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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【黒騎士】編
26/79

白と黒の交差(2)




 一週間振りに着た制服は、これまでと同じで感慨深くもなんともなかった。

 けれど、最初におかしいと思ったのは、食事を取るため食堂へ赴いた時だ。ただでさえ普段から騒ぎ立てる連中が、誰一人として今回の処分について噂をしておらず、あまりにも普段通りすぎる。ジャンの頬についてはそれなりに視線が向けられるも、任務中での傷だと思われ同情すらされていた。

 そして知る。それは、すれ違い様の何気ない挨拶程度の一言だった。


「休暇は楽しめたか?」


 相手は俺が言葉を返さず視線だけ合わせるのに慣れており、すぐに離れていったが、その事実にお互いの顔を見合わせる。

 ジャンは肩を竦め、不吉なことを呟いた。


「あちゃー。やっぱりかぁ」


 やはり見当が付いているようで、そのくせ悪びれているわけではなく、思わず拳を握ってしまう。

 しかし午前中は、何事も無くルードヴィヒ殿下の護衛の任に就き、複雑な心境だけを膨らませながら時間が経過する。謹慎処分を受けたということを、あの日あの場に居た者だけが知っているというのは、気味悪くさえ感じた。


「今日のエドガーは、どこか普段より雰囲気が柔らかい気がするな」

「それはですね、殿下。単純に考え事をしていて、注意力が散漫になっているだけなんですよ」

「そうなのか? エドガーでも休み気分が抜けないなどあるのだな」

「いえ、そんなことは……」


 挙句の果てには、殿下からそんなことまで言われてしまい、しっかりしなければと必死に言い聞かせるはめになってしまった。

 ところでジャン、お前はなぜ平然としていられる。もはやその精神は、図太いを通り越して猛々しいとすら言え、羨ましいぐらいだ。


「俺が思うにエドガーはさ、立ち止まったらそれを悩むところから始めるタイプなんだよねぇ」

「急になんだ」

「自分は何で立ち止まったんだろう? って。人よりスタートラインが後ろっていうか、俺は見てて可愛いけど」


 しかも、昼の休憩ではそんなことを言うのだから、本気で引いた。可愛いってなんだ。俺も常々お前を変態だとは思っていたが、身の危険を感じざるを得ない。

 そして、フォークをこちらに向けるな。冷ましている最中のスープをかけてやろうか。


「ここまで来れば、なるようにしかならないんだからさぁ。しょうがないって割り切っちゃった方が、楽だと思うけどなー」

「それでは何も変わらないだろう」

「今さら気付いても同じでしょ。時には諦めも必要だって」


 その言葉は色々な意味で突き刺さる。丸みを帯びたその先端より、よっぽど。

 だから、誤魔化すように食事を下げ、食後の紅茶を求めた。

 しかしそれもまた、舌を痛ませる。


「…………失敗した」

「猫舌だもんねー」


 そういえば、あの女の淹れたものは、俺でもすぐに手を伸ばせるほど上手い具合に調節してあったな。なにより味が素晴らしかった。

 二度と会わない方が、これまで通りの楽な時間を過ごせるだろうが、あれだけはもう一度口にしてみたいと思う。しかもどこか懐かしさを感じ、また飲むことが出来たと心が呟いていた気がする。


「あのさ、珍しく笑ってるとこ悪いけど、被虐趣味にでも目覚めちゃった?」

「それはこちらのセリフだ。痣をもう二つほど増やされたいか」


 最近さぼり気味で鬱陶しくなってきた前髪をかき上げながら、本気をにじませジャンを見れば、やっと食事に集中してくれた。

 そして、後少しで午後が始まるという頃合で、とうとう恐れていた時間がやってくる。


「ここに居たのか」

「あ、副団長じゃないですか。俺達に用事ですかー?」


 だからジャンは、なぜ煽るような真似をするのだ。どう見ても、副団長の機嫌は悪い。用件も分かっているだろう。話をするから心しておけと言われていたではないか。

 案の定、副団長はアシル様が呼んでいると告げ、有無を言わせず食堂から俺達を連れ出した。

 しかも、向かう先が団長室とは違っていることに、嫌な予感を抱く。


「こっちってさあ、屋内訓練場じゃない?」

「私語を慎め、ジャン」

「副団長ってば、普段は目立たないのに怒ると怖いところ、父さんとそっくりですよねー」

「…………黙ってついて来い」


 人の口というものは、縫えば塞がるものなのだろうか。

 ジャンはおそらく、職務中もアシル様を父親扱いすることをわざとやっている。俺には前々から、当て付けている気がしてならなかった。父上に比べれば十分まともだとは思うが、やはりそういったところに嫡子と次男の差があるのだろう。

 頭の後ろで腕を組んで歩くジャンから視線を前へ戻し、何も語らない背中を追って歩く。

 副団長が俺達に声をかけたのは、ジャンの予想通りに屋内訓練場へ到着した時だった。


「お前たちだけが悪いわけではないと、私は思う」


 脈絡もなにもないその中身を推し量るのは、難易度が高すぎたが、それでも責めていないことぐらいは俺にも分かる。それでいて腹を立てているのは変わらず、許すつもりもないらしい。

 そして、ひっそりとジャンの様子を窺えば、欠伸を零して聞く耳を持っていなかった。

 だから俺だけはと、こちらを見ない副団長へ意識を集中させる。


「時間を作る余裕すら持てなかった私たちにも責任がある。だが、庇いもしない」


 すると隣から、心底馬鹿にした声が発せられた。


「それってつまりは、恨んで良いってことですか?」


 置いていかれている俺は、二人の言葉を記憶するしかできない。

 ジャンの言葉に副団長は首を振り、屋内へと進みながら振り返って苦笑をくれた。


「共に罰を受けるという意味だ」


 そして、建物の中というだけで他は外と変わらない、土といくつかの道具が置いてあるだけの訓練場の中央に、アシル様が立っていた。二人の黒騎士と共に。

 片方は副団長と同じく、団色以外の三色のラインを右肩に担いでおり、もう一人は団長だけが許されている丈の短いマントをつけていた。つまりは、黒騎士団団長と副団長の両名が、俺たちを待ち受けていたというわけだ。

 もちろん、それそのものにも驚いた。しかし、この二人の組み合わせは、なんというか、こう……。


「なんか熊と木こりみたいじゃない? もしくは傭兵と吟遊詩人みたいなさ、とにかくアンバランスだよね」


 ジャンの耳打ちに、思わず頷いてしまう。

 黒騎士団団長は、獣染みた人間というよりも、人間に化けた獣と言った方がしっくりくる。というよりも、まるっきり熊そのものだ。

 反対に副団長は、根元は明るい茶色だが毛先になるとオレンジに変化する、グラデーションがかった不思議な長髪から顔立ちまでの全てが、まるで男らしくない中性的な雰囲気を醸し出していた。

 二人は、俺たちが現れたことで意識をこちらへと移し、同時に笑んだ。その威圧感に押されながらも近付いていくと、ほとんど黒に近い茶色と完璧に黒い二人の瞳が、明らかな怒りの炎を灯す。

 そして、黒騎士団団長が野太い声を発した。


「よう、初めましてだな、小僧ども。俺は見ての通り、黒騎士団団長のゼクス・マクファーレンだ」

「副団長のウィリアム・デイ=ルイスです。どうぞお見知りおきを」


 続いて、副団長までが名乗る。しかもその名は、確か男爵家の変わり者の長男として有名だ。幼い頃から放浪癖があり、結局家督を妹婿に任せたという話は、社交界で知らぬ者がいない。

 まさか黒騎士団の副団長だったとは。噂は本当だったというわけか。


「お会いできて光栄です。ジャン・クロード=バリエと申します」

「エドガー・ヴノア=レヴィと申します」


 驚いていれば、ジャンが動揺もなく名乗り返したのでなんとか続く。

 すると、ゼクス団長は豪快に笑いだした。


「どっちもまったく歓迎してない様子だな。黒髪の小僧は、理由すら分かってないときた」


 表情を変えたつもりはなかったのだが、まさか見破られるなど。

 そもそもこの二人は、これまで出会ったどの騎士とも違う。目が合った瞬間に悟った。

 ――――桁違いに強すぎる。


「逆に二世くんは、分かっていてる様ですね。ということは、その上で何もしなかったわけですか」


 まるで首元に剣を突き付けられているような感覚だ。手のひらが汗で濡れていく。

 けれど二人は、あくまで自然体であった。

 ジャンはどうもないのかと視界の端で確認してみれば、さすがに彼らの登場は予想外だったらしい。引きつった笑みを浮かべている。

 そしてゼクス団長は、明らかに友好的ではない、むしろ反対の印象を持った表情でもってアシル様へと声をかけた。


「アシル。約束通り、一週間待ってやったんだ。俺たちの邪魔をするなよ」

「もちろんだよ、マクファーレン。さすがの私も、呆れて物も言えないからね」

「良く言いますね。私は、バリエ卿もほぼ同罪だと思っていますよ。放任主義も行き過ぎれば、ただの放置でしかないでしょう?」


 さらに二人して、足元に置いていた模造剣を取る。ルードヴィヒ殿下が使っているものと同じ、木製の玩具を。

 ゼクス団長はそれを肩に担ぎ視線を俺へ、ウィリアム副団長は無造作に切っ先を下げたまま、ジャンに向けて手招きをする。

 ……これは、嫌な予感どころの話ではない。無意識に足が一歩下がった。隣でも土を滑る音がしていたので、ジャンも同じ気持ちなのだろう。

 冗談ではないぞ。こんな怪物を相手に、無事で済むわけがない。そもそも黒騎士はなぜ、口より先に手を出すのだ。肉体言語が標準なのか?


「剣を抜け、小僧ども」

「我々は、黒騎士団が手塩にかけて育てた問題児を可愛がってくれた、そのお礼をしに来たのですから」

「えーっと、遠慮するという選択肢は…………?」


 そして、ジャン。この状況でもそんなことを口に出来るお前を、俺は心の底から凄いと思う。気持ちは分かるが、今のはどう考えても状況を悪化させる。

 案の定、二人の顔から表情が消え、しかも副団長が背中を押してきた。

 驚きで振り返っていれば、突然頭に衝撃が襲い、肩から地面の上へと倒れる。


「っぅ――――!」

「あー、もう! また俺、打ちのめされなきゃいけないわけ?」


 ジャンは気付いていたからか、俺のようにはならなかったらしい。それでもどこかしら、攻撃は受けたようだ。

 しかも、これで終わりではないようで、痛みで呻いていれば目の前に太い足が現れた。


「手加減してやってるんだ、立て」

「簡単に終わらせるつもりはありませんよ」


 人の側頭部を思いっきり殴っておいて、まるで気にした様子はない。

 それどころか、なんとか立ち上がれば、再び剣を取れと言ってくる。

 砂まみれになった無様な姿を楽しんでいる顔がすぐ近くにあった。


「もう、終わったことでしょう」

「あ? 馬鹿を言え。そう思ってんのはお前だけだ」


 なぜだ。任務は終わった。俺たちが処分を受けている間で、事後処理も進んでいるだろう。あとは本人達が処罰を受けるのみ。

 だというのに、下級騎士のことで団長と副団長が出張ってくるなど、俺の周りで何が起こっている。あの女に何があるというのだ。


「私たちはあの子の為にもなるからと、バリエ卿の話に乗りました」


 すると、ウィリアム副団長がそんなことを言いだした。

 視線をずらせば、ジャンがこめかみから僅かに血を垂らしながら剣を抜いていた。さすがに二度目ともなれば、逆上もしたくなるだろう。

 俺だって、納得がいかないからこそ腹が立ってくる。

 右手がゆっくりと、腰へ移動していった。


「しかし、その結果があれでは、さすがの私でもお礼参りの一つや二つしたくもなります」


 鞘から剣を抜き構える。前を見据えた。

 けれどそれは、さっそく乱れることになる。

 ウィリアム副団長の言葉を引き継ぎ、ゼクス団長は言う。


「レオが戻って来てまず何をしたか、お前らに教えてやる」

「したこと…………?」

「あいつは、仲間の前で地面に頭を擦り付けて詫びていたぞ」

「はあ? それはレオが勝手にしたことでしょ」


 そして、恐ろしいほど深い笑みを浮かべたウィリアム副団長によって、ジャンの身体がくの字に折れ曲がった。

 さらには剣を奪い、胸の辺りを目掛けて横に振る。見事な技術を披露し、服だけを切り裂く。


「二世くんはどうやら相当、うちのレオが気に入らないようですね」

「っ! 正解者へのプレゼントは、何が良いですか?」

「いりませんよ。理解できないわけではありませんし。あの子は真っ直ぐすぎて、見ていられないことがありすぎますからね」


 それからやっと、ゼクス団長の言葉を考えることが可能になった。

 あの女はどのような理由があって、そんなことをしたというのか。思い付くのは、二週間も仕事に穴を開けたからでは、ということぐらいだが……。それでもあいつは、褒められこそすれ、恥じる必要は何一つないだろう。


「分からないなら、その時のあいつの言葉を教えてやろうか?」

「〝理由は言えない。それでも、一人の少女の所へ詫びに行かせて欲しい。どうか、お願いします〟そう言って、レオは頭を下げました」

「俺はもちろん、部下や後輩も含めた黒騎士全員の前でだ! あいつが原因でも、ましてやそれをする義理すらないにも関わらず!」

「ただでさえ西街では、我々ですら細心の注意を払わなければなりません。あそこの者達にとって騎士とは、自分たちに掃き溜めの生活を強いる国の狗でしかない。見事に生ゴミまみれになって、帰ってきましたよ」


 馬鹿じゃないのか。馬鹿だろう、あの女。命を救った。それで終わりで良かったはずだ。自分が嵌められかけたのを構わず、ジャンを殴っただけでも十分だった。しかも、いくら白騎士としてそうするわけにはいかないからといって、律儀に仲間に言わなくても良いだろう。

 唖然としていれば、ゼクス団長が突然に距離を詰め剣を奪い、ウィリアム副団長と同じように胸辺りを裂いてきた。

 そして、すぐさま剣を放り投げて返してくる。


「取れ、構えろ」


 獣の眼差しは、どこまでも俺を蔑んでいた。

 それから二人は、まるで何かをなぞる様に、まったく同じ傷を俺たちに負わせていった。

 頭から始まり、胸、背中を踏まれ、髪をひっぱられ、そのくせ地面で寝続けることを絶対に許さない。

 途中からは開き直って対抗したが、まるで歯が立たなかった。

 しかもその間で、あの女が黒騎士団でどのような立場にいるのかを、知りたくもないのに教えてくれる。

 所属している征伐部隊ですら、受け入れられるのに三年はかかったと。今でさえ、女だからと馬鹿にする者もいれば、認めようとしない者もいると。それを自身でくぐり抜け、時には捻じ伏せている内、あのような二つ名で呼ばれるようになったらしい。――微笑みの悪魔、と。

 戦いの最中でもそうだった。微笑みながら敵を切り、時には殺していた。つまりあいつは、常に戦っているのだ。そこまでして得るものが、はたして存在するのだろうか。

 騎士など所詮、ウィリアム副団長が言っていた通り、国の狗でしかないだろう。価値など、大してあるわけが……。


「そういえば小僧、レオの戦い方を見たんだったな。どう思った」


 いきなりそんなことを聞かれたが、考えるのも声を出すのも億劫だった。それでも立たなければ、執拗に痛めつけられる。

 なぜか顔だけは避ける分、全身がぼろぼろだ。どれぐらい時間が経っているのかもあやふやで、まともに顔を上げられない。

 それでも不思議と、答えていた。


「あんなのを、騎士と……?」

「剣一本で戦うのがそうなら、あいつは失格だろうよ。平気で小道具使うわ、薬を塗ってるわ、そもそも剣を合わせることすら最小限だしな」


 あの女は敵を引きつけながら、俺の方に向かってくる奴らを仕留め、任務が成功するように動いていた。しかし、用いる手段は暗殺者とほぼ変わらない。

 しかも、剣一本で個々で戦うとなれば、途端に弱くなる。純粋に褒められるのは体力だけだろう。おまけに危なっかしい。ぎりぎりで避けるせいか、浅い切り傷を作りまくっていた。

 ただ――そう、ただ。それでもあれは、強かった。雑魚だと吐き捨てさえしたというのに、強いと思った。


「ウィル、そっちはどうだ」

「さすがバリエ卿の血を引いているというか、何というか。この二世くんは、生まれるところからやり直した方が手っ取り早い気がします」

「褒め言葉、として、受け取らせて、もらいますよ」


 同じ目に合っているジャンを見れば、俺よりよっぽど応戦しようとしている。それをウィリアム副団長が、玩具を使って弄ぶ。

 ふと、この無様な姿を眺めているであろうアシル様たちを探せば、二人は険しい表情でこの光景を前に立っていた。痛みを堪えているような、あんな顔は初めて見た。

 すると、自分の身体に影が差す。

 ゼクス団長が、最初とは反対側の頭を横殴ってきた。


「余所見してる暇なんかねぇぞ」


 意識が飛びそうで、飛んではくれない。わざとそうしているのだ、この人は。

 むせて咳き込めば、全身が悲鳴を上げる。

 それでもまだ、立てというのか。


「立て、小僧。もう終わりか」


 ああ――もう、うんざりだ。騎士になど、ならなければ…………。


「どちらも情けない。十九の小娘は、それでもまだ立ちましたよ」


 諦めがもたげてきたところで、聞き捨てならない言葉が耳に入った。

 ――今、ウィリアム副団長はなんと言った?

 必死に身体を動かそうとすれば、腕を引っ張られて強制的に立たされる。

 そして、至近距離でゼクス団長が怒鳴った。


「自分の足で立てと言っとるんだ!」


 アシル様と違って、歳相応に老け込んだ顔には苦々しさと誇らしさが並んでいて、どこか悲しげにも映る。

 疑問を生んだウィリアム副団長は、それでいて肩を竦めて呆れてもいた。


「二人とも、お互いの身体を良く見なさい」


 そしてやっと、甚振りの手を止めてくれた。

 おぼつかないながら、なんとか足に力を入れてジャンを見れば、不機嫌そうな顔がまず映る。

 真っ先に流れた血はとっくに乾いていて、頬に張り付いていた。上から下までボロボロで、白い制服は砂の色で染まっており、切り裂かれた胸のあたりは肌が見えていた。

 俺もそんな姿なのだろう。痛々しいを通り越し、笑えてくる。


「社交界の貴公子が、いい様だな」

「銀雪の騎士様も。というか俺、全然納得してないんだけど」

「ああ、俺もだ」


 ただ、自分の足で立てという言葉には、雷を打たれた気分だ。

 とっくの昔で大人になったはずなのに、俺はまったくそうではなかったのだろう。

 そして初めて、負けたくないと思った。天から授かった才能に溺れ、負けるわけがないとは何度も思ってきたが、そうではなく。どうにかして、勝ちたいと。

 しかしそれは、ゼクス団長によって出鼻を挫かれる。


「その傷は全て、入団試験で俺がレオに負わせたものだ」

「近衛の君達に顔の傷はまずいので、一発目だけは違いますけどね」


 せっかく力が入らない腕で剣を構えようとしたというのに、それは失敗した。

 さすがのジャンも言葉を失っている。

 俺たちはこの時間で、何をされた? 頭を殴られ、髪を千切れそうなほど引っ張られ、服を………………。


「ば、馬鹿なのか、あなたたちは」

「いえいえ、そんな。ちなみに、あの時は大勢いましたね。もちろん全員が男です」

「あいつは女だぞ?!」


 だからあんなにも羞恥心が欠落していたのか! する方もする方だが、される方もなぜそれを受け入れる。黒騎士はやはり脳筋の集団だ!

 しかし、軽蔑も含めた俺の言葉は、あっけなく避けられる。

 二人は言う。


「さらにあの時は、俺らとお前たちが持つ得物は逆だった」

「それが、君達と四年前のレオとの差です」


 そして、それぞれが手から模造剣を離した。

 軽い音がここまで届く。


「ここからが、今のお転婆娘とお前たちの差だ」

「本番はこれからということです」


 それはまるっきり、剣を向ける必要すらないと示している。

 ただ、あまりに痛めつけられたせいで、もはやそれに憤るよりも顔が引きつる方が先立った。

 ここまでされなければ、俺は騎士になる前やなりたての頃に抱いていた感情を思いだせず、ここまでされてもまだそこまでしか取り戻せていない。

 そうなるとだ。あの疫病神にも近い女騎士と並べる位置に行くまでには、死にかけるしかないだろう。


「あー……、やっぱりレオなんて大っ嫌いだ」

「俺は、まずお前から恨んでやる」


 そして俺たちは、再び地面を転がる。

 重い――拳だった。




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