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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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待ちわびた夜明け(3)





 王都へと戻って来れたのは、休暇の最終日になろうとする時間帯だった。

 肩を借りてやっと城内へ侵入できる満身創痍な身体でアシル様の元を訪れれば、それはもう驚かれてしまった。

 そこで藍の小人は、依頼完了だと止める間もなく去っていったが、普段ならともかく今回はしっかりとした依頼だったので、おばばがあの情報を悪用することはないだろうと一先ず置いておく。

 ともかく例の手紙を渡す。急いでそれをイースへ届けて欲しいと。

 けれど、当たり前だがアシル様は頷かず、すぐにでも落ちてしまいそうな意識をどうにか保っていれば、ゼクス団長やらウィリアム副団長やら次々と人が集まっていき、その中にはエドガー様とジャン様もいて、お二人の顔を見ると何故だが力が湧いた。

 そして、ウィリアム副団長から応急手当を受けつつも報告をしていけば、張り詰めていた室内の空気が次第に変化していった。緩むというか、呆れというか。こっちは刺さった矢を抜かれて、気にしている余裕などなかったが。


「――というわけで、水や食事に薬を混ぜてみました。もちろん死人は出していません。しかし、長距離の移動はまず無理でしょうね」


 なにせそんな余裕などないだろう。もしかしたら、トイレの取り合いで幾らか負傷者はでるかもしれないが、それよりも紙不足の方が重大なはずだ。

 まあ、そういうことだ。使った薬は、二時間前後で効果が現れ始めるいわゆる下剤。しかも、藍の小人によって魔女の趣向が加えられたものである。

 ちなみにこの策は、アークから頂いた。真実を教えてくれたことへの、私からのささやかなお礼だ。


「いや、しかしね……」

「万が一襲撃があったとしても、死ぬのに比べれば腹痛ぐらい我慢できるはずでは?」


 言い淀むアシル様に首を傾げると、余裕ある口元が盛大に引きつっている。逆にゼクス団長と、ウィリアム副団長など手当てが出来なくなるほど肩を震わせていた。

 ひとまずそれらは放置して、報告を続ける。正直言って、いつまで気を失わずにいられるか。疲労もそうだし血が足りない。


「おかげでこの有様です。薬の混入は任せて先に出発していたのですが、追いつかれてしまって」


 さすがに北の砦へ潜入できるほどの技術はなく、最優先は手紙を届けることだったからそうしたのだが、夏場でもないのに一斉に腹を下せばやはり不審だ。

 当然ながら、警戒と原因を探るだろうとは始めから思っていた。予想外だったのは、露見するのがあまりに早すぎたのと、藍の小人のせいである。

 そもそもこんなことをしたのは、進軍の邪魔もそうだが王都へ無事に戻るためでもあった。

 どの道しばらくすれば、手紙の紛失には気付かれただろう。その時、万全の状態で追っ手がかかればまず逃げ切れない。

 だからこそ、少しでもそれが遅れればとあえて混乱させて二手にも別れたというのに、何をとち狂ったか藍の小人は私の後を追ってきたのだ。幸運か鋼の内臓のどちらか、もしくは両方を持っていた緑騎士を二十人ほど引き連れて。

 あの狂人はこれでも大分減らしたと言っていたが、そういう問題じゃないともちろん叫んだ。しかも、この方が楽しいという理由での行動なのだから、ウィリアム副団長以上にそれを追い求める輩と初めて遭遇して本気で慄いてしまった。


「さすがに同職相手では、いくら複数戦闘が得意といえど限界がありました」


 なんとかなったからよかったものの、納得がいかないのは私がこんなにも負傷しているのに対して、藍の小人がまったくの無傷だったことである。

 避けきれずに矢を受けてしまい、落馬した時は本気で死んだと思った。追っ手の数を減らそうとスピードを落とし、馬首を返している最中だったから良かったものを……!

 そう考えれば十分軽症で済んでいるのかもしれないが、息を吸うたびに痛苦しくてかなわない。しつこい追跡にたいした手当てもできず、おばばから買い占めていた薬も結局使う余裕がなかった。


「大まかな事は以上です」


 そう言った途端、身体がぐらつきゼクス団長に腕を支えられる。集中力が切れかけたらしい。

 まだダメだ。必死に気を持ち直し、私の報告を受け手紙を確認しているアシル様を待つ間で隣りを見上げる。

 そういや昨日は、最悪なことに雨にも打たれたんだったな。息が熱い。


「申し訳、ありませんでした……」

「何がだ」

「今回の件はもちろん、この四年間全てです。このタイミングで言うのは卑怯でしょうが、今を逃せば言う機会を当分失ってしまいそうなので」


 なんとか一人で立ち直し、ゼクス団長に頭を下げてからウィリアム副団長にも同じ行動を取る。

 脇腹の痛みがひどくなることぐらい分かっていたが、きつくまぶたを閉じて耐えた。

 そんな私の頭へ懐かしい感触が降ってくる。


「謝られたところで、俺たちの苦労は返ってこん。そう思うのなら結果で示せ」

「ごめんなさいで済むのなら、私たちなどいりませんよ。ですから――」

「強くなれ。この国で最強の女を名乗れるぐらいにな」


 かつてのような柔らかい言葉は無かったが、あの時以上に温かみを感じた。同じくらい、今後のことに恐怖もしたけれど。

 声を出せば震える気がして、目を開ければ何かを零してしまいそうで、頷くだけで精一杯だった。


「レオ」


 しかし、アシル様に声を掛けられれば、そうも言ってはいられない。

 奥歯を噛みしめ顔を上げる。その動きに合わせ、ゼクス団長の手が離れていった。


「報告を受け取ろう。この手紙は、王太子殿下へお見せするに値する。それで悪いけれど、今すぐ治療を受けさせられない。人目につくからね。だから処遇が決まるまで、待っていてもらえるかい? 気絶しても構わないから」

「了解、しました」

「マクファーレンたちも、この場の全員ここで待機していてくれ。可能な限り急いで戻ろう」

「おう。頼んだぞ」


 そして、アシル様が背中を向けられた。

 頭では止めてはいけない場面だと分かっていたが、思わず声をかけてしまう。


「あの――!」

「私は遠慮しておこうかな。聞けば同じ言葉を返さなければならなくなるから」


 アシル様は振り返らなかった。

 代わりにふと思い出したかのように、明るく仰る。


「そういえば、帰ってきたら教えてあげると約束していたね」


 それは、思いもよらぬ内容だった。


「レオナと私はね、幼馴染だったんだよ。そして、親が決めた婚約者だった」


 まさかこの方が…………。

 唖然としている間で、その背中は消えていく。

 さすがのこれには、ウィリアム副団長以外の全員が驚いている様子だった。もっとも、気にする余裕など無かったが。

 今さらながら、母さんはとんでもないことをしでかしていたのだと改めて思う。侯爵家の次男に、婚約者に駆け落ちされたという不名誉を与えたのだ。それがどのようなものかぐらい、私にだって少なからず想像がつく。

 アシル様の態度からは、それを非難する様子は見受けられなかったが、母さんはその存在があったからこそ金髪至上主義者の魔の手から逃れられていたわけだし……。

 いやしかし、二人がそのまま添い遂げていたら、私だけではなくもう一人この世に居なかったかもしれない上、ジョゼット様も別の人生を歩んでいたことになる。それを考えれば、子供の私が頭を下げるのは失礼にあたるのか?

 どうなのだろう。混乱なのかただ単純に限界が近いからか、頭がふらついて考えがまとまらない。


「ウィルは知っていたのか?」

「これでも一応は貴族ですし、不本意ながら友人でもありますからね。レオナ殿ともお会いしたことがありますよ。挨拶をかわす程度の間柄でしたが」

「初耳だ」

「言ってませんから」


 そんな私を余所にゼクス団長とウィリアム副団長が会話をしていたが、そちらにもびっくりだ。

 あのアシル様とこのウィリアム副団長の性格では、相性が良いとはお世辞にも思えない。あれか、鬼畜なところで意気投合しているとか?

 うわ、考えなければよかった。意識が一瞬飛んだぞ。二人から同時に敵と認定されれば、死ぬより恐ろしい目に合うに決まっている。


「ちなみに母親は、どういった女性だったんだ」

「そうですね……。細かい違いはあれど、一言でまとめれば頭の良いレオでしょうか」


 それは私が馬鹿だと言いたいのか。確かに馬鹿だけども、本人の前でぐらいもう少し言葉を選んでくれても良いだろう。

 あとゼクス団長も、そこでアシル様に同情しないで頂きたい。父親の気が知れないとはどういう意味だ、こら。


「ともかく、気絶する前に覚えておきなさい。おそらくあなたの傷は、現段階では拘束中に口封じのため襲われたと扱われます。全てが終わって事実が公にできるようになったとしても、謎の二人組が緑騎士に追われているところへ居合わせ、巻き込まれる中で手紙を拾ったというような形になるでしょう」


 するといきなり、ウィリアム副団長が真面目な話しを始める。

 まあ、そうだろう。理由はどうであれ北の砦を危険に晒した上に、緑騎士と一戦交えたなど表沙汰にできない。殺さないよう藍の小人を抑えるのだけでも苦労した。


「髪はこの通り染めてましたし、瞳も何度か変えましたが、それで通用するでしょうか」

「王太子殿下が動かれるのですよ? そうでなくともあの男が、無理にでも通用させます。その髪はすぐに戻せますね」

「洗い流すか、時間が経てば勝手に戻ります」


 馬上で付け直すのが命がけすぎて、普通に染めておけばと何度も後悔したが、怪我の功名といったところか。

 それにしても、今の会話で引っかかりを覚えたのだが、何が理由だろう。

 ああもう、脇腹が痛過ぎる。ここまで体力を失った状態で、痛み止めを飲んで大丈夫だったか。それよりも化膿止めが先だっけ。

 やばいな、本格的に目の前が暗くなってきている。


「横にはなるなよ。痛みが増すぞ」

「眠るなら壁を背に座りなさい。仕方がないので横は支えてやります」


 二人の声が遠い。それでも聞き取れたので、従いたくなる。

 しかし、アシル様は戻ると言っていた。簡潔な報告だったから、もっと詳しく聞かれる可能性がある以上は、起きていた方が良いんじゃないのか。

 そういえば、この場には他にも誰か居たはずだ。誰だっけ。


「おい、小僧ども。お前ら上着を貸せ」


 ああ、そうだ。包帯を巻くからと上を脱いだままだったから、こんなにも寒いんだな。

 でもこのままだと、また怒られてしまう。

 ……だから誰に。というか、これはさすがにまずくないか。視界が回って気持ち悪い。


「熱が出てきましたね」

「ひとまず座らせろ」


 一体どこで気を抜いてしまったのだろう。急激に体調が悪くなってる。

 でも待って、まだ終わっていない。大切な、けじめが。エレオノーラとしてやらなければならなかったことがまだあったはず。


「レオ、目を閉じなさい」

「力を抜け。おい、エドガー! ジャン! 誰にも見られないよう水と毛布、持ってこれるか?!」


 その時、ゼクス団長の声が答えをくれた。


「待って、下さい。待って」

「レオ、動くな!」

「今じゃ、なきゃ、言えないん、です」

「分かりましたから、落ち着きなさい」


 めずらしい。ゼクス団長とウィリアム副団長が慌てている。致命傷は受けてないのに。幸い、矢に毒も塗ってなかった。

 でもあれか、怪我で体力が無いところに熱が出れば、大丈夫とはいえないか。しかも、折れた肋骨が内臓に刺さったら大変だ。というかそもそも、何本イッてるんだろうこれ。

 違う、また思考が飛びかけた。ともかく立たないと。


「レオ!」

「もう、甘えない、と誓ったん、です。自分の力で、立ちたい」


 唇が動いた気がする。何を私は言ったんだろう。

 震える腕に力を入れてなんとか立ち上がり、感じる寒さにいつの間にか肩に乗っていた服の前を合わせる。

 そして、霞んでまともに見えない視線を動かし、目的の人物を探した。

 すると、意外と近くに人影が二つ。かろうじて認識できる色が区別を付けさせてくれる。

 だから、おぼつかない足取りでなんとか歩み寄る。たぶん、そうした。

 しかし熱い。安定を得るため頭を押さえたが、これはひどい。というか、さっき寒いと感じたばかりなのにおかしいな。

 どうか持て。死にかけながら、やっと分かったんだから。とうとう伝えられるんだから。

 そう思うも言うことを聞かずぐらついた身体は、誰かに腕を掴まれたことで倒れずに済んだ。


「すい、ません」

「構わん。言いたいことがあるならさっさと言え」


 誰の声だっけ。というかこの人、手がすっごい冷たい。雪みたいだ。気持ち良すぎて額に当てたくなる。

 ダメだ、また飛んだ。これ限界越えちゃってるな。まあ、でないと素直に告げれなかったかもしれないし、丁度良いか。

 とりあえず、色で見分けて目指した人の前に立つ。

 不機嫌な顔をしているんだろうな。見えないから分からないけれど。

 そして私は、ゼクス団長とウィリアム副団長にした以上に頭を下げた。その際咳き込んでしまったが、吐血はしていないのでたぶん大丈夫だ。

 痛み? 麻痺したか慣れた。途切れ途切れにならないよう、はっきり伝えるため息を整える。


「ありがとうございました」


 そして、全力で言う。

 王都を発つ直前に立ち寄った教会で、司祭様のお話によってそれを知った。

 初めは受け入れられなかった。理由が分からなかった。

 けれど、今なら言える。今だからこそ、心の底からそう思って口に出来る。

 十年前の葬儀の日、泣くことしか出来なかった私に最初の戦う術をくれた恩人へ、精一杯の感謝を。

 やっと見つけたあの時の少年が、たとえ善意など持ち合わせていなかったのだとしても。

 ――ただもう二度と、白いジニアの花束を可憐だとは思えない。そこに秘められた言葉は、報われない想いの形だったのだろうから。

 顔を上げれば、そこには今にも泣きだしそうな表情があった気がした。


 


 



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