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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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静かに燃える黒の魂(2)




 頭上で広がる、澄みきった冬の青い空。そこを鳥になって飛べたらなんて夢見がちなことを考えてしまうあたり、そろそろ自分も末期だなと思う。

 そんな私の前には、八つの白い障害物が並んでいた。ちなみに背中には壁がある。


「ちょっと聞いてんの?!」


 いいえ、まったく。あまりのくだらなさで、早々に人間として認識しておりませんでした。


「さっさとあのお二人から離れろと言ってんのよ!」


 いつか必ずこうなるだろうことは分かっていた。部屋の前に毎朝置いてある死骸が、虫からネズミになった辺りから、そろそろだろうなと。

 だからといって、なぜ私がこんな目に合わなければならないのか。これが朝食後ではなく前だったら、問答無用で蹴り倒していたかもしれない。

 満腹で良かった。ストレスによって消化不良を起こす可能性があるとしても、冷静でいられるだけまだマシだ。

 ただし、なんとかこの場を穏便に済ませようと心掛ける努力は、二人の女の背後に控える男達のせいで無駄に終わりそうだった。

 ギャンギャン喚く声を聞きながら、壁にもたれかかって項垂れる。ああ不味い、おもっくそ素が出てるな。


「この売女!」


 そして、極めつけの一言に、私の中の何かが消えた。おそらく、身分に対するなけなしの敬いあたりだろう。

 それでも笑みだけは崩さず視線を上げ、素敵な評価をしてくれた女を見つめた。

 騎士なくせしてその手はなめらかで、伸ばした爪が色付いている。チラリと隣へ視線を動かせば、もう一人も髪にでかでかとした飾りがついていて、化粧だってばっちりだ。

 いや、別にいいと思うよ? 私も装飾品の類は着けたりするし。目的と用途があれば、の話だけど。

 ……ああ、こいつらもある意味そうだな。


「な、なによ!」

「いえ? ただそうですね、私は現在、自分の軽率な行動に対する責任を取らされている最中ですので、あなた方のご要望にはお答えできかねます」

「だったら、レヴィ様とバリエ様に纏わりつく必要なんてないじゃない!」

「誰があんなのと好き好んで関わるか、死ね」

「なんですって?!」


 やってらんない、後二日だってのに。

 とりあえず建前の理由を告げるも、あまりにも許容できない言いがかりのせいで、ついうっかり本音を漏らしてしまった。

 元からつりがちな目が、どちらも凄いことになっている。

 こうなってしまえば、自分の表情はどこまでも挑発的なものとなってしまう。けれど、それで良い。

 そして、乾いた音がその場に響いた。


「私たちに楯突いて、どうなるか分かってんでしょうね!」


 頬が熱を持ち、乱れてしまった髪が視界に広がる。

 容赦なく引っ叩いてくれたのは、爪の長い女だ。


「ほんと、笑える」


 けれど、いくら勢いを殺したからといっても、あまりにも軽い痛みすぎておもわず呟いてしまった。

 すると今度は、もう一人がご丁寧にも逆側へ手のひらを振り上げた。

 それでもやはり感想は同じ。これじゃあ腫れもしないだろう。


「どうなる? さあ、どうなるってんでしょうね。しっかし、貴族ってのもけったいなもんですよねぇ。あまりにも個性が強すぎるせいで婚約すらできず、それでも相手を見つけて来いって騎士団に放り込まれるんですから。性格矯正した方が、よっぽど建設的だってのに。ああ、それが不可能だったから、厄介払いされたのか」

「――っ、この!」

「まあまあ、少し落ち着こうじゃないか」


 とりあえず、女二人には情けをかけて一発ずつ許し、準備は整ったと負担のかかった首を回して背筋を伸ばせば、今の今までわざとらしい表情で傍観していた男が一人、間に入ってきた。

 鼻につく態度やそれなりに整った容姿は貴族然としており、もう生理的に受け付けない。それが六人分なのだから、さっきから鳥肌が立ちっぱなしだ。


「君も、もっと賢く生きた方が身の為だとは思わないのかい?」

「まどろっこしい。はっきり逆らうなって言えっての」

「…………話しが早くて嬉しい限りだ」


 どうやらこいつが男の中では最も立場が上で、ついでに女たちとも繋がりが強いらしい。二人をやんわりと退けさせると、手を振って指図し包囲を狭めてくる。

 そして、許可無く人の顎を掴むと、あからさまに値踏みしてきた。

 どうやら合格したようで、首元に顔を埋めて匂いまで嗅いでくる始末だ。

 ひとまず好きなようにさせていれば、女二人が勝ち誇った顔で笑っていた。

 おいおい、このまま観賞するつもりか? さすが、素晴らしい趣味をしていることで。


「中身は最悪なことが残念だよ。それが虚勢なら、まだ可愛げがあるものを」

「やーん、こわーい。やさしくしてー」

「お前――!」


 そうして、さらにげんなりしていれば、くっついている奴が乱れた髪を取ってきたので、そろそろ潮時かと最高に棒読みな言葉でおちょくってやった。

 すると、別の一人が我慢の限界を迎え、横から腕を取って怒鳴りつけてくれる。だから逆に捻り上げ、同時に足を前方へ素早く蹴り出す。


「いっ?!」

「がはっ!」

「さっきの言葉、そっくりそのままお前らに返すわ」


 突然の物理的な抵抗で、痛みに苦しむ二人の他は絶句し、すぐには反応がみられない。

 しかし、慌てて正気に戻ると、怒り心頭な様子で一気に襲いかかってきた。

 元々の距離が近かったので、態勢を低くし一人を殴り飛ばして背後へ移動する。これで位置が逆転し、退路を断てた。

 とはいっても、既に半分を伸している。残った内の最も体格の良いのが、手加減を失った拳を顔面へと放ってきたが、大振りな動作すぎで脅しにもならなかった。

 軽く避け、余裕さを伝えるために歌を口ずさみながら懐へと入り込み、股間を膝で蹴り上げる。

 エドガー様との一戦により、私の実力が大したものではないと思ったからこそ、こいつらはのこのことやってきたはず。

 じゃあ、それを完膚なきまでに叩き潰せば? んでもって、惨めな泣き顔を拝んだら?

 少しは溜飲が下がるってものだ。本当は良い運動にもなると考えていたが、それは期待した私が馬鹿だった。


「よっわ…………」

「くそ! 俺は子爵だぞ!」

「お父さまが、の間違いだろ。で? だからどうした」


 今度は一番ひ弱そうなのが、構えもへったくれもなく殴りかかってきたので、髪をわし掴んで顔面ど真ん中に膝を埋めてやる。

 そして、状況の悪さを自覚し逃げようとしていた女どもに向け、鼻血を垂れ流すそいつをぶん投げておく。


「ひっ――!」

「あ、やっ――!」


 可愛らしい反応ですこと。ジョゼット様に比べればカスも良いとこだけどな。


「さて、残すはあんただけだけど?」

「う、うわあああああ!」

「あーあ、抜いちゃった」


 でもって視線を戻して告げれば、見事に冷静さを失った馬鹿が腰の剣を抜いた。

 これが白騎士の現状か。とっくに分かっていたことだが、それでも不思議な事に悲しさが込み上げる。呆れでも怒りでもなく、なんとも言えない焦燥を感じた。

 それは刃が目前に迫っても変わらず、仕方なく鼻で笑うことで心情を誤魔化し、身体を僅かにずらして柄と相手の手首を攫む。そのまま力を込めて折り曲げれば、痛がってあっけなく剣を離したので、腹めがけて奪った剣をぶつけてやった。もちろん気絶させただけだ。

 はい、おしまい。短く息を吐き出しわざとらしく手を叩けば、意識のある連中が面白いほどびくついていた。

 その中でもダメージが少なく復活しかけていた二人目の頭を踏み、念のため戦意と意識を喪失させておき、薄汚い手で触ってきやがったリーダー格の男の大事な部分を人質に、視線を女たちへ。

 あらあら、制服が見事に血と土で染まっていらっしゃる。白は汚れが目立つから大変だよねぇ。ざまあみろ。


「退け!」

「黙れ、潰すぞ」


 すぐに青くなるなら、最初から逆らうなっつーの。

 というわけで、今度こそ穏便にお話しをしましょうか。


「あんたらさ、私がアシル様の命令で、こんなクソみたいな場所に居るってわかってる? 要するに、物なの物。それに危害を加えるっつーことは、あの方に歯向かうのと同じなわけ」

「うるさい!」

「てめぇの方がよっぽどうるせぇ。埋めるぞ」


 話が通じないことにイラついて、おもわず足に力を込めてしまった。地面から情けない悲鳴が聞こえてくる。

 文句は聞き分けの無い女に言ってね。一応こっちは、水に流してあげようとしているんだから。


「いいか? よく聞け。私は貴族になんてこれっぽっちも興味ないし、馬鹿な女のせいで回ってきた仕事が終わればすぐ出てく。だからこれ以上、くだらないお遊びに巻き込むな」


 本気で凄みをきかせれば、とうとう一人が泣き出した。それが化粧の濃い方だったので、残念なことに涙が黒い。

 そのまま顔を下げ続ける事をお薦めする。かなりひどいことになりそうだ。

 爪が長い女は諦め悪く睨んでいるが、そんだけ根性があるんだったら、もっと別のところで発揮すれば良いのにと思ってしまう。

 とはいえ、改心するかしないかに興味はない。釘は刺せたし、これ以上は時間の無駄だ。なので、足元の男を解放してやる。

 

「ってことで……。ほら、早く」


 そして催促すれば、無様な格好でヘタリこみ足の間を押さえるぼんくらが、呆けたようにこちらを見上げた。

 いや、何が? じゃないから。こんなことまで一々言わなきゃ分かんないのか。

 同じ騎士として情けなさすぎて、髪を結び直しながらため息を吐いてしまう。


「悪いことをしたら、ごめんなさいだろ」

「な、なぜ私が!」

「――――――あ゛?」


 わざわざ子供でも分かる言葉で教えてやったってのに、馬鹿かこいつ。こっちは殺されかけたのを無かったことにしてやるって言ってんだ。

 対処できたから良かったでは済まされない。張本人はもちろん、全員が除名されて当然なことをやらかしたということが、なぜ分からないのか。


「じゃあ今から、ありのままを報告しに行って良いんだな?」

「馬鹿じゃないの?! 団長が真に受けるはずがないじゃない!」


 ところが、この期に及んでまだ人を食うような発言をするのだから、おもわず乾いた笑いを零してしまった。

 あー……、この女、殴って良いかな。

 後二日の壁が厚すぎる。それを伝えられないこっちの事情なんてお構いなしだ。

 しかも、隣の女がせっかく意味を理解してくれた様子なのに、邪魔になってるし。


「それを決めるのは私らじゃない、アシル様だ」


 冷たく言い放てば、往生際が悪いのを押し退け泣いていた方が叫んだ。

 やっぱり顔が残念なことになっている。あれだ、洗ってない絵画パレットそっくり。


「ご、ごめんなさい!」

「よくできました。さすが貴族、保身にかけては馬鹿も一部は天才になる」


 ちなみに気絶中の方々は、それが口だけの謝罪よりよっぽど気分をすっきりさせてくれるので対象外にしている。

 ほら、後は二人だけだ。そっちも、今の姿を目撃されたくないだろ? そろそろ誰かが来てもおかしくないんだから、早くしろって。


「す………………」

「聞こえない」

「すまなかった!」

「よし。で、あんたは?」


 無言で圧力を掛けると、気障な男もやっと白旗を振り、残ったのは爪の長い女ただ一人。

 しかし結局、歪んだその唇から謝罪を引き出すことはできなかった。


「何をしている!」

「うわ、最悪」


 なぜなら、この場に最も現れて欲しくない男が、怒鳴り声と共に登場したから。冷え冷えとした睨みを、私にだけ向けてくる。

 これはダメだ。説明したところでこいつには、私の正当性を認めるスペースがまったく無い。

 しかしそれよりも、思わぬ人物の乱入により気を持ち直した女の方が気に食わなかった。


「レヴィ様! 聞いてくださ――――」

「何も」

「なんだと?」

「ですから、特に何もありませんと申し上げております」


 案の定、期待のこもった目をエドガー様へと向けながら口を開いたので、それを押し退け真正面から一言告げると、弓なりの形のいい眉がピクリと動いた。


「どこにそう言える要素がある!」


 そして、表面的には至極真っ当な追及をしながら、エドガー様にとっての犯人である私の腕を掴み上げてくれる。

 まあ、犯人は犯人か。そこは否定のしようもない。

 だから、視線だけで抜き身のまま転がっている剣を示してやった。

 さすがにこれは察してくれるだろう。してくれないと困る。

 加えて、こいつだけに聞こえるようひっそりと囁いた。


「ご安心を。先日はしっかりと本気を出していましたから」

「貴様っ!」

「そうでなくとも外聞が悪いでしょう。六人がかりでまったく歯がたたなかったなど」


 そうだなあ……。伸びている男たちは、訓練中に熱が入りすぎて、少し怪我をしてしまっただけ。女二人と私は偶然そこに出くわし、協力して介抱しようとしていたところでエドガー様が現れた。

 こんなもんで十分だろう。鼻血を出した奴は見た目はあれだが、ダメージそのものは大したことないんだし。


「アシル様に報告するというのなら、私も嘘を吐くわけにはいきません。エドガー様は部外者です。ならば、彼らと私、どちらをあの方は信用されるか」

「自分だと言いたいのか」

「とんでもない。お見合い気分で所属している部下と、わざわざ頭を下げてまで協力を要請し他団から借り受けた者、その差を述べているまで」


 私が信用されている云々の話ではない。たとえ使えない人間だったとしても、それは変わらない。

 黒騎士団団長が容認し、私が了承しているからこそ越権行為にはならないだけで、アシル様とて本来ならば命令できる立場ではないのだ。あの方にはそういった点で、私に対し責任がある。

 だから引け。そう訴えれば、腕が解放された。


「今すぐ部屋に戻り、許可するまで一歩も出るな。いいか、一歩もだ」

「了解しました。では、ここはお願い致します」


 それでも事実上の謹慎ですか…………。

 もっと早く騒動を起こせばよかった! そうしたら、当日まで平和に引きこもれた気がする。

 ともかく話は付いたので、これで一安心。後は丸投げして、さっさと退散しよう。


「あの、レヴィ様!」

「誰が話しかけて良いと言った。この恥さらしが」


 背後では、勘違いしたままな女が無駄な足掻きをしようとするも、エドガー様に一刀両断されていた。

 こっわ……。抑揚すらない声だった。なるほど、これが本来の銀雪の騎士様らしい。


「では、お仲間を医務室へ連れて行くの、頑張ってください。お手伝いできないのは心苦しいですが、生憎エドガー様から大至急立ち去るよう命じられてしまいましたので」


 そして私は、これからあの冷気にとことん晒されるだろう相手へ別れの言葉を送り、その場を後にした。

 これで明日にかけてゆっくりと、最後の追い込みをかけられる。そこだけは、あの八人へ礼を言っても良いのかもしれない。




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