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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
52/79

新たな剣と共に(5)



 隠し通路を抜けて南街へと入り、まず向かったのが黒騎士団所有の厩舎だった。

 広いこの王都で事件が起こった際、中でも鳥が使えなくなる夜に素早く動けるよう、怪我で退団した者などに世話を任せて管理されているそこならば、すぐに馬が用意できるからだ。一人で多頭を連れ出しても怪しまれないのが特に助かる。

 ついでに本部へも馬だけで走ってもらう。事態は一刻を争うので、もしもの場合に少しでも時間を短縮できるよう、ちょっとした指示を記した紙を託したのだ。

 本部と厩舎を往復できるようしっかりと教育してあるし、途中で何者かに見られたとしても問題はない内容にしてある。

 そして、物陰に隠れてもらっていた殿下とエドガー様の元へと戻り、さっさと馬に跨った。


「以前のお言葉を信用させて頂いても?」

「お前こそ、傷に響いて落ちてくれるなよ」

「ご安心を。魔女特製の薬を飲みましたから」


 そこで改めて確認を取る。興奮してきたせいで、煽り気味になってしまった。殿下を持ちあげながら、エドガー様が鼻を鳴らす。

 北街は馬が通って良い場所が決められているが、南街は逆で通ってはならない場所を定めている。

 だからこそ移動に馬が使えるわけだが、これから選ぶ道は殿下がいるので加減をするにしても、どうしても腕の見せ所になってしまうのだ。

 私は障害物に対してなら少しばかり強いので、問題なく進める。しかし、エドガー様がどれほどの技術を持っているのか分からない。

 そんな理由での質問だったのだが、やはりエドガー様はエドガー様だった。


「こちらを気にしている余裕などないだろう、怪我人が。俺がお前に合わせられないはずがない」

「……ルーを危険に晒したら承知しませんよ」

「心配しかさせない者が良く言ったものだ」


 尊大な態度で容赦の無い言葉が飛んできて、頬が思わず引きつった。

 しかもだ。正面でエドガー様に支えられて馬に乗る殿下が、とんでもない誤解をしてくれる。


「レオとエドガーって、案外息ピッタリ?」

「どこが!」

「冗談にしても悪趣味すぎるので止めて頂きたい」


 こればっかりは、相手が誰であろうが断固として否定させてもらう。

 エドガー様もそうだった。

 それでも殿下からは笑い声が聞こえてくる。子供って恐ろしいな。

 しかし、大人をからかうのを許してしまってはだめだろう。手綱を握りしめ、走り出しつつ言っておく。


「そうやって油断していると舌を噛むよ」


 大人げないって? とんでもない。勘違いはしっかりと正さなければ。

 ともかく、次に向かうのは殿下の身を隠す場所である。

 やはり南街に来ると、火災が起こっていることがはっきりと分かった。残念なことに、規模はかなりのものだと予想される。

 まるで夕陽のような色が星を隠し、大量の黒煙が風に乗って広がっていく。家の窓から不安そうに空を見上げる者が、小道の隙間からいたる所で見受けられた。

 ついでに背後からは、余裕でついてくるエドガー様の刺々しい視線を強く感じる。

 やはり先ほどの言葉では、この人まで誤魔化せはしないか。

 ただでさえ揺れる馬上でそれなりのスピードを出し、なおかつ転がる樽を飛んで避けたり急な方向転換をしたりなど、今の私の身体では出来る方がおかしいだろう。だというのに、事実こうして先へと進んでいる。

 それが可能なのは、言った通りに魔女の薬を飲んだからだ。

 しかし、そんなにも都合良く働いてくれる薬などあるわけがない。屋敷で処方してもらった痛み止めですらかなり強いものだったというのに、それ以上となれば当然ながらかなりのリスクが生じてくる。

 過ぎた薬は毒と同じ。今の私は、五感の一つが完全に欠けてしまっている。

 それはもちろん触覚だ。おかげで痛みも感じずにいられている。

 ただしこれは、便利なようでかなり紙一重な、最後の手段と言ってもおかしくないものだ。その為、手紙を持ち帰る際には使わなかった。

 あの時は、私だけしか手紙を届ける人間がいなかった。藍の小人に任せられるものか。

 そんな状況で痛みを感じられないなど、取らなければならない行動を選択する機会を見失うだけである。知らぬ内に背中に矢が刺さっていて、倒れてから気付きましたなんてそんなヘマをするわけにはいかなかった。

 しかし今回は、エドガー様がいる。一人ではない。

 どうせ私は、攻めの戦いしかできないのだ。最悪どちらかしか生き残れない場合、必要な人物など決まっている。

 そうでなくとも殿下が命を掛けているというのに、手段など選んでいられないだろう。

 これは無茶ではない。私に出来る最大の覚悟だ。

 だから信じている。この身体を、自分の意地を。

 理由はどうであれ、私はしっかりと努力をしてきた。何もしない内に倒れるほど、ふぬけた鍛え方をしてきたつもりはない。

 そうして到着したのが、交流のある中で最も小さな孤児院だ。適当な場所で馬を隠し、門を通って庭の方へと進む。


「ここが心当たりなのか」

「木を隠すなら森の中、というわけではありませんよ」


 するとエドガー様が、気がかりそうに声を掛けてきた。

 心配せずともそんな安直なことをするぐらいなら、隠し通路に居てもらった方がよっぽど安全だ。

 それに、向かっているのは孤児院の建物ではなく庭の奥だ。


「私たちが生まれる前の話ですが、この一帯には昔、黒騎士団の本部があったんです。人が増えて今の場所に移ることになったらしく、孤児院はその跡地に建てられました」

「だからなんだ」

「実はここだけ、未だに黒騎士団(うち)の管理なんですよ。表向きはどこかの貴族の経営にしているらしいのですが」


 小声で説明しながら歩き、目指した場所に到着する。

 そこは一見するとただの庭の隅であり、小さな物置があるだけだ。エドガー様と殿下が、揃って不思議そうに私を見ている。

 だから物置の裏へと周り、地面を指差しながら言葉を続けた。


「騎士団には欠かせないものがあるじゃないですか」

「あっ!」


 すると殿下が気付いたようで、ひっそりと声を上げる。

 けれど、エドガー様はいまいち分かっていないらしい。

 なので腰を落とし、半分以上が土に埋まっている石を掴みながら、今度こそはっきりと口にする。


「牢屋ですよ。当時の騎士団長が、埋めるよりは別の形で使おうと残し、悪用されないよう孤児院を建てたんです」

「でん……、ルーを牢に入れるのか?!」

「だってルーは、何でもするって言ったもんな」

「うん。そこが安全だって言うなら、俺はレオを信じる」


 そして石を持ち上げ、地面そっくりにカムフラージュされた扉を開けた。

 エドガー様はまだ抗議をしたそうだったが、それよりも早く殿下からしっかりルーと呼ぶよう釘を刺されている。

 その間で地下へと身体を滑り込ませ、外に漏れないと確信できるまで降りてから、梯子の途中でランプに火を灯して後に続くよう促した。


「急なので気をつけて下さい」

「……ここは、黒騎士ならば誰でも知っているのか?」


 内側から扉を閉めれば、外から完全に隔離される。入口も出口もこの一箇所だ。

 エドガー様の懸念は尤もだろう。しかし私としては、できれば気にしないで欲しかった。


「一応ここの存在を知っているのは、限られた人間だけですよ。代々の団長と副団長、討伐部隊の部隊長と……。後はまあ、経験者ですか。なので、情報が漏れている可能性がないとはいえませんが、私が知る中では王都で身を隠すなら一番かと」

「経験者?」

「ルーはなんで、一番食いついて欲しくないところにすぐ食いつくかな」


 梯子を降りきり石畳に足を着けながら、思わずため息が漏れる。

 おかげでエドガー様にまで追及されてしまい、しかもそれは見事に的中していた。


「お前はその経験者というわけか」


 なんですか、その聞きたくてたまらないといった空気は。そんなにも人の恥が好物か!

 しかし、私が嫌々ながら口を開こうとした時だった。微かではあったが奥からの物音を耳が拾う。


「――静かに」


 真っ暗な奥に向かってズラリと並ぶ鉄格子を興味津々で眺めていた二人を慌てて制し、ゆっくりと手に持っていたランプを置いて剣を抜く。

 まさかという思いで一杯だった。既にここがバレているとすれば、追い込まれたも同然だ。

 背後でエドガー様も剣を抜き、殿下を壁との間に隠している。

 すると、静まり返ったこの場にて、明らかな足音が響き始めた。

 どうするか、どうすれば良い。ここを知っている者で私が把握しているのは、ゼクス団長とウィリアム副団長、ラルフ部隊長の三人だけだ。その中の誰一人として、ここに居るわけがない。

 そして――音が消える。前方でランプの灯りが浮いていた。


「誰かいるの?」


 いつでも攻撃に移れるよう構えていれば、高く清らかな声が届く。

 その瞬間、詰めていた息が一気に抜けた。


「シスター・ケイト」

「その声は、レオ様かしら?」


 後ろ手にエドガー様へ剣を下げるよう伝えつつ、ランプを拾って前へと進む。

 すると、相手の姿がはっきりと視界に入った。

 修道服を身に纏い、どうしてこんなところにと言いたそうに首を傾げている女性は、上の孤児院で働くシスターの一人だ。見た目は慈愛に溢れた清楚な美人そのもので、この人ならばここを知っていたとしてもそこまで驚かない。

 シスター・ケイトは確実に信用ができる。居てくれて助かったと思ったぐらいだ。


「お久しぶりですね。しかし、どうしてこちらに?」

「こちらこそお聞きしたい、シスター・ケイト」

「私はその、ほら……、ね?」


 歯切れの悪い返答は、普通ならば怪しさしか抱かせないだろう。

 しかし私は、苦笑を浮かべるだけだった。


「ウィリアム副団長と関係があるんですね」


 シスター・ケイトもまた頬を赤く染め、恥ずかしそうに微笑みながら頷いている。


「しかし、良かった。実は緊急事態でして、出来ればあなたに――」

「おい! そんな簡単に話しをするなど、どういうつもりだ!」


 ともかく、世間話をしている暇はないと本題を告げようとしたところで、後ろからエドガー様に怒鳴られてしまった。

 他にも人がいるとは思っていなかったのか、シスター・ケイトが短く悲鳴を上げる。

 しかし、エドガー様の姿が目に入った途端、淡褐色の瞳が輝きだす。そういえば、そういう人だったな。

 シスター・ケイトについてある事を思い出しながら、ひとまずエドガー様を宥めにかかった。


「この方は大丈夫ですよ。何せ、ウィリアム副団長と付き合う女性たちのトップに座り続ける凄い人ですから」

「女性たち……?」

「もう、レオ様ったら。それにしても、こちらのお方は?」

「第三王子殿下の近衛騎士であらせられる、エドガー・ヴノア=レヴィ様です。そしてこちらが、ルードヴィヒ殿下です」

「まあ! お初にお目にかかります。孤児院でシスターを務めております、ケイトと申しますわ」

「えっと……、レオ?」


 しかし、はしゃぐシスター・ケイトに、私の言葉が理解不能だったらしいエドガー様、困惑する殿下と状況はおかしくなる一方だ。

 時間が無いというのに、面倒になってきた。さっさと話をつけることにする。


「シスター・ケイト。私たちは、殿下を匿う為にここへ来ました」

「それは、今起こっている火災と関係があるの?」

「はい。そこでお願いがあります。出来ればエドガー様と私が戻って来るまでの間、殿下と共に居てはもらえませんか?」


 内容が内容なので驚いて当たり前だというのに、すぐに意識を切り替えてくれるのには助かった。

 先ほどまでのおっとりとした空気が消え、真剣な表情を浮かべるシスター・ケイトは、すぐさま踵を返すとついてくるよう私たちに言ってくる。


「それならば、牢よりもっと適した場所がありますよ。ルードヴィヒ殿下の為とあれば、ウィリアム様も許して下さるでしょう」


 さすがにこれは予想外だったが、エドガー様に大丈夫だと頷いて大人しく従う。

 さらにシスター・ケイトは、私が質問する前に説明をしてくれた。


「実は、もしもの事を考えて、子供たちを東街近くの孤児院に移動させまして。数人のシスターが残ることになったのですが、私はウィリアム様から非常時にある事をお願いされておりますの。それを果たすべく、こちらに降りていたのです」

「そもそもここは何の為にある」


 すると、エドガー様がまだ少し警戒しながら尋ねてくる。

 嫌な予感がしたので、慌ててシスター・ケイトより早く口を開こうとするが遅かった。彼女は振り返ると、私を見て笑いながら答えてしまう。


「知らずにいらっしゃったのですね。この牢は現在、黒騎士の中でも討伐部隊の方々を対象とした特別な反省室として使われているのですよ」

「反省、室?」

「なんであなたがそこまで知っているんですか!」

「それはもちろん、誰かが掃除をしなければ使えるものも使えなくなってしまうからに決まっているからではありませんか」


 そんなことだろうと思ったが、こうもはっきり言わなくても良いだろう。

 おかげで、殿下とエドガー様の視線が痛い。


「さっきレオ、経験者って……」

「殿下、この者ならばそう不思議なことではない気がします」


 あまつさえエドガー様など、とんでもなく失礼な事を言ってくれる。

 せめて理由を聞いてからそれを言え!

 ともかく、だからここは公にならずにいられているのだ。上の人間は当然、経験者にとっては話せば自分の恥を広めるだけとなる。

 これがまたダメージがでかく、ゼクス団長に怒鳴られるのと同じくらいに反省を余儀なくされるのだから、一度入れば二度と経験したくないと誰もが思うだろう。

 今は夜なのでさすがに外の様子は分からないが、なにせ日中は庭で遊ぶ子供たちの楽しそうな声が良く聞こえてくる。

 するともう、自責の念が酷くてたまったものではない。子供たちのそういった平穏を護らねばならない立場でありながら、今の自分は一体何をやっているんだろうと……。思い出しただけで気が滅入ってしまう。

 しかしシスター・ケイトは、そんな私にさらなる打撃を与えてくれた。


「ふふ。ちなみにレオ様は、最短でここを使用した記録をお持ちなんですよ」

「なっ! んで、それを!」

「ウィリアム様が教えて下さいましたの」


 絶句した。

 それだけは、それだけは知られたくなかったというのに!

 なのにシスター・ケイトの暴走は止まらない。


「さらには最多使用者としても名を残されていますね」

「…………レオ」

「はあ……。呆れて物も言えん」


 おかしい。痛みを感じないはずなのに、胃が激しく痛みを訴えている。

 背後からの視線には、もちろん振り返れなかった。


「ちなみに何回なんだ?」

「三回ですわ、殿下」

「特別……」

「言いたいことがあるならはっきりと言って下さい!」


 本気で泣きたい。

 エドガー様からはもう、ため息しか聞こえてこなかった。


「シスター・ケイト! なぜ教えてしまうんですか」

「仕方がありませんわ。殿方に聞かれてしまえば、答えないわけにはいきませんもの」

「あなたの場合は、好みの男なだけでしょう! ただの面食いなくせに」

「あら、そのような俗物的なものと一緒にしないで下さいな。私はただ、綺麗なものが好きなだけです」


 それを面食いって言うんだっての。

 シスターでも交際や婚姻が許されているとはいえ、この人の場合は私よりよっぽど節操なしだ。清廉なのは見た目だけで、清貧とは真逆も良いところだと思うのは私だけか。

 これでシスターの中でも上位に位置するというのだから、神も大概見る目がない。


「ちなみに理由はなんだ」


 そして、突き当りまで到着し、シスター・ケイトが壁を触り始めてそれを待っている間で、いかにも渋々聞いてやるといった態度のエドガー様から質問が飛んできた。

 誰が答えてやるものか。これ以上の恥を晒すなどとんでもない。

 しかし、だんまりを決め込もうとした私を、神はあっさりと見放した。


「それはですね――」

「あなたはさっさと手を動かしてください!」


 こうなってしまえば、自分で自分を守る他ない。

 急いでシスター・ケイトの口を閉じさせ、一気に話すしかなかった。時間がないってのに、なんでこんなことになっているのだろう。


「最初は入団して三ヵ月が経った頃に、部隊の面々と取っ組み合いの喧嘩をしたからです。あの時は鼻を折って酷い目に合いました。二回目は昇格試験を拒否して逃げ回ったのが原因で、三回目はあまりにも部下に負けまくり、そのせいでゼクス団長直々の指導を受けることになったのですが、その時にうっかり針で反撃してしまって、三日も入るはめになりました」


 早口で言い切ると、殿下もエドガー様も無反応だった。

 しかしそれは、ただ固まっていただけらしい。すぐに三人分の忍び笑いが響き渡った。


「レオってほんと、あれだよね」

「あれですわね」

「馬鹿というか、なんというか。ゼクス団長やウィリアム副団長の苦労が目に浮かぶ」


 殿下とシスター・ケイトはともかく、エドガー様すら笑わせてしまうなど……。

 もう何とでも言うがいいさ。殿下が険しい表情から変わってくれたから良しとする。

 そして、シスター・ケイトによって、私も知らなかった隠し部屋が出現した。


「さあ、お入りくださいな。ここならば、牢よりずっと快適ですよ」


 広さ自体はそこまでないが、至るところに本が積み上げられてあり、一人用のベッドやトイレもしっかりあるようだ。

 思わず眉間を揉んでしまう。


「ゼクス団長は知っておられるのですか?」

「さあ? ただ、ウィリアム様のプライベートスペースなのは確かですね。一週間は篭っても大丈夫ですわ」


 なにやってんだ、あの人は。

 つまりシスター・ケイトの頼まれ事とは、ここにある物の何かしらの処分か持ち出しか、そういったところだろう。

 でもって、二人の逢瀬もほぼここで行われているに違いない。


「中を検めていかれます?」

「いえ、あなたを信用されているウィリアム副団長を信じます。それで構いませんか? エドガー様」

「あの方が選んだ女性ならば心配は無用だろう。さっさと行って、さっさと終わらせるぞ」

「無駄な時間を過ごしたと思うのは私だけでしょうか」

「焦りは危険しか呼ばないのですから、むしろ必要な時間だったと思いますよ」


 見透かされたことを言われ、なぜ私が遊ばれたのか悟る。さすがシスターと言うべきか、ウィリアム副団長の恋人その一と言うべきか。

 とにかく私とエドガー様は中に入らず、入口の前で跪く。

 それから、まずはシスター・ケイトに頭を下げた。


「ルードヴィヒ殿下のことをよろしく頼みます」

「お任せください。元々こちらに降りる際、他の孤児院の様子を確認してくると言っておりますので、問題はありませんわ。戻りましたら、三度壁を叩いてくださいね」

「三度ですね」

「ええ。お二人に神のご加護がありますように」


 そして次に、エドガー様が真剣な表情で殿下へ告げる。


「シスター・ケイトの傍を絶対に離れないで下さい。今の合図が無い状態で扉が開く事があった場合は、迷わず剣を」

「ああ。私もこれで二人を護ろう」


 殿下は私の短剣を胸に抱き、深く頷く。

 私たちが同時に頭を垂れれば、改めて命が下された。


「白騎士、エドガー・ヴノア=レヴィ。黒騎士、レオ。私に代わり、全力をもって為すべきことを為せ。おこがましくも兄上に仇なす者どもは、何人たりとも許してはならん。お前たちの剣は、未来を切り開くためにある」

「――はっ。白剣に誓い、しかとご期待に添うてみせます」

「――はっ。黒剣に誓って、必ずや全力を尽くしてご覧にいれます」

「では、行け。そして、揃って帰って来い」


 それを受け、御前から走り去る。

 背後で扉が動く音がして、閉まりきる直前に声が飛んできた。


「無事じゃないと承知しないからな!」


 思わず頬が緩んだ。

 さらに隣からも圧力がかかる。


「これで死ぬわけにはいかなくなったな」

「……そうですね」


 視線が脇腹へと注がれた気がするも、エドガー様はそれ以上なにも言わない。

 そして、まずは私から地上に出た。

 普段なら王都のほとんどが寝静まって良い時間だが、雰囲気からして騒がしい。空の赤さが弱まる様子もない。

 しかし、エドガー様と組むにしてもどこまで協力してくれるのだろうか。今回ばかりはその線引きを間違って、薬物パーティーの時のようになるわけにはいかない。

 かといって、直接聞くのは信用していないと言っているようなものだ。もちろんそんなつもりはないけども、今までが今までなので気を遣う。頭を悩ませながら、それでも馬の所へ駆けていった。

 エドガー様が足を止めてきたのは、孤児院の門に到着する直前だった。


「おい。少しで良い、話を聞け」


 不思議に思いながら振り返り視線が合えば、闇にも劣らない黒髪が落ちていく。

 そうして唖然とする私の前で、エドガー様は突然に頭を下げたのである。


「すまなかった」


 その行動が何を意味するのか、正直私には皆目見当がつかなかった。




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