第1章:俺とゴーレム
自分達が座る席以外も騒がしい。そこかしこで会話に華が咲いているようだ。流行っている酒場のようで給仕が忙しなく動いている。
人でごった返しているかのような店内で、俺は同期の連中と席を共にしていた。誰々がドラゴンを殺しただの、どこぞのパーティーが海底宮殿の財宝まで辿り着いただのと、仕事関連の話ばかりだ。
そうなるのも仕方がない。なんせここに集まっているのは、いい歳して冒険という呪いにかかったままでいるおっさんばかりなのだから。
「おいおい、アインちゃんも何か土産話聞かせてくれよ。ゴルドーの火山地下に生息していたマグマフィッシュの話の後じゃ、ドラゴンクラスの討伐では盛り上がらないぜ」
この嫌み全開で話を振ってきている男は、重戦士ガッチン。上級冒険者であり、帝国の重装兵団の訓練教官も務める筋金入りの戦闘狂だ。モンスター使いである俺に個人戦闘力はほとんどない。それは職業的な理由からくるものでどうしようもないのだ。それをわかった上で言ってきている。
「ガッチンよ、そう言ってやるなよ。中級冒険者程度に、そんな話を期待することがおかしいだろ」
嫌みに乗っかってきた細見の男、こいつは精霊術師のレイコブ。火・水・風・土の四大精霊と契約し、巷ではエレメントマスターとか呼ばれている魔術師だ。その魔力は絶大で魔軍との戦争の際には、大規模魔術を発動させ敵軍1千を消し炭に変えたとさえ言われている。ガッチンと同様にやたらと俺に絡んでくる輩の一人だ。
「アイン、俺の所に南の教導兵団から腕の立つモンスター使いを探して欲しいという依頼があってな。お前さえよければ、教導兵団に推薦したいんだが。なんでも、近々ギガントトータスが現れそうな兆候があって、それの捕縛の為に人を集めているらしいんだ」
他の二人と違って気さくに話しかけてくれた上に仕事の斡旋までしてくれそうな、この優男は勇者バリトン。勇者というのは魔王を討伐したことがある者のみが与えられる称号だ。バリトンは二十代後半の時に辺境の地において魔王の発生に遭遇し、魔力を蓄えられる前の段階で倒すことに成功した。
元々、色々な場所で人助けをしたりして活躍していたこともあり、帝国のみならず連合諸国からも強い支持を受け勇者の称号を授けられたのだ。強さは魔王を討伐できるほどで、顔もいい上に性格も素晴らしい、これぞ勇者という男だ。
この三人以外にも冒険者ギルドで名前を出せば知らない奴はいないだろう、というメンバーがこの場に揃っていた。
中級冒険者は俺一人……。なんという肩身の狭さだろうか、不人気職であるモンスター使いということがさらに俺の立場を低いものしている。冒険者養成学校では、モンスター使いを志す者は俺を含めてたったの二人だった。そのもう一人も卒業時には剣士職になっていた。
まぁ、モンスター使いのスキルとか知ってしまったらそうなっても仕方ない状況なんだけどね。
さて、そんなわけ今この酒場ではセントラル冒険者養成学校第53期卒業生が集まって同窓会を行っている。最初の方で、おっさんばかりと言ったが、女性がいなかったわけではない。ほとんどの女性冒険者は旅を共にする誰かに嫁ぐため、一時期を境にこの手の集まりには参加しなくなる。そのため、女性がいなくなった同窓会になっているだけだ。
「誰か、メルサ迷宮の地図持ってないか? この間出現した砂漠のダンジョンなんだけど」
メルサ迷宮とは、つい先日ガハラ砂漠に現れた地下都市タイプのダンジョンだ。確か、あそこは3階層までしかまだ解明されていないはずだ。
周囲を砂漠に囲まれているせいで近場に拠点を築くことができず、草原のダンジョンよりも攻略に時間がかかっている。
街とダンジョンを往復するため、攻略組に転位魔法持ちが根こそぎ雇われたって聞いたな。
「実は、あのダンジョンで人龍を見たって話があるんだよ」
人龍!? おとぎ話に出てくる不死鳥や彗星狼レベルのモンスターだぞ。それを新規ダンジョンの3階層で見ただと……。人型ドラゴンと呼ばれる人龍は、姿こそ人間のようだが前頭部から後頭部に流れるような大きな角を持っているモンスターだ。その最大の特徴は龍言語という特殊な圧縮言語を使った魔法にある。その威力は人魔法とは比べ物にならない。さらに亡くなった人を甦らせる秘術まであると聞く。死者蘇生の秘術は不死鳥を使ったものが有名だが、その不死鳥はここ数百年姿を見せていない。
「冗談だろ、人龍がなんで3階層までしか踏破されていないダンジョンに出るんだよ。神話級は100階近くにならないと遭遇する事さえないって話だったはずだ」
「攻略されたのは3階層までだが、途中で転移の罠を踏んだパーティーがいてな。その連中が飛ばされた先にいたらしい」
「その飛ばされた先が100階以上だったって話だろ」
「聞いて驚くなよ。そのパーティーがアナライズしたところ、そこは5階層だったんだ」
その言葉に、今日一番の盛り上がりを見せる同期達。
それもそうだ、自分達の代で神話級モンスターが現れた。それだけでも驚くことなのに、簡単に到達でできる位置にいるなんて。
「話には続きがある。そのパーティーは、十分な準備はできていなかったが、全員が上級冒険者でそれなりの経験があったことから人龍へ接触しようとした。どうなったと思う?」
周囲が黙って息を飲み、次の言葉を待つ。
「五人の内、三人は人龍の部屋に入った瞬間に灰になった。残り二人も体の一部分を失った。何をされたのかまったくわからなかったらしい」
魔法か何かなのか、状況も分からなければ対策のしようもないな。
「生き残った二人の証言と、職業が魔法職だったことから何らかの魔法を受けたが耐性があり体が残ったのだろうという仮説が立った。そこで一応の対抗策として魔法耐性を高めれば即死は免れるという判断に至った」
即死は免れるって、致命傷は受けるんじゃないのか。
治療系を自分で使える奴はいいけど、俺はポーションくらいしかないぞ。って、こんな事を考えずとも人龍のところに行かなければいいだけだ。
「そうだ! どうだろう、みんな! このセントラル冒険者養成学校第53期生で人龍を討伐してみないか?」
そう声高に言ったのは、先ほどの勇者バリトンさんです。いい人なんですけど、天然なんです。
そして、それに乗っかってしまう腕に覚えのある同期連中なんです。ガッチンなんて、雄叫びをあげて店の外まで走って行った。大丈夫なのか、あの脳筋戦士は。レイコブは龍言語に対抗するための魔法構成を一人で考え始めている。最初にダンジョンの話を出した魔法戦士アレスは、お前らがいれば百人力……いや、万人力だぜ、とか言っている。
それ以外にも、自分の斧で人龍の首を落とすと宣言している戦斧王ダンテや、腰に下げていた二刀のシミターを擦り合わせている双剣士ガイデンなど、この場に過剰なまでの戦力が揃っていた。
全員が乗り気のようだった、俺を除いては。この同窓会の後、一度冒険したら引退しようと考えていたところに何て話が舞い込んでくるんだ。命の危険がありまくる仕事なんて今更できるかよ。
「アイン! 中級冒険者は君だけだが、私が責任を持って守る! いや、全ての人族を私が守る! ハッハッハッ」
なんて、勇者的な発言なんだ。その前に俺に参加するか否かの選択権はないのか。
「では、ここでパーティー結成と連結を行うぞ。第1パーティーはダンテをリーダーにした攻撃力重視で――」
どんどん話が進んでいく。パーティーに組み込まれたら完全に逃げられない。その上、パーティー連結したら俺が抜けたら全員に分かってしまうじゃないか。命も大切だが、冒険者としての見栄も守りたい。だが、流石に危険だ。
ダンジョンまで行くだけいって、何かを理由に入口で待機する事にしよう。それしかない。
「アインは私と同じパーティーに入る方がいいだろう。勇者の加護でかなり防御力が上がるはずだ」
促されるままに、勇者バリトンと賢者カノープス、僧侶テンベスのパーティーに加入した。手の甲の紋章が赤く光る。これでパーティー契約完了だ。
頭の中に相手の名前を思い浮かべると、現在位置が知らされる。契約の効果だ。この他にも経験値の分配や職業別の支援効果が得られる。
今度は青く光る。これは複数のパーティーが連結したことを表す。同期連中の名前一覧が頭の中に浮かぶ。総勢35名の討伐パーティーが組まれた。
「それでは、各自準備などもあるだろう。3日後にメルサ迷宮に一番近い街のメルディスに集合しよう」
同期の連中が一斉に野太い声を上げてバリトンに返事をする。
このまま流れで同窓会は終わりそうだが、随分と厄介なことに巻き込まれてしまった。期日までに死なないための準備をしたり、故郷に手紙を送ったりしておこう。
同窓会の翌日――
俺は拠点にしているセントラルの自分の家に戻っていた。
まずは連れて行くモンスターを選ばないとな。モンスター使いの武器であり防具である存在だ。俺の使役するモンスターで最高レベルのナイトデーモンははずせないだろう。
レベル的には同期の連中には遠く及ばないが俺にとっては最強のコマだ。後はハイドエルフィンか、もし危なくなったら隠行で逃げよう。
もう1体が悩みどころだな。人龍相手では俺の防御系のモンスターは壁にもならない。そうなると砂漠での移動や荷物持ちで役に立ちそうなのにするか。手元の使役モンスターの一覧を見ていると、その中の一体に目に止まった。
……ゴーレムか。
生物と違い疲労もなく、命令すれば黙々と仕事をこなしてくれる頼もしいやつなのだが知能は高くないため中級冒険者以上の旅には適応できないモンスターだ。人工的に作られたものと鉱物に自然のエネルギーが蓄積しモンスター化した2種類が現在確認されている。俺のは後者の自然発生タイプになる。
二十代の頃は随分と世話になった。防御力がかなり高いため、レベルが高くない敵が相手だと攻撃を一人で受けきってくれた。体力がなくなってもポーションいらずで、瞑想というスキルで回復することができる。駆け出しのモンスター使いで連れていない奴はいないほどの人気モンスターだった。
だった、というのは最近は防御主体よりも先制攻撃で倒しきる編成をするのが流行りになっており、素早さに難があるゴーレムは選択肢に入らなくなっているのだ。数が減ったモンスター使いと状況は重なって街で見かけることもほとんどない不人気モンスターになっている。
さて、俺のゴーレムはどこかというと、預かり所という主力にならないモンスターを置いてくれる施設に入っている。
ずっと置き去りにしてしまっていたが他のモンスターと違って感情的なものがない分、期間を置いても不機嫌になることはないのが救いだ。
「コケ爺さん、生きているかー? アインだー。ちょっとゴーレム出して欲しいんだけどー」
セントラルの外れにある預かり所の入り口は宿屋程度の大きさだが、その地下にとてつもない広さの施設が隠れている。様々な大きさのモンスターや特徴のあるモンスターが預けられるここには多種多様な設備が必要になるのだ。普通は大量の従業員を使って運営するのだが、ここでは所長のコケ爺さんと助手のミヤコの二人でモンスターの面倒を見ている。
二人では到底見切れないような数が預けられているが、不思議なことに何時来てもモンスターの状態は最高に整っている。
「すみませ~ん。所長は深いとこ行っちゃってまして戻ってきてませ~ん」
大きな声で返事をしながら助手のミヤコが出てきた。
「あら? アインさんじゃないですか。お久しぶりですね」
「そうだな。早速ですまないが、俺のゴーレムを出して欲しい」
「あ~、ビチャビチャちゃんですね。大人しい子ですから、低い階層にいるはずです。部屋を名簿で調べてくるので少々お待ちください」
ミヤコは棚からファイルを取り出してめくり始めた。
預かり所の応接室にあたるここは壁に棚が備え付けられ、そのすべてにぎっしりとファイルが入っている。これ全部預けられたモンスターの記録帳なんだよな、前に来たときより明らかに増えているぞ。
「お待たせしました。ビチャビチャちゃんは203号室です。すぐにお渡しできますけど、このまま向かいますか?」
「ああ、頼む」
先ほど、ミヤコが出てきた扉から地下に降りていく。
2階層は地下一階にあたる場所にあるので階段を下りたらすぐだ。
「このお部屋ですね。記録を見ると10年前にお預けになられていますね。食事なし、散歩なしコースでしたのでお部屋の掃除ぐらいしかしておりません」
10年か……、長いこと会っていなかったんだな。
引退したら故郷に連れて行って一緒に暮らそうかな、こいつだったら田舎の村のいい労働力になる。
「それでは開けてくれ」
ミヤコが大量に鍵が束ねられた中から一本を取り出して扉に差し込む。
金属音が響き、開錠された。
「どうぞ、お入りください。ビチャビチャちゃーん、アインさん来ましたよ」
部屋の真ん中に体を畳む様に小さく折りたたんでいるゴーレムがいた。
掃除と一緒に埃も払ってくれていたのだろう、体は綺麗だ。
大なり小なりの傷はあるが、これは俺とともに戦っていた時に付いたものだろう。急に昔のことを思い出してしまい涙が零れそうになる。
ずっと待たせてしまった仲間に俺は声をかけた。
「待たせたなビチャビチャ。また一緒に冒険に行こう」
その言葉に呼応するかのようにゴーレムが顔を上げた。
「お待ちしておりました、マスター」
え? しゃ……喋った?????