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第4章:俺と魔王

 さてどうやって逃げる。どうやってこの場を切り抜ける。考えるんだ、アイン。

 これまで培ってきた逃走力のすべてを出し切る時だ。


「マスター、お考え中のところすみませんが結構まずい状況ですよ」


 言われなくても分かってる。この洞窟から抜け出すにしても、外まで一本道だ。相手の方が速かったら追いつかれて終わり。

 転位石も持っていない。魔王の出現を感知して討伐隊が来るまで早くても半日はかかるだろう。

 魔王から半日逃げ続けるなんてまったくもって現実的ではない。


「あのー、マスター? 聞こえてますか。早く戦わないと魔王が外に出ちゃいますよ」


 聞こえてるよ。今、必死に何とか逃げる作戦を考えているんだから邪魔しないでくれよ。

 ガフさんは突然の出来事に驚いて、立ちすくんでしまっているようだし。

 一瞬、ガフさんがやられている間になんて考えてしまったが、昨日酒を飲み交わした相手を見捨てるのもな……。


「あー、もう。勝手にやっちゃいますよー」


 まず、ビチャビチャに魔法を連発してもらってる内にガフさんをゲフネルに連れていってもらって、俺はシャーウッドの隠行でこそこそ抜け出すか。

 これだとビチャビチャを置き去りにすることになってしますな。あいつ、転位魔法とか使えないのかな。

 あー、時間がないってのに上手いこと決まらない。全員が生き残るにはどうすればいいんだ。


「ゲフちゃん! マスターとルーちゃん、ガフさんへの攻撃を防いでください。 シーちゃん! 魔王の目を狙ってアローレインをお願いします。陣形はゼフィランサス。マスターたちを安全な場所に移動させたらガーベラに移行します」


 ゲフネルとシャーウッドが指示を聞いて動き出す。

 それと同時に魔王の無数の手も森の木々が風で揺れるように一斉に作動し始めた。

 手のひらの赤い目玉のような物から光の線のようなものが射出される。

 線が接触した地面や壁が焼け焦げているのが見えた。メルサ迷宮の人龍の部屋にあった箱が出していたのと同じようなものか。

 何かを狙った攻撃ではない。周囲に当たり散らすかのように手から光線を出し続けている。

 無差別攻撃をしていた魔王を大量の矢が襲った。

 シャーウッドの放ったアローレインが正確に手のひらの赤い目玉を貫いていた。

 

 何だ、今のは。アローレインは大雑把に矢の雨を降らせるだけのスキルのはずだ。あんなに正確に目標を貫くことはできない。

 自分のモンスターのスキルに呆気に取られている中、ルー、ガフさんともどもゲフネルに引っ張られて大岩の陰に移動した。


「三人の避難が終わりました。陣形をガーベラに移行します。ゲフちゃん、魔王の皮膚は非常に硬いと思われます。関節を狙ってください。近寄り過ぎは危険です。あの手に捕まったらお終いですからね」


 凄まじい速度で洞窟内を滑空し魔王に迫るゲフネル。目をやられていない手を向けて光線を放つが当たらない。縦横無尽に飛び回り回避し続ける。

 光線が途切れた時を見計らってゲフネルの剣が人間でいうと肘に当たる部分を狙い切断していく。

 何度か手に捕まりそうになることもあったが、ビチャビチャの魔法やシャーウッドの矢がそれを阻止した。

 次々と伸びる手を潰されて球体から伸びているものが少なくなってきた。


 魔王と戦えているのか。普通は勇者クラスを筆頭とした上級冒険者のパーティーが少なくとも3つはなくては魔王とは戦えないと言われている。

 呆気ないというか、噂に聞いていたものと違いすぎる。


「そろそろ本体への攻撃を開始します。各自準備はいいですかー」


 その言葉に呼応してゲフネルが剣を構え直し、シャーウッドが金色の鏃が付いた矢を取りだす。


「【ビカット・オーバードライブ】」


 ビチャビチャが雷撃の最高位魔法を使用した。虚空からいくつもの稲妻で出来た槍が現れて魔王の体を地面に縫い付ける。

 続いて、シャーウッドの放った矢が何倍にも膨れ上がり球体へ突き刺さる。

 ゲフネルが飛び込んで一呼吸の内に無数の斬撃を放つ。斬撃の嵐に巻き込まれた手が宙を舞い、球体に切り傷が出来ていく。

 その瞬間ビチャビチャの魔法効果が消失したのか、支えを失った魔王が地面に落ちた。


「や……、やったのか!?」


 落ちた球体から心臓の鼓動のように脈打つ音が聞こえた。新しい生命が中で誕生するように。 

 そうだった……、魔王にはこれがあるんだった。

 これまで現れた魔王は姿形は違えど共通する部分があったと記録されている。

 殻を破るように中から第2形態と呼ばれるものが現れるのだ。


 球体から聞こえる鼓動がどんどん早くなる。 鼓動に合わせて呼吸をすると苦しくなるほどだ。

 金属が割れるような音がした。球体に大きなヒビが入っている。先程のゲフネルの斬撃は殻を傷つけただけで、あそこまで大きな損傷を与えることはできていなかった。

 ヒビが大きくなり、球体が左右に割れた。中から緑色の液体のような物が流れだし、地面を濡らす。

 中にはビチャビチャよりも大きい人型の何かが入っていた。ゆっくりと起き上がり顔らしきものをこちらへ向けた。


「なっ、なんだあれは」


 俺は驚愕した。人と似た形をしているのに顔に目や鼻や口がない。真っ平な仮面を被っているかのようだ。

 体の表面は割れた球体を同じような光を放っており、金属で出来た巨人のように見える。

 直立すれば3メイルのビチャビチャの2倍はあろうかという大きさだ。


 魔王が体を痙攣させて身をよじらせ始めた。どこから音を出しているのか奇怪な音も鳴り響く。

 急に止まったと思ったら魔王の全身に赤い目が出現した。


「ゲフちゃん! シーちゃん! マスターを」


 全身に開いた目から光線が発射された。すべてを焼き尽くさんばかりの勢いだ。

 龍穴は形を保っているが、それを内包する洞窟がまずい。

 壁にはいくつもの穴が穿たれ、大きな岩が壁々からこぼれ始めていた。


 無差別に発射される光線の1本がこちらに流れてくる。

 直撃はしないだろうが、周囲の壁を破壊して岩盤が落ちてきそうだ。

 ゲフネルがこちらに向かって飛んできているが間に合わないだろう。

 俺一人だったらこの場から逃げればいいのだが、気を失っているルーと放心状態のガフさんを置いて行くわけにはいかない。

 二人に覆いかぶさり岩や石が当たらないようにするしかない。


 真上の壁に光線が当たり、壁を焼き切っていく。

 均衡が失われた洞窟の壁面が落ちてくる。これからくる衝撃に備えて身を固める。

 だが、俺の体を大きな衝撃が襲うことはなかった。少し大きめの石が顔をかすめて出血する程度で済んだ。

 周りを見ると細かく粉砕された岩と一緒に矢が数本落ちていた。どうやらシャーウッドが助けてくれたらしい。

 飛び込んできたゲフネルが魔王と俺の間に入るように立つ。


「主、傷を負われた」

「大したことはない。それよりも、ゲフネル大丈夫か。翼がかなり傷ついているぞ」

「問題ない」


 良く見ると大量に落ちてくる岩や石の中を凄まじい速さで飛んできたせいで翼だけでなく体にもたくさんの傷を負っていた。


 横から誰かの手が伸びてきて俺の顔を掴んだ。誰かと思ったらシャーウッドだ。

 腰の布袋から薬を出して、俺の傷に付けてくれた。

 シャーウッドもマントがところどころ焼き切られていたりいる。光線の中を掻い潜って来てくれたのか。


「ありがとうな。俺の傷は大丈夫だから、ゲフネルに使ってやってくれ」


 コクコクと頷いてゲフネルの方へ走って行く。


「魔王に理性はなく、ただ破壊をするのみって伝承や聞いた話の通りだったか。これは普通の人間の手に負える代物じゃないな」


 魔王は全身から光線を迸らせ破壊を続けている。

 そんな中、大きな破砕音が聞こえた。


「マスターに怪我をさせるとは許せませんねー」


 うちのゴーレムが落ちてくる岩石や地面に落下していた大きな塊を壊しながらこちらに迫ってきていた。

 明らかに怒っている。表情がないから分かり難いが周りを覆うオーラが、怒気を放っているのが伝わってくる。


「魔王風情が我がマスターに手傷を負わせるなど百万年は早いと教えてあげなければならないようですね」

「待て! 流石に魔王は無理だ。魔王が破壊に執心しているうちに逃げるぞ」 

「安心して下さい。あんな小虫、私が本気を出せば一瞬です。それでは行ってきます」


 ああ、勘違いゴーレムが魔王の方に行ってしまった。あんな化け物に勝てるはずないだろう。

 勇者だって一人で魔王と戦って倒したわけじゃないんだぞ。


「ゲフネル、シャーウッド、ビチャビチャを援護してやってくれ」


 命令したのに二体とも動かなかった。


「主よ、それは難しい。援護する間もなく終わってしまう」


 シャーウッドも頭を左右に振って否定を示す。

 そんなにあの魔王は強いのか。どうしてビチャビチャはそんな相手と戦おうとするんだ。

 俺のためなのか、俺のために馬鹿なことをするのか。


 一際大きい打撃音が洞窟の中に響いた。

 音のした方を見るとビチャビチャが魔王の顔を殴っていた。


「馬鹿なぁぁぁぁぁぁ」


 殴られた魔王は、よろけて壁にもたれかかるようになった。膝らしき部分が震えている。よくわからんが効いているのか。

 背中から緑色の光を迸らせながら、ビチャビチャが魔王に追撃をする。殴られるたびに壁にめり込む魔王。洞窟がさらなる悲鳴を上げていく。

 魔法でもなんでもない、魔王が単純に殴られて圧倒されているのか。


 だが、魔王もやられてばかりではないようで殴られていない部分の目が発光し、光線を放とうとする――が

 射出する前に目らしきものが砕け散る。

 何度も繰り返すが、光始めた目が次々と砕かれていく。


「殴打しつつ天井から落ちてきている石を飛礫として打ち込み、目を潰しています」


 ゲフネルがビチャビチャの仕業だと教えてくれた。

 なんだ、そりゃ……。


 体中にあった目のようなものがほとんど砕かれた魔王は、ついに地面に膝をつき項垂れるような姿勢になってしまった。

 まだ殴り足りないというようにビチャビチャが近づいて行く。

 魔王は動こうとはしているようだが、思うように動けないのか姿勢を変えられないでいる。


「魔王さん、お疲れ様でしたー」


 ビチャビチャの放った手刀で魔王の首が落ちた。巨大な頭部が転がって行く。


「マスター、終わりましたー。魔王のやつにきっちりわからせてあげてきましたー。お怪我の具合はどうですかー」


 いつもまったく変わらない声色で話しかけてくるビチャビチャが少し怖かったが、大きな危機が去り胸をなでおろす。


「ああ、大丈夫だ。しかし、お前のその強さは何なんだ。この間もそうだけど、ゴーレムの範疇を完全に超えているだろ」

「ふふふ、隠していただけで元々強かったんですよー」


 完全に誤魔化しているな。言えないようなことでもあるのだろうか。

 正直なところ、従える者としては知っておきたい部分ではあるのだが。


 ん、首を落とされた魔王の胴体がさっきより膨らんでいる気がするのだが気のせいだろうか。


「なんか魔王の体、どんどん膨らんでないか?」

「あらあら、頭を失ったせいか体が勝手に自爆しようとしているみたいですね。このままだとこの山どころか近くの街辺りまで焼け野原になりますよー」


 今日の天気は晴れ時々自爆ですね、みたいな感じで言うな。魔王が暴れるより被害甚大な結果になるんじゃないのか、このままだと。


「なんとかできないのか」

「できますよー」

「じゃあ、さっさとやれ!」

「はい、はーい」


 再度、魔王に寄って行くビチャビチャ。


「この場所くらいエネルギーに充ち溢れていて、魔素が濃いところならば私にできないことのほうが少ないです!」


 ビチャビチャの背中が開口する。周囲の魔力を吸収しているのだろう。ルーの時よりも開いている穴の数が多い。


「ただ消し去るだけというのも味気ないですし、あっちに送り返しちゃいましょう」


 ビチャビチャが手をかざすと、魔王の体が浮かび上がった。周囲を透明な球体に覆われている。

 太い指をパチンと鳴らすと覆っていた球体ごと魔王の姿が見えなくなる。そこには元から何もなかったように魔王の体だけこの場から消えうせた。

 龍穴の近くには魔王の頭と割れた球体、それと無数の手が落ちていた。


「おおおおお、おめーら、あんな化け物倒すなんてとんでもない奴らだったんだのう」


 放心状態から復帰したガフさんが駆け寄ってきた。

 壊れなかったものの、洞窟を半壊状態にして怒られるかと思ったがそんなことはなかった。

 ガフさんは残った魔王の残骸を漁り始めた。


「なんじゃ、この素材は。とんでもない強度があるのに異常な軽さだで」


 相当に興味深いものらしく、声掛けても気付いてくれないほど熱心に観察している。

 あの残った者からセイタンシリーズって作られているのか。

 後で俺も触らせて貰うか。


 ガフさんが隠していたこの龍穴も今回の騒動で世間に知れ渡ることになってしまうのかな。ちょっとそれは残念だ。

 討伐隊が来る前に残骸だけ外に出してしまうって手もあるな。要は、この山で魔王が出たってことだけが正しければいいんだから。


「おーい、ガフさーん。ちょっと聞いてくれよ。いい案があるんだけど」






 あれから俺たちは手分けをして魔王の破片とかすべての残骸を龍穴から離れた場所に移動させた。

 この場で激しい戦闘があったことをでっち上げるために適当にその周辺を破壊して回る。ガフさんとビチャビチャが協力してそれっぽい感じで仕上がっている。

 後は討伐隊が来るまで待てばいい。


 結局、討伐隊が到着したのはその日の夜近くだった。

 この山で2日近くも過ごすことになろうとは。

 到着した討伐隊に同行してきた勇者は顔見知りだったし。


「おーっす、バリトン」

「アインじゃないか。引退したんじゃなかったのか」

「色々あってな、でももうすぐ引退するよ」

「そうか。それよりもこの辺りで魔王が出現したと政府から連絡があったのだが」

「あー、魔王ならそこにほら」


 バラバラになって転がっている魔王を指差す。


「これは……まさか君一人で魔王を倒してしまったのか」


 討伐隊の何人かが魔王の残骸に駆け寄って調べ始めた。


「いや、俺じゃなくて。この間お前も会ってるだろ、あのゴーレムがな」

「人龍を赤子同然に扱っていたので普通ではないとは思っていたけど、まさか魔王を討伐できるほどとはね」


 残骸を調べていた隊員がバリトンに駆け寄ってきた。何かを報告しているようだ。


「確かにあれが魔王だったものみたいだね。えっと、これ政府に報告しなくちゃいけないんだけど」

「お前が倒したことにできないか? 俺はもう引退する身だからさ」

「私だけだったら何とかなったかもしれないんだけど、これだけ人がいると難しいな。それに政府に嘘の報告なんてできないよ」


 そうだった。こいつはこういう奴だった。


「ゴーレムが倒したことも報告するけど、後で君には勇者の称号を与えられると思うよ」

「いやいや、俺は倒してないし」

「君の使役するモンスターが倒したのだから、褒章が与えられるのは当然だよ」

「待て待て、俺は娘の住む村に帰って静かに暮らすんだよ。勇者の称号なんて貰ったら、世間に公表されて大変なことになっちゃうでしょ!」

「それは仕方ないよ。魔王に対抗できる力は世界にとって重要なものだからね」

「何とかして俺以外にその責任を擦り付けられないか?」

「駄目だよ、魔王を倒した者のみが勇者なんだから」


 なんて融通の利かない奴だ。このままでは俺の平穏な生活の予定が消え去ってしまう。

 もう登録抹消なんか待たずに村に逃げるという手段を取るべきか。

 街へ戻ったらすぐに転位石を買って村に行ってしまえばいいんだな。


 俺が必死に逃げ道を考えている時、聞こえないようにこそこそ喋っている奴らがいた。




「くふふ、予定通りマスターが勇者になりますよ。事はすべて順調です」

「主は伝説となるべき御方である。我らが力を持ってして然るべき位置に立って貰わねば」

「(コクコクと満足げに頭を上下させるシャーウッド)」

「ユウシャパーパ」

(自分以外の)圧倒的な力で魔王を討伐したアインは政府から勇者の称号を与えられことになってしまった。

勇者の集いにも招聘されたアインは、そこで12人の勇者と出会う。

この出会いは、アインを更なる高みへと導くのか。

そして、ついに存在だけ知られているあの子が姿を現す。


次回予告

第5章:俺と勇者

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