第3章:俺とドワーフ
どうして俺は今、山を登っているのだろうか。もう俺の冒険は終わったはずだ。どうしてだ……。
ギルドに冒険者の登録抹消願いを出したのにどうしてこうなった。
何故、俺はドワーフの住処を目指しているのだ。目指すべきは娘の待つハジコ村のはず。
「マスター、疲れちゃいましたか? 私の肩に乗ってもいいですよー」
「主よ、荷物なら自分が持ちましょう」
「(無言で手を出して何かをくれくれとするシャーウッド)」
「パーパ! ゴハーン」
俺以外の連中は完全に遠足気分のようだ。疲れを知らないゴーレムならまだしも、他の連中、ルーさえもどんどん歩いていってしまう。こんなに体力なかったっけ、自分。
この山登りに乗り気でないのが足を進ませない一番の原因かもしれない。
どうしてこんなことになってしまったのか、今一度思い返してみよう。
◆
「えっ、登録抹消を確認するまで冒険者身分は消えないの?」
「はい、普通であればこの場で名簿上の登録を消せばいいのだけなのですが、アイン様の場合は少し状況が特殊でして」
「特殊って……」
「先日の人龍捕獲の件でございます。あのような功績を挙げられた場合は、ギルド内で褒章等が出ることがあるため、その検討期間の間は冒険者としての身分を残さねばならないのです」
「えっと、褒章とかいらないってのは駄目かな。そもそもあれ人龍じゃなかったんだけど」
「申し訳ございません。ギルド長からの命令でして」
「そうですか」
「進展がありましたら、使いの者を向かわせますのでお時間を頂きたく思います」
はぁ、家の片付けも済んだし後は帰るだけだったんだけどな。時間が出来ちまった。明確にいつ登録を消して貰えるのかも分からないし、どうしたらいいものか。特にやることもない。
ルーのことも爺さんに聞きに行ったが結局何も分からなかったしな。機龍という種族自体が過去のどの資料にも載っていないらしく調べようがないそうだ。
色々考えているうちにセントラルの自宅に着いてしまった。
「帰ったぞー」
帰宅の挨拶と同時に腹部を襲う衝撃――。もう慣れてしまったが、ルーだ。一緒にいる時は大体、腰回りか背中にくっついている。そういや、俺の娘も小さい頃はこんな風にいつもくっついていたな。懐かしい。
「おかえりなさいませ、マスター」
猫背気味で奥からビチャビチャが出てきた。それなりの大きさがある家なのだが、人族向けに作られた住宅なのでゴーレムには少し狭いようだ。モンスター使いの家だと多くの場合、家の外にモンスターハウスを設置するが低所得の俺にはそんな余裕がないため、基本的に家の中にいてもらうことにしている。
ゲフネルはお気に入りの天井近くの柱に逆さになってぶら下がり、シャーウッドは本棚と本棚の間にある隙間に収まっている。
広間には大きな椅子もあるのだが、俺ぐらいしか使わない。この家は引き払う予定なので最低限の家具を残して売り払ってしまった。今現在、広間で散らかっているのはルーの遊び道具だけだ。
とりあえず、皆を集めてギルドで言われた事を伝えた。ハジコ村に移住するのが遅れることと、それがどれくらいになるか分からないこと。
「困りましたね。この家にはもう最低限の物しか残してありませんよ」
「1日や2日であればいいのだが、もしも長期になってしまったら困るな。金もないのに」
「時期が分からないのでしたら少し依頼をこなしたりなどしてお金を稼いだらどうでしょうか」
「あー、でもなー、冒険者辞めるって言ったのに依頼を受けるとか格好悪くねーか」
「お金があれば転位石も買えますので、楽に村へ行けるようになりますよ」
「それはいい案だ。だが、俺はもう一度ギルドに行くのめんどくさい。寝たい」
「では、私が代理で行って参ります」
「あー、頼んだ。俺は寝る」
俺は広間でルーを腹の上に乗せたまま寝はじめた。ゲフネルとシャーウッドも定位置に移動した。ビチャビチャはギルドにでも向かったのか部屋から出ていった。
人龍討伐から戻ってからそのまま家の片づけをして疲れが溜まっていたのですぐにでも夢の中に落ちそうだ。
報酬は低くていいから簡単な依頼を持ってきてくれるといい……な。もう……限界だ。おやすみー。
◆
俺が悪いのか、高額な依頼を何個も持って帰ってきたビチャビチャが悪いのか。
結局、ビチャビチャに背中を押されるがままに、適正レベルを遥かに上回るブラッドナイト討伐とか、ドラゴン素材の回収だとか、以前の俺だったら絶対に不可能な依頼を達成してしまった。
当初予定の小金を稼ぐという目的はすでに達成されているのだが、装備の強化もしましょうという完全に脱線した方向になってきており、必要以上の金が手元にあったりする。
ギルドに冒険者の登録抹消を申し出てから早2週間、流石にそろそろ進展があってもいい頃なのだが一向に連絡がない。
いつになったら愛しの娘のところに帰れるのか。
「もうすぐで目的のドワーフさんが住む場所ですよー。もうひと頑張りしましょー」
ビチャビチャの号令に、小休止をしていた面々が動き出す。俺はまだ座っている。
今登ってる山に住むドワーフから武器を預かってセントラルの店に届けるのが最後に残った依頼だ。届け先がセントラルっていうのだけが救いか。
まだ若いと自負していたが山登りが堪える体になっていたとは……。昔は、最果ての地まで歩いて行ったぐらいなのにな。やはり引退するべき時期なんだよ。
「ゲフー! ゲフー!」
新しい言葉を覚えたルーは、ゲフネルにくっ付いている。ゲフネルも最初は戸惑っていたようだが、今では慣れたもので背中に乗せて飛んだりしている。
「あらあらー、ルーちゃんを取られちゃって寂しいんですかー。安心して下さい! マスターには私という存在がいますからね」
うざいな、こいつ。
「あと少しなんだろ、ドワーフのとこは。シャーウッドを見習って黙って歩け」
シャーウッドは俺の横を無言で歩き続けている。何も言わないけど、気付くと近くにいるな。
そんなこんなで歩いていると山の一部をくりぬいたような場所があり、そこに建物があるのが見えてきた。
セントラルに多くあるような民家ではなく、鍛冶屋によくある煙突のようなものが何本も突き出している変わった家だ。
「あれがそうか。さっさと依頼の品を預かって帰るぞ」
家の扉らしきものも前に立って中に呼び掛けるが返事がない。
少し待っても誰も出てくる気配がないので、扉を開けてみると家の奥で一心不乱にハンマーを振るっている小柄な姿が見えた。
かなり集中しているようだったので、一段落するまで待つことにした。
区切りのいいところまできたのか、小柄な人物はハンマーを置いて立ち上がった。立ち上がっても俺の腰ぐらいまでの身長しかない。ルーより少し大きいくらいだ。
子供のように身長は低いが顔の大半は髭で覆われて、見た目はおっさんのように見える。これがドワーフの外見的な特徴だ。
その大雑把そうな外見とは裏腹に手先は器用で道具の精錬技術は人族の遥か上をいく。
さらに精霊に近い存在なので、武器や防具に魔力を込めることができる。人族の鍛冶が同じ事をするためには魔石を付ける必要があり、武器や防具そのものに魔力を込めることはできない。
そのため特殊な技術を用いた道具を頼むとなると時間はかかるがドワーフに依頼するのが普通だ。
「すまない。外から声をかけたんだが気付いてもらえなかったので、中で待たせてもらった」
「がっはっは、気にするな。オラは錬鉄に入っちまうとなーんも聞こえなくなっちまうでのう」
結構気さくな方のようだ。ドワーフの中には非常に気難しいのもいると聞いていたので良かった。
「セントラルの武器屋からの依頼で荷物を受け取りにきた。えっと、これはギルドの登録証と依頼書だ。確認してくれ」
俺は懐から冒険者の登録証と今回の依頼書を出した。
「アインさんっちゅーのか。あい、依頼書も確認した。オラはドワーフのガフだ。あんたらに渡す荷物ならそこにある物で全部だ」
ドワーフのガフさんが指さした先に大きめの木箱が2つ置かれていた。中は武器関連だから重そうだな。
「荷物を持たせるんで仲間を中に入れてもいいでしょうか。俺はモンスター使いなんで仲間って言ってもモンスターなんですけど」
「ああ、かまわんよ。珍しいなモンスター使いとは。久しく見なかった」
「じゃあ、失礼して。おーい、ビチャビチャ入ってきてくれ」
俺の呼び声に応えて、ビチャビチャが扉を開けて入ってきた。
「おおっ、ゴーレムかい」
いきなり3メイル近い像が入ってきたので驚いているようだ。ガフさんの家は、扉は小さいものの中はかなり広いので我が家よりは窮屈はしてなさそうだ。
「このゴーレムは自然発生タイプか。人工のゴーレムより全然いいな、作りが自然だ。魔核は何を使ってるんだ?」
造形物に拘りがあるようで、色々と聞いてくる。自然発生のゴーレムは、レンガを積んだような形状をしていないため見ればすぐにわかる。
体を色々な鉱物で構成されているため出来が悪いと見た目が非常に悪いのだが、うちのは結構綺麗にまとまった形をしている。
「魔核はわからないんですよ。気付いたら近くで発生していましてね」
「ほうほう、そうなのかい。この場でちゃちゃっと分解して調べてみっか」
「いいですね。最近、ちょっと頭の動作がおかしくて困ってるんで一度分解してもらった方がいいかもしれませんね」
会話が聞こえたのか木箱を持ち上げようとしていたゴーレムが箱を落とした。
「いやー、それはいやー」
自分の体を抱きながら叫んでいる。アホゴーレムが突然喋りやがった。あんだけ人前では喋るなと言っておいたのに。
「何だ、今の声?」
「あはは、俺です。俺の声です。いやー、それはいやー」
「もっと高い声だったぞ。誰か他に人間を連れてきているのか」
どうしよう、ルーを呼んで誤魔化すか。それともガフさんの耳が悪いってことで押し通すか。
「マスター! 分解は嫌ですよー」
泣きそうな声を上げながらビチャビチャがこっちに歩いてきた。駄目だ、これは。正直に言うしかないか。
「ガフさん、落ち着いて聞いて下さい。実はこのゴーレム喋るんです」
「ほほー、すごいのう。珍しいのう。分解していいか」
「いやー、やめてー」
興奮のしすぎでビチャビチャの分解に取りかかろうとしていたガフさんを止めて説明をした。
放置してたら何か喋りはじめたことや、なんか普通じゃないということを。
「ふむ、喋るゴーレムなんぞ聞いたことないが、目の前にいるから信じるよりほかあるまいて」
手元で工具らしき物を回しながら興味深そうに話を聞くガフさん。相当な珍し物好きらしく、ドワーフの里を離れてこの山に一人で工房を構えているのも、この山が珍しい属性を持っており色々な鉱石が取れるかららしい。
外で待機させていたゲフネル、シャーウッド、ルーを中に入れてガフさんの身の上話などを聞かせてもらった。
「その膝に乗せてるちみっこいのもモンスターなのか? 人族にしか見えんでのう」
「この角以外は人間そっくりなんですが、一応モンスターということになっています」
「おめぇ、珍しいのばっか連れてるな。そこんナイトデーモンが装備しているのはハイミスリルの剣だし、そこのフード被ったのが持っているのは世界樹の弓だ。中級の冒険者が買えるような代物じゃないぞ」
相当な目利きだな、ガフさんは。一見しただけじゃ普通は素材までは分からないぞ。適当に見ていたようで冒険者の登録証のランクもしっかりと確認していたようだし。
「まぁ、色々ありましてね」
ビチャビチャの性能までは流石に話すわけにいかないので、はぐらかすしかない。
「がっはっは、面白い奴だな。もっと飲め飲め」
そう言いながら、俺のグラスにどんどん注いでくる。ちなみにこれは水ではなくて酒だ。それもドワーフが好きな高純度の逸品。やたらと美味い。まるで水のように飲めるぞ。
「ひゃはは、美味しいですね。これー」
「そうじゃろ、そうじゃろ。オラは稼いだ金をこれくらいにしか使わんからのう」
「そんないいもの飲んじゃっていいんれすかー」
「久しぶりに分かる趣味の奴が来たからのう。どんどん飲め」
「うへへ、すみませんねー。金なくて酒なんて久しぶりでー」
なんか色んなことがどうでもよくなってきた。くれるっていうから飲まなきゃ悪いよね。あはは。
「待っておれ、秘蔵の高級酒を蔵から持ってきてやる」
もっと美味しいのがくるのかー、やびゃいなー。もう帰りたくなくなってきちゃったよー。
山登って来たから疲れて眠いし。もうここで寝ちゃうか―。
おやすみなさーい。
◆
ん、寝ちゃったのか。腹の上が何か重いけど、ルーか。声が聞こえる。
ガフさんの笑い声と、ビチャビチャか、喋っているのは。ゲフネルも一緒にいるのか。なんだか、酒を飲みながら談笑しているようだが、ビチャビチャお前は口ないのにどうやって酒を飲んでいるんだ。
あ、駄目だ瞼が重い。もうひと眠りしよう。
チュンチュン、と朝を告げる鳥の囀りが聞こえる。
「あーーーー、朝だよ! 昨日の内にセントラルに帰って依頼完了。村へ転位、ができなかったよ」
ルーをふっ飛ばさないように上半身を起きあがらせる。
ずっと息を潜めていた酒癖の悪さが出てしまった。なんて駄目人間だよ。もう酒を飲むのは止めよう。気を付けて飲んでいてもあまりにも美味いのがくると駄目だ。
頭も痛い。完全に二日酔いになっている。
腹の上ではルーがまだ寝息を立てている。シャーウッドは暖炉と棚の間に挟まっていた。ゲフネルの姿はない。
「マスター、おはようございます。よく眠れましたか」
ビチャビチャは、でかい図体で食器を運んでいた。
「酒飲んで寝ちゃったみたいだな。朝一でセントラルに武器を運んで依頼を完了させるぞ。ガフさんは?」
「ガフさんでしたらそちらに」
地面で酒瓶を抱えて寝ているドワーフがいた。完全に酔いつぶれているようだ。ドワーフが酔いつぶれるって聞いたことないぞ。
一体何があったんだ。
「少し食材を頂いて朝食を作りましたので召し上がってください」
パンやスープが乗った食器をテーブルの上に置いて行く。二日酔いで何も食べたくないような状態だったが、香ばしいパンの匂いに胃が動き始めたようだ。
「ああ、頂くよ。ゲフネルはどこにいった」
「ゲフちゃんならガフさんから聞いた逆さになるには丁度いい洞窟に行きましたよ」
ゲフネルの趣味もよくわからない。逆さになることに妙に執着するところがある。
シャーウッドもやたらと狭いところに入りたがるし、変なやつばっかだ。
「そうか、じゃあ後で呼べばいいか」
パンをひと齧りしてスープを飲む。やたらと美味いな、この食事。何か山で採れる特別なものでも使っているのか。
「私の胸を疑似的な石窯にして焼いたパンはどうですか、美味しいですか。この胸の愛を焼き付けてありますよ」
「なんか急に不味くなったわ……」
「朝から騒々しいのう。いい匂いだな、オラにもくれんか」
「はーい、少々お待ち下さい。美ゴーレムメイドがただいまお持ちしますね」
岩石が擦り合うような音を立てながら自称美ゴーレムメイドが厨房へ歩いて行った。
「すみません、荷物を受け取ったらすぐに出るつもりだったのですが」
「かまわんよ、オラも色々と話せて楽しかったでの」
「そう言ってもらえると助かります」
「それそうと、もうちょっとゆっくりしていかんか? 荷物なら今日中に届ければいいじゃろ」
「まぁ、そうなんですが」
「昨日、お前さんが寝た後にビチャビチャちゃんと話していて連れていきたいところがあっての」
「わかりました、お言葉に甘えましてゆっくりさせて貰います」
村に帰るのが1日2日遅れてもかまわないだろう。セントラルに戻ったところで手続きが終わってるとは限らないし。
ガフさんも気難しいドワーフとは思えないほどいい人だしな。
「それで、連れていきたいところっていうのはどこなんですか」
「龍穴と呼ばれるところでの。世界の力の流れが集まるところとでも言ったらいいのか。それがこの山にあるお陰で、特殊な鉱石などが取れるとオラは考えている」
「そんなすごいものがこの山にあったんですか、外からはただの山にしか見えませんでしたが」
「そりゃ外からは見えんよ。なんせ、龍穴があるのは……」
◆
目の前の光景に言葉がでなかった。
地面にぽっかりと空いた大穴から光り輝く柱が空へ向かって伸びている。
神々しいというのはこういうことを言うのだろうか、生命エネルギーのようなものがこの空間にあふれているのを感じる。
「どうじゃ、すごいだろう。オラが自分の工房を探す旅をしていて見つけたものでのう」
「すごいなんてもんではないですね、これは」
「世界に3つぐらいしか発見されてないらしいでのう。貴重なもんじゃ。それにこんな山の中にあるなんて誰も思わんようじゃぞ。普通は地下やダンジョンの最深部にあるものらしいでのう」
「帝国やギルドには報告されてるのですか」
「しとらんよ。秘密じゃ。他の龍穴同様に周囲に研究施設なんぞ作られたらたまらんでのう。ここはオラの工房じゃ」
本当に変わりものだな。これだけの発見なら報奨金もすごいだろうに。
しかし、これは本当にすごい。この場にいるだけで体中に力が溢れてくる。どうやら魔素も相当濃いようでゲフネルが魔素酔いのような状態になっている。
「これすごいですよー。でも、かなり危険なものでもありますね」
また、こいつは不吉な事を言う。素直にこの光景を楽しめっての。ルーなんか興奮しているのか、頭の角を発光させながら虚ろな目で柱を眺めているぞ。
え、角が発光?
「クル――クルヨ」
突然、ルーが体を痙攣させながら叫んだ。
「どうした、ルー。おい」
虚ろな目のまま叫び続ける。
「イヤァァァァァァ! クルゥゥゥゥ! パーパニゲテェェェェ」
何かが切れたようにルーが倒れる。気を失ったようだが、角の発光は続いている。
一定間隔で光っていたと思ったら、急に激しく点滅し始めた。
それに合わせるかのように龍穴のある山の洞窟が鳴動する。
「なんじゃなんじゃ、どうしたんじゃ」
ガフさんが慌てふためいている。洞窟の天井からはパラパラと砂埃が落ちてきて、頭や肩に当たる。
洞窟内にガラスを割ったかのような甲高い音が鳴り響いた。
「マスター、穴から何か来ます」
ビチャビチャの声で龍穴の方を見ると、何かが這い出してきているのが見えた。
無数の手のような物が穴の周囲を掴み、赤ん坊が初めて立ち上がるかのようにゆっくりと穴から何かが顔を出した。
その姿は言い表すならば異形、生物的な肉感はなく金属のように滑らかな球体から無数の手のようなものが伸びていて、足はなく宙に浮いている。何かを探すように、無数の手が開いたり握ったりしている。
無数の手のひら一つ一つに目のようなものが付いている。人に嫌悪感を抱かせるためだけに作られたような形をしていた。
「おい、この姿と発生の仕方ってもしかして、あれか」
自分の中の知識に目の前に現れたものと一致するものがあったが、認めたくないため他者に委ねる。
「そうですねー。まず間違いないと思いますよー」
なんということだ。自分の人生では絶対に出会う事はないだろうと思っていたのに。
俺は村で隠居する身なんだよ。騒動に巻き込まれるのは御免なんだよ。
それなのになんで、なんで、なんで、なんで――
「魔王と遭遇するんだよぉぉぉぉ」
突如現れた魔王を前にしてアインは逃げるのか、それとも逃げるのか。
逃げ腰の主人公を背に置いてビチャビチャが圧倒的なPOWERを見せ付ける。
魔王とは人類を捕食する側ではなかったのか。
理不尽な暴力が魔王に襲い掛かる。
次回「俺と魔王」