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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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出発の夜




 無事に城門を通過し案内されるがまま向った白騎士団の本部の一室では、ゼクス団長とウィリアム副団長はもちろんのこと、アシル様と未だに名前を知らない白騎士団副団長、ついでにジャン様というそうそうたる顔ぶれが並んでいた。

 ロイドを巻き込んだ勝手な行動に対して誰一人苦言を呈さず、その場にはしばらくの間、私の報告だけが響く。真っ先にルードヴィヒ殿下の危険を伝えるも、やはりとっくの昔から把握していたのかこれといった動揺は見せない。だというのに、母さんの髪が入った箱を渡された(くだり)で中身を問われ時は、ありのまま人毛と答えると、全員が息を呑んで視線を腕に集中させていた。

 そして、全てを語り終えれば、今度はこちらの番だった。ただし、その思惑を知ろうとは思わない。私情が満たせればそれで良かった。


「お伺いしたいことがあります」

「なんだ」


 目の前で仁王立つゼクス団長は険しい表情を浮かべていて、その強面具合から思わず腕に力がこもる。

 それでも尋ねないままではいられず、なんとか視線を合わせ意を決して口を開く。


「両親を殺した犯人だと把握されていたから、私が選ばれたのでしょうか」

「はあ?!」


 けれど、返ってきたのは予想外な方向からの驚愕だった。

 しかも相手が相手だったため、思わず邪魔をするなと苛立ってしまう。

 冷ややかな視線を送れば、向こうも同じくこちらを射抜いていた。


「どういうこと? 犯人は獄死したはずだよね」


 ジャン様はどうしてか憤ってさえいるようだ。

 とはいえ、その理由は分からない。考える余裕もない。

 だから、一言だけ告げる。


「部外者は黙って頂きたい」

「説明しろ! なんでその箱を大切そうに持っているのかも全部!」

「ジャン! 落ち着け!」


 ありし日と立場を変え、ジャン様が掴みかかろうとするのをエドガー様が止めていた。

 それを無視し、声を聞き流し、ゼクス団長へ視線を戻す。

 この人は嘘を吐かない方だ。わざわざ教えてくれるような優しい方でもないが、聞かれたことには何かしらの答えを返してくれる。残酷なものだとしても必ず。

 そして、今回もそれは覆されなかった。


「正確には違う。把握していたわけでもない。だが、最も可能性が高いとは予想していた」

「そうですか。では、もう一つ。私はもう用済みでしょうか」

「ああ、ロイドが巻き込まれたのは予想外だったが、結果的にお前たちは良くやってくれた。ご苦労だったな」


 良かったと素直に思った。これなら恨み言を吐かずに済む。

 すると肩に手を置かれ、横を見ればアシル様が立たれていた。

 その後ろではジャン様が、白騎士団副団長に口を塞がれ押さえ込まれている。なるほど、静かになっていたわけだ。


「もちろん、誘拐の疑いはでっち上げだからね」

「分かっております」

「うん。これから先は、私たちや王太子殿下の腕の見せ所だ。たとえちょっと訳ありでも、下級の子が手出しできるものではない。ね?」


 頷くべきなのだろう。皆まで言わせるなと、細くなった目が語っている。

 さすがアシル様、私の考えなどお見通しというわけか。

 けれど、その牽制には応じられない。今日はもう脅され飽きている。


「なぜその場でエドガーが身柄を押さえなかったか、君なら分かるはずだよ。わざわざありもしない嫌疑をかけることで、王太子殿下は君の身の安全を確保なされた」

「王族の誘拐ともなれば、アシル様が直々に担当されても何らおかしくない。そういうことですね」

「口封じを懸念して、厳重に警備もできる。それこそ近衛部隊を総動員しても普通だね」


 よく出来ましたと褒める笑みにつられ、私の口角も薄っすらと上がる。

 とはいえ、今回ばかりは相手が白騎士団の団長でも譲るつもりはない。王太子殿下でも、だ。

 ……いや。きっとあいつは、この選択を取ると分かっていただろうから、許さないならば本気で拘束するよう命じていただろう。だから、見逃してくれるはず。

 さすがにあからさまに払いはしなかったが、それとなく身体を動かして肩の手をどけてもらう。

 そして、頷かないままゼクス団長に向け言った。


「さすがに働きすぎました」

「レオ?」


 アシル様の呼びかけは聞こえなかったふりをする。

 ゼクス団長とその隣りに並ぶウィリアム副団長は、嫌な予感を抱いたのか遠慮なしで睨んで下さった。息ピッタリに舌打ちまでしてくれる。


「許可はせんぞ」

「まだ何も言っておりません」

「言わなくても分かります。立場を弁えなさい」


 ほら、やっぱり。この二人が口しか出さない時点で、無理やり止めることを禁じられていると丸分かりだ。

 だから急いで、大まかな計画を立てる。

 北の砦まで、精一杯急いで五日ほど。二週間もあれば十分だろう。出発は明日にするとして、その前にこの箱を司祭様へ託しておかなければ。

 そして、大きく息を吸い、殴られるのを覚悟して願いを吐き出す。


「休暇の申請をさせて頂きます。期間は二週間」

「俺の言葉を聞き逃したようだな」

「私が見つからなければ、アークの拘束に問題はないでしょう」

「許可せんと言っとろうが!」


 太い腕が一瞬で伸び、容赦なく胸倉を掴んで軽々と私の身体を持ち上げると、そのまま床に叩きつけてくれた。

 息が詰まった次には派手に咳込む。やばい、怖すぎる。心臓が破裂しそうだ。

 でも、我侭で勝手だと分かっていながら、それでも通そうとしたのだ。今さら引けやしない。ここで引いたら、きっと一生後悔する。死ぬまで中途半端なまま、今度こそ仲間を殺してしまうかもしれない。

 だから、起き上がれず無様に這い蹲った状態でゼクス団長を見上げた。


「だったら、なぜ命令されないのですか!」

「このじゃじゃ馬が! 殿下は何だって、こうもこいつに甘いんだ!」

「団長、落ち着いてください。許可を願い出ただけでも、十分な進歩だと思いますよ」


 鼻息荒く肩を上下させるゼクス団長の姿は、本物の熊よりも獣染みている。白騎士四人など、苦笑に失敗して引きつった笑みを浮かべるか唖然としているじゃないか。

 私に対しても変な目を向けないでほしい。こっちだってすき好んで反抗しているわけでも、怖くないわけでもないのだから。

 この団長と相対するのは二度目だ。一度目は入団試験でズタボロにされた時だから、それに比べればまだマシなだけである。


「ならば、王太子殿下の私室に忍び込み、お許しを頂くまでです」

「っ――――! お前はよっぽど俺に怒鳴って欲しいらしいな」

「レオ、さすがに口が過ぎる。その生意気な唇を縫い付けられたいか」


 …………やばい、ウィリアム副団長の口調が変わった。

 今のは脅しじゃない、警告だ。次は本当に実行するだろう。

 さすがに黙れば、顎で立つよう促された。恐る恐る従うと、長い足が床を叩きその音で身体が跳ねる。

 それでもなんとか俯くのだけは我慢した。


「休暇を取ってどうするつもりですか」


 とりあえず戻った口調にほっとして、顎を引き背筋を伸ばす。


「売られた喧嘩を買ってこようと思います」

「…………買って、その後はどーすんだ」

「分かりません。お二人はお気付きだったと思いますが、私はこの日の為に力を欲していました。そのはずなのに、分からなくなりました」


 そこで一度口を閉じ、さりげなくエドガー様を見やった。この方のことだから褒めてくれていたわけではないのだろうが、城門前での一言はロイドからのものと同じくらい衝撃的だった。

 そして、無性に嬉しかった。そう言ってくださったことが、そう見えていたことが、全てが間違っていたわけではないのだと思わせてくれた。

 だからこそ、確かめたい。考えたところで堂々巡り、答えなど出ないのだから、どうにかして自分の心を――


「私はもう、十年前とは違う。やっとそれに気付けました。ですので、今の私の答えを出しに行かせてください。お願いします」


 深々と頭を下げた。

 ゼクス団長とウィリアム副団長にとっては、未だに親の死をまともに受け入れられず呆然としていた子供のままなのだとしても、私が剣で誰かを守れるようになれたのはこのお二人のおかげだ。

 生意気で反抗的な口を利きはしたが、出来ることなら許可は彼らからもらいたかった。復讐心ばかり燻らせていた私を騎士にしようとしてくれたのは、王太子殿下ではない。


「騎士として行くつもりなら、俺は殿下の意に反してでも許さんぞ」

「諦め悪く、敵の大きさも理解しない、馬鹿な小娘として向かいます」

「西街での繋がりも使うつもりですか」

「はい」


 諦める強さを持てずにここまで走ってきてしまった。もはや自力では止まれない。どうしても結果が、結末がなければこの憎しみは消えてくれない。

 潔く騎士を辞められるのなら、どれだけ良かっただろう。あれも嫌、これも嫌。我侭すぎてほとほと呆れる。

 だから、いっそ全てを出しきってしまおう。

 すると、床が占めていた視界に大きな手が現れた。そして、ゼクス団長が低く命じる。


「剣を寄越せ」


 黙って従い、剣帯ごと渡す。

 こんなにも剣は重かっただろうか。身体がえらく軽い気がする。


「もしもの時は、自らその首を差し出しに来なさい」


 そこにウィリアム副団長が、深いため息と共に続いた。

 驚きで顔を上げればかつてなく真剣な表情で、そのくせ普段と変わらないようなことを言ってくる。


「当然でしょう。かかった経費を払うのならば、国を越えてもらっても構いませんけれど」

「ありがとうございます!」


 ああ――どうして。どうしてこの人たちは、戻ってくることを前提に考えてくれるのだろう。私が勝手をすれば、大事な策に影響を及ぼす可能性だってあるのに。

 さすがにそれが分からないほど愚かではないのでアシル様を見れば、こちらもまた疲れたように頭を振ってから肩を竦めるだけだった。


「君はきっと、手を下すとすれば自らを選ぶのだろうね。ともかく私としては、王太子殿下の敵が消えるのならどのような形でも構わないよ」

「……アシル様は、母と面識が?」

「教えて欲しければ帰っておいで。マクファーレンとルイス、それに殿下が望んでいる形でね。ジョゼットとの約束もまだ果たしていないだろう?」

「次、家名で呼んだら刺す」


 ボソリと聞こえた呟きは無視し、アシル様へ頷いた。

 既に十分なほどだが、これ以上は迷惑をかけないと誓う。かといって遠慮もしない。やはりこの方たちは、私が動くことを予想していたのだと分かったから。


「では、私はこれで」


 もう一度、全員に対して頭を下げる。

 そして、扉へと向かった。


「一つ、言っておく」


 しかし、数歩進んだところで声が掛かった。

 ゼクス団長だった。


「俺やウィル、他の連中も、誰一人としてお前を人殺しに育てたつもりはない」

「はい」

「俺らにお前を入団させたことを後悔させたら承知せんぞ」

「一つではなく二つでしたね」

「だから一々茶々を入れるなと!」


 背後で聞こえる日常のやり取りをひっそりと笑ってから、振り向かないままで「肝に銘じます」とそう返す。

 そして、途中から蚊帳の外であったエドガー様とジャン様の前を通り過ぎようとする。

 するとジャン様が、腕を掴んで歩みを止めてきた。


「何をしに行くつもり」


 聞いたことのない低い声に含まれているのは、困惑と怒りだろうか。

 今度は遠慮なく振り払う。


「やっと復讐相手が見つかったので、ちょっとそこまで面を拝みに行こうかと」

「…………は?」

「父さん! なんで止めないのさ! それに、犯人は死んだと言ってただろ?!」


 だというのにしつこく、しかも次はかなり強めに掴んできて、さらにはアシル様へ怒鳴りだす。エドガー様はまるっきり話しについていけてないらしい。

 なんなんだ一体。なぜこうも食い下がる。


「レオから手を離しなさい」

「はぐらかすなよ!」

「ジャン」


 息子の名を呼んだアシル様は、そのまま手加減をせず手を捻り上げ、耳元で静かに囁いた。

 意外にも油断していたのか、声自体は聞こえなかったが唇は読むことができたため、その内容は丸分かりだ。


『これは贖罪の場だ。邪魔をするな』


 アシル様は確かにそう言っていた。何に対してだとか、誰にとってのだとか疑問しか浮かばないが、行かせて欲しいと思うのならば黙ったままでいた方が良いだろう。

 ああ、でも忘れていた。これだけは告げておくべきだった。

 ぎりぎりで思い出し、置いてけぼりとなっているエドガー様と向き合って、すっかり遅くなってしまった礼を告げる。


「任務の時は、助けて頂いてありがとうございました。今日も……。おかげでこうして目的を果たせに行けます」

「復讐が、理由か」

「だから言ったではないですか。自分の為だと」


 これもまた自己満足だ。この人に借りを作ったままというのがどうしても気に入らず、せめてもの行動だった。

 そして、ジャン様がまた騒ぎだす前に今度こそ退室する。

 時間も時間なので、白騎士団の本部も必要な場所以外は明かりがなく真っ暗だ。かなりの寒さを覚悟して両手で箱を抱きかかえながら外へ出れば、巨大な城もどことなく不気味に映る。

 緊張か、焦燥感か、もしくは興奮か。とにかく何かしらの感情が自然と小走りにさせ、城門まではあっという間だった。頭は意識せずとも、事細かにブラウン領までの計画を組み立てていた。

 しかし、後少しで門番の所へ辿り着くという時、闇の中からその声は届く。


「――――――エリー!」


 ハッとしてまず見たのは腕の箱だった。

 次に気のせいだと思った。感傷的になりすぎたせいで生まれた幻聴だと。

 けれど、再びそれは聞こえた。

 低く雄々しい、まったく覚えのない声が呼ぶ。


「エレオノーラ!」


 それは、もはや私にとって、すぐには反応できないほど馴染みを失った遺物だった。

 

 




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