表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
43/79

出発の夜(4)




 長い足を向かいの枠へと伸ばし行く手を阻む殿下は、これまでからは考えられない柄の悪さを滲ませながら首を傾げる。

 ともかく、まずは礼を取らなくてはと膝を折ろうとした。


「つっまんねーなあ、もっと驚いとけよ。あと、堅苦しいのはなしな」


 俺の変装も初めて見る者を驚かせるが、殿下の豹変はさらに上を行くだろう。

 まさかそんな事を言われる日がこようとは思いもしなかった。おかげで、頭に昇っていた血が急速に下がっていく。

 かといって値踏みするような視線は続いており、どういった行動が正しいのか分からず中途半端な体勢で固まってしまう。


「ともかくだ。ゼクスそれ、俺が預かっとくわ」

「構いませんが、良かったんで?」

「ん? ああ、素を見せたことか」


 殿下はその間で身体を起こし室内へ入ってくると、ゼクス団長からあの女が置いていった剣を受け取っていた。

 これで退室の障害が無くなったと思いきや、閉められた扉の前でお爺様が立ち塞がっており、さらに殿下が気さくな態度で俺の肩へ手を置かれる。


「いやな、こいつらが思いの外レオに興味津々みたいで、まあ良いかなーって」


 しかし、その発言には異議を唱えたい。

 王太子殿下にあるまじきことで、どうやら立ち聞きをしていたらしいが、俺が止めようと思ったのはけしてあの女を思ってではないのだ。単純にこのままでは寝覚めが悪いのと、純粋に腹が立つだけである。

 ジャンも同じく聞き捨てならなかったのか、口を開くことはなくも剣呑な雰囲気を纏っている。

 それを感じ取れないお方でもないだろうに、それでも殿下は軽快に笑う。


「それに、重要な役目を任せるわけだし、やっぱ誠意って大事だろ?」

「あなたからそのような言葉を聞く日があろうとは驚きですね」

「相変わらずウィルは冷たいねえ」


 そして、肩に置く手を回してこられると、遠慮なく体重を乗せて囁いた。


「で、どーやって止めるつもりだったんだ?」

「私はけして善意というわけでは……」

「分かってるって、気に入らないだけだよな。でも、考えてみろよ。追いかけて首根っこ掴んで、復讐はいけないことです、止めましょうつってあいつが聞くか?」

「それ、は」

「そもそもだ。んなことは、とっくの昔に通過済みなわけ」


 これまでも近寄りがたい雰囲気で満ちていて苦手だったが、今の殿下はそれ以上に馴れ馴れしすぎてあまり好感を持てない。

 しかも耳元の声は、何もかもを見透かしたように全身を這い、容赦なく痛いところを抉ってくる。

 まるで、締め付け徐々に弱らせ、最後に獲物を丸呑みにする蛇のようだ。


「だってのに、たかだか二週間程度しか付き合いのない奴に何ができる? それにな、そうされると困るんだよ」

「一体どなたが……」

「もちろん俺が。でもまあ一番は、心配しなくても大丈夫ってことだ」


 苛立ちも怒りも、全てがすっかり餌食となってしまった。

 そんな俺の様子に満足されたのか、殿下は身体を離すと器用に剣を回しながら、今度はジャンをわざとらしく覗き込む。

 もはやこのお方の独擅場であった。お爺様ですら、完璧に空気となっている。


「お前もさ、ほんと尊敬するわ」

「もったいないお言葉にございます」

「んな棘々すんなって。皮肉じゃなく本心なんだからよ。俺には無理だからなー。確かにレオナは良い女だったが、年上で人妻で死人だろ? どう考えても無駄って分かんのに、それでも消えないのが愛ってんなら、俺は一生持たなくて良いと思っちまう」

「なっ――――!」


 そのせいで聞き逃すなど出来なかった。

 息を呑んだのはジャンだけではない。俺もまたそうだった。

 殿下がおられるというのに、思わず歩み寄って腕を掴み、激しく揺れる瞳を見やる。


「そう、だったのか?」

「え、まじか。エドガーは気付いてなかったんだな」

「それ以前に殿下は、人の触れられたくない部分をあっさりと口にしすぎですよ。さすがの私でも、息子が哀れに思えます」

「いや、どう見ても隠せてなかっただろ。なあ、ゼクス?」


 周囲は暢気な会話を繰り広げているが、それどころではなかった。

 謹慎最終日の夜のことが思い返される。あの女へ向けられていた理不尽なまでの憎悪や、共に過ごしたレオナ達との時間もまた――


「いや、まさかなあ……」

「この朴念仁に尋ねたところで無駄ですよ。分かるようなら、とっくの昔に妻帯しています」

「んなこと言ったらウィルもじゃねえか」

「結婚出来ないのとしないのとでは、越えようのない壁が存在するんです」


 定まる気配のなかった視線が落ち着く。

 腕が払われ、強く身体を押された。


「うるさい!」


 ジャンはそれを最後に身体を支える気力を失ったらしく、かろうじて両手で顔を隠すと壁にぶつかり、そのまま背中を滑らせ座りこんでしまった。

 伸ばした腕が虚しく空を切って落ちるのを、視界の隅でなんとか受け入れる。

 掛ける言葉など、どこを探しても見つからない。

 もちろん理由がどうであれ、あの女にしたことが正当化されることはなく、むしろ余計に逆恨みすぎて擁護できやしない。

 だからといって、どう責めれば良いのだろう。何と言って諭せば良い?

 俺は、俺たちは、結局のところ方法が違うだけで変わらないのだ。受け止めきれず忘れることを選んだ俺と同じように、あの女は復讐を誓うことで前へと進み、ジャンは全ての責任を誰かに負わせなければ立つことができず、留まるのがやっとだった。

 少し前までまったくの無関係な間柄だと思っていたというのに。


「どいつもこいつも、レオ、レオ、レオ。あの女の何が良いっていうんだ…………! 復讐だって口だけなくせに。いつもヘラヘラ笑ってばっかで、どうせ本心じゃ妃の座を狙ってケツ振ってるだけだろ!」

「ジャン・クロード=バリエ!」


 ジャンが拳を叩きつけるのと同時に、お爺様の怒声が響く。

 扉の前から動く様子は無かったが、今までの経験がすぐさま身体を下がらせ、殿下までもが耳を塞いで大袈裟に飛び退いている。

 そして、獅子の眼差しが真っ直ぐにジャンを射抜いた。


「口を慎め。殿下に対してなんという口を利いておるのだ!」

「まあまあ、無神経な俺が原因だしな。それに、ジャンの主張も一理ある」


 てっきり俺は、あの女への侮辱が我慢できなかったのだと思ったが、お爺様はそれに触れることはなく、殿下に宥められるとすぐにまた険しい表情で番人のような役割に徹した。

 代わりに殿下がジャンの前に座り込み、自らの膝を台として頬杖をつく。椅子をご用意するべき状況なはずだが、俺以外はまったくそう思っていないらしい。

 するとアシル様と目が合い、苦笑をもらう。邪魔をするべきではないようだ。

 だから黙って様子を見守れば、殿下は明るく仰った。


「実は俺さあ、レオに振られてんだよね」


 声の調子とは裏腹に、とんでもない暴露である。というかこれは、事実であればあるほど大問題であろう。

 ジャンも俯いていた顔を上げ、目を丸くしている。

 しかし殿下は、あくまで平然と話しを続けていた。


「でもってお前の言う通り、こっちの陣営で誰が一番無能かって言えばあいつなんだよ。お前等みたいに才能があるわけでもなし、言うことを聞くわけでもなし。気も我も強いわ、危なっかしいわ、騎士としては今のところ、戦場で兵の数字を増やすぐらいしか役目はない」


 だったら何の為にと思ったのは俺だけではないだろう。

 惚れている分、贔屓しているようにも聞こえない。否定ばかりだ。


「まあ、当たり前だ。重要な任を与えたところで、その途中でレオナたちの情報が転がっていたら、あいつは絶対に目移りする。迷って揺らいで、犠牲を出すかもしれねえ」

「…………では、なぜ」

「自由にさせたかって? 答えるにはまず、これを先に言っておかなきゃな」


 すると殿下は、一度両手を後ろに置いて首を倒し、なぜか俺を見られた。

 それからジャンへと視線を戻して立ち上がり隣りで壁にもたれかかると、実に楽しそうに、そのくせどこか不敵に告げる。


「俺はお前ら二人に期待している。ただし、その腕にだ。真っ当な人間であればそれに越したことはないが、命令さえ聞いてくれりゃあ、中身が餓鬼だろうが卑屈だろうがどうでも良い」


 まるで飾らない言葉は、当然ながら認めて頂いているとは取れず、その理由を自覚していながらも悔しさで唇を噛む。

 俺である必要はないのだから、より使いやすい人間が現れれば、このお方はあっさりと乗り換えるだろう。今まさに、その程度だと言われたのだ。


「民からすれば王だって、生活に迷惑をかけなきゃ誰でも良いんだよ。不甲斐ないオヤジですら、おかげで一定の評判を貰ってるわけだし。そいつがどんな性格で、何が好きで嫌いかなんて気にもしねえ」

「腕を買われるだけで、騎士としては十分だと思いますけどね」

「誰も彼もがウィルみたいに立場で満足しねーから、ここまで豚が肥え太ったんじゃねーか。自分は特別、自分は凄い。自分を認めないならお前はいらない。どいつもこいつも、存在意義がそんなに大事かね」


 こちらの心を読んだかのような言葉に焦ってしまった。

 そうだ、ウィリアム副団長が正しい。騎士はある程度の腕がなければ勤まらず、それが殿下の目に止まるなどとてつもなく名誉なこと。こんなにも器の小さな人間なくせして、個人として信を得たいなど贅沢でおこがましいにもほどがある。

 殿下はそこで視線をあの女の残した剣へと落とし、手慰みに鞘から抜き差ししながら尚も続けた。


「俺は有能な奴が好きだ。才ある奴に期待する。だから、強欲な王妃とアホな王子に負けるなんぞあり得ない。なあエドガー、お前は王都だけでもどれだけお宝が眠ってるか知ってるか?」

「…………いえ」

「すごいぞー。鍛冶屋の次男の口は今の外交官よりよっぽど回るし、泉の畔って食堂の娘の気遣いの上手さは半端ねえ。あの胸のでかさは国宝級だ」


 カシャン、カシャンと音を響かせながら語られた内容にはいまいち同意しずらかったが、それでも殿下が継承権争いのみに目を向けているわけではないのは分かる。

 それどころかもっと先、ご自身が王位に就かれてからのことを翡翠の瞳は見ている気がした。

 しかし、なぜこうも王都の人間に詳しいのか。まさかお忍びで出歩かれているとでも?

 以前ならともかく今の印象では、あり得ないと思うどころかそうなのだと確信すら抱ける感覚が、どこかあの女に近い気がした。


「なのに今のままでは、せっかくの宝も地下深くで眠るしかない。そんでもって周りを囲むのは、鍍金(めっき)すらまともに貼れない木偶ばかり。俺はそんなゴミ城で生きるなど、まっぴらごめんだ。既存の宝として、泥沼の中心で飾られるのもな。それならいっそ、宝を掘り当てるスコップになりたいね。で、実際にそうなることにした」

「いつお伺いしても思いますが、随分高級なスコップですね」

「その分、質はいいぞー。耐久性があるから早々壊れねえ。まあ、それは置いておくとして、こっからが本題な」


 堪えきれなかった様子でアシル様が微かに笑うと、殿下もまた悪戯を目論む子供のような表情を浮かべ、剣を首の後ろに回して肩に乗せる。

 あくまで暢気な様子と比べ、口にされたのはとんだ夢物語だ。どれほどの貴族を敵に回すか知れない。

 しかし、よくよく考えてみれば、すでにほとんどがそうだった。膿ばかりが蔓延り、秩序を担うはずの白騎士団ですらその一部となっている。このまま殿下が王位に就かれたところで、全てが沈静化することもないだろう。もはやこのお方には、安全な橋など残されていないのだ。

 すっかり集中していたせいで気付かなかったが、ジャンもいつの間にか立ち上がってそのお言葉を食い入るように聞いていた。

 そして俺たちは、とうとう全容を知ることになる。


「そうなると、邪魔が多すぎて土台作りすらままならない。で、どうせならっつーか、そもそも俺って面倒くさがりなんだよ。だから、全部を一度に片付けることにしたわけ」

「私たちがお伺いしてもよろしいのでしょうか」

「最初に言っただろ? 誠意を見せるって。予想外なタイミングで知って、万が一があっても困るしな」


 少なくとも、裏切りを懸念されない程度の信用は得ていると思って良いのだろうか。

 違うのだろうな。そうされても手段があるのだと考えた方が、殿下には相応しい。恐れるより、万が一を防ぐことが重要なのだろう。

 そうなると今度は、それが何なのか気になってくる。このお方に弱点など無いように思うのだが……。


「今回俺が狙ったのは、まず第二王子派の弱体化。これは、あの薬物パーティーを利用させてもらった」


 しかし、それからは驚愕の連続で、余計なことなどすぐに考えられなくなった。

 殿下は語る。あの日、あの場に居たのは上階の者も含めてほとんどが邪魔な連中だったらしい。だからアシル様は、俺たちへ伝えていた作戦とは違う行動を取られた。地下の招待客に至っては是非とも首を刎ねたい者ばかりで、それを実行する為に裏で操作し集めたという。

 すると第二王子派は、焦って動かざるを得なくなる。確実に殿下の御命を狙うだろう。殿下もまた最大の協力者を特定出来ていなかった為、あぶり出すことにしたそうだ。

 それがブラウン辺境伯で、残すところは王太子殿下と第二王子殿下のどちらかが倒れ伏すのみ。

 しかし、だとすれば解せないことがある。

 あの女の存在だ。この計画にも目的にも、不可欠だとは到底思えない。あまつさえ自由を許すなど、目の前をうろつかれても邪魔なだけだろう。

 すると殿下は俺の内心を察してか、指を三本立てて突き出された。


「俺が望むのは三つだ。一つ、邪魔の排除。一つ、地位に関わらず才能が発揮できる機会を有する国の土台作り。一つ、欲しいやつを手に入れる」


 そして、ジャンが噛みついた。


「最後がレオだと仰りたいのでしょうか」

「その通り。この三つを一度に叶える為、あいつを使った。あの自由は特別扱いじゃなく、それ込みの計画っつーわけだ。レオに関しては、分からないことなんて無いからな。見事に思った通りの動きをしてくれたわ」

「だとしても!」

「お前が王太子に反論するほど、レオナを想っていたのは理解する。俺もあの宿で世話になった一人だ。でもな、悪いが俺にはお前の感情なんぞどうでも良いんだよ」


 さすがにご気分を害されたのか素早く剣を抜くとそれを突き付け、殿下は普段の淡々として冷え切ったお声をだされる。

 俺ですらなんとか目で追える状態だったのだ、ジャンにとっては一瞬のことだっただろう。お噂は耳にしていたが、力量を垣間見たのは初めてのことだった。

 はたして俺で勝てるだろうか。一体どれほどの才を持っておられる。

 殿下のお言葉をお借りするならば、その一つで百の宝にも匹敵すると思うのだが、それを訴えたとしてもこのお方は、一点のみを飾るより百を並べた方が華やかだとでも笑って仰りそうだ。


「俺は、初対面の奴をまず信用しない。もっと言えばどれほど親密になろうが、いつだって裏切りを疑う。むしろ策を立てる度、真っ先にハルトやアシルがそうした場合の対処を考えるような人間だ」


 ジャンの喉元を狙う切っ先は微塵も揺らがず、どこまでも孤高だった。

 しかし、どれほど気丈に語られようとも、それは疲労しかもたらさない。

 同じにするなと呆れられるだろうが、他人から銀雪の騎士などという馬鹿げた呼称をもらう俺ですらそうなのだ。殿下とて、何かしら思うことはあるだろう。

 それはあながち外れていなかったようで、ゆっくりと剣を鞘へ戻してから自嘲気味に零された。


「一生を国に捧げんだ。一人ぐらい良いじゃねえか。なあ?」


 そこで俺は、このお方が年下であることを思い出した。絶対的な味方を欲し、それがあの女なのだと気付く。

 自分のことを棚上げして、そこまで出来た人間ではないように思うも、頼り甲斐がある必要はないのだろう。おそらくは、羽が休められればそれで十分なのだ。

 たしかにあの女の前では、飾る方が馬鹿を見る。どんな態度を取ろうが好き勝手する分、こちらも遠慮なく同じことをしてしまう。そのくせ曲がったことを無視せず本能で動くのだから、はた迷惑の塊だ。


「ならば無理やりにでも召し上げた方が、よほど安全ではありませんか」

「女である事を求めてねーし。せめてと選ばせてやっての現状だ」

「しかし、差し出がましくはありますが、北へ行かせたのは危険すぎるかと」


 けれど俺の疑問は、アシル様が口を挟まれたことにより中断された。


「もしかしなくとも、それは――」

「〝どちらにせよ後悔するのなら今を取る〟って言ったあの時だ。でもな、あいつの言う今ってのは、とっくの昔に復讐云々じゃなくなってる。誰かさんに似て、頑固すぎて認められないみてーだけど」

「殿下も中々に強欲でいらっしゃいますね」

「どうせなら楽しい方が良いだろ」


 殿下の視線が一瞬だけお爺様へと向けられ、それから俺に戻される。

 そして告げられた言葉は、なんとも根拠に欠けるものだった。

 

「レオを見てると、何かやらかしてくれる気がしねえ?」


 だというのに思わず頷いてしまってから、それで良いのかと悩んだ。

 それでも殿下は、あの女を傍へと望むらしい。隣ではないのが不思議なところである。主従とも恋人とも違うが、かといって上手く表現できる言葉が見つからない。

 ともかく、近くに置くとしても、あの女では立場が弱すぎる。今さらお爺様の孫として貴族の一員に加えたところで、渡り歩くのに必要な術が備わっていない。

 だったらと、殿下は求める場所まで引っ張り上げることにしたらしい。あの女が固執する騎士に相応しく、手柄を立てさせることによって。

 ただしこの件に関しては、全力で抵抗をするだろうからと本人には伝えていないそうだ。


「もったいねえから、期待は全部お前等に回すけどな。というわけで、こっからは仕事の話だ」


 はたしてそれで関係性が壊れることはないのだろうか。

 気にはなったが、ひとまず任務といわれて背筋を伸ばさないわけにはいかない。

 俺は、殿下の御心に従おう。それで白騎士団が歴史に恥じない強さを取り戻せるのならば、文句などあるはずがない。

 しかし、ジャンはどうなのか。盗み見れば、口元を歪めながらも姿勢をしっかり正していた。

 闘争心か何かを燃やした様子だ。どうせまた悪い方向で、是が非でもあの女を叩き潰すといったところだろう。今度こそ止めるが、それはあくまでジャンの為だ。

 やはりあの女は、面倒ばかりを持ってくる。それを楽しめる殿下はどうかしている。


「終局を迎えようとしている今、オヤジが退位するまでの間で俺を殺せれば良いと暢気に構えていた連中は相当ぐらついている」

「殿下が戦力を得られるとは、まるで思っていなかったようだしな。随分と頭ん中がお花畑らしい」


 ……そういえばそうだ。そもそも殿下は支持に於いて圧倒的に劣勢で、だからこそ防戦しかできず、国王陛下も王太子位を与えるのが精一杯であられた。

 真意を求め、視線が自然とゼクス団長へ移る。

 すると、太く逞しい腕を組み、かなりの悪人面で不敵に笑んでいた。待ちきれないと言いた気に。

 まさかと思いウィリアム副団長の様子も窺えば、呆れたようにため息を吐いているも、口元がかなり緩んでいる。

 そうか、とっくに飼い慣らしていた(・・・・・・・・)のだ。あの化け物の集団を。危険を冒してまで城下に出ていたのだとすれば、それ以上の目的があるはずもない。


「そうなると当然、狙いは限られてくる。ジャン、どこだ?」

「死角か、弱点か。しかしながら、殿下にそのような場所があるとは信じられません」

「褒め言葉として受け取っとく。でもな、よーく考えろ。あるだろ? 城内で唯一この俺が、王太子が気を配っている存在ってのが」

 

 しばらく二人で思案し、声を上げたのはどちらだったのか。

 俺とジャンは、お爺様とアシル様のおかげで普通の近衛より保証があるとして、もしもの場合は若手で経験が浅い分、時間稼ぎよりも安全確保を任されるだろう。

 その時、傍にいるのは誰か。護らなければならない相手とは――


「ルードヴィヒ、殿下…………」

「正解。つーわけで、応えろ。他でもない、俺からの期待だ」


 そして殿下は、傲慢とすら感じるほどの威風堂々とした佇まいで下される。

 改めて騎士でありたいと出直しを望んだ俺にとって、それが最初の命令となった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ