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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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棘を育てる青いバラ(4)




 エドガー様の特技を知り、アシル様へ願い出たものの一つとして、私はとある人物へ手紙を送らせてもらっている。これに関しては、相手を知るや否や是非ともそうしてくれ、紹介してくれと迫られたほどだ。

 その手紙の宛名は、西街の魔女。彼女を知らない者は、孤児にいたるまで王都には一人もいない。

 おとぎ話の魔女は、魔法を使って悪事を働く存在であるが、現実にいる魔女については〝独特の製法で、魔法のような薬を作り出す薬師〟を指す。男であってもそう呼ばれ、薬師にとっての最高の称号といっても良い。

 だから魔女は、政治形態によっていくらか異なりはすれど、大きな医療施設や城など大抵が国の中心で活躍する。

 けれど、我が国の魔女は違う。

 なぜなら通り名にもなっている西街は、社会階級によって四つのエリアに分けられた王都に於いて最も低く、王都でありながら王都ではないとされる場所。まるで隔離されるかのごとく人工河川が流れており、かろうじて架けられた一本の橋だけで南街と繋がっている。

 もっといってしまえば、黒騎士ですら制服を着たまま単身でうろつくと、次の日には水死体となっているであろう薄汚れた悪の巣窟だ。

 魔女はそんな場所で、緑豊かな庭を持つ小屋を根城に異彩を放っている。

 何度も国からその腕を乞われているも、一切の召喚に応じず技術を秘匿し続け、加えて大の人嫌い。たとえ彼女だけが作れる薬でなければ助からないとしても、相手を気に入らない限りあっさりと見捨ててしまう。

 だからこそ一方では、西街の支配者とも噂されている。

 ではなぜ、そんな怪しい人物との関係を騎士団が望むのか。それはもちろん、薬に対しての信用だ。

 西の魔女自身が何かしらの悪事を働いた、もしくは関係していたという事実は今のところなく、依頼を受けてもらえるようになれば多くの利点が発生する。要するに、直接国に所属してもらえないのならば、せめて助力だけでもということだ。

 ちなみに私が西街の魔女と出会ったのは、まったくの偶然である。気に入られておばばと呼べるほど親しくなれたのに至っては、私の唯一にして風変わりな特技のおかげだった。

 そして今回、おばばに依頼した薬品は五種類。

 一つは、私が使った瞳の色を茶色に変えてくれる目薬で、二つ目がそれを元に戻すもの。エルには三つ目を使ってもらった。

 わざわざ手の込んだことをするのには、もちろん理由がある。エルにはどうしても、特定の色でいてもらわなければならなかった。でなければ、私が身を削った意味がない。

 四つ目として依頼していた髪を一時的に染色できるクリームは、渡すタイミングを今朝にしておけば仕掛けに気付かれることもなく、魔女の薬という付加価値も手伝って簡単に嵌められると思っていた。

 けれど、さすがに目薬は易々とはいかないだろうし、なによりそれでは騙せない。

 トリックとしては簡単だ。色の変化に目を奪われている内に、使った瓶と渡したい瓶を入れ替えるだけ。エルが使ったと思っているものは、座席のクッションの隙間に押し込んである。

 そういうわけで、現在向かい側で暢気に外を眺めるエルは、青と黄が混じった深い緑色の瞳をしていた。髪だって、黒に戻り始めている。

 たとえ会場についてからバレたとしても、しれっとおばばが間違ったのだろうと言えば良い。

 すでに作戦は動き出した。後戻りは、そのまま失敗を意味する。

 エドガー様は、融通が利かずプライドもうず高く、そのくせ考えは甘いが、仕事に忠実なのは確かだ。でなければ、無表情で冷たいあの銀雪の騎士が、こんな迫真の演技をやるわけがない。


「レイラ。そろそろ到着するから、これを」


 そうして、合流地点であった場所から、再び城やアシル様の邸宅がある北街へと戻り、豪華な屋敷ばかりが並ぶ景色を見ながら最初の関門を突破したことに満足していれば、意識を私へと戻したエルが声をかけてきた。外はすっかり陽が落ちており、ランプの柔らかな灯りがこの場を包む。

 取り出されたのは、ふちにダイヤが散りばめられた白い仮面だった。耳がついていて目の部分はアーモンド形をしており、ネコを模って作られている。これだけで、一体どれだけの値段がするのやら。


「まあ、可愛らしい」

「そうだろう? 君をイメージして用意したんだよ」


 そう言ったエルが、楽しそうに笑う。それに違和感を覚えた。

 ここは、どちらかといえば〝きっと似合うよ〟辺りが妥当だと思う。それを敢えてイメージしたと言ったのだから、何かありそうだ。

 白いネコ。白はむしろ正反対だし、この場合はネコがポイントだな。

 ネコ、ネコ……ね。

 なるほど、これは嫌味だな。今日はまともに振れない剣さえ無いから、牙がないとでも言いたいのか。

 ネコに謝れ。獅子に比べれば劣るが、牙はちゃんとあって肉食なのは変わらないし、引っかかれれば普通に痛いだろ。

 粘着質で小さい男は、いくら顔が良くても遊ばれるだけだぞ。

 ただ、なぜか腹が立つよりもホッとする。エルは確かにエドガー様だった。

 だから、遠慮なく言葉が返せた。


「でしたら、ネコが遊ぶための玩具を用意しなければなりませんね」

「すぐに飽きてしまったりしないかい?」

「ふふ、エル様ったらひどいですわ」


 馬鹿だなあ。飽きるのは遊ぶのに満足したからであって、私にいたっては勝つまでそうなることはありませんよ。〝玩具〟はすでに、自分で用意させて頂きましたし。

 そう内心で毒吐くも、表面上は和やかに仮面を受け取り装着する。

 ちなみにエルの仮面は、鼻の部分が鋭く伸びた白いカラスのようなデザインだった。

 ネコとカラス、中々に良い組み合わせだ。

 けれど、エルはレイラが愛して止まない恋人でもありますから、そちらが良ければキスだってしてさしあげますよ。そんなことを強引にしようものなら、絶対に刺し殺されるので、言うまでもなくたらればの話ですが。

 そして、密かに火花を散らしていれば、とうとう馬車が止まった。


「到着したようだね」


 エルが呟いてすぐ、扉が開く。冬の長い夜空できらめく星を食う、眩い光を放った屋敷のエントランスが、私たちを嘲笑うかのように待ち受けていた。

 ここから、白騎士団近衛部隊としての作戦が、正式に開始される。私とエドガー様、そして真っ先に潜入を終えているであろうジャン様に与えられた任務は、黒幕とされている三人の確保または逃亡阻止だ。生きての捕縛を厳守しなければならない。

 ホールまでやってくると、すぐに視界が鮮やかな色と豪華な光景で埋め尽くされた。

 しかし、上階にいるほとんどは、黒幕の手先であり表向きの主催者とされている男爵にまんまと利用されているだけで、暢気に仮面舞踏会を楽しみに来ている。これからエデンによって楽園を目指す者は極僅かだ。

 そのほんの一握りの人間が愚かなばっかりに、黒幕たちは至福を肥やし民が死ぬ。

 そして、どれだけ高級でも捕縛リストの四番目に位置する男爵が用意させたというだけで、まったくもって美味しそうには感じられない料理を眺めていれば、舞踏会が始まりを迎えた。


「そういえば、仮面舞踏会は初めてだったね」

「はい。なんだか胸が高鳴りますわ。お相手がどなたか分からないなど、まるでお話の中のようではありませんか」

「ははっ! 実際は結構バレバレだったりするから、あまりはしゃぎ過ぎないようにね」


 ざわめくホールをさっそく歩きながら、初々しい会話を交わして笑い合う。まずはここで、ターゲットや会場の様子を探っていかなければならない。

 すると、近くにいた貴婦人が、私たちのことを素敵なカップルだと話しているのが耳に入った。

 良かった。しっかりと騙せているようだ。彼女のおかげで不安要素が減り、エルの腕に置いていた手から無駄な緊張が抜けるのが分かる。

 しかし、ホールを一周しても、ターゲットの姿を捉えることはできなかった。

 それでも一人は、必ず表にも顔を出すはずだ。エドガー様も確信している。だから、周囲を観察していたエルが、ふと立ち止まって私を見た。


「少し冒険してみるかい?」

「よろしいのですか?」

「せっかくの機会だからね。ただし、約束は守ってもらうよ」


 手分けして探すってことですか。それは良い案だ。

 自分でやっていてたぶんと言うのもおかしいが、最大限に目を輝かせてみる。

 そうすると、なぜかエルの顔が近付いてきた。

 周囲の人々がこちらに注目するのが分かる。大体が、若いカップルをからかっているような視線だ。

 しかし実際は、ただ釘を刺されているだけである。ひんやりとした柔らかな感触が頬を襲うのと同時に、とてつもなく低い声で囁かれた。


「余計な真似をするな。大人しくしておけ」


 騙したことを気付かれたか。めちゃくちゃ怒ってる。

 それにしても早かった。男なんだから、もっと髪を短く切れっての。

 よろしければ、私が刈り上げてあげましてよ?

 今後は嫌味を送る時、あえてこっちの言葉を使ってみようか。よし、盗賊相手にでも試そう。なんだか楽しい気がする。


「もちろんですわ。踊るのはエル様とだけと、最初から決めております」

「なら安心だ。さあ、行っておいで。僕は愛しい姫を見失ったりしないから」

「それは違いますわ。ここからわたくしは、正体不明の青いバラですので、他の方に見つかる前に手折って下さいませ」


 今度は私から、エルの頬へキスしてやった。まさか冗談が現実になるとは、さすがエドガー様だ。

 ただ、残念ながら私は、その顔に惑わされることはありません。あなたの周囲に居る女であれば、どれだけ暴言を吐かれようとも微笑み一つでコロッと落とせるのでしょうが、私は違います。

 そうでなくとも今は任務中。こちらだって、自分の感情なんてものはどこかに置いている。

 エルは、驚くどころかとても嬉しそうに破顔し、さらに手の甲にもキスをしてくれてから背中を向けた。

 つくづく嫌味な男だ。エドガー様もまた生意気な女だとでも思いながら、内心で舌打ちをしていることだろう。

 しかし、一人になった途端、自分たちは一体何を競っているのだと我に返った。

 仕事を疎かにしていないから、今のところは問題はないだろうが、これから混戦になりでもしたら、手が滑ったとかで背中をばっさりやられそうだ。

 少しやりすぎたことを反省し、緊張感を持ち直して再びうろつく。目でターゲットを探しながら聞き耳をたて、自分を噂している者がいないか調べていった。

 表にいるのは、できれば三十分ほどで済ませたいところだ。アシル様の言っていた時間は限界であって、最良ではない。

 だから次々と、拾った音の中身を捌いていく。私のドレスが綺麗だと褒めている集団がいればそこから離れ、正体は誰かと囁き合っている者にはわざと微笑み――


「ほら、あの青いドレスだ」


 そして、そんな言葉を聞いた。どこか言い方に邪さがある。

 一口だけ残していたドリンクを飲み干し、おかわりを探すふりをして出処へと視線を移す。

 そのペアは、見栄だけが詰まった料理の乗ったテーブルの傍にいた。

 あいにくターゲットではないようだが、年齢はつり合っているので、あれなら繋がりがあってもおかしくはないだろう。

 なにより、私には分かる。仮面でいくらか誤魔化せはしても、あの顔はエデンに依存し始めた人間のやつれ方だ。特徴を元に頭の中のリストをあたれば、やはり該当する者がいた。

 白騎士の息子がいるも、没落しかけている子爵夫妻。…………ん? なんだか心当たりがあるような。

 ああ、あれだ。私に難癖をつけてきた集団の、鼻血を吹かせた奴。身体のひょろさや頭の残念さは、可哀想に親譲りだったのか。


「…………そいういうことね」


 自分が使われる理由にやっと気付き、ひっそりと呟いた言葉が、狙いを定めて壁の花と化してすぐ流れ始めた華やかな音楽へ溶けていく。

 考えれば当たり前なことだった。私など適役すぎて、さぞ笑いが止まらなかっただろう。

 そうなると、冗談抜きに失敗した場合、人生が最悪な方向へ進んでいきそうだ。仮面の下から見つめる景色の全てに、その要素が息を殺して潜んでいると考えておく必要が出てきた。

 しかし、意気込み新たにしたところで、それから十分ほどは新たな動きもなく、次々とやってくるダンスの誘いを断る時間だけが続いた。

 にしても、貴族たちのお世辞の上手いこと。皆して毎日砂糖をかじりまくっているのかと思うほど、甘ったるいものばかり吐いてくる。

 おかげで胸焼けがひどい。ジュースより酒、デザートより肉な私にとってはかなりの拷問だ。扇子で口元を隠し、深呼吸をする。

 残念だが、そろそろこっちは外れと諦め、エドガー様と合流しよう。


「こんばんは、青の姫君」


 けれどそれは、早とちりだったらしい。

 ふと横から影が差し顔を向けると、そこには黒に金の模様が入った派手な仮面と羽だらけの大きなハットを被った男が立っていた。

 顔が全て隠れてしまっているため、判断要素は瞳の色しかない。

 けれどそこは、たしかにターゲットと一致していた。声も、その年齢に当て嵌めて良い渋さだ。


「どうやら怖がらせてしまったようだね。こういった舞踏会は初めてかな?」


 言葉なく頷けば、男がこちらを覗きこんで目だけで笑う。

 印象としては、派手な装いを除くと、どこまでも紳士的。今まで寄って来たあからさまな連中とは違い、無理に手を取ったりもせず適度な距離を保ってくる。

 ここは一か八か、今までの経験で培った直感を信じてみるとしよう。そう決めて、口を開く。


「はい、そうですわ」

「これまたお声もお美しい。姫君は、今までどちらの空を飛ばれていたのかな?」

「羽ばたきを覚えたのはつい最近ですわ」


 どいつもこいつも、なんで人を別のものに喩えたがるかな。バラだとか鳥だとか、まどろっこしくてたまらない。上っ面だけの言葉はただでさえ耳障りだってのに。

 それはともかく、できるだけ上目遣いを心掛け、頭の弱そうな女を演じる。


「ですから、こちらへ到着する前から、はしゃぎすぎてしまって。少し休憩しておりました」

「おやおや。満足するには、まだ早すぎるのでは?」

「えぇ、もちろん。まだ約束が残っていますし、ただの羽休めですわ」

「お連れの方が羨ましい。その約束を、ぜひ私も共有したいものだ」


 響き渡る音楽に乗せて控えめに笑いながら、しばらく迷ったフリをした。

 そして、視界の端に映っていた黒が動いたのをきっかけに、とびっきりの演技で形の良い耳へ囁く。


「楽園に連れて行って下さると」

「ほう……」

「それ以外は行ってからのお楽しみだとおっしゃって、ちっとも教えてくれないのです」


 すると、男が動いた。

 退屈している様子だから声を掛けたといった今までの態度から、獲物を見つけた狩人のように目を光らせ片手を差し出してくる。


「一曲お付き合い頂けますか? レディ」


 間違いない。こいつこそが、ターゲットの一人にして諸悪の根源、モートン子爵だ。

 ――やっと見つけた。


 

 

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