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第6章:俺と謎の依頼

 さて、何から説明したらいいものか悩んでいる。

 つい先程まで持て囃され、人より上の地位に立ってしまったことを実感していたはずなのだが、今の俺は固い床の上で正座をさせられている。

 目の前には憤怒の表情で仁王立ちしている俺の愛娘ことドラコ、ルー以外の連中は隣の部屋に避難というか逃げやがった。ルーは。俺の背中にべちゃっとくっ付いている。


「冒険者を辞めて家に帰ってくると手紙をくれたのはいつでしたっけ?」


 言葉の一つ一つに棘がある。怒っているどころではない。こめかみが痙攣しているのか、目尻がずっとぴくぴくと動いている。


「いつ帰ってくるのだろうと待ち続ける人のことを考えたことはありますか?」

「何かあったのかと思って、遠くから様子を見に来てみれば勇者になった? 家に帰るということさえできない人が勇者? 面白すぎて頭から火炎魔法が出ちゃいますよ」


 変に丁寧語なのが恐怖を助長する。この怒ると丁寧になる喋り方は母親と同じだ。完璧に血を受け継いでいるな。長い黒髪に白い肌、顔つきは俺が出会ったころの妻よりも幾分若いがよく似ている。というかそっくりだ。


「そうなったのならなったと連絡をくれればいいものを、まるっきりの音沙汰なし。何様ですか? お父様とでも言って欲しいのですか?」

「――いや、えっと色々あって」

「まだ、私の話は終わってません! 黙っていてください!」

「はい」


 怖いっ……、本当に俺の娘なのか。人間の姿になれるモンスターなんじゃないのか。こんな威嚇されたら低レベルモンスターなんか心臓麻痺で死ぬぞ。


「自分から帰ると言ったのに、帰ってこない。辞めると言ったものも辞めてない。嘘つきですね。そして、その背中の子供はなんですか!」


 俺の背中で寝息を立てているルーを指さす。こんな憤怒の化身を前に、よく寝れるな。


「隠し子ですか? お母さんという人がいながら他の雌に手を出すなんて……、私がお母さんだったら四肢をもいで狼の餌にして差し上げるところですよ」

「隠し子じゃないぞ違う。これ、モンスターだ」

「この期に及んで、さらに嘘を重ねるのですね。最低です! こんな幼い子に角を無理やり付けさせてモンスター扱いするような人が肉親だなんて吐き気がしてきます」

「いや、本当にそうなんだって」

「この事は、お婆ちゃんに報告させて貰います」


 お婆ちゃん? お義母さんか。あの人にこんな誤情報を流されるのはまずい。ただでさえ仲が悪いのにこれ以上悪化してしまったら関係の修復が不可能になってしまう。なんとか誤解を解かねば。


「いいか、落ち着いて聞けよ。こいつはな、可愛らしく見えるが機龍といってな。それはもうすごいモンスターなんだよ。勇者バリトンもかなわなかったくらいなんだぞ」


 おかしいぞ。間違っていない話をしているのにドラコの表情がどんどん険しくなっている。目が血走っている。


「一応は、肉親ということで甘く見ていた部分がありました。帰る帰らないの話は、まぁいいでしょう。勇者になったことも、褒めるべきことでしょう。ですが……、隠し子の事は許せません!」

「父の話を聞けー」

「聞きません! 実の娘を5年も放っておいて何が父親ですか。親失格ですよ! もう、お父さんとも呼びません! 村にも帰ってこなくていいですからね!」


 そう言い放つと広間の机の上にあったものを掴んで走って出ていってしまった。

 こんな夜中に若い娘一人で街を歩かせるわけにはいかない。後を追おうとしたが、足が痺れて立つことができなかった。

 情けない。


「お話は終わりましたかー」


 横の部屋からビチャビチャが顔だけ出して訪ねてきた。こういう時こそ助けろよ、俺のモンスターたちよ。


「ドラコが出て行ってしまった。セントラルは治安がいい方とは言え、変な道に入ってしまう前に探してきてくれ」

「わかりましたー」


 ビチャビチャ、ゲフネル、シャーウッドがドラコを探して外へ出た。


「ドラコに嫌われちゃったよ、フタコぉー。どうしたらいいんだろう」


 今は亡き妻に助けを求めるが当然返事はない。後少し後少しと引退を先延ばしにしてきた報いだろうな。色々あったとはいえ、連絡を怠ったのは俺の責任だ。それも、こちらから帰ると期待させて裏切ってしまった。

 親らしいことはフタコに任せて、俺がやったのは帰った時に遊んでやったことくらいか。自分に親がいないせいで、どういうことをすればいいのか分からないっていうのもある。

 あー、お義母さんはドラコよりも怒ってそうだな。さっきまであんなにあった田舎への帰りたい気持ちが消え失せてきた。

 なんとか、ドラコを連れ戻して誤解を解くのが一番だな。


 色々と考えている時に、寝ぼけたルーが変な動きをし始めた。背中から肩にもたれて、頭から前に落ちた。咄嗟に右手を出したがバランスが悪くルーの体がずり落ちるが、上手くルーの手が俺のズボンに引っかかって止まる。いくら軽いとはいえ全体重がベルトにかかったため千切れた。下着ごとズボンが落下する。床に落ちたがルーは無事に仰向けで寝ている。よく起きないものだな。

 と、いったところで家の玄関の方からも音がした。ビチャビチャたちが帰ってきたようだ。

 このタイミングは駄目だろ。幼い子の前に下半身丸出しのおっさんの図なんて危険な想像にしか繋がらない。


「マスター、ドラコちゃんいましたよー」


 こちらの状況など知らない連中は躊躇せず広間に入ってくる。

 急いでズボンと下着を身に付けようとするがルーの片足が股の間に入っており、上手く上げられない。ルーの足を持ってどかそうとしていたら……。

 ビチャビチャのでかい図体の後ろから俯いたままのドラコが出てきた。


「お父さん。ゴーレムさんに本当の事を聞いたよ。早とちりして怒ってごめんなさい。久しぶりに会えてうれしっ――」


 俺の目に映ったのは、少し前までの顔を真っ赤にした激怒の表情ではなく、人間とはこんなに冷たい目つきになれるのだろうかという表情を浮かべた娘の姿だった。

 5年振りに会った父親が、下半身丸出しで寝ている幼女の片足を持ち上げている姿を見たらどのような表情をするだろうか。答えは、目の前のこれだ。


「さようなら、知らないおじさん」


 娘の姿が消える。転位石を使ったかように一瞬でその場からいなくなった。


「マスター、頼まれて買っておいた転位石がありませんよ。机の上に置いといたのですけど」


 あああああ、嫌われた。もう駄目だ。誤解なんだけど、誤解じゃないようにしか見えない。死ぬか、もう俺は死ぬか。

 急いで追うべきか、行先はハジコ村だろう。だが、今から転位石を買って追いかけている間に、お義母さんの臨戦態勢は整っているだろう。このまま行っても殺されるだけだ。

 でも、ドラコの誤解を解かないとどんどん嫌われていく。すべてがうまくいく名案はないのか。何か、何かは……。

 普段あまりにも頭を使わないせいか、簡単に限界へ達した脳が勝手に停止し、その場で倒れてしまった。


「マスター、お手紙が届いていましたよー。ギルドからとガフさんからです。ギルドの方は緊急と記載されていますけどー。どうしますかー」

「主は、考えすぎて卒倒されてしまったぞ」

「そうですかー。勇者アインがギルドの緊急依頼を受けないわけにも行かないですよねー。寝たまま連れていきましょう」

「(ズルズルとアインを引きずっていくシャーウッド)」

「あ、シーちゃん。流石にズボンを着せてからにしましょうね。丸出し勇者という評判になっては困りますよー」

「では、ギルドへしゅっぱーつ」






 寒い……、家の中なのに寒い。毛布を被り直して寝なおそうとするが、ベッドが揺れているのか寝にくい。まるで馬車の中にいるようだ。

 明らかにおかしいので体を起してみる。上に見えるのは天井ではなく、ほろだ。どうして、馬車に乗せられているんだ。中に置いてある荷物を見るに俺が所有する物に間違いない。

 外に顔を出してみると牽引している馬にシャーウッドが乗っていた。


「おい、これはどういうことだ」


 少しだけシャーウッドが振り向き、俺が起きた事を確認する。前を向いたまま、右を指さした。そちらを見ると、ビチャビチャとゲフネルが何かを話しながら歩いていた。

 馬車から出てきた俺に気付いたのか、ビチャビチャが寄ってくる。


「マスターお目覚めですかー」

「これはどういうことだ。説明しろ」

「ギルドからマスターに緊急依頼がありましたので、内容を確認しに出向いたところ、とある場所に急いで向かえということでしたのでそこへ移動中なのです」

「依頼って……、依頼書は?」


 ゲフネルが懐から出した紙を渡してきた。どれどれ……、これは!

 ギルドからきたと言っていたが、依頼人が政府の偉い人とセントラル王になっている。政府にしても王にしても命令で済ませればいいはずなのに、わざわざギルドを通すとは、何か理由があるのか。

 というか、明らかにやばそうな気配がする。自分で見ていたら絶対に受けないような案件だ。

 依頼人だけでも危険が伴いそうなことを感じ取れるのに、その依頼内容がケイオスマウンテンにいる人物を訪ねてくれ、というあまりにも簡単なもので疑う気持ちが大きくなるのを止められない。


「おいおい、これ明らかにやばいだろ。なんかあるよ、これ。大体、こんな所に誰か住んでるのかよ」


 すでにここはケイオスマウンテンの中腹、溶岩による灼熱地帯と豪雪による極寒地帯が同時存在する異常な場所クトゥイタだ。

 あまりにも過酷な環境のせいで高位のモンスターか異常な環境を好む特異モンスターしかいない場所だ。さらに環境が悪化する山頂付近には、最強の竜ケイオスドラゴンくらいしかいないのである。

 しかし、依頼書が示す場所がその山頂のため、うちの連中は真面目に進んでいたようだ。


「こんな危険な依頼は今からでも辞退するべきだ。ビチャビチャ、お前のことだから転位石はちゃんと持ってきているんだろ」

「流石はマスター、私の事をすごく解っていらっしゃる。でも、お渡しできませんよ」

「さっさと渡せ、強制するぞ」

「駄目です。この依頼をこなして、名誉挽回のチャンスを得なくてなりません」


 名誉挽回って、――あっ。

 そうだった。俺はドラコに親子の縁を……。


「この依頼の報酬を見て下さい」


 言われて依頼書の報酬金額欄を見る。えっと、0が一つ二つ三つ四つ、あれ……あれ。なんだ、この金額は。


「20億ゴルって……、村一つ買える金額じゃないか。嘘だろ」

「どうやら本当みたいですよ。依頼を受けた時点での支度金ということで100万ゴルいただきましたのでー」

「ひゃ……100万!?」

「依頼を完遂してハジコ村を買って領主になっちゃいましょうよー。ドラコちゃんに贅沢な暮しをさせてあげられますよー。それからゆっくりと誤解を解いていけばいいじゃないですかー」


 ぐっ、確かにこれだけの金があれば何不自由ない生活をさせてあげることができる。俺の判断を揺らがせるポイントを的確に突いてきやがる。

 ただ誰かと会うだけで20億、山は危険だけど何かあったら転位石で……。20億……20億……。つい先日、無欲な俺格好いいを披露したのに、金額がでかい。俺の豆腐の硬さの意志が崩れてしまいそうだ。


「馬車の中にいるから。到着したら起こしてくれ」


 さようなら俺の意志。君は頑張った。待ってろドラコ。ハジコ村を買い占めるような金持ちになって帰るからな。

 馬車の荷台に乗り込む。さっきは気付かなかったがルーが隅っこで寝ていた。毛布も何もかけていないのに全然苦しそうではない。こういう部分は、モンスターなんだな。

 とりあえず極寒の道が終わるまで毛布を被って耐えるしかない。


 震えながら過ごすこと数時間、馬車が停止した。


「マスター、起きてますかー。依頼書に書かれていた場所に着きましたよ。まだ相手は来ていないようです」


 外に出てみると、そこは山頂に近い少し広めに平坦な場所が存在する場所だった。斜面をこそぎ取って作られたようで、ここだけ溶岩も雪もない。岩肌が見えている。

 もしかして、ここって。俺が今いる場所、実は心当たりがあったりする。昔、図書館で読んだモンスター図鑑に載っていたんだ。ケイオスドラゴンは、山頂近くに巣を持っていると。そこに描かれていた特徴が今いる場所と合致し過ぎで怖い。


 突然、耳を劈く咆哮が聞こえた。山頂のさらに上、山の上空を1匹の黒いドラゴンが飛んでいた。まだこちらに気付いていないのかずっと旋回している。


「ケイオスドラゴンだ。やはり、ここはあいつの巣なんだ。逃げるぞ! 燃やされて灰にされちまう」


 ビチャビチャもゲフネルもシャーウッドも動こうとしない。こいつらは死にたいのか。

 魔王と同様に戦えば勝てるのかもしれないが、ケイオスドラゴンを倒すと、呪いをかけられて世界中のドラゴンから狙われることになるという噂まである。

 流石に嘘っぽいが、もし事実だとすれば日常生活でドラゴンに狙われ続けることからくるストレスで禿げてしまう。


「そういうわけにはいきませんよー。だって、私たちが訪ねる人物ってケイオスドラゴンみたいですよ。先程から、よく来たなって歓迎してくれてますよ」


 もしかしてさっきの咆哮や旋回は歓迎の挨拶か何かなのか。恐怖で小便を漏らすかと思ったのに。

 というか、人じゃないだろどう見ても。依頼書には人物って書いてあったぞ。

 などと愚痴っていると巨大なドラゴンが目の前に降りてきた。怖っ、口の端から火が漏れっぱなしだぞ。


「すみませーん。マスターは龍言語ができませんので、人族の言語でお話くださーい」


 ビチャビチャの言葉を理解したのか、ケイオスドラゴンは頭部を上下させた。

 小さく唸りを上げたと思ったら、全身が光に包まれて小さくなっていく。やがて、俺と同じぐらいのサイズまで縮んだところで光が薄れていった。

 そこには黒い髪に褐色の肌をした青年が立っていた。


「遠路遥々、ご苦労であった。ワシがケイオスドラゴンのザルートだ。今回、政府を通してお前に依頼をした者の片割れだ」


 しっかりとした人の言葉で挨拶された。外見と違って喋り方が年寄りみたいだが、1000年近く生きているという噂だし、爺さんで当たり前か。

 ん? 片割れって言ったか、他にも誰かいるのか。


「えーっと、アインです。いつの間にか、この山まで連れて来られてよくわかっていません。殺さないでください、すみません」


 俺の返答に、ザルートさんは腹をかかえて笑い始めた。


「カッカッカッ、殺しなどせんよ。ちょっと頼みたい事と伝えたい事があってな。人の身でこの環境はきつかろう。場所を移そう」


 ザルートさんの口から人には発声が困難な言葉が発せられる。すると俺らを囲むように光が球体が発生した。一瞬、眩しいと感じて目を瞑る。

 瞼を持ち上げると、先ほどまでの場所ではなく、洞窟の中に設置された祭壇のような場所にいた。これは、転位魔法か。

 

「着いたぞ。ここはケイオスマウンテンの中だ。外と違って快適な場所となっておる。どうじゃ人間、暑くも寒くもなかろう」


 確かに気温は普通で吹雪いてもいないが、でかい洞窟に祭壇がぽつんとあるだけのここが快適と言えるのだろうか……。価値観が人族と違うのだろうから仕方ない。

 

「先程の場所とここかと聞かれれば、確実にこちらを選びますね」

「そうじゃろ、そうじゃろ。さて、本題に入る前に呼ばなければならん奴がおってな。少し待っておれ」


 そう言うと奥の祭壇に歩み寄って行った。祭壇の前で片膝を突く姿勢になって何かを唱えて始めた。

 すると祭壇の上に光が集まり円形の鏡のようなものが形成された。

 

「カレイン、聞こえておるか。カレインよい」


 声に反応してか、鏡に髭を生やした老人が現れた。


「そんなに大きな声を出さなくても聞こえておるよ。そやつが救いし者なのか」

「破滅の予言が当たっているならばな。石像と悪魔と妖精に異界の子を従えし人族の勇者ってーと、こいつしかいないらしいぜ。人の王がワシらを謀ったのならば分からんがの」

「確かにゴーレムにナイトデーモン、ハイドエルフィンを連れておる。異界の子とはどこに」

「あぁ、そちらからだと分からないか。馬車の中で寝ているようだぞ。こちらだと異質な匂いが漂ってきている」

「そうか、ならば一致すると思っていいだろう。すまない、人族の子よ。私はカレイン、人の世界では最古の竜アーリードラゴンと呼ばれる存在の長を務めている者だ」


 ああああ、アーリードラゴン!? 神の次位にいると言われる神話級モンスターじゃないか。

 ケイオスドラゴンにアーリードラゴンが俺を呼んだ理由ってなんなんだよ。破滅の予言とか不吉なことを言ってたのと関連するのか。

 魔王以上のトラブルなんか早々起きないって、言ったそばからこの状況……。俺の人生ここに来て一体どうなっちゃうんだ。


謎の仕事の依頼人は、最古のドラゴンと最強のドラゴンだった。

破滅の予言とは何なのか。彼らの言う、救いし者とは。

ビチャビチャが辿り着いてしまったものの正体が、ついに……。

そんなことどうでもいいと、娘との関係修復をしたいアインが吼える


次回予告

第7章:俺とはじまりの魔王

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