第14章:俺と鋼鉄の巨人(中)
背中越しに見える敵の数は無数
周りには傷だらけの勇者たち
普通であれば与えられる死を待つばかりの状況だが、俺は不思議と落ち着いていた。
敵と俺の間を遮るように立つ大きなメイドの後ろ姿は無言で意志を伝えてきている。
大丈夫、だと
「ちょっと騒がしくなりそうなので、どいててくださいねー」
ビチャビチャが指を鳴らすと勇者や傷ついた兵士の姿が消えた。と、思ったらゴドルさんが俺の横に現れた。他にも動けなくなっていた勇者が近くに突然現れる。
「こいつは、どういうことだ。何をされたんだ、俺は」
カツオさんも何が起きたのか理解できないようで、周囲を見渡している。
「これで準備は整いました。異世界の皆さん、逃げるなら今のうちですよー。と言っても逃がす気ないですけど」
と、ビチャビチャが言い終えた瞬間、敵陣から炎の柱がいくつも生まれた。炎の柱はその場から空を目指すだけではなく、回転し動き始めた。柱が動くたびに、異世界の軍勢の悲鳴が辺りに響き渡る。回復の魔術らしきものを使おうとしているやつも巻き込み、焼き払う。
魔力抵抗のない敵が一瞬にして焼失し、黒い粉となって地面に落ちていく。まるで、自然災害の巻き込まれたかの如く、敵が飲まれ死んでいく。
「なんだ、これは……、ミミパーンの大魔法なのか」
「あちしでもこんなの無理よ」
カツオさんの横に身体を抑えながら座っているミミパーンがいた。その近くにクタリもいる。
「見なさい。あの敵の状態を、火で包んで殺すならあちしにもできるわ。だけど、あれは違う。触れた傍から消し炭になっているわ。古代の魔導書に記されていた冥界の炎のそれに近い」
巨大な炎の柱が蠢く中から這い出すものがいた。魔法完全無効化の盾を構えた巨人だ。迫りくる柱を盾で受けながら一歩一歩前進してくる。
一歩一歩だが、その歩幅が大きいためすぐにでもこちらまで辿り着きそうだ。
盾を持った巨人を先頭に柱から逃れた敵が押し寄せてくる。
「ちっ、ミミパーンの魔法も無効にしていたやつか。前と同じように俺がぶっ壊すしかないか」
カツオさんが前へ出ようとしたと同時くらいに、巨人の盾が砕けた。
一体目の盾が砕けると、次々と横に並んでいた盾も砕けていく。
炎から身を守る手段を失った巨人と背後の敵は、再度迫ってきた柱に飲まれ消えていった。
「石だ……。見ろ、メイドの左手を。小石を指で弾いて飛ばしている。あれが敵の盾を砕いておるようだ」
ゴドルさんが驚愕の表情を浮かべながら説明してくれた。
魔王の目を潰す時に戦った時に使っていたものか。
巨人と小型の亜人の軍勢は、瞬く間に世界から姿を消すことになった。
このまま終わるのか、と思っていると炎の柱の中から魔王と同系統の形をした敵が現れた。
盾も持たずその身に炎を受け続けているが物ともせずに向かってくる。亜人や巨人とは各が違うようだ。
ビチャビチャに跳ね除けられた大巨人も、また動き始める。多くの敵を倒したが、異世界の軍勢は止まらない。
「よくもまー、こんなに集めたものですねー。そんなにこの世界の人たちが憎いんですかねー」
ビチャビチャが向かってくる軍勢に、自ら近づいていく。
「中には、ただ怖いから従っている方々もいるでしょうに」
箒を持っていない空いている方の手で、後頭部で丸く纏められていた髪を縛っている紐を解いた。
「従っているから、命令されているからといって人の世界を滅ぼしていい理由にはなりません」
解かれた髪が腰の下辺りまで広がる。
「そういうわけで、あなた方を救うなんてことは一切しません。さようならー」
広がった髪が緑色の光を放ち始める。
「羅号拘束解除……、【喰らう者】稼働」
何かが鳴った気がした。金属と金属が噛み合い閉まるような音だった。
それと同時に戦場に溢れかえっていた魔力の残滓が、周囲に漂う魔素がすべて消えてしまった。
違う……、消えてしまったのではない。そこにあった。
ビチャビチャの全身が魔力の光に包まれて、大きく広がった髪の裏側から緑の光が迸るように噴出している。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
獣のような声に振り向くとミミパーンが失禁しながら叫んでいた。
「なんなのよぉ! 喰われている。魔力が…、全部。 なんなのよぉ、その化け物はぁぁぁぁぁぁ」
「魔力が少ないクタリにもわかるうぉ。見ているだけで精神が死んでしまううぉ」
影から頭だけ出してクタリが語る。
他の勇者も地面に突っ伏していたり、その場で嘔吐したりしている。
おいおい、ビチャビチャさん仲間がやばいぞ。
「ビチャビチャ! 味方にまで被害が及ぶことするな」
「申し訳ありませーん。もう少しで終わるので。んー、この世界だと稼働させただけでこうなっちゃうんですねー」
「さっさとしろー。ミミパーンとか死にそうな顔になってきてるぞ」
「はーい、では限定使用でいきますねー」
「なんでも、いいから早くしろー!」
「モード【破神】を出力限界半分で作動開始、三……二……一、いきます」
全身を覆っていた魔力光が収束し、消えた。
そして、地を揺らす衝撃が体を襲った後、ビチャビチャがいた場所が大きく陥没していた。
「なんだ、あれは」
その異常は一目でわかった。敵が消えていく。炎で氷で雷で……。
敵陣からさっきよりも大きな炎の柱が昇り、巨大な氷塊が空より落ちる。別の場所では突如現れた暗雲から迸る雷が敵を穿つ。
「魔法じゃない……。あれは災害を生み出している。魔力で強引に世界から……。あんなこと、あちしには絶対にできない」
災害の渦の中、被害を免れた敵や耐性を持った中型巨人などは鋭利な刃物で斬られたかのように体をバラバラにさせながら消滅していく。
「まさか……、今のは虚空剣でじゃないのか。しかし、あんな巨大なものは……。アイン、君のゴーレムは剣術まで神技の域なのか」
勇者たちから驚愕されているが、俺にはすごいことになっているくらいの認識しかできない。
「よくわからんが、そうみたいだ!」
とりあえず胸を張っておく。
瞬く間に戦場に残る軍勢は、国軍と俺たち勇者だけになった。
敵陣があった場所は、一部が焼け野原となり、一部が湖になり、一部が黒く焦げた大地となっている。
残る敵は、超大型の巨人とはじまりの魔王だけになった。
先ほどから動きを止めていた超大型巨人が動き出す。
その肩にははじまりの魔王が乗っていた。
「おいおい、やってくれちゃったなぁ、おい。ったく、めんどくせぇのがいると雑魚はすぐにやられちまう。つかえねー」
はじまりの魔王が右手を前に出して、何かの魔法を使った。何重にも重なった魔方陣が回転していく。
「まぁ、やられてもいいけどな。こんぐらいでいいか。よっと【人形劇場】」
はじまりの魔王が作った魔法陣から無数の小さな小さな光の玉が飛び出して敵陣に降り注いでいく。
「これはキリがありませんねー」
いつの間にか俺の横に戻ってきていたビチャビチャが言う。
光の玉が地面に近いところまで行くと徐々に大きくなり、形を成していく。
その形は人のような姿となって、白い光だったものに色が付いていった。
他の玉の行方も見ると、様々な形になっている。亜人だけではなく獣や巨人。それは先ほど倒されたはずのに軍勢だった。
「彼らの体からマテリアルを抜いていたのですねー。確かにそれならいくらでも復活させられます。まったく、重罪ですよ」
倒したはずの軍勢が蘇る光景を見せ付けられてもビチャビチャは平然としていた。
「そんなに余裕ぶっこいてていいのかよぉ。今度は俺とポチも加勢するぜぇ。お前は大丈夫でもお仲間さんはどうかねぇ」
蘇った敵からこちらに、また迫ってきている。超大型巨人を先頭に異世界の軍勢が……。
こんな連中に勝てと言ってしまったのか、俺は。
威勢のよかった勇者たちも、絶望のような表情を浮かべている。
「問題ありません。マスターを守り、すべてを守れる、それができるから私はここにいます」
「ビチャビチャちゃん、いいわよ。あの野郎に、見せ付けてやって」
女言葉の禿げは、とても楽しげに言う。この状況を理解していないのか、いくらビチャビチャが強くても無限に敵が沸いてくるのでは。
「では、遠慮なくー」
それは小さな円だった。よく見ないと魔法陣と分からないほどの。
そこから繋がるように少しずつ大きさの違う魔法陣が展開されていく、十……五十……止まらない。
最終的には超大型巨人に近い大きさの魔方陣が空に向かって展開された。
そして、そこから魔方陣が小さいほうへ向かい重なっていく。
魔方陣が重なるたびに大きな魔力波が周囲を襲う。ミミパーンが何度目かの衝撃で泡を吹いて気絶した。
最終的には文様が複雑すぎて隙間なく文字を敷き詰めた丸のように見えた。
「【次元召喚】」
魔法陣から、何かが迫り出してきた。
それは金属のような光沢を持っていた。
それは大きく長く蛇のような形をしていた。
それは生物ではなく武器だと一目でわかった。
それはドラゴンではない。童話の表紙に描かれていた。
「あれは龍……」
アーリードラゴンを始め、この世界のドラゴンは体が寸胴で長い部分は首だけだ。
だが、今出てきているものは違う。胴らしきものはない。蛇のような体から短い手足が飛び出している。
この世界の人間なら見た事はないが、誰でも知っている有名な童話に出てくる龍の巫女を助けし神の御姿。
竜ではない、龍だ。
「あれがMD-01、あなたたちには機龍と言えばいいかしら」
機龍はルーのことじゃないのか。
「ルーと呼ばれていた子は、この本体に接続される核なのよ。核なしでは、本体は動かない」
いや、動いているだろ。
「その核の役割をビチャビチャが代わりに行っているのよ。まさか量子演算までできるとはね」
何がなんだかわからん。俺には理解できないことばかりだ。
「さぁ、その力を使ってわたしの世界の仇を討ってちょうだい」
その姿を、この世界に現した龍は咆哮をあげた。
ただそれだけで音が破裂し、敵を襲う。
「そろそろ終わらせる時間ですねー」
ビチャビチャが機龍の頭部に飛び乗った。
「いっきますよー」
機龍が長い尻尾で敵陣をなぎ払う。
大きさ的には超大型巨人には及ばないが長さはその倍はある体だ。人間と同じ大きさ程度の亜人はかわしようがない。
耐えた敵も機龍に食われていく。直接的な攻撃で屠られる。
「またかよぉ。本当にすぐに死ぬなぁ。はいはい、【人形劇場】」
同じようにはじまりの魔王が敵を復活させた魔法を使った。
だが、同じようにはならなかった。光の玉が動かない。目標が見つからないように周辺を浮かんでいるだけだ。
「はぁ!? どういうことだぁ」
「無駄よ。MD-01の体で傷を付けられた存在は【存在情報】にも傷を負うわ。マテリアルとの情報齟齬が起きて、戻ることはないわ」
「そこの禿げオカマぁ。てめぇ、何者だぁ」
「やっと、わたしの存在に気付いたようね。あなたは覚えているかしら、カデン博士を」
はじまりの魔王は、少し考える素振りを見せた。そして、何かに当たったらしく驚いた顔をする。
「まさか、機械化世界の……」
「そうよ、彼はわたしの師であり恋人だった男。そして、あなたが利用するだけして殺した人」
「くそっ、あの厄介な野郎に弟子なんていたのかよ。研究所ごとすべて消したと思っていた」
「博士の最後の研究成果であるあの子を返してもらうわ」
メルローズがルーを指差して言う。
「誰が奪ったもん返すかよぉ。お前もあの狂科学者のもとに送ってやんよ」
超大型巨人の胴体が展開し、何かを放とうとする。
しかし、発射される前に横から何かがぶつかって体勢を崩した。
機龍が体当たりをしたようだ。
「目を離すとすぐにマスターたちに襲い掛かるんですからー。やっぱり、先にあなたをやっちゃいますかー」
「調子に乗りすぎだぞぉ、糞ゴーレム! またぶっ壊してやる。見せてやるよ、新たな力を識ったのはお前だけじゃねぇんだぜぇ」
超大型巨人の姿が変わっていく。いや、正確には何かを纏っていく。
「これは機械仕掛けの神の……」
「そうだよぉ、剣だけじゃない。俺は、機械仕掛けの神を使えるようになってんだよぉ」
「ふーん、そうですかー」
「あぁ? 虚勢を張ってんじゃねぇよ。剣だけでやられたてめぇは泣いて許しを請えよ」
超大型巨人は、その身に豪奢な鎧を装備していた。
「これが、機械仕掛けの神の神鎧だぁ」
「へー、そうですかー」
「ビビりすぎて頭おかしくなったのかぁ。ぎゃははは」
超大型巨人を見ていると勝手に体が平伏し、頭を垂れたくなるような感覚に襲われる。
ビチャビチャもこれに当てられておかしくなったのか。
「その程度なんですね。頑張っても第二層の五百階ぐらいですかねー」
「はぁ? 何言ってんだ、てめぇ」
「あなたは、予定していたお仕置きを重くしないと駄目なようですねー」
「その無駄口を閉じろやぁ」
超大型巨人が手甲を纏った手で機龍に殴りかかった。
それをなんなくかわす機龍。
「この形態だと殴りにくいですねー。ちょっと変えますか」
そう言うとビチャビチャは、持っていた箒を機龍の頭に突き刺した。
「ちょっと、何やってんのよビチャビチャちゃん!」
機龍の姿が変わっていく。龍の姿から人の姿に。
長かった体は人の胴と足になり、頭部が折りたたまれて胴体と腕になった。
瞬く間に頭部のない人型になる。
首と頭部はないが、その場所にはビチャビチャが立っていた。
「なんなのよ、これ。こんな機能ないわよ。まさか……、N型素子を通して」
「これで殴りやすくなりましたねー。それではいきますよー」
人型となった機龍が一歩踏み出すことに大地が揺れる。
鎧を纏った超大型巨人もあわせるように踏み出した。
二体の巨人の戦いの火蓋が切って落とされた。
この世界ではあり得ない戦いが始まる
はじまりの魔王の操る神鎧を纏った超大型巨人と
ビチャビチャの動かす機龍の殴り合いは大地を揺るがし、大気を振るわせる。
巨人同士の戦いが終わるとき、はじまりの魔王が取った行動は……。
終わりの時は近い




