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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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後悔先に立たず(2)





 白騎士団と国防を担う(りょく)騎士団だけは、他と違い城の敷地内に本部を置いている。

 だから、私の所に例の女性騎士が現れたのには誰もが驚いたわけで、呼び出されたせいで今日はわざわざ登城しなければならない。おかげでいつもより一時間も早く起きる必要があり、身形にも気を使うはめになった。

 制服にはアイロンをかけ、いつもなら簡単に手でまとめるだけの髪に櫛を通し……、化粧は良いか。これ以上は面倒くさい。

 姿見の前に立てば、普段と比べしっかりとした格好の自分が居た。

 下ろせば肩ぐらいになる母譲りの波打つ金髪は、常に後ろで一つにまとめている。邪魔になるからと短くしてみたこともあるが、毎日寝癖を直すのが大変で、もう何年も今の長さと髪型でキープしていた。

 瞳の薄い青は父から。その二つが、私の手元に残った両親の全てだ。学費を捻出するために自宅もなにもかもを売り払った私はきっと薄情なのだろう。それでも後悔はしていない。

 しかし、城を歩けば目立つだろうな。今は役割で四つに分けられている団の制服は、それぞれ名の由来となる色をしており、私の場合は闇夜にも紛れられる黒。色らしい色は、部章とボタンの銀だけなので、ただでさえ日中は浮くというのに。本気で行きたくない。


「憂鬱だ……」


 それでも、そう呟いた鏡の中の私はしっかりと笑えていた。

 学生になりたての頃に舐められていたのが懐かしい。今ではあの少年の言葉通り使い分けが出来るようになれたと思う。

 今日はこれを鎧に城へ行く。貴族の坊ちゃん方にせいぜい目に物見せてやれ、と団長も言って下さったことだし。


「よし、行くか」


 気合を入れ、私は宿舎を後にした。




 □□□




「失礼致します。黒騎士団征伐部隊所属、第八小隊長レオ。お呼びにより参上致しました」


 前日に連絡されていた通り城門近くで案内の方と合流し、まるで人目を忍ぶかのように移動して辿り着いたのは、まさかの城の一角だった。

 てっきり本部に連れて行かれると思っていたので、これは予想外。こうなると、唯一城内に身を置くことが許されている総騎士団長のところでなかっただけ、まだましなのかもしれない。というか、そう思わないとやっていられない。

 とりあえず驚きを心の奥に隠し、頭を下げる。

 まるで会議室のような様相の室内では、三人の騎士が待ち構えていた。全員が白の制服をまとっており、一人は顔に覚えがある。遠くからながら式典で見たことがあった。


「わざわざすまなかったね。固くならず、楽にしてくれて良いよ」


 案内をしてくれた方が立ち去るのを背中で確認しながら頭を上げれば、目の前にはまさしく三者三様な顔が並んでいた。

 中央に立つ一番歳を重ねている茶髪の方が、気軽な声を掛けて下さった白騎士団の団長であり近衛部隊の隊長でもある、アシル=クロード・バリエ様。まさかこうして直接お話しをする機会があるなんて、夢にも思わなかった。

 たしかお歳は四十を越えているはずだが、まったくもってそうは見えない。余裕で十は誤魔化せるだろう。

 私から見てバリエ様の左隣に居るのは、顔立ちから察するにご子息ではないだろうか。童顔は遺伝らしく、これまた可愛らしい顔をしている。しかし、あからさまに観察してくる視線が鬱陶しく、印象は悪い。

 そんな彼とは違う種類で最悪なのが、威圧的な態度で遠慮なくこちらを睨んでいる右隣の騎士だった。カラスのように光沢のある美しい黒髪は少し長めで荒々しい印象を与え、瞳が私より濃い青色をしていた。


「この場で略名を名乗るのは、いささか無礼じゃないか?」


 黒髪の騎士は、淡々とした声で氷のように冷たい態度を取ってくる。全身で私を拒否しているようだ。あの暴言を知っているのなら致し方ないので、腹が立ちまではしないが。

 私は再び頭を下げ、バリエ様の「まあまあ、落ち着きなさい」と宥める声を聞いていた。

 ここは謝っておくのが無難だろう。


「申し訳ございません。何分寄る辺のない身でして、これ以上の名がないのです」


 というか、本当の名も姓も、全てを売り払う際に一緒に捨てている。

 そうすれば、早く大人になれる気がしたのだ。今となってはそれこそが子供染みたことだと思うが、わざわざ改め直すのも煩わしい。必要性がなければ、面倒かそうでないかで選ぶのが私だ。基本はものぐさな性格をしている。

 だから、嘘ではないが本当でもないことを言って、この場を乗り切ろうと思った。

 けれど、どうやら黒髪の男は中々に面白い性格をしているらしい。普通なら少なからず気まずそうにするというのに、こいつはあろうことか鼻で笑って吐き捨てた。


「だからって女のくせに獅子? 笑えん冗談だ」


 そんな返しをされたのは初めてだ。ちょっと本気で笑ってしまった。

 けれど、立場も身分もなにもかもが相手の方が上なので、体勢を保ってそれを隠す。

 そうすると、バリエ様が助け舟を出してくださり、なんとか腰の負担を軽減できた。


「頭を上げなさい。そしてエドガー、君は少し黙っていること。話しが進まないだろう?」


 まったくもってその通り。私もできることなら早く帰りたい。

 それにしても、今耳にした名は……。

 黒髪の男が近衛騎士でエドガーという名であるならば、まず間違いなく本人なのだろう。類稀な剣の使い手で、史上最年少で近衛部隊に抜擢され、総団長からも気に入られているともっぱらの噂だ。将来有望もはなはだしい。

 そして、他を寄せ付けない空気から〝銀雪の騎士〟などと呼ばれている。私なんぞとは雲泥の差だ。こっちは悪魔だもの。

 バリエ様に勧められるがまま大きめの円卓に腰掛け、私はひっそりとエドガー様に目をやった。

 窘められたせいか、さらに不機嫌そうな顔をしている。切れ長の目は刺々しく、なまじ整った顔立ちなせいか、眼光だけで吹雪を起せそうとすら思う。

 銀雪など美化しすぎやしないか? 氷山とか極寒とか、それこそ私よりよっぽど悪魔的だ。


「あ、お茶なら私が」

「そうかい? ではお願いしようか」


 かなり失礼な事を考えていれば、バリエ様がお茶を淹れようとしていたので、慌てて交代を買って出た。

 お貴族様相手に、私の淹れたお茶を飲ませるのもどうかと一瞬考えたが、それは気にしないことにする。

 ティーセットの乗ったワゴンに視線を移せば、しっかりとお茶菓子が用意されてあるのを発見し、長い話になりそうだとげんなりしてしまった。

 それでも、どうにかこうにかお茶を淹れ終わり、それぞれの前に置いてから再び席に着く。

 すると、なぜだか茶髪二人は驚いた顔をしていた。

 やっぱり所作が違ったのだろう。文句を言ってこないだけまだましだ。心の広いお貴族様で良かった。


「とりあえず、まずは自己紹介だね。改めて、白騎士団団長ならびに近衛部隊隊長のアシル=クロード・バリエだ。今日はわざわざ来てくれてありがとう」

「とんでもございません。バリエ様のお呼びとあらば、全ての騎士がいついかなる時でも馳せ参じるでしょう」

「君は真面目だねえ。若い美人さんにそんなこと言われたら、おじさんな私としては嬉しい限りだ」


 バリエ様は高位貴族とは思えない軽さで自己紹介をし、お世辞混じりに躊躇なくカップに口を付ける。

 それを、正直ハラハラして見守っていれば、小さいながら美味いと呟いて下さった。

 自分がお茶好きで良かったと思ったのは初めてだ。淹れ方を教えてくれた母さんに感謝しないと。


「で、こっちのしまりのない顔をしているのが、ジャン=クロード・バリエ。一応私の息子だよ」

「お初にお目にかかります」

「一応ってひどいなあ。初めまして。それにしても、さすが微笑みの悪魔って言われるだけあるねー。エドガーの嫌味にもまったく表情を変えなくてびっくりした」


 それからやっと、もう一人の茶髪の方の名を知れたのだが、やっぱりご子息だったらしい。会釈で済まそうとしたのに握手を求められ、渋々応じなければならなかった。

 しかし何故、その異名を口にしてくる。バリエ様も頷いていることから、既にご存知だったわけか。

 もうほんと帰りたい。


「ご不快でしたら消しますが?」

「いや、むしろそのままでいてよ。その方が面白いしー」


 食えない奴というか何というか。あまりお近付きにはなりたくないタイプだ、この人。

 お許しを頂けたこともあり、牽制の意味も込めて笑みを深めると、ジャン様も挑発的な視線で返してくれた。

 そしてバリエ様は、なぜかエドガー様を見つめ無言で促した。

 自分で名乗れと伝えているのは明らかで、エドガー様が動かない限り話しが止まってしまう。彼もさすがにそれは分かるのか、それはもう嫌々ながら口を開く。


「……エドガー・ブノア=レヴィだ」

「先ほどは失礼致しました」


 ぞんざいな紹介だったが、それよりも私は今度こそ会釈で済んで安堵していた。これでやっと、個人では絶対に買えないお茶を味わえる。

 それに、バリエ様も本来ならばお忙しい身、さっそく本題を切り出してくれる。

 「それで君を呼んだ理由だけど……」彼はそう言いながら、一粒の錠剤を取り出した。


「この薬を知ってるかい?」


 了承を得てそれを受け取り観察する。

 そんなことをしなくてもそれが何かは分かったが、どうにも私が知っているものとは少し違っていた。

 態度はまったく異なりながら、不真面目なのは同じであった左右の二人も、一瞬にして騎士の顔になる。


「エデンでしょうか。私が知っているものより、大分純度が違うようです」

「一般的に出回っているのは粗悪品だからね」


 どこをどう見ても不純物が見られないその錠剤は、最近王都で横行して問題視されているドラッグだった。名の通り、まるで楽園にでも行ったかのような夢心地になれるらしい。

 もちろん非合法であり、私も何度か売人を捕まえている。しかし、これをばら撒く大本には一向に辿りつけていない。

 見たことのあるエデンは薄い緑色で黒い点が多くあったが、バリエ様が取り出したそれは自然に出たとは思えない不気味な印象の緑一色だった。


「これは今、貴族の間で流行っているエデンだよ」

「なるほど。庶民の私には到底受けつけない色をしているはずです」

「うっわ、辛辣!」


 ジャン様はそう言って笑ったが、どう考えたってこんな色した薬が身体に良いわけがない。

 快感が好きなのは理解できる。だが、それをドラッグに手を出す理由にされてたまるか。エデンのせいで理性を失った輩による犯罪も増えてきている上、巻き込まれて亡くなってしまった方も少なくないのだから。

 それを考えていると知らず表情に出てしまったのか、バリエ様とジャン様が引きつった顔をされていた。それが昨日、団長室の前ですれ違った者の反応と重なったのが腑に落ちない。

 エドガー様は言わずもがな、相変わらずそっぽを向いていらっしゃる。絶えずお茶を口にしているところから、それだけは気に入っていただけたようだ。飲み干したらおかわりを用意してあげるべきなのだろうか。


「美人が怒ると怖いってのは本当なんだね。いや、ここはさすがと言うべきかな」

「この場合は、笑ってるのに笑ってないのが重要なんじゃない?」

「お世辞は結構ですので、お話しの続きをお願いします」


 とにかく、思っていた以上に重要な内容で、意識が変わっていく。

 諸悪の根源を私たちでは捕まえられないわけだ。本体が国の中心に堂々と居て、尻尾でさえ庶民からかけ離れていたのだろう。


「失礼なのは重々承知ですが、これは明らかに近衛の方々の領分ではありませんか?」

「そうだね。そして我々は、近く開かれる薬物パーティーの情報を掴むことに成功し、一斉摘発を計画している」

「そのような重要なことを、私のような下級騎士にお教えなさる理由を窺っても?」


 さすがのこれには、十分着なれたはずの鎧も脱げるかと思った。

 団長は大捕り物と軽々と言っていたが、私たちのそれとは次元が違う。

 下手をすれば国が揺れる。まぎれもなくこの作戦は国王陛下直々に命じられており、ご本人もしくは王太子殿下が指揮しているはずだ。

 すると、バリエ様が終始柔らかな印象を与えていた表情を消し言った。

 

「君には、変装したエドガーのパートナーとして貴族令嬢に扮し、共にそのパーティーへ潜入して欲しい」


 ……この方は今、なんとおっしゃったのだろう。

 おかしい、意味をうまく理解できない。


「あ、笑顔のまま固まってる」


 この時の私は、緊張感無く笑うジャン様を、心の中でですら罵倒する余裕が無かった。






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