ヒーロー
…人生っていうのはつまらないな
高校1年にしてそんなことを考えるのは早すぎる気もするがそう思わずには要られない
別に突出した才能があるわけでもなければ努力家と言うわけでもない、ごく普通のサラリーマン家庭に生まれた一人息子
高校受験は夏の時点で既に安全校のレベルの高校へそれほど必死にならずに入学、そうして過ごして既に6ヶ月…
毎日朝起きて顔を洗い飯を食べ家を出る
通勤のサラリーマンでごった返す駅のホームや電車を数十分揺られて学校へ
もはや睡眠の時間と化す化学の授業やスポーツ系の部活動に所属する者の独壇場の体育などを消化し放課後を迎える
とくに部活動にのめり込むでもなく部室で先輩の相手をしたり部員と話して時間になったら帰る
もはや作業のようだ…
ヒーローに憧れてる時期もあった…いつか自分には守りたいと思える女性が出来、それを守るために懸命に戦う事だって夢見たさ…だが現実はそんなことなど起こるはずもなく、日々は過ぎて行く
「卓也、考え事か?」
「ん?ああ、問題ない。帰ろうか」
「そうだな。でさ、この前話したーー」
繰り返される日々の中、俺達はきっとこう学ぶ…ヒーローなんてのはごくわずかな選らばれた者の特権で、ほとんどの人間はなあなあと日々を過ごす…憧れていたヒーローになることは出来ないと悟り、自分もまたその他大勢の一人だと理解する
『まもなく、三番線に電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。まもなくーーー』
なりたかったヒーローなんかになれないと、そう諦める事が大人になることだと、そう学ばされるのが高校だろう
「ちょっ!美那!!?美那!」
俺達のような高校1年は、何となくそのような事を理解し始め、少し反発しながらもその考えに埋もれていく最中なのだ、と…
「おい!誰かがホームへ落ちたぞ!」
「緊急停止ボタンだ!」
「無理だ!間に合わない!」
ただ俺は、まだ信じてる…いや、信じていたいんだ
自分もまだ、ヒーローになれるんだって
「おい、卓也!何を!!?」
プオオオオオン!!!
キキィィィィィィィィィィ!!!!!
「ここは………病院?」
「卓也?卓也!目が覚めたのね」
「あ、ああ………俺はなんでこんなところに…」
「覚えてないの?…そういえば頭も少し打っていたんだっけ?あなた、駅の線路に落ちた女の子を助けるために自分も飛び降りたって聞いたわよ?」
「…ああ、そうか…思い出した」
「そう…まったく、無茶するわねこの子は!」スパン!
「痛いよ母さん、叩く必要ないだろ…」
「まったく、今先生呼んでくるから、少し待ってるんだよ」
そう言って出ていく母さんを見送ったあと、尿意をもよおしてトイレへ行こうとベッドから立つ
「へ…は!?」バタァァン
大きな音をたてながら右に倒れる
「……ははは、ははっ、おいおい…」
思わず乾いた笑いが漏れてしまう
「なんで、なんで…」
なんで俺の右足は膝から下が無いんだ?
「経過は上々、念のため1週間は入院してもらいますが、問題はないでしょう。むしろこれからの生活の方が大変でしょう…車椅子か、義足になるでしょうな…どちらか希望はあるかい?」
「………義足なら、歩けるようになるんですか?」
「時間はかかるし、リハビリや管理などが大変だが、普通に歩けるようにはなるさ」
「……少し、考えさせてください」
「分かった。ではお母さん、何かあったら呼んでください」
「はい、ありがとうございました」
どうやら俺はあのときホームから落ちた女の子を助けるために自ら迫る電車の前に飛び込みホーム下の退避スペースへ飛び込んだらしい。だがギリギリ俺の右足だけが電車に跳ねられ、引っ張られるようにして俺も女の子も全身に打撲やらが残ったが大きな怪我はない…俺の右足を除いて
もはやちぎれて繋ぐことなどできないレベルだったらしい。俺は直ぐに意識を失ったが女の子は意識を保ち、ずっと俺の側にいたとか…
今は退院して学校にも通えてるらしい
「卓也、これはあなたの一生に関わるから、しっかり考えて、あなたが決めなさい。私は一旦帰って色々持ってまたくるからね」
「分かったよ」
母さんが出たあと右膝に触る
…少し前まで、俺の記憶なら本の少し、ほんの数十分前にはついていて自由に動いた足…
だが触っている場所を足元の方へ動かせば、膝を越えたらストンと落ちる
「……はぁ」
あの時俺は……………
ベッドの脇にある車椅子、ではなく松葉杖をついて屋上へ向かう
屋上への戸を開けると、雲ひとつない秋晴れの空が出迎え、このところ涼しくなってきた風が頬を撫でる
フェンスの近くへより、辺りを見れば少しばかり陰鬱になっていた心が晴れる
「はぁあ…これからは車椅子か義足かぁ…」
改めて口にしてみると思った以上に来るものがある
「ヒーロー………か」
あの時確かに俺は、ヒーローのような気分だった…俺が助ける、そんなことを考えて少し心が沸いていた…
置いてあるベンチに座り膝に手を置く
「ははっ、何がヒーロー………」
そうだよ、俺はそういうやつじゃない、ただのその他大勢の中のやつだって……
「ヒーローになんてなれないって、気が付いていたのになぁ…」
「そんなことありません!」
自嘲気味に声を出すと、後ろから怒鳴られる
「…君は………」
「あなたに、助けていただいた者です」
「そうか…怪我は?」
「たいした怪我はありません、あなたのお陰です。本当に、ありがとうございました」
「やめてくれ、俺はそんなんじゃない。自分だってヒーローになれる、そんな事で動いただけの馬鹿な高校生……結局それも…」
「だから!そんなことありません!」
「…?」
「あの時、あの瞬間……目に見えて迫る電車、周りの人の動き、全てがスローモーションのように動いていて………私は本気で、死を覚悟しました」
「………」
「そんなとき、こんなとこで死ぬんだって諦めたとき、視界に飛び込んできて、もう大丈夫だ、そう言いたげな笑みを浮かべて、ワタシを死の縁から救いだしてくれたあなたは、例えどんなきっかけであったとしても………」
黙って、次の言葉を待つ…
「あなたは私の、『ヒーロー』です……!!」
その瞬間、心につっかかっていた物がながされたような感覚だった…
俺は、ヒーローってのは完璧で、俺みたいに中途半端じゃなく、颯爽とヒロインを救うものだと、そうじゃなきゃいけないと思い込んでいた…
その理想と現実の間にあるギャップ、それによる自責や後悔、そういったものは嘘みたいに消え去った
「は、はは…」
俺が勝手にごちゃごちゃ考えて、勝手に落ち込んでただけなのかな…
「俺は…さ、多分ヒーローって呼ばれるやつらとは違って、ただのその他大勢なんだと思う」
それでも、今回この子を助けたということは事実…ならその事実に、胸を張ってもいいのかな?
「でもさ、俺は君の、ヒーローになれてるのかな?」
「はい!」
その時その女の子が見せてくれた笑みは、俺には天使の、女神の微笑みに見えた…
俺はやっぱり、その他大勢の一人なんだと思う。本物のヒーローにはなれないんだと思う…でもそれでもいいと思えた…
だってそうだろう?
もう既に俺は、一人の女の子の『ヒーロー』なんだから