんな軽い言葉を簡単に信じそうになっている野次馬も野次馬だ。

 けれど、責められはしない。多くは王太子を、イースを直接は知らないのだから、それは無理からぬことだ。

 でも、だったら――知れ。知れよ。そしたらその声は止むだろう? 止まなければ、止ませてやる。

 とりあえずは目の前の、私を高く評価してくれた者の口を封じようか。


「なあ……。いつ私は高貴なお方に股を開き、おねだりできるほど可愛い女になったんだ?」

「は? な、おい、何するつもりだ?! 俺が誰だか知ってるのか。俺は貴族だぞ?!」


 そして、真新しい刃が炎に照らされ、宙に銀の線を描く。


「ぎゃああ――! 足が、俺の足が!」

「うるっせーなぁ。腱を切っただけだろうが。んな騒ぐことじゃねぇだろ」


 そのままの流れで刃の汚れを掃えば、地面に赤い点がいくつも落ちた。

 でも、まだだ。まだ騒がしい。これでは声の届く範囲が狭すぎる。

 だからもう一度、標的を変えて同じ行動を繰り返した。


「ひっ! き、貴族に剣を向けられるのは――」

「それがどうした。今のお前は何の服を着てる? 何色を纏っている」


 二人でもまだ駄目だった。

 これでは残りの五人でも足りるかどうか……。

 いっそ首でも刎ねた方が効果的なのかもしれない。


「でも、さすがにそれは刺激が強すぎるからなぁ……。口に切っ先を突っ込んで、串刺すぐらいにしとくか」


 どっちにしろ喚きがひどすぎて、悩んでいる間で全員を切り終えてしまった。

 しかし、思わず考えが口を出てしまったところで、周囲が水を打ったように静まり返る。独り言を聞いた者達を中心として、どうやら上手いこと広がってくれたらしい。

 これだよこれ、私はこれを求めていたんだ。

 仲間であるはずの黒騎士までもが、炎であっても誤魔化せないほどに青ざめていたのは腑に落ちなかったが。そんなに慄かなくとも、半分しか本気じゃなかったっての。

 ともかく今の内にと、生え始めた雑草を刈り取るために動く。


「類稀な才能をお持ちだと噂される王太子殿下に於いて、このような民の不安を煽る手をお使いになられて何の得がある! 彼のお方はけして、我等を見捨てたりなさらない! 空気に酔うな、くだらない言葉に惑わされるな!」


 本当はもっと捲くし立てたかったが、突然に息が切れて肩が激しく上下する。

 痛みを感じられないと、こうして加減が分からないから困るんだ。

 おかげでこの隙に、どこからか声が上がってしまった。


「ならなんで、征伐部隊の連中はこねぇ?!」


 すると次々に、倣った言葉が飛んでくる。

 尋ねてくるのは構わないが、これではさっきの考えを実行するしかなさそうだ。

 しかしそれは、隣からの援護によって回避された。


「知りたければ黙れ!」


 さすが、怒鳴りなれているだけある。おかげで余計な血が流れずに済む。

 まあ、長時間放置すれば末路は同じだろうけど。別に全員を生かす必要はないので、知ったことか。


「我々はそんなにも簡単に疑われるほどの働きしかしてこなかったか? 来ないのではなく来れないのだとなぜ考えない!」


 さきほどの息切れを教訓に、そこで一度言葉を切って再度叫ぶ。

 届けと願いながら。これが最善であれと祈りながら、そうしてここからでは影も形も見ることが出来ない王城へと視線を向ける。


「国王陛下は現在、反逆者の手により御命の危機に瀕しておられる。そちらの応援の為、征伐部隊はここに来ることが叶わない」


 私の言葉によって、最も大きな混乱が生まれようとしていた。

 疑う者より信じる者がほとんどだったのは、これまでの征伐部隊――ひいては黒騎士の働きによるものだろう。不謹慎にも嬉しく思う。

 だから、声にさらなる力が宿った。


「だが、言っただろう?! 真にこの国を想い、真に我々の平穏を案じて下さる方々は、けして見捨てたりなどしない。その証拠が我々だ!」


 酸欠だろうか、頭がふらついてきた。回避できない煙たさが、余計に私を苦しめる。

 それでも断じて、この場で弱みを見せるわけるわけにはいかない。いかないんだ。


「こちらは、白騎士にして貴きお方の護衛を担う近衛部隊所属、名をエドガー・ヴノア=レヴィ様。この方の主は、御身が危険にさらされるのを理解されながら、それでも我々を遣わすことを躊躇なさらなかった!」


 いくつもの半信半疑な視線が注がれ、そこかしこから失笑を買う。

 私たちに何が出来ると皆が言っていた。

 だから、剣を収めつつ顎を引き、全てを凌駕するつもりで真っ向から笑んでやる。


「たったの二人と笑いたい者は笑えばいい。どうせすぐ、それを悔いることになる。そしてこれより先、我々の耳に王太子殿下の名誉を汚す言葉を吐いた者は、問答無用で敵とみなして排除する。心しろ!」


 芝居がかった演説で、全てを払拭できるとは思っていなかった。

 でも、どうだ。あれだけざわめいたこの場は、私の言葉が切れてもなお静けさを失うことがない。

 たしかに思想は人を動かす。どれほどくだらない理由だとしても、正当化された欲望は好き勝手に人の運命を転がしてくれる。

 ただ、それだけが全てではない。結局の所、より正しいと思わせた方が勝ちなのだ。

 だから私は、ありったけの力で主張してやった。空気に酔うなと言っておきながら、そうなるように振る舞った。

 たとえ自信はなくとも、大言壮語であったとしても。それでも、私たちは踊らされに来たのではないのだと、望むのならいくらでも見せつけてやるよ。


「思う存分、暴れてやれ」


 そうして背後からの言葉に頷き、次の行動へと移る為、再び喉を酷使する準備に入った。

 反撃の狼煙としては、十分な成果を出せている。それだけはきっと、自惚れではないはずだ。

 



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