連続する予想外
ここでの食事の時間は、ある意味どんな訓練よりも忍耐力を試される。
事情を知らない者からの遠慮を知らない視線は鬱陶しく、頭の中がお花畑な輩からはもっと理不尽なものを向けられ続けるのだ。毎回毎回飽きもせず、いっそ感心さえする。
たしかにジャン様はアシル様のご子息であり、エドガー様はご自身も将来有望で、次男ではあるが国王陛下からの信用が厚い伯爵家の方。見目も麗しい分、かなりの優良物件なのは認める。
しかし、ここはお見合い場ではないだろう。くだらない争いに私を巻き込まないで欲しい。しかもそれは、日が経つごとに減るどころか増していっている。
午前中のスケジュールをなんとかこなし、お二人と昼食を取る今もそう。
私は苛立ちを募らせながら、手元の食事にだけ集中していた。
「どう? なんとかやれそう?」
だというのに、こっちの気も知らずジャン様が声をかけてくる。
顔を上げれば目の前に、にこやかな表情と仏頂面が並んでおり、その顔面に熱いスープをぶっかけてやりたい気分だ。
「もちろんです」
「その自信はどこからくるのだろうな」
まさか実行するわけにもいかないので、脳内だけで我慢していれば鼻で笑われた。
相手は言わずもがなエドガー様で、私が毛ほどもダメージを受けていないと気付いてからは、ジャン様だってフォローをしてくれなくなっている。
それにしても、自信……ね。あるわけないだろ。
けれど、その本音はしまっておく。
「任務ですから」
サラダへ伸ばしたフォークに込める力をひっそりと強くしながら返せば、次の嫌味は襲ってこなかった。
かわりにジャン様が含みを込めて笑っている。
黙って食べてくれれば良いものを。この人の場合、分かっていて遊んでいるのかもしれない。
「レオってば、相当たくましいよねー」
「こちらの女性に比べればそうでしょうね」
「うん。俺たちと一緒に居て、まともでいられるのだけで新鮮だよ」
なんとも自意識の高い発言だが、それを上回れる男が滅多にいないのもまた事実。それでもって、私がたくましいのも本当の事だ。
分かっている、だからこれは揶揄にはならない。
…………ならないがムカついたので、ジャン様が飲み物を口に含むのを待ってから言ってやった。
「繊細な性格では、ネズミやヘビを食べるなんてできませんから」
「ぶっ――――――!」
すると目の前では、なんとか噴き出すことは耐えるも、器官に入って咳込む美男子の図が出来上がった。
しかも二人分。エドガー様まで狙ったわけではなかったのだが、どうも良い具合に重なってしまったらしい。
周囲は彼らのあり得ない醜態に目を丸くしている。そして、私が悪いと決め付け睨んできた。
「大丈夫ですか?」
「ごほっ、ごほ……。貴様っ!」
「ご、ごめん。驚いただけだから」
「食事中に食事の話をしただけなのですが」
もちろん、タイミングを見計らったので悪意はあった。
それでもしれっと口ごたえすれば、苦笑と睨みを買う。だから本心も混ぜながら、畳みかけて売り返してやる。
もはや貴族だ白騎士だなんて遠慮は、ここでは馬鹿にされるだけなので気にしなくなっていた。
「ヘビなど鶏肉に似ていて栄養価も高いので、遠征の際は率先して捕まえますよ」
むしろ、味気ない携帯食よりよっぽど美味しいです。
にこやかにそう告げると、二人は揃って自分の手元へと視線を落とした。心なしか顔が青い。
ちなみに、本日の昼食メニューはチキンソテーである。ひっそりトレーを遠ざけたのを、私は見逃しませんよ?
「貴様がたくましいのではなく、図太いのがよーく分かった」
「今さらですね。そもそもとして、普通の感覚の女が男の中で暢気に生活できると思いますか?」
「え?! 女子寮ってないの?」
「一人しか居ないのに、あるわけがないですよ」
これだからお坊ちゃまは……。
ジャン様の驚きに呆れていれば、珍獣でも見るかのような目が私に向けられた。
しかしこれには、一応ながら止むを得ない事情がある。
平然とチキンを頬張っていれば、ひっそりと視線が逸れていった。
「一年目は、特別に他でお世話になっていたのですが、それだと緊急時に動けず事後処理のみが当たり前でした。ですから、団長にかけ合い部屋を用意して頂いたのです」
「なんていうか……、肝が据わってるねー」
必死に言葉を選んだジャン様の努力も空しく、横からエドガー様がはっきりと言う。
「馬鹿なだけだろう。危機管理能力が欠如しすぎだ」
言いたい事は分かる。実際、何度も却下され、一筋縄ではいかなかった。
けれど私は、いつだってまず騎士でありたい。あらなければならない。
「自分の性別を考えての行動とは到底思えん」
だから、そういった指摘が一番嫌いだ。
知らず笑みが強まった。
「エドガー様には関係のないことですので、どうぞお気になさらず」
「良い態度だな。これだから――――」
「でもさー、実際に危ない目とかにも合ってるんじゃない? 黒騎士の、しかも部隊が部隊だし」
そこへ、さすがに空気が悪過ぎたのかジャン様が横槍を入れてくる。
が、本人はそのつもりでも、どちらかといえば援護射撃にしかなっていない気がする。さすが友人同士、仲が良ろしいようで結構だ。
「それは暗に征伐部隊が、盗賊かぶれと影で言われてることを指しての質問でしょうか」
「レオってば、痛いとこを平然と突くよねぇ。せっかく取り繕ったのに」
「御気遣いは無用です。血の気が多いのは確かですから」
ジャン様の苦笑と同時に、皿が全て空になった。
しかし、向かいの二人はヘビの話以降、まったくもって減っていない。
たぶんこのまま残すのだろうが、もったいなさすぎる。卑しいと言われるのは目に見えているので、貰おうとは絶対に思わないけれど。
「ですので否定はしません。しかし、そんな輩が生き残れるほど、優しい場所ではないですよ」
「もしかして全員返り討ちにしたとか?」
「いくらなんでもそこまでは……。せっかくなので、上司と協力してふるいにかけました」
なぜだろう、ジャン様の表情が固まった。その隣でエドガー様が首を捻っている。
だから、簡潔ながらも詳細を説明してやる。
「有り体に言えば囮ですね」
普通ならばおかしな話だが、そこには黒騎士ならではの悩みが大いに関係していた。
人が足りないのだ。一年に一回、騎士学校を卒業して入団してくる新人だけでは補いきれないほどに。
なぜなら仕事の内容が市民へと向いているので、それだけで卒業生の八割を占める貴族出身者はほぼ全滅。希望するのはよほどの物好きか、変人だけときた。あとは、移動という名目の島流しでやってくる輩ばかり。
かといって、限られている平民上がりも、半分は故郷に近い砦での勤務を望んで緑騎士になりたがる。
そうでなくとも黒騎士は、攻めに特化した集団だ。実力がなければ生きていけない。死亡率は他と比べて高い上、厳しい訓練に耐え切れず途中で脱落する者も多かった。
おかげで、小隊長な私でも事務処理が回ってくるどころか山積みで、泣きたくなる時がある。
それでも、仕事をおざなりにするわけにはいかない。たとえば王都の安全を守る警ら隊が油断すると、その隙にどこかで闇の手が忍び寄り、征伐部隊が駆けつけるのが一歩でも遅れれば、その分罪も無い人が殺される。
そこで解決策として取られたのが、公募による中途採用だった。団長や部隊長直々にスカウトされた者であれば一年、他は四年という期間、衣食住を保障するかわりにほぼ無賃なのを条件に准騎士として働いてもらう。
そしてその後、認められれば見事、正式に騎士として名乗れるようになる。金銭面で騎士の道を閉ざされた者にとっては、夢を叶えるチャンスが巡ってきたことになるので、かなりの応募者が殺到した。
しかしこれは、結構なリスクを伴った苦肉の策だ。実力的な質や意識の低下、風紀の乱れ、さらには間者が紛れ込む可能性もないわけではない。
もちろん採用時に身元確認はしているが、偽造する手などいくらでもある。だから、いつでも切れるという意味を持って制服は灰色だ。
私はそんな彼らの餌になるのを条件に、仲間と同じ環境を得た。
それは少なからず効果を発揮し、お二人が指摘した通りの事が何度も起きた。
しかし、まんまとひっかかったのは、問題を起こして移動してきた貴族が大半を占めたのだから、皆して呆れ果てたものだ。こいつらは一応黒騎士だったので、その報いとして准騎士の制服を着ることになり、良い雑用係として今でも成長している。
「欲望に理性が負ける輩は必要ありませんから」
「なんというかさー、壮絶だねえ」
「真っ当であれば女の一人や二人近くで生活するぐらい、どうってことないと思います」
「一番危険な子がそれを言うかなー」
「仲間が協力してくれますから。私の部屋の周りは全員、上級騎士ですよ」
そういうもんかなーと、おそらく価値観の違いからジャン様は納得しきれない様子だった。
しかし、実際にそれで成り立っているのだから、そこまで気にする必要はないと思う。
それに、言っても意味はないので口にしないが、黒騎士はそこらの白騎士よりもよっぽど誇りを持っている。
なぜなら、誰よりも平民と接する立場にあり、私たちの態度によっては国王陛下の評価にも影響することを自覚しているのだから。それと同様、私たち自身が最も民に近い目線であることも。
仮に陛下が階級差別をしていたならば、逆に人々のことを考えて下さっていたら、その治世によって騎士団の質は大きく左右されるだろう。
幸いにして今代の陛下は後者であり、私たちは尊敬の念と心からの忠誠を持って職務にあたれている。……まあ、貴族の手綱は上手く握れきれてないようだが。
もちろん、人々を護りたいと願うからこそ命を懸けられるわけだが、そういった意識がしっかりとあるからこそ、どんなに顔が凶悪であっても口が悪くても、仲間はけして私に不埒な真似を働いたりしない。快く協力してくれている。
「私からも一つ、質問を良いですか?」
「どうぞ。レオにならどんなことでも教えてあげるよー」
話が一段落したところで、まだ時間的には余裕があったので、私は良い機会だと今朝方の疑問を尋ねることにした。
態度によってはかなり失礼になってしまうので、カップを置いて背筋を伸ばす。
「私については一応納得をしましたが、お二人はどうして選ばれたのでしょうか」
視線はジャン様に固定するも、その隣からひしひしと不機嫌な気配を感じる。温かなカップを触っているのに指先が冷えてきた。
それとは逆に真正面では、見た目だけなら可愛らしく首を傾げたジャン様が笑っている。
「少し軽率じゃないかなぁ」
けれど、緩い孤を描く唇からは、表情にそぐわない低さの声が零れ出た。
「その発言こそ、そうだと思いますが。これが軽率ならば、私をこのような場に出すのも当てはまるかと」
「残念。さすが微笑の悪魔だけあるねぇ。簡単には崩せないかぁ」
「十年モノですから」
だからといって引きはしない。
個人的な会話ができる機会は限られているし、たしかに周囲には聞き耳を立てている輩が多くいるが、それならば盗めないようにすれば良いだけの話。明かせないのだとすれば、はっきりとそう言うだろう。
そもそも、別に困る要素はないはずだ。私がここに居るのは表向き、例の女騎士の穴を埋めるため雑用を押し付けられているからであり、なおかつ得意分野を聞いているだけなのだから。白騎士を差し置いて作戦に加わっていると察した輩がいたならば、そいつの方を疑う必要がでてくる。
するとジャン様は、頬杖をつきながら薄ら寒い笑みを携え囁いた。
「女の子って健気だよねー」
「……なるほど。そういうことですか」
やはりこの人は、食えない性格をしてる。
今の一言で察すると、ジャン様は嬉しそうに片目をつぶった。俗に言うウィンクってやつだ。絵になるから良いものを、それを送ってくる人種に初めて遭遇した。
殴りたくなったという本音を素直に伝えたら一体どう反応してくれるのか、大いに興味がそそられる。話が逸れるのは確実なので、控えなければならないのを残念に思った。
そして、エドガー様へと視線を送り、そのまま維持する。冷戦の始まりだった。
どこまでも深い青の瞳の威力は絶大だが、なんとか堪えて立ち向かう。
ジャン様はお決まりというか、情報収集に長けているということで、もしかしたら今回のパーティーについて入手したのも彼なのかもしれない。潜入枠も同様の手段で確保したのだろう。女の子にお願いしたのか、使用人として私たちとは別の方向からアプローチを仕掛ける予定となっている。
で、未だ無言で私を睨むエドガー様だが、この人については予想がたてられなかった。
作戦で重要なのは、噂されている類稀な剣の才ではない。私が上手く周囲に溶け込む為の飾りだとして、だったらこの銀雪の騎士さまがベテランからも推される要素が一体どこにあるのか。
人を見る目? コミュニケーション能力? そんなもの、貴族であれば誰だって最低限備えているはずだ。
しかも、参加者は仮面を付けるとはいえ、この威圧的な雰囲気は早々隠せるものではない。容姿だって目立つのだから、一番リスクを背負っているのは私ではなくエドガー様だと思う。
にしても埒が明かない。この人の辞書には協力って言葉がないのか。……ないんだろうな。
仕方なく攻め方を変え、暢気に私たちを眺めながら笑っているジャン様へと視線を戻した。
「レオってば情熱的だねえ。サディスティックな睨み合いのおかしさったら!」
「お望みならば存分に罵ってさしあげますが?」
「いやいや、遠慮しとく。俺もどっちかっていったら、いじめたいタイプだし」
「では、楽しんでいただけた分の対価をお願いします」
これでもかと嫌味を込めて募れば満足して頂けたようで、ジャン様が不機嫌さを通り越して怒っているらしいエドガー様を一瞥してから手招きをしてきた。
それに従えば、子供染みた仕草で中々に目立つ内緒話となる。
わざとらしく耳へ息を吹きかけてきたので、いつか隙を見て生きたヘビを投げつけてやろう。
「エドガーはね、変装が得意なんだよ」
しかし、ジャン様の行動に対して寄っていた眉は、彼の言葉で別の意味へと取って代わった。
それが本当ならば納得がいくも、とうてい信じられる内容ではない。
ただでさえ眉目秀麗なのだから、いくら誤魔化そうとしたってカバーが効くとは思えないが……。
「ま、信じられ無いのは当然だけどさ。どっちかっていえば演技に近いしねー」
「演技……ですか」
「そうそう。想像してみてよ。この無愛想な塊が、俺みたいな態度を取ったとことかさ」
言われた通り頭の中でその姿を思い浮かべ、腑に落ちるどころか絶句。本人と告げられるよりまだ、瓜二つな別人だと言われる方が現実的だった。
それでさらに髪の色の一つでも違えば、きっと誰も気付かないだろう。
なるほど、ベテラン方も太鼓判を押すわけだ。
「秘密だよ」
「言いふらしたところで、私が糾弾されるのが目に見えています」
体勢を戻してエドガー様と向き合えば、彼は遠慮のない舌打ちで牽制してきていた。
しかし、そういうことならさらに確かめておくべきことがある。私は、仕事に関して妥協するつもりはない。
再び腰を浮かして小声で問うた。
「エドガー様、瞳の色を変えることは可能でしょうか」
「…………は?」
「髪もカツラで毎回対応を?」
何を言っているんだこいつ、という視線は結構なので、答えだけを頂きたい。この姿勢を維持するのも大変なのだから。
「馬鹿か。染めた髪は傷みで気付かれる。瞳など、貴様はそんなに俺を失明させたいか」
「そうですか、分かりました」
その後もぶちぶちと暴言を吐かれたが、あいにくと私はそれどころではなかった。
頭の中では、出来るだけ早くアシル様に会うこととその方法の思案に忙しく、加えて多くの策が生まれては消えていく。
「レオ、その笑みはちょっと怖いかも」
「申し訳ありません、少し思うところがありまして」
「変な気を起こすなよ」
「起こすだけなら問題ないのでは? 私の行動は制限されていますし」
言われずとも、お二人が望む通りに大人しくはしているつもりですよ。ええ、肉体的にはですが。
こうしてこの日の昼食はつつがなく終了した。