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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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終幕の合図(4)




 わざとらしく腰を折り、アークは言う。


「改めて自己紹介を。私は、アレクシス・モルダー=ブラウン。国王陛下より北の砦の守護を命じられしブラウン辺境伯が嫡男であり、私自身も緑騎士として所属しております」


 だからどうしたと言えるほど、その名は軽くない。なにせブラウン辺境伯は、この国の砦でもっとも重要な場所を任されたお方で、総騎士団長に負けずとも劣らない尊敬の念を集めている。

 その実はただの狂った金髪至上主義者だったようだが、それでも待ちわびた相手としては十分どころか破格である。

 踏み込まずにいたことにも意味があったと思うのは、さすがに都合が良すぎるか。それでも、早くにここへ辿り着いてしまっていれば、正しく絶望していただろう。歯が立たなさ過ぎる。


「あなたも騎士ならば、滅びの道へ進もうとしているこの国を正す義務がある。そうでしょう?」

「だからといって、私がする必要はない。そもそも、そんな力などない」

「ありますよ。でなければ、私たちの耳にシール卿の孫娘の噂が広まるはずはないですから」


 その言葉に目を丸くした私は、それからしばらく喋ることが出来なかった。

 だからアークは気を良くし、饒舌に語る。

 二週間ほど前から流れ始めた噂は曰く、総騎士団長の孫娘が現れ、しかもかつて社交界を賑わせた母親と髪色を含めてそっくりだというもので、北の辺境までまたたく間に広がったらしい。

 しかも、祖父であるシール卿は今さら現れた孫娘を受け入れるつもりだと言う。挙句、それが騎士だったのだから、跡継ぎにするのもやぶさかではないと。

 前例が少ないとはいえ、爵位については女でも継承することが可能だ。特にシール家は、成り立ちからして騎士家系の頂点に君臨している。しかも現在、血族で騎士はシール卿本人と私のみ。真実味がなくもない。

 であっても、それを聞いた私は、さきほどのプロポーズの時以上に笑いたい衝動をこらえるのに必死となった。だから喋れないだけだというのに、アークは驚きで固まっていると勘違いしている。

 だって、なんだその噂は。まるっきり遺産やら何やらを狙った、野心たっぷりな悪女じゃないか! もしくは、扱いやすい馬鹿にしか聞こえない。

 そうでなくたって事実無根も甚だしく、しかも二週間前というのが当事者にしてみれば出来すぎている。登城して最初の一週間で気付く者が出て、次の週に広まり始めたことにすれば自然な流れに見え、後からその孫が白騎士の作戦に協力していたなんて一言が追加されれば、すぐに私だと分かるだろう。

 つまり、これもまた茶番なのだ。あれは始まりにすぎず、まだ終わってなどいなかった。肯定はされたが、それだけだったのだ。私が勝手に勘違いしていたにすぎなかった。

 馬鹿げた思想に頭が支配されながらも、貴族の義務を忘れていない厄介な相手をおびき出す餌が本命で、はたして相手が両親殺しに関係していたのは偶然なのか。色々と解決を、との言葉がちらつくも、そうでなければどうしてくれよう。

 把握していたとすれば、総騎士団長は知っていたことになる。自分の娘を死に追いやった人間を今の今まで放置していたのならば、憎しみの念がおかしな方向に飛び火してしまいそうだ。

 それにしたって、イースも容赦のない作戦をたててくれる。こうして中心に置くのなら、義理はなくたって一言ぐらいあっても良いだろう。おかげでどう動けば良いのかまったく分からない。分からないから、好きに動くしかない。その意思を察することすら、もはや無駄な努力だろう。

 だからこそ、決着をつけなければ。ついでの様にお膳立てされたこの状況で、復讐をいうより自分自身と。未だに答えは見つかっていないが、せめて真相だけでも受け止めなければ、麗しき王太子殿下はいつまで経っても解放してはくれないだろうから。


「だからこそ私の妻となり、騎士団を愚か者たちの手から解放する手伝いをして欲しいのですよ」

「愚か者?」

「あなたの祖父を始めとした王太子派の面々です。知っていますか? 白騎士団団長は、慈悲でその座に居る卑しい黒騎士団団長と旧知の間柄です」

「私も黒騎士ですが?」

「ですが、あなたは正当な権利を主張する為、仕方なくその席に身を置いていただけでしょう? 大丈夫、私は分かっていますから」

「ふふ、なるほど」


 今度こそ笑い声を漏らしてしまった。十年間の努力も、噂に踊らされる者にとっては、とても都合の良い美談となるらしい。

 けれど、そこまで付き合う必要はないだろう。なにしろそんな命令は受けていない。そもそもイースだって、私がそこまで我慢強いとは思っていまい。獲物を探し森の中を長時間彷徨うことは出来ても、目の前に置かれた料理をおあずけされて大人しくしているような人間ではないのだから。

 もう十分だ。アークにしても、噂を完全には真に受けていない、むしろ疑っているからこんな歓迎の仕方をしているのだろうし。

 最初の接触から空いた日数、私の人となりを探っていたとすれば、強欲な孫娘とは思えないはずだ。そもそもそんな安い理由ならば、黒騎士になる必要などない。〝女で初〟という箔が付くとしても、釣りが出るどころか払って欲しいぐらいである。

 だから、再び気安く触れてこようとして近付いた顔目掛け、全力で唾を吐き飛ばしてやった。


「寝言は寝て言え」


 すぐさま従者の男が反応するも、アークがそれを止める。

 そして、にこやかな表情のまま顔を拭うと、容赦なく胸を蹴ってきた。

 良い蹴りだ。身動きの取れない状態では衝撃を甘んじて受け入れるしかなく、肩が外れるかと思った。

 さらには首のぎりぎりで剣の切っ先が床へと埋まったが、それでも笑みは崩さない。毎日欠かさず手入れをしているおかげで、自分が今どんな目をしているのかが分かる。

 ――なんだ……。あまりの感情の大きさに、追いついていなかっただけなのか。

 銀の上にあの日の光景が映し出される。

 血の海に沈み、投げ出されていた手足。固まっていた表情は、まるで別人かと思うほどだった。どれほど苦しかっただろう、痛かっただろう。無念さを計り知れなかった。直接それを作りだした人間はもう居ないが、同等の罪を犯した奴がまだ存在し、さらにはそいつらが正義を掲げているならば、そんなもの私はいらない。くそくらえだ。

 父さんを彷彿とさせる瞳で、無造作に床へと置かれた箱をとらえる。やっと見つかった、母さんの欠片。他人の一部を手に入れて喜べる神経を、同じ人間が持っているというのが信じられない。

 まったく動じない様子に、剣がさらに近付いてきた。それでも一点を見続けていなければ、当事者ではないアークを殺してしまいそうなほどの激情に駆られる。

 けれど、ふいに浮かんだのが両親の生きていた頃の朗らかな姿で、さらには聞き飽きた野太い叱責の数々が頭に木霊す。


『感情に支配されるな、切り離せ。殺す必要はない。その時が来るまで腹に溜めろ。見誤るな。』


 何度も何度も、私だけではなく大勢が言われてきた言葉だ。訓練中であったり、任務中であったり、とにかく骨の髄まで叩きこまれるものでありながら、今でも中々身につけられないんだよな。暴走してばっかりだ。

 そういえば、ラルフ部隊長からも言われたことがあった。初任務で、たしか――――殺す相手を間違うな、と。

 その時には意味が分からず上辺の返事をするだけだったが、今思うと復讐相手を重ねているのを見抜かれていたのかもしれない。

 どうしてここにきて気付いてしまうのだろう。たしかにきっかけは十年()に起因するも、現在の私を作ったのはこの十年()だ。

 そこに両親はいない。…………いないんだ。


「素直に頷いておけば良いものを。やはり半端者も愚かには変わりないか」


 その通り。私は何をやったってままならない。

 でも――


「祖父に聞いたところでは、両親は惨烈な目に合ったらしいな。お前もそうなりたいか?」


 そんなことを言われるも、アークへ視線を戻した時には今度こそ冷静であると自信が持てた。煽られても安定している。


「生きたまま皮を剥いでやるのも一興だ。母に比べて短いのが残念だが」


 完璧に仮面を取った表情に嫌悪はした。見下し、陳腐ながらまるでゴミに対して向けているような視線がそこにある。

 しかし、もう大丈夫だ。この下種を殺したところで意味などどこにもありはしない。


「余裕そうだが、本気で殺せないと自惚れているのか? 無いものとして扱う孫であれ生首を贈りつければ、さすがの総騎士団長といえど動揺ぐらいするだろう」


 思わず鼻で笑えば、頬に感じるわずかな痛み。視界の端で銀が動き、胸の上へ足が置かれる。徐々に力を加えてくる辺りにえげつなさが現れ、今度は脇腹の横に刃が添えられた。

 けれど、未だに派手な傷を与えてこないのだから、まだまだ企みがあるのだろう。


「その顔、気に食わないな。切り刻んでやりたくなる」

「お貴族様に我慢が出来るなんて初耳だ」

「一つ賢くなれて良かったじゃないか。状況を把握できない頭では、たかが知れているだろうがな」


 負荷が増す足と自分の身体、椅子の背と重しが多く、床との間で両手が悲鳴を上げる。せっかく傷が癒えたばかりだというのに、またしても赤く染まっていそうだ。いっそのこと、常に包帯で保護しておくべきなのかもしれない。

 アークは小さな身動ぎも見逃さず、頭上に従者の男を立たせてから言った。


「これが最後だ。私に下れ」

「だれが頷くか、馬鹿が」

「では、あのような忌まわしい王太子の捨て駒な立場を甘んじて受け入れると?」

「あいにくと、全ては私の意思だ。たとえこれが作られた状況であっても、それは変わらない」

「素晴らしい忠誠心だな」

「ちげえよ。ただの利害の一致だ」


 私の態度は悪手としか言えないが、それで構わない。下手な小細工はきっと通用しないから。

 だからって、捨て身になったつもりはなかった。ここが最後なわけじゃない。アークはただの踏み台だ。


「蹴れ」

「いっ! ――――てぇな!」


 しかし、いくら手加減しているとはいえ、頬を蹴られたのには怒髪天をつきかけた。この従者、履いてる靴の硬さ分かってんのか。歯が抜けなくてほっとしたわ!

 悪態を吐けばさらにもう一発、さすがに頭がふらつく。


「犬は躾け次第だと言うだろう?」


 それでも気絶するまで至らないのは、黒騎士だからこそ。ついでに笑みを浮かべ続けられるのも、自分の負けん気が常識を突き抜けているからだろう。

 口に溜まった血を吐き出してから、堂々と言い返す。


「なら、てめえの犬はよっぽどの駄犬だな」


 頬が痛んで仕方がなかったが、引く気は起きなかった。

 そう言われてしまえば、余計に屈するわけにはいかない。黒騎士はすでに調教済み。それが飼い主の評価にも繋がるのなら、尻尾を撒いて怯えてたまるか。


「犯してやろうか?」

「獣相手に発情する趣味があるとは驚きだ。にしても、どいつもこいつもそればっか。残念すぎて逆に言いたくなる。犯させてやろうか? ってな」


 何を言っても私が平然としていることで、アークが飼い犬に手を噛まれたと思わせる顔をした。

 そんなものを見せてくるのが悪いのであって、だから私が喉の奥で嫌味な音を出してしまったのは不可抗力だ。

 なのに脇腹で痛みを感じたのはどうしてか。そろそろ拘束を抜け出しとかないと、瀬戸際が絶体絶命になる気がする。

 というわけで、制服の一部として元から装備されている袖口の短い刃をこっそりと取り出しておく。

 

「呆れるほど面の皮が厚いな」

「気付くのおっせーよ」

「だがそれも、自分が原因で親が死んだと知ればどうだ?」


 しかし、その行動はいささか時期尚早だったらしい。タイミングを見計らう為に広げていた意識と刃物を戻し、ひたりと見据える。ここは無言で返した方が効果があるとはさっき学んだ。

 するとアークはしゃがみ込み、手加減なく髪をわし掴んで私の身体を起こす。神へ感謝を捧げる代物なんじゃないのかよ。

 続いて椅子から外すように指示を出し、従者の男がその通りに動く。縛られたままでも、背もたれがなくなっただけで随分と楽になった。

 ひっそりと視線を脇腹へ落とすと綺麗な線が服に入っており肌が見えるが、出血はほとんど無いに等しいので、今の発言に免じてノーカンにしておこう。

 そして、強制的に跪かされた私へ目線を合わせてきたアークは、こちらの期待に応えるかのごとく母さんの髪が納められた箱を間に置いた。おそらくは短気で浅慮な印象を与えられたので、現実を知れとさぞほくそ笑んでいることだろう。

 しかし、それはこちらも同じ。今ばかりは、至近距離で交わる瞳のどちらの方が嫌らしいか、分かったものではない。

 

「そもそもお前は、すでに俺の物だ。十年前のアレは、お前を手に入れようとして起こった悲劇なのだからな」

「…………で?」

「強がりはよせ。せいぜい産まれたことを悔やむがいい。今までの態度は甘噛みとして許してやる」

 

 そして、私はとうとう真実を知る。

 もはや大体の予想は付いていたが、案の定くだらなさがたっぷりな内容で笑うしかなく、おかげで騎士にあるまじき感情を抱いた自分を、責める気にも律する気にもなれなかった。






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