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悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【白騎士】編
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静かに燃える黒の魂



 扉がノックされたのは、入浴を済ませジョゼット様から出された宿題をこなしている時だった。


「どうぞ、開いてます」

「お邪魔しまーす」


 手に持った紙の束を置き返事をすると、やって来たのはラフな格好をしたジャン様とエドガー様で、二人は私を目にすると一気にたじろがれた。

 ジャン様の持っていた荷物が、鈍い音をたてながら床へと落ちる。


「あー……、すいません。つい、いつもと同じ格好でいてしまいました」


 その理由にはすぐ思い当たった。

 今の私は、大きめのシャツ一枚だけの格好で、はてしなく客人を迎えるのに適さない。

 まずい、怒鳴られる。慌てて椅子にかけていたブランケットを腰に巻き、スカートの代わりにする。これで良し。

 すると、そんな私へ二つの重いため息が吐き出された。どちらも大袈裟に頭を抱えており、呆れどころか疲れているように感じるが、ここは弁解もかねて自己申告しておくに限るだろう。


「緊急招集の際にすぐ準備ができるよう、基本全員が下着のみで寝てるので」

「そういう反応が欲しいわけじゃないんだけどねぇ。言っとくけど、ここで俺らに襲われても文句言えないよ?」

「お前と一緒にするな!」

「だってそうでしょー。扉開けた途端、俺には私を食べてって幻聴が聞こえたんだけど」

「ぜひとも医者に診てもらってください」

「ちなみにそれはどういう意味でかなぁ」

「色々な意味で、でしょうか」


 かといって、ずるずると続けるつもりもないので、さっさと荷物を受け取りに動いた。

 普段ならば、いくらこの二人でも女子寮に入ることは出来ない。

 しかし、さすがに私の荷物を何も知らない者に預けるわけにはいかなかったのだろう。

 よかった。でないと、ちょっとした仕返しが出来ないところだった。

 しっかりと扉を閉め鍵までかければ、またしても警戒心が足りないような反応をされてしまったが、だからまず、そういった考えが浮かぶところに認識の差があるんだと言いたい。どうせ引く手数多なのだから、あんたらなら自制できるだろ。そもそも私が、その対象になることに驚愕だ。


「そんなことでは、中身の確認など出来ませんよ」


 そしてなにより、今でこんな調子ならば、目的なんてまともにはたせやしないだろう。それならそれで期待以上に良い反応をしてくれそうなので、私にとっては好ましい状況だけど。

 気を取り直すどころか、わざわざ自分たちが荷物を届けた理由を察している私に、二人は眉を寄せていた。


「どういう意味だ」

「直接確かめてもらえれば分かります。その為に、わざわざエドガー様までご足労頂いたのでしょうし」


 ジャン様に持ってきて頂いたのは、三日分の着替えを詰めれば一杯になる大きさの硬い箱型の鞄だ。持ち手を挟んで左右に鍵がついているため、簡単に中を調べることはできない。

 そうでなくとも、彼らは気を使って勝手に見ることはなかったと思う。

 なにせ女の私物ですから。一時であれ仲間だと欠片も思ってないくせして、こういうところで紳士面してるから出し抜かれるんだと言ってやれたら、どれだけすっきりできるだろう。

 隠すことなく左右で違う三桁の数字を合わせ、鍵を解除する。

 そして、二人がしっかり見れるように鞄を開ければ、みるみる内に彼らの瞳が大きくなった。


「っ――――?!」

「おー、なにこれ超眼福」


 エドガー様など首まで真っ赤だ。ジャン様はそれほど動揺はしていないが、顔がだらしなく緩んでいる。

 さすがに腹を抱えて笑うのはまずいので、開いた鞄の影で笑いを噛み殺す。その波が静まってから、私も覗き込む形で中身を確認した。


「一通り揃っているようですね。ありがとうございます、助かりました」

「っと、悪いけど全部出してもらっても? ちなみに父さんの命令なだけで、下心なんてないからねー」

「あっても別に良いですよ。それではベッドの上で構いませんか?」


 だというのに、エドガー様のせいで再び笑いがこみあげる。ジャン様の発言は至極真っ当なものだというのに、なぜ声も出さずに固まっているのか。

 そして、鞄を持って移動し中身をベッドの上に広げる頃には、背中を向けて扉を凝視していた。一刻も早く帰りたいとの心情を如実に表した態度だった。


「でもさー、これがレオの遠征道具?」


 ほんと楽しい。期待以上だ。

 たしか二人は私よりニ歳年上なはずだが、どう考えてもモテている男が揃いも揃って良い様だった。余裕ってものがなさすぎる。

 それでも慣れてきたらしいジャン様の目の前に、とっておきの一枚を広げて見せてやりながら頷いた。


「普通は化粧がそうですけど、私の場合はこれが女の鎧なんです。だから、気合を入れる時には欠かせないんですよ」


 必死に表情を締めようとして失敗している様子が、レース越しに確認できて満足した。

 なにをかくそう、先ほどから並べているのは、派手な色と際どいデザインをした下着たちだ。他にもシャツが二枚と胸に巻くための使い古しの布、酒も大きいサイズの物が一瓶入っているが、おそらく二人には無いものとして扱われているだろう。

 まあ、こうして意識を偏らせるのが目的で揃えているんだけど。それにしても、こうもあっさりひっかかるとは、白騎士の名が泣くぞ。


「うん、レオに恥じらいが無いのは十分伝わったから、下ろしてくれたら助かるかな」


 とはいえ、堂々と広げるのはやりすぎたらしい。さすがのジャン様もそんな女にはお目にかかったことがないらしく、実に気まずそうに手首を掴んで少し乱暴に押してきた。

 自分でも十分だと思うので、空になった鞄を示して改めてベッドの上を眺めてみる。

 全部で一か月分の給料に匹敵する高級品の効果はやっぱり絶大だ。妥協しなくて良かったとつくづく思う。

 この子たちの資金は、身の程知らずにも下着を盗んだ馬鹿どもの財布から出ているので、遠慮なく選ぶことができた。


「ちなみにだけど、この用意を部下に任せたんだよねぇ……」

「はい。いつものことですよ」

「…………信じられん」


 なんだ、エドガー様も一応は現実に居たのか。断固として背中を向けたまま、慎みがないだとか、部下も部下でなぜ大人しく従うのだとか呟いている。

 確かに女としてはないだろう。しかし、こういったところでも堂々としていないと、逆に意識されて面倒なことになると学んでおり、とっくに慣れてしまった。

 そもそもこれは、カモフラージュを目的に集めたものばかりで、ほとんどが新品だ。用意を頼んだ部下はそれを知っているから、気にするだけ無駄だったりする。


「ま、確認は取れたから、そろそろ退散しようかな」

「お手数をおかけしました」

「それとも、俺は残った方が良い?」


 チラリ、と意味ありげな視線が投げられ、ジャン様の長い指が胸元へと伸びてきた。

 初日の機会があったらという言葉をちらつかせているのだろう。

 しかし、私へと固定された茶色の瞳を見返しながらも、背後から忍び寄る腕がしっかりと視界には映っていたわけで。


「うわっ!」

「報告があるだろうが!」


 エドガー様の容赦ない扱いにより、そのお誘いはあっさりと却下された。もちろん、そうでなくともお断りしたけども。

 でもこれって、一応は助けられたことになるのだろうか。普通なら、拒否権などあってないようなものだし。

 まあ、いいか。どうであれ、大きなお世話でしかない。

 

「ざんねーん。じゃあね、レオ。おやすみー」

「はい、おやすみなさい」


 一応ご立腹な方にも声を掛けるも、返事は派手に閉められた扉の音だけだった。

 そして、二人の足音が遠ざかり、窓からその姿が確認できてから、ベッドの上へ派手に突っ伏す。我慢する必要がなくなったので、遠慮なく笑い転げた。


「くっく――! これはもう、平和な証拠だって思うしかないな」


 いくら身内だからって、徹底できないなら最初から何もするなよ。いや、身内だからこそ遠慮が仇となる。

 そうしてひとしきり笑ってから、とりあえず酒瓶だけ安定した場所へ移動させ、空のまま鞄を閉じてひっくり返した。

 中身が無い状態で持ち上げれば、彼らも少しは疑いを抱いただろうか。未だに酒の中瓶一本分ほどの重さがあることを。


「微妙なところだな。それを見越して、鞄自体を重くしてあるし」


 独り言を呟き、逆さまな状態のまま鼻歌混じりにさきほどとは別の数字を合わせていく。

 すると、カチリと小さな音がして、鍵が外れた事を教えてくれた。

 しかし、本来の部分が開くことは無く、とめ金はいくら力を加えようとも動かない。その代わり、薄っすらとだが今まで無かった溝が現れており、隙間に爪を入れてやれば秘密のスペースがお見目した。


「どこの団にも隠語ぐらいあるだろ、普通」


 三百ページほどの本がぎりぎり収納できる深さのそこには、全面に緩衝材が敷き詰められていて、秘密裏の書類やちょっとした物品を運ぶのに適している。そして今は、本当の遠征道具もとい必要な道具が様々並んでいた。色で指定したお気に入りの二つもばっちりだ。


「昼間にこれがあればなあ……。いや、あっても使えないけど」


 確認を終えて元に戻しながらも考えてしまうのは、エドガー様の美しい剣さばきのこと。あれはもはや舞と言っても差し支えがない。

 たぶん、どれだけ努力しようとも、あの人に試合で勝てる日は一生来ないだろう。


「今回の任務が終わったら、もう一度正統派を学び直すか。無駄がないだけで、あれほど隙って無くなるもんだったんだな」


 だからこそ残念だとも思った。

 あれは、一度乱してしまえればひどく脆い。純粋な腕では足元にも及べないし、愛剣だけでは傷を負わせるのが精一杯だが、敵として対峙すれば――討ててしまう。本人が能力についていけてないのだから。

 そうすると、序盤から強い強いと褒めそやされるのも考えものなのかもしれないな。私のように年中弱いと言われ続けるのは、もちろん論外だが。


「とりあえず、これで大体の準備は整ったから、後はおばばに任せて当日まで大人しくしておくか」


 おもいっきり伸びをすれば、袖が落ちたことにより腕にできた痣が目に入った。

 そういえば、おもいっきり雑魚呼ばわりされたんだった。

 腰に巻いたままだったブランケットを外し、そこら辺に放り投げて酒瓶を掴んだ時の自分は、たぶん笑えていなかっただろう。

 

「さすがにお坊ちゃん相手にそう言われて、笑って許せるほど育ちは良くないんだよ。それに……」


 強めのそれを一口飲み、左手に持っていた小さなカードをひらひらと振る。


「おねだりされたわけだし」


 そうでなくとも、お土産には白騎士を出し抜いてやった話を持って帰るつもりだったけど。

 あいにくと、我慢はできても怒りが勝手に消えるような穏やかな性格をしていないんでね。いつまでも燻って、少しの薪で再び燃え盛れる。

 なにより――


「どこで何して遊んでいるのかは知りませんが、帰ってきたら三日は寝れませんよ、か…………」


 なんで仕事がたまってんだよ。団長がただ忘れているだけな気もするが、フォローはどうした、フォローは! 

 それともあれか、どうせ大したことは無いとでも思っているとか?

 ……全然あり得る。だから貴族は嫌いなんだ。人が必死に耐えているのを、まるで当たり前だと思っているから。

 こっちは心の中でさえ、わざわざ敬称を付けて呼んでいなければ、いつだってボロが出てしまいそうで気が気じゃないってのに。張り詰めすぎて頭がおかしくなりそうだ。

 こうなったら、とことんやってやるしかない。


「その甘えた根性、跡形も無く叩き潰してやっからな」


 貴族だとか、年上だとか、先輩だとか関係無い。

 黒騎士流の喧嘩、見せてやるから楽しみにしてろ。





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