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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
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終幕の合図(2)




 詳しい話を聞き終える頃には、用意していた報告書がいつもではあり得ない量の文字で埋め尽くされていた。

 その間で、予想していた通り怪しい二人組みが来店している。パッと見ではただのチンピラだが、私たちにばかり視線が固定されていて鬱陶しいったらない。使い捨てだとしても、レベルが低すぎだ。

 そして、酒場としては最も客が多い時間となり、隣りの者と話すことにすら大声を出さなければならないほどの喧騒具合となったので、私たちは意思疎通の手段を会話へと戻した。


「自分のことを棚に上げて、お前に腹が立ってることにも腹が立つ」

「ちなみに俺も、謝るつもりはないぞー」


 表情は明るく装いつつも、お互いの声は限りなく低い。

 脅しをかけられた際、ロイドが誰にも報告をしなかったのは、ひとえに私がどうしようもない人間だからだ。

 もちろん相手が誰であっても、こいつは仲間を売るなど絶対にしない。しかし、交換条件が私でなければ、すぐにラルフ部隊長へ話を持って行っただろう。それが正しい判断であり、妹家族も保護できる。

 だからこそ、手元の紙の『お前を死なせる原因になるなんて、まっぴらごめんだ』という言葉が目に染みた。

 出会ったのが騎士になってからならば良かった。そうすれば、こんな行動を取らせることはなかっただろう。

 けれど、残念ながらロイドは今日に至るまでの私を知っている。初めて剣を握ったのも、そういえばこいつの前でだった。部隊が違っていた頃だってお互いを特訓相手に選んできたし、付き合いが長い分、憶測はいくらでも可能だ。

 どう考えたって私は普通じゃない。逆の立場だったら私でも、運が悪いただの偶然で狙われているとは考えない。

 なによりロイドは、その場しのぎな私の行動を今まで散々見てきている。どうするのかだって手に取るように分かるだろう。

 アークが指定した日付は今夜。場所はとある宿屋近くの人気のない路地らしく、こいつは一人でそこへ行って捕縛するつもりだったらしい。

 全員が背後の二人組み程度であれば造作もないことだが、それでも無謀なのは変わらず、なにより相手は貴族だ。良くて退団させられるのは目に見えており、さらには黒騎士の尾行を振り切るぐらいの腕は持っている。

 そしてもしロイドが正しく報告を上げて私が知っていたとしたら、期日を待たずにすぐ動き、とことん裏を探ろうとしたに決まっている。

 アークでは、両親の事件の黒幕とするには若すぎる。捨て身になって後先考えず、最終的には刺し違えるのもきっと――――辞さない。

 だからロイドは、私に知られないように動こうとしたのだ。それで自分や妹家族が死んだとしても、こいつは責めたりしないだろう。どれだけ大きなお世話だと言ったところで、自分も好きなようにしただけだと笑って往なしてくる気がする。

 周囲を顧みない自分勝手な覚悟がそうさせたのだ。

 ラルフ部隊長に感謝しなければ、危うく取り返しのつかないことになっていた。


「なあ、覚えてるか?」


 そうして不甲斐なさに唇を噛んでいれば、ロイドが人の肩に肘を置いて呟く。

 まるで、どうしようもない奴だなと言われているようだ。

 かさついた唇がカップに近付くのを眺めながら続きを待つ。今さらになって、せり出たのど仏が男らしいなと新しいことを知った。

 

「学生の頃に一回だけ聞いたことあっただろ。そんなに焦って何か意味あんの? って」

「あー……、私が高熱出してぶっ倒れた時か」

「そうそう。でさ、お前は意味なんてないって答えたわけ。そういや、あの頃の女の子っぽさってどこに消えたんかなー。レオちゃん成分やーい、戻ってこーい」

「とっくの昔に灰まで残さず焼却処分してるっつーの」


 しかしロイドはいきなり無邪気に笑いだすと、乗せていた腕を離して強めに叩いてくる。

 懐かしいなと呟き、軽い口調で言う。


「じゃあ良いじゃん」

「何がだよ」


 たまにこいつは、考えていることがまったく読めなくなる。そのせいで問い返す以外の選択肢がない。

 なにより困るのは、普段からだが他人との距離を測るのが上手く、手を出す際には相手が踏みこんでほしくないギリギリを責めてくるのだ。それがまた的確なのだから、容赦なく色々な形で心に沁みる。

 ロイドの雨雲のような瞳が一瞬だけ真面目さを帯びた。

 ――ああ、来る。欲しいけど、欲しくない言葉がきっと。

 あの時もそうだった。意味はないと答えた私に返されたのは、〝分かってるのに、すげーな。頑張れよ!〟なんて言葉で、誰にも応援なんてされないと思っていたから驚いた。

 そして、あの頃とは違って葛藤が生まれた私へ言葉が響く。


「知ってるかー? きっかけは一生変わらないけど、理由は違うんだぞ」


 持ち上げていたカップが、テーブルと口の中間で半端に止まる。

 しかし、こちらを無視してロイドは続けた。


「いやさ、最近のお前って色々と切羽詰ってるじゃん。団長たちも無駄に忙しそうで、二週間も居なくなったりしたし? もちろん部外者だってのは分かってるけどさ、なんつーか……こう、俺とお前の仲だからってことで!」

「考えてから喋れって」


 何も知らないくせに。そう思うのに、不思議と嫌な感じはしない。

 むしろ、時折鋭い痛みに襲われていた胸の内が軽くなってしまう。

 ――そうか。変わることは裏切りじゃないのか。両親の無念と過去の自分に背くのだと、ずっと思っていたけれど……。


「ほんとお前って、馬鹿なくせに聡いよな」

「馬鹿はお互い様だろ。でもま、気付くのは確かに得意かもな。セラのおかげだ」

「お前と違って美人な妹の? 確かにあの子、大人しくて健気だもんな」

「さっきから余計な一言が多いけど、照れ隠しですよね!? そうじゃなきゃ泣くからな!」

「はいはい。テディじゃあるまいし、お前が泣いたところで気持ち悪いだけだ」


 気付けば微妙だった空気はいつも通りに戻っており、もう少しすれば死地に赴くといった空気でもない。

 それは明らかにロイドのおかげで、なんだかムカついたのでカウンターの下で足を蹴ってやった。


「いてっ! 小隊長は横暴で困るわあ」


 私だって、お前みたいな野郎が友人だなんて最悪だ。そう返せば親友の間違いだろと笑って反撃してくるだろうから、口が裂けても言わないが。

 おかげで自己満足で死ねなくなったじゃないか。それでも復讐を諦めきれず、ただの人殺し(・・・)になったその時は、この馬鹿に討ち取って欲しいとも思ってしまう。私の剣はロイドのおかげで、ロイドの剣も私の協力で作り上げられたのだから。


「んじゃま、そろそろ動きますか。マスター、俺たち帰るわ」

「今日はえらく早いな」

「何を言いますか。これからが本番! 十年もかかってやっと、うちのレオちゃんが聞く耳を持ってくれたんだから。あ、はいこれ勘定」

「それはめでてぇ! 腕の見せどころだな。おう、まいどあり」


 と、人が思案している間でロイドが立ち上がり、さっさと支払いを済ませてしまう。

 慌てて立ち上がるも止めるには至らず、しかも私を壁にして筆談に使った報告書をマスターへと渡していたので、安易に動くことができない。


「立て替えとく。だから絶対に返せよ」


 やられた。やけにあっさり途中で二手に別れ、ロイドは妹を護りに向かうという作戦を受け入れてくれたと思ったら、とんでもない足枷を付けてくれた。

 これは正面から止められるよりよっぽど効く。

 そこらの顔だけの奴より格段に良い男なくせして、これが好いた女の前になると空周りばっかりで、頼りないと振られるのだからどうしようもない。


「あれ、ここって笑うとこか?」

「お前ってほんと、残念な奴だよな」

「えええぇぇ?! むしろ褒めろよ。近年まれに見る決まり具合だったと自負しております!」


 私たちが馬鹿をやっている間で、マスターがひっそりと娘さんを呼び報告書を渡し奥へと向わせている。すぐに厨房にいる二人の息子のどちらかが外へと出るだろう。

 迷惑をかけるが、これで本部へ状況が伝わる。危険なのは私だけになるはずだ。もしかしたら私たちの様子など、最初から筒抜けなのかもしれないが、それをロイドに教える必要はない。

 そうして店を出ると、冷たい空気があっという間で酔いをさましてしまった。


「あ、そうだ。俺がこの仕事を続けてる理由な、好きだからなんだよ。先に言っとくわ」


 酒場が並ぶ通りを抜けると、すぐに人気はなくなり暗闇が支配する。周囲を警戒しながらしばらくは無言で歩いていたが、路地を曲がるとロイドがおもむろにそう言った。

 その直後、いきなり目の前に三人の男が現れ、みすぼらしい剣を向けられる。私たちが来るまで隠されていたらしいランプの明かりが、いかにも金しか見えていない意地汚い顔を照らす。

 背後からも気配を感じて肩越しに振り返れば、酒場に居た二人組みが逃げ道を塞いでいた。


「約束の場所と違うだろ?」

「へへっ、んなもん破るためにあるんだよ」


 しかし、これしきの事で焦るような私たちでもない。

 ロイドなど役割を果たしたら葬られるのが元より確実だし、妹家族に関しても一応の手を打ってある。非番の仲間を夕飯をご馳走するという名目で前もって滞在させているらしい。

 黒騎士を脅していながら、時間を設けていることがまず失敗なのだ。確かに貴族という地位は防具にはなるが、首輪としては緩すぎる。今日という日を迎えられたのは、人選が良かっただけのこと。

 違うな。むしろロイド以外の方が、突っ走って無茶をする可能性が高かった。現時点で運はまだ誰の味方もしていない。


「剣を捨てて、女はこっちに来い」


 とりあえず出方を窺っていれば定番な流れとなり、思わず笑いそうになりながらロイドと顔を見合わせる。

 肩を竦め、お互いに腰へと手をやった。


「おっと、変な気は起こすなよ」

「俺たちだって馬鹿じゃねぇんでな。こっちを見やがれ!」


 言われるがまま、新たに現れた六人目へと視線を移す。

 するとそいつは、粗末な布で猿轡をかまされた女性の首に刃を添えていた。格好からして娼婦だろう。恐怖で青ざめているのが、心許ない明かりの中でも良く分かる。

 ある意味ではこいつ等の方が、アークよりよっぽど私たちを知っているな。たしかにこれは、動きを封じるには最も有効的な手段だ。

 しかし、である。逆鱗に触れる行為であるということもまた、こいつらは分かっているべきだった。


「ロイド」

「ああ、自重しろよ」


 私はいつもの笑みを、ロイドが無表情となれば場の空気が変わる。

 それぐらいは気付けるらしく、ごろつき共が気圧されたが――遅い。

 私のみ長剣を抜いた。


「おおおお、おい! こいつがどうなってもいいのか?!」

「良くないに決まってるだろうが」

「だったら剣を置きやがれ!」


 怒鳴りすぎると、周囲が異変を察するぞ。わざわざ教えてやるつもりはないけども。

 そして、脅しを無視して剣を逆手に持ち、切っ先を自分の首へと向ける。何をしているのかと呆然とする視線を注がれながら、私は人質の女性に安心するよう頷いた。


「だからこうする。さあ、私に死んでほしくなければ、その女性と連れを解放しろ」

「所詮、はったりだろうがっ!」


 そう、はったりだ。けれど、深く微笑むだけで答えないでおく。

 ついでに少し刃を押し付ければ、ごろつき共に緊張が走った。ロイドだけが冷静なまま、私の首元を覗きこんで追い討ちをかける。


「あと少し深く刺されば、太い血管いくなこりゃ」

「な、なっ?! 仲間だろうが、止めろよ!」

「だって俺等、善良な市民の味方だし。その女性を死なせるぐらいなら、自分が死ぬのは当然だろ」

「雇い主が生きた私を所望なら、失敗しても死体を持って行っても、お前たちに明日はないぞ。良いのか?」


 みるみる内に青ざめていく姿を見ていると、なんだかこちらの方が悪者な気分になってくる。

 しかし、貴族と関わるということはそういうことだ。というか、どうしたって口封じされるに決まっている。それが簡単だからこそ、消えても不審に思われないごろつきを選んだのだろうし、それ以外に利点はない。

 そう指摘すれば、さらに動揺が広がった。


「はったりだと高を括り続けるなら、逃げる意志がないと足を一本くれてやろうか? 運が良ければ死にはしないからな」

「い、いい! やめろ!」


 強引な手段で止めてこないようロイドに牽制させながら、剣を左足の太ももに添えて言えば、自分たちも人質をとっていることをすっかり忘れたご様子で、主導権はあっという間でこちらのもの。他愛がなさすぎる。

 そんな本音を隠し、剣を首元へ戻して片手を人質の女性へ差し出した。自分たちがどれだけ危ない橋を渡っていた所なのか分かっただろうし、諸手を挙げて抱き込まれてくれるはず。死にたいのなら話は別だが。


「もう一度言うが、私もお前たちの雇い主に用があるんだよ。だから、協力すれば温情を与えてやる。断るならば、死ぬだけだ。さあ――どうする?」

「ほ、本当だな?」

「もちろん。私を送り届けた上で、こいつを殺したと嘘を吐くだけでいい。場所は指定された宿屋から変わりないか?」

「あ、ああ。けど、それだとすぐにこっちは殺されるかもしれねぇ!」

「その心配はないと思うぞ。俺の死体がすぐに見つかっちまった場合、捜査が広がらないよう犯人を突き出す必要があるからな。ま、どうしたって今のままだと、お前らはお先真っ暗だ」


 そして、再び女性を解放するよう命じれば、乱暴ながらも彼女をこちらへと押しやった。

 ロイドが優しく受け取り、すぐさま横抱きにする。申し訳ないが拘束を解くのは後回しだ。

 次に剣を降ろさせるが、私はまだ固定して気を抜かずロイドと頷き合う。


「悪いな、迷惑かけて」


 思わずそんな言葉を呟けば、心底呆れたようにため息を吐かれてしまった。苦笑と共に返される。


「今さらだっての。良いからお前は、良く分かんねーケリをさっさと着けて、俺に金を返すことだけ考えてろ」

「…………だな」


 それからロイドは、振り返ることなく女性を抱えて来た道へと走りだした。


「動くな!」


 反射的に止めようと動いた奴に声を張り上げ、私一人となったことで勘違いを起こさないよう刃を埋める。動けなくなってしまっては元も子もないので、血も流れないほど浅く。

 そして、ロイドの背中がすっかり闇に溶けて消えてしまってから、やっと剣を下ろして言う。


「それじゃあ、しっかりとエスコートを頼むぞ」


 せっかくにこやかにしてやったというのに、揃いも揃って慄いていたのが少しだけ腑に落ちなかった。





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