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第14章:俺と鋼鉄の巨人(下)

 長い冒険者生活の中で、巨人同士の戦いに遭遇したことはある。


 しかし、目の前の光景は以前見たものとはかけ離れていた。


 巨人の数倍はあるであろう鎧を纏った人型の怪物と、金属のような鈍く光る体を持った頭のない怪物が殴り合っている。


 片方が殴られる度に、耳を劈く破砕音が周囲に響き、重さを有した破片が地面に落下して足元を揺らす。


 お互い殴られる度にどこかを破損するが、時間を巻き戻したかのように復元される。


 勝負は拮抗していた。


「アイン、夢でも見ているのかな」


 バリトンが質問を投げてくるが、答えられない。俺も、これを現実だと認識できないでいる。まるで夢物語の中の光景だよ、これは。

 怪物としか言いようがない二体の内の一体が、俺のテイムモンスターだとは到底思えない。

 この目でビチャビチャが機龍を召喚し、姿を変えたところを見てもまだ信じられないでいる。


「人の子よ……」


 声がした方向を見ると、傷ついたアーリードラゴンが横たわっていた。


「予言の通りとなったな」


 予言とは、ケイオスマウンテンで聞いた、あれのことか。


『全能の石、勇敢な悪魔、臆病な妖精、異界の子を束ねし人の勇者現れし時、鉄の巨人がはじまりを終わらせる』


 鉄の巨人とは、今のビチャビチャを指す言葉だったということか。


「これで奴は滅びる。我が同胞たちの無念も晴らすことができる。感謝する人の子よ」


 山で俺らのことを殺そうとした連中に言われてもな……。

 ただ、予言が確実に当たるのであればビチャビチャがはじまりの魔王を倒して終わるはずだ。


「カレインさんだっけか、予言通りにいくならなんだろうけど、ビチャビチャが押されてきていないか?」


 互角に見えた戦いに、偏りが現れ始めている。

 機龍が一度殴る間に敵は二回殴ってきている。手数に差が出てきていた。

 ビチャビチャが自由に動かし切れていない、というか動きが鈍い。

 自らの体で戦うのと操作している体で戦うことの違いなのか。


「ポチぃー! やっちまえ、あの糞ゴーレムをもう一度バラバラにしてやれよぉ」


 はじまりの魔王の調子に乗った声が聞こえてくる。


「ボッコボコだ、てめぇ。ボッコボコだぁ。ぎゃははははははは」


 完全に意識が目の前のビチャビチャに向かっている。

 そこで気付いた。


 今なら敵陣を抜けて、ルーを助けられるんじゃないかと。

 やってみる価値はある。


「ゲフネル、シャーウッド、ルーのところまで行くぞ」


 少し離れた場所で待機していた二体が寄ってきた。


「いいか、シャーウッドの隠行で姿を消してゲフネルの翼で一気に行く」

「御意」

「(コクコクッ)」


 後は出るタイミングだな。はじまりの魔王がこちらに背を向ける時が勝負だ。

 だが、ビチャビチャはこちらが背になるように戦っているため、どうしてもはじまりの魔王の正面になってしまう。

 強引にでも行くべきか、と迷っていると。


「お主らが考えていることは理解した。ワシの残った力で、奴の後ろまで転移させよう」


 カレインが提案してきたが、その手は使えない。


「駄目だ、はじまりの魔王は転位を感知して途中で止めることができる」


「そのようなことはわかっておる。これから行うは、転位ではない転移だ」


 テンイではなくテンイ? どういうことだ。


「説明している時間はない。送るぞ」


「えっ、ちょっと待っ……」


 シャーウッドが俺とゲフネルの手を掴んだ。隠行は接触した生物を使用者と同じように隠すことができる。


「任せたぞ、人の子らよ」


 ふっと意識が一瞬途切れた気がした。と、すでに別の場所に移動していた。


「おわっ、転位と全然違うじゃないか」


 瞬く間に俺たちははじまりの魔王の背後にいた。


「気付かれる前にさっさと動くか。ゲフネル、頼む」


 ゲフネルが俺とシャーウッドを抱え込むようにして飛ぶ。

 邪魔する敵もいないので一直線だ。


「敵はいないと思うが、気を抜かずに周囲を警戒するぞ」


 そんな心配をよそに俺たちはルーが括り付けられている装置らしきものの下まで来ることが出来た。

 しかし、ここまで来てなんだけど、どうすればルーを取り出せるんだ。


「力尽くでもいいのかな、これ」


 ルーは装置に十字になるように張り付けられていた。

 両手と足に縛り付ける拘束具が施されている。その拘束具には繋ぎ目も鍵穴らしきものもなかった。魔法で作り出したものなのか。


「ゲフネルの剣で斬ろうにも、ルーまで傷付けてしまう可能性もあるし、シャーウッドは弓だ」


 と悩んでいると、俺の装備しているセイタンシリーズ【ダルイ】が人の手を模した姿になる。


「もしかして、これって念じれば思い通りに動くのか」


 試に頭の中で握る続いて開くと動作を考えるとその通りに動いた。


「これでいけるかも」


 ルーが張り付けられている場所は高い位置にあったのでゲフネルに抱えられたまま上昇する。


「おっし、やってみるか。いけっ、ダルイ」


 動き出した手は二本、自分の腕と同じ数の方が動いているところを想像しやすいだろうと考えてだ。

 ルーを装置に張り付けている拘束具を、ダルイの手で掴む。

 そして、力任せというか想像任せで引きちぎろうとしたが、拘束具は引きちぎるどころか曲がりもしていなかった。


「めちゃくちゃ硬いぞ、これ。ぬぐぐぐ…、ぐぬぬぬぬ…、ハァハァハァ」


 自分の手で行っているわけでもないのに力が入る。だが、拘束具に変化はない。


「何か手順でもあるのか、それとも作った奴にしか外せないとかか。それだったら困るな。助けだせないじゃん、あっはっは」


 と、軽く笑いながらダルイで出来た手で拘束具を軽く小突くと、パキッという音を立てて、拘束具が割れた。 


「え?」


 同じようにもう片方の手と両足を止めている拘束具を小突く。

 まったく同様に音とを立てて割れた。

 前に投げ出されるように落ちてきたルーを俺自身の手で受け止める。


「どういうことだ。もしかしてダルイってめちゃくちゃ硬いのか。元々が魔王から作られているから、あり得そうだけど」


 なんにせよ、これでルーを助けることが出来た。


「主よ、退避する」

 

 ルーを抱えた俺を掴んだままゲフネルが地上へ降りていく。

 門と呼ばれていた最果てにできた歪は徐々に小さくなってきていた。

 このまま放置しても勝手に閉じそうだ。


「よっしゃ、急いで安全なところまで戻るぞ」


 下で待機していたシャーウッドと合流し、超大型巨人の死角を足早に移動する。

 はじまりの魔王もビチャビチャに注意しているようで、こちらにはまったく気付いていないようだ。

 このまま気付かないでくれよ。


 見つからないように慎重に歩いていた俺を地揺れが襲った。

 凄まじい量の土煙が舞っている。


 ビチャビチャの乗っていた機龍が倒れていた。

 肩や腕の装甲らしき部分が剥がされて、痛々しい姿になっている。

 倒れている機龍の前で仁王立ちしている超大型巨人は傷一つないように見えた。


「ぎゃはははは、いくら攻撃を当てようが神鎧(ゴッドメイル)には効果ねぇんだよぉ。諦めて、さっさと死ねや」


 嬉しそうな表情を浮かべ、はじまりの魔王は高笑いを上げている。

 復活したビチャビチャがあの巨大な機龍を使っても勝てないのか。


「ん? おいおい、どういうことだ、これは。門が閉まりかけてるじゃねぇかよ」


 気付かれた。が、俺たちはまだ見つかっていないようだ。


「ゴミ虫が邪魔しやがって、踏み潰してやる」


 あ、駄目だ。気付かれてる。

 超大型巨人がこちらに向いて、俺たちを踏み潰すべく足を上げた。

 おいおい、待てよ。そのままだと鍵であるルーまで潰れるぞ。


 超大型巨人が足を降ろしてきたが、何かに引っ張られたかのように姿勢を崩し、足は俺たちを潰すことなく横に落ちる。

 地面に残した足を機龍が掴んでいた。

 

「あなたの相手は、私ですよー」


 満身創痍の機龍に乗っているビチャビチャが、まだ余裕がありそうな声で言い放つ。

 それが癪に障ったのか、はじまりの魔王は怒りの表情を浮かべた。


「てめぇよぉ、そんな状態で勝負になると思ってんのかよ。あぁ!? 完全に消し去ってやらないと無駄口を叩くみたいだなぁ」


 こちらに狙いを変えていた超大型巨人が、ビチャビチャの方に向き直る。


「サクっとトドメといこうかぁー」


 はじまりの魔王が、魔法陣を展開する。ビチャビチャの機龍を召喚したものよりは小さいが、それでも通常では見かけない複雑な紋様をしていた。

 完成したことを伝えるかのように一瞬輝くと、陣の中心から剣の柄のようなものが顕れた。

 それを超大型巨人が掴み、一気に引き抜いた。


 あれは……、あの時の。

 俺には見覚えのある剣だった。ケイオスマウンテンでビチャビチャが防ぎきれなかった【機械仕掛けの神の剣】と呼ばれたものだ。

 だが、あの時のものとは違った。特に大きさが何倍もある。


「触れれば消滅する剣だけどよぉ。神鎧を着たものは、持って振るうこともできるんだぜぇ」


 超大型巨人は、剣士のような構えなどせず、こん棒を持ったオークのように力任せにそれをぶつけようとしていた。

 両手で振り上げられ、防御不能の機械仕掛けの神の剣が機龍とビチャビチャに振り下ろされる。


「はーい、さようならぁ。消え去れやぁー」


 金属同士を打ち付け合ったような鈍い音がした。

 剣同士がぶつかったような……。


「てめぇぇぇぇぇぇ、どういうことだぁぁぁぁ。なんで、この剣を受け止めているぅぅぅぅ」


 自身の何百倍かあろう大きさの剣を、片手で持てる箒で受け止めているビチャビチャがいた。

 振り下ろされた力自体は伝わったようで、受け止めたビチャビチャが乗る機龍ごと少し地面に埋まっていた。

 

「機械仕掛けの神の剣だぞ。第三層どころか、中央世界の連中にも通用するはずだ」


「ん~、私がそれ以上だってことではないですかー」


「いくら知識を得ているからと言って、第一層で生まれた奴がそんな力を得ることなどないはずだぁ!」


「突きつけられた現実を理解できないんですねー。かわいそうですー」


「話をはぐらかして誤魔化そうとしてんじゃねぇよ! その箒は何なんだ【概念武装】か? それとも【高次元遺物】か?」


「知りたがりですねー。まぁ、最後ですし少しだけ教えてあげましょうかー」


 そう言うと、持っていた箒が姿を変えた。だが、何に変わったのかわからない。

 いや、わからないというかそれがどれなのか判断ができない。


「お前……、まさか……、いやそんなはずはない。どうしてそれを持っている」


 はじまりの魔王の口調が茶化す感じではなくなった。それほどのものなのか、あれは。


「借りてきましたー」


「それを持っていた奴は【あちら側】に行ってしまったはずだ」


 もう一度、ビチャビチャが手にしているものを見る。

 槍にも見える、斧にも見える。さっきは剣のようにも見えた。

 俺にはそう認識することしかできない。


「だから【あちら側】から借りてきたんですよー」


「どれほど潜りやがったんだ、てめぇ」


「それは秘密ですー」


 ビチャビチャが箒だったもので圧し掛かる剣を跳ね上げた。

 次の瞬間、巨大な剣が細かく刻まれたかのように細切れになって消えた。


「くそがぁぁぁぁぁ、本物の【シンカノヤイバ】じゃねぇかぁ。ポチ! あれに近寄るな、触れるな!」


「あー、無駄ですー。距離とかそういう問題じゃないんでー」


 超大型巨人の首がなくなった。剣と同じように細切れになって霧散した。


「うわぁぁぁぁぁ」


 はじまりの魔王の背後から無数の機械仕掛けの神の剣が出現しビチャビチャに向かって放たれた。

 だが、それらも無駄に終わる。

 ビチャビチャの所まで辿り着けず消えた。


 ついでにやったのか、超大型巨人の首から下も刻まれて消えた。あれだけ巨大なものが欠片も残さず大気と同化するように。 


「そんなもん相手にどうしろってんだよぉぉぉぉ」


 あの自信に満ち溢れ、人を馬鹿にしたように見下しきっていたはじまりの魔王が慌てふためき、泣きそうな顔をしている。


「今度は転生できないように削除しますからねー」


 なんだかわからないものを携えた大柄なメイドがゆっくりと、恐怖に怯える魔王に歩み寄っていく。


「くるなぁぁぁぁ、近づくなぁぁぁ、どっかいけぇぇぇ」


 威厳も何もない駄々をこねる子供のように暴れている。


「やだぁぁぁぁ、もうやだぁぁぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 はじまりの魔王の体が突如発光し始めた。

 燃え尽きそうな蝋燭の最後のようにすべてを出し切っているような……。


 発光現象が強くなるにつれて、はじまりの魔王の体に変化が起きた。

 手足が細くなり、顔中に皺が出来、髪が真っ白になった思ったら、すべて抜け落ちる。

 まるで衰弱死する老人のような姿になった。


 発光した際に生まれた光がはじまりの魔王の体から離れて、上空に上がっていく。

 かなり上まで上がったと思ったら、そこで光は弾けた。


「あらー、最後の最後でめんどくさいことしてくれましたねー」


 光が弾けた場所に、大きな黒い穴が穿たれていた。

 そこに黒い球があるわけではなく、そらに穴が出来ている。


「どうしますかねー。私だけではこの世界を守りきれないかもしれませんねー」


 俺はビチャビチャに駆け寄った。


「どういうことだよ、世界が滅ぶのか? はじまりの魔王なら、もう駄目なった、これ」


 そう言いながら、足元に転がっているはじまりの魔王だったものを軽く蹴る。


「いやー、これが最後に自分の命まで使って嫌がらせしてくれましてねー。ちなみに今、蹴ったこれですけど、まだ魂は体にありますよ」


 ビチャビチャもはじまりの魔王の残骸みたいなのに蹴りを入れる。

 まだ、生きているってことなのか。でも、命を使ってまでと言っていたような。


「そろそろ出てきますよー。できるだけ、私の後ろにいてくださいねー」


 穴の方を見てみると、何かが出てきた。

 海上を行く船のような形をしている。機龍の表面のような光沢を持った素材でできているのか、鈍く光り輝いていた。

 ゆっくりとその姿を見せ始めているが、穴から続々と船体が出てくる。いつまでも終わらない。

 真下にいる俺たちに光が届かなくなり、まるで夜になったかのような状況だ。


 いくらなんでもでかすぎるだろ、超大型巨人の比ではない。

 完全に空を覆い隠してしまった。

 こちらからは舟底と思われるような場所しか見えなくなる。


 鈍く光っていた表面に、光が走り何かの模様を映し出した。


「なんだ、あれは。丸い球を齧る獣の絵か?」


 歯をくいしばるような音が聞こえた。横にいたビチャビチャが鳴らしたのか。

 何か知っているのだろうか。


「ビチャビチャ、あれが何だか知っているのか?」


「ええ、とてもよく。あれは【惑星喰らい】、第三層の戦艦です。第一層に来るなんて、どういうことでしょうかねー」


「何とかなるのか?」


「前世では一度、酷い目に遭わされましたけど、今回は大丈夫ですよー」


 えっ、前世って。お前、ゴーレムじゃん。石にも生まれ変わりってあるのか。

 疑問が出たが、それを問う時間はなかった。

 見上げていた戦艦の底から砲塔らしきものが迫り出し、地上にいる俺たちに一斉射を始めたのだ。


はじまりの魔王の最後っ屁により

アインの世界に来てはならないものが現れてしまった。


それはただ滅ぼすだけの兵器、それは破壊の権化

結局なんだかんだ言いながら世界の危機の場にいるアインはどうするのか


そんなご主人様の行動は関係なく、ビチャビチャが動き出す。


「これで終わりですねー。世界から去りましょう」


次回

俺のゴーレムが瞑想のしすぎで賢者を超える何かになるはずがない

 最終章:俺と別れの時


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