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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
3/79

後悔先に立たず(3)





 こういうのを青天の霹靂と言うのだろう。ひたすらに剣を振りながらも、ぼやかずにはいられない。

 近衛部隊の要請で登城してから、すでに三日が過ぎていた。

 あれからというもの、私は自分の宿舎に戻るどころか、自由な時間を取ることすらままならずにいる。

 それもこれもなにもかも、全ては喧嘩をふっかけてきた頭の足りない女騎士が原因だ。会えば確実に殴り倒すだろうが、今となってはそれも無理な話で、三日前の私はバリエ様の言葉をうまく呑み込むことが出来なかった。


「驚くのも無理はない。本来ならばこの役目は、ヴァネッサが務めるはずだったからね」

「ヴァネッサ……様?」

「君に無礼な行為を働いた者だよ」


 やはりあの騒動は耳に入っていたらしく、しかし私に対する視線に非難が感じられないのにはホッとする。

 とはいえ、いたたまれない気持ちは変わらない。私にとっては、本当に恥ずべき一件だったのだから。

 そしてそれは、次第に人生で最大級の後悔へと変化していく。

 少しは冷静さを取り戻すことができ、ついでにエドガー様のカップが空になっていたのにも気付いたので、大部分は自分の為にお茶を淹れなおしながらバリエ様の話に耳を傾ける。


「実は言うと、始めから君をと推す声も多かったんだ。しかし、そうするには色々と問題があってね」

「ヴァネッサでも不都合はなかったしねぇ」

「でしたら、そのままで良かったはずでは?」


 バリエ様を最初に、エドガー様のカップを勝手に取ると、窓の外の景色ばかりを眺めていた目がちらりとこちらを向いた。

 はいはい、それができるならそうしてるって言いたいんですね。私だって分かってますが、聞かずにはいられないことってあると思います。

 ジャン様にも淹れ終わり、温度を取り戻した紅茶をゆっくりと味わえば、私を慰めてくれるかのように内側へと浸透していった。それでもやけくそ気味にお菓子には手を伸ばしてしまう。


「それが、そうはいかなくなってしまったんだよ。君との決闘の後、ヴァネッサは騎士を辞して嫁いでいったんだ」

「もしかしなくとも私が理由でしょうか」

「ああ、謝る必要はないよ。あれは明らかに彼女が悪い。作戦を知らせる前だったから、私も止めなかったしね」

「ならば余計に納得しかねます。他にも女性騎士はおられるではありませんか」


 さすが宮廷料理人というべきか、ありふれたクッキーながらとても繊細な味だ。控えめな甘さが紅茶をひきたてる。

 やっぱり私には、お行儀の良い態度というのが性に合わず、なんだかどんどんと不躾になっていっている気がするが、バリエ様の苦笑はそれとは別のところから生まれていた。

 彼は複雑そうに、それでも誤魔化すことなく語ってくれた。


「残念ながら今回の作戦は、女性騎士というだけでは務まらないんだよ」


 当たり前だ。どんなものにも当てはまるとはいえ、これは絶対に失敗が許されない。

 しかしそうなると、私からすればあのヴァネッサという女性騎士でも不安要素ばかりだと思う。感情的すぎて潜入には適さない。

 だが、どうやらバリエ様たちとは認識に差があったようだ。そして、女性の白騎士についても実態は全然違ったらしい。しかも悪い方向で。


「護衛なら申し分ないんだけどね。しかし、さすがに実戦経験がない者を使うわけにはいかない。ヴァネッサもそうではあったけれど、彼女はそれを補える腕があったから選ばれたんだ」

「あれで……? 失礼」


 おもわず本音が出てしまい、慌てて咳払いをして取り繕おうとしたが遅かった。

 でも仕方がないと思う。まだまだ新人な部下であっても、正直言ってもっとましな動きをする。最悪身体を盾にできれば良い護衛なら十分かもしれないが、それにしてもあれはない。

 すると、ジャン様が驚くべきことを言ってきた。


「あれでも、うちの女性騎士の中では最強だったんだよー」

「ご冗談……ですよね……?」

「それが本当なんだよねぇ」


 大丈夫なのか、白騎士。貴族の子女がわざわざ剣を持つのだから、もっとこう特出してるのかと思っていた。

 ……あれ? そういえば入団してからというもの、女性騎士と手合わせした記憶がない。黒騎士が私だけなせいもあるだろうが、学生時代はそれなりに憧れる人もいたし、彼女達はちゃんと騎士になったはずだ。

 今さらながらなことに気付いていれば、ここにきてやっとエドガー様が話しに加わってきた。

 彼は馬鹿にした様子を前面に押し出し、まるで私がそうであるかのように睨みつけてくる。


「ふん、だから女の騎士は程度が知れてるんだ。嫌気がさせばすぐ、結婚を理由に辞めるしな」

「そうやって君はすぐ悪態を吐く。レオに言っても仕方がないだろう」

「俺は再三、必要ないと申し上げています。それともアシル様は、別団のしかも小隊長などの手を借りなければならないほど作戦に自信がないので?」


 よし決めた。次からは絶対に、こいつにはおかわりを用意してやらん。馬鹿にするのは構わないが、だからといってあの女性騎士とまで同列で見られるのはさすがに嫌だ。

 バリエ様はいつものことで慣れていらっしゃるのか、笑ってエドガー様の発言を許していたが、私はそこまで大らかにはなれそうにない。


「自信云々の話じゃないよ。協力を仰ぎたくなるほど、レオには腕があるってことさ」

「私などより、もっと素晴らしい女性騎士はいくらでもおります」

「そうなのかい? しかし最近、結婚ラッシュか何かで退職する者が続出して、たしか君が一番経歴が長いはずだけど」

「え……?」

「だからってわけじゃないけどね。とりわけ実力主義な黒騎士で初の女性である君の働きには、目を見張るものがある。それこそ私たちの耳に届くぐらいだ。でなければ、さすがの私も把握しきれないさ」

「はっ! この女のどこにそんなものがあるって言うんですか」


 しかし、思わぬ情報を知った私は、すぐにそれどころではなくなった。

 いくら女は騎士でいられる期間が男に比べて少ないとはいえ、まだニ十三になったばかり。最古参になるには早すぎる。

 ああでも、だから最近女性騎士を見てなかったのだろうか。こんなことならもっと交流しておくべきだった。そうすれば、少なくともこんな場面で驚かずに済んだのに……。


「えー、エドガー知らないの? 最近だったらほら、人身売買で手配されていた一味がいたでしょ。あれを単身で壊滅させたのってレオだよー」

「あと有名なのでいくと、女性ばかりを狙う連続殺人犯も、囮になって捕まえたんだったかな?」

「それはまあ……、そうですが……」


 人があれこれ後悔している間で、エドガー様が二人から私について語られていたらしく、疑いの眼差しに気付いて不本意ながら肯定する。

 すると、ついに仏頂面以外の表情を拝むことができた。本気で驚いたのか、わずかに口を開けて固まっている。

 しかし、バリエ様とジャン様は、なんでまた思い出したくない事ばかりを話題にするのだろう。どちらも、私にとっては過去の汚点だ。

 人身売買を専門にしていた一味は、同僚と酒を飲んだ帰りに拉致現場に偶然遭遇し、酔ってタガが外れたまま突っ走ってしまった結果であり、囮の件も悪ふざけした周囲に、無駄に着飾られた忌々しい記憶しかない。


「ちなみに壊滅した一味の件では、何人とやりあったんだったかな?」

「たしか……、二十は居たかと。ですがあれは、後から応援が駆け付けてくれましたから、けして私一人の力ではありません」

「しかしそれまでの間、たった一人で被害者を護りつつ切り結んだのだろう? それは誰にでもできることではないよ」


 いくら褒められても、あれは酔っ払っていたからこそできたもので、これ以上は本当に止めてほしい。どうせなら、後でしこたま怒られたところまで把握してくれ。

 それに、全員の相手を一度でしたわけではなく、さらわれた者たちの安全を確保してから応援が到着するまでの間、扉を背に狭い廊下で単体処理をし続けただけだ。場所が突き当たりでなければ今頃どうなっていたことか……。

 なのにバリエ様は言う。


「レオは間違いなく、我が国最強の女性騎士だよ」


 そして、あろうことか私に対して頭を下げた。


「どうか共に戦ってくれないだろうか」


 今回の作戦には、それほど威信がかかっているということで、そうでなくとも団長ともあろう方が、小隊長ごときに軽々しくして良い態度ではない。

 あまつさえ、私は平民でこの方は貴族だ。これはもう、うだうだと文句を垂れてなどいられない。

 慌てて席を立ち、その場で跪いた。


「私でお役に立てるのならば、どうぞこの命をお使い下さい」


 全てが解決した暁には、一体どれだけの人が救われるか知れないのだ。躊躇する理由は様々あれど、騎士として考えれば断る方がどうかしている。

 頭上では、ホッとした気配と暢気な気配、不満そうな気配の三種類が混ざり合っていた。


「じゃあ、さっそく着替えようか」

「は……?」

「今日から作戦終了までの限定で、レオは近衛の一員になるからね」

「そのようなこと、説明をして頂いておりません!」

「父さんが今したじゃん? 何度も城まで来てたら怪しまれるってことで、これも作戦の内だよ。レオにはしてもらわなきゃいけない事も多いしねぇ」

「申し訳ないけれど、制服はヴァネッサの使い古しで我慢して欲しい。君の強みは貴族で知る者はいないということだから、作戦終了まで外出も帰宅も許可できない。その分、可能な限り便宜をはることを約束しよう」


 さっきまでの低姿勢はどこへやら。ジャン様が嬉々として人の腕を掴んで立ち上がらせてきて、バリエ様は目の前で満面の笑みを浮かべている。

 けれど、発言の内容はツッコミどころが満載だ。

 しかもどこに用意してあったのか、バリエ様の腕には彼らが着ているのと同じ色をした制服が乗っており、さらにはそれを差し出してくる。さすが親子、連携はばっちりだ。


「きっと似合うよ。ぜひ最初に見せてくれないかい?」


 しかし、いくら甘い言葉で誘おうとも、毎日毎日男に囲まれて生活している私には効果があるはずもなく。

 それでも了承してしまった以上、女にだって二言はない。ジャン様ではないが、それこそ作戦と思うしかないだろう。

 諦めのため息を吐いてから、自ら制服を受け取った。


「私たちは部屋の外で待っているから、終わったら声を――」

「いえ、そのままで構いません。カーテンの後ろで十分です」


 腹を括れば早いもので、私は止められる前にカーテンに包まり着なれた黒の制服を脱ぐ。


「見えなきゃ良いってものでもないだろうが!」


 ずっと固まっていたはずのエドガー様に怒鳴られてしまったが、そんなことを一々気にしていたら黒騎士団でやっていくなど到底不可能だ。

 だからしれっと返してやる。


「見ても減るものはありませんから」

「女だろうが!」

「大抵の男相手なら自衛できますし」


 どうしても無理なら潔く諦める。私はそういう女だ。

 これまでにも散々、痛い目はみてきた。女として襲われそうになったこともあるし、仕事中に殴られたり蹴られたり、刺されたことだってある。

 唖然としてか黙ってしまったエドガー様の代わりに、バリエ様とジャン様の忍び笑いが聞こえてきた。

 それにしても、さすが白騎士の制服。シャツの手触りも全然違うし、金の刺繍は細かなところまで手が込んでいる。

 ただ一つ、困ったことが……。


「あの、バリエ様」

「バリエは二人いることだし、アシルで構わないよ。それで、何か問題があったのかい?」

「問題と言いますか、丈などはぎりぎり大丈夫ですが、その……」


 とりあえず自分の制服を畳んで持ち、不思議そうに私の言葉を待つ三人の前に姿を晒した。

 すると、やはりというかなんというか、恥じらいそのものは感じない私でも、さすがにこれはどうかと思う。

 けれど、別に私が悪いわけではないので、はっきりと言うしかないだろう。言わせるよりは、相手もきっと助かるはずだ。


「胸が邪魔でどうしようもないので、せめてシャツだけでも用意して頂けませんか?」

「……確かに邪魔そうだね。シャツぐらいならなんとかなると思うから、上着はそのままで我慢してもらえるかい? 通常の職務に就いてもらう予定はないから、着崩したところで問題はないよ」

「了解しました」


 あまり覚えていないが、あの女性騎士の胸は小ぶりだったのかもしれない。上着はもちろん、シャツですらボタンが三つほど閉められなかった。エドガー様まで、私の胸元を凝視してしまっている。

 そして、ふとジャン様と目が合う。


「持とうか?」


 言葉だけなら腕の制服についてのように思えるが、彼の視線はしっかり胸に釘付けで。

 だから私はニッコリと笑った。


「機会があれば是非」


 そのすぐ後、エドガー様の足払いにより、ジャン様の姿は視界から消えた。盛大な音が室内に響く。

 完璧に隙を突かれていたようなので、少なからず私の返しのダメージもあったのだろう。

 そしてこの日から、私は仮初の白騎士として地獄な毎日を送ることになった。

 軟派なジャン様とお堅いエドガー様、二人の微々たる協力によって。






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