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第13章:俺と賢者を越えしもの

「これはどうなってるんだ」


 ギルドから転位させられた場所に戻ってきた俺の見たものは、地獄のような光景だった。

 地面を覆い尽くすように何かの残骸や兵士たちの屍骸が転がっていた。流れる川のようなものは、すべて赤く。煙や炎がそこら中で上がっていた。

 そんな凄惨な状況の中で傷つきながらも立っている人影があった。


「限がねぇぞ。どうなってやがんだ。どんどんでけぇのが出てきやがる」


 魔導拳のカツオさんだ。満身創痍で普段のような生命力に溢れていない。片腕がおかしな方向に曲がっている。その横には、棍棒が折れて半分の長さになってしまったゴドルさんがいた。こちらも全身から血を流して膝を着いていた。

 勇者たちの後方に控えていたはずの国軍もその戦力を大幅に減らし、半分も残っていないように見えた。

 異世界から侵略してきている軍勢を見ると、俺がハジコ村に向かう前よりも数が増えていた。亜人の兵隊以外にも巨大な犬ような獣や魔王のような物体も確認できた。


「カツオさん、何があったんですか」

「どこに行ってたんだ、おめぇは。何があったじゃねぇよ、あの穴から敵が出てくんだよ。それもあの穴どんどんでかくなってやがる」


 カツオさんが無事な腕で指し示した方角を見ると、最果てのと呼ばれる壁に大きな穴が穿たれていた。

 そこから続々と異世界の連中が出てきているようだ。

 よく見ると穴の中心に光を放つ人のような形をしている小さなものが見えた。


「あれは君の使役していた人龍だよ」


 血と埃で化粧をされたような顔をしたバリトンが横に来ていた。


「そうか、はじまりの魔王が言っていた鍵とはそういうことだったのか」


 ならば、ルーを奪えばあの穴は塞がるはずだ。はじまりの魔王の力だけは、門を維持できないからこそ、ケイオスマウンテンにルーを奪いに来たのだから。


「あいつを……、ルーをあの場所から何とか引き剥がせないのか」

「明らかに目立っていて怪しいから、攻撃を集中させたけど、守りが堅く突破できなかった」

「そうなのか。勇者と国軍の全員で一斉に攻撃をしても無理なのか」

「自分もそうけど、みんな傷を負いすぎている。その上、際限なく沸いてくる敵を見て心までが折れそうな状況だ。ここで一人でも勇者を失えば一気に崩れかねない」


 集団戦闘に長けたバリトンが言うのなら、その通りなのだろう。すでに国軍の兵士の中には諦めてその場から動かなくなっている者までいる。

 だけど、その勇者も限界じゃないのか。カツオさんやゴドルさんを見ていると、そう思ってしまう。


「というような状況だけど、勇者たちがこのまま負けることを選ぶはずないよ」

「そうだったな、何よりも戦いが好きだというような連中だったな」

「一応、君もその中の一人なんだけど……アイン」


 そうだ、勇者は……勇者たちは人を守るから勇者ではないんだよ。強いから勇者なんだ。俺は戦い好きでも強くもないけどな。


「まぁ、俺は出来る限りのするだけだ。後は、他の勇者に任せるよ」

「任せていいのかい? 人龍ごと門を壊しかねない勢いでやると思うよ、彼らは」

「ぐっ、それは不味いな」


 どさくさに紛れてルーを奪うことはできないだろうか。

 少しでも触れることができれば、モンスター使いの能力で何とかできる可能性があるのだが。敵陣の後ろにある、あの門まで辿り着くことが容易ではない。


「でも、最大の攻撃力じゃないと道は切り開けそうにないな。こうして話している間にも敵がさらに増えてるぞ」

「じゃあ、他の勇者に一斉攻撃のことを伝えるよ」

「ああ、頼む」


 賭けになってしまうかもしれないが、俺一人の力ではあそこまでは行けない。何とかしてルーの元に一番早く着かなければならない。

 もし、ルーを攻撃しようとするならば最悪、仲間である勇者の邪魔をすることになる可能性もある。覚悟を決めろ。

 頭の中で作戦を練っている間に、バリトンが戻ってきた。


「全員賛成だったよ。ミミパーンの雷撃魔法を合図に一直線で門に向かう」

「時間が経つほど、敵が増えるならば早いに越したことないな」

「そうだね、このまま待っていてもっ――」


 轟音が鳴り響き、敵陣の先端に黒い稲妻が突き刺さり、爆裂した。


「えっ、これか? これが合図?」

「そ……そうみたいだね。カツオさんが突っ込んでいったし」


 準備とかないのかよ。いくらなんでも行動に移すの早すぎだろうが。


「アイン! 遅れないように行くよ!」 

「おっ、おう! ゲフネル、シャーウッド行くぞ」


 2体を後ろに付かせて、バリトンの背中を追う。

 次々と敵陣で爆発が起こっているが、亜人が飛び散っているだけで大型の敵は無傷のようだ。

 門の付近にそびえ立つ小さめの巨人種のような敵は、仲間が攻撃されているのに微動だにしない。門を守護する姿勢を崩さない。


「敵陣の中央辺りまで突破したようだけど、少し前から現れ始めた魔王に近い形の敵は、そう簡単にいかないようだね」


 門の手前には俺が遭遇した魔王に似た型の敵が複数存在していた。それ以外にも大蛇のような形のもの、犬のような形のもの、明らかに前衛の亜人とは違う種が並んでいる。

 一体一体が魔王と同じ強さだとしたら、いくら勇者が揃っていても……。

 無理な気がしている中、一切の迷いなく敵に襲い掛かる勇者たちが見えた。体中、傷だらけなのに笑顔まで浮かべている人までいる。


「あの人たちは負けるなんて思ってないんだろうな」

「それはそうだろうね。例え死んでしまっても負けたなんて思わない人たちだよ」


 その意思の強さが彼らを支えているのかもしれないな。

 俺も少しくらい戦力になれれば……。


「シャーウッド! 小型の敵を狙い撃て。特に勇者の邪魔をしようとしているやつだ。ゲフネル! サンダーストラックを敵の後衛にぶちこめ」


 命令に従って、シャーウッドが魔力を込めた矢を放つ。敵に向かう途中で分裂し、複数の敵に同時に突き刺さり爆裂した。

 ゲフネルの放った雷を纏った斬撃が敵の弓兵や魔道士を襲い、黒焦げにする。


「アイン、ゴーレム以外にもすごいの連れているんだね」

「まぁな、俺には勿体無いくらいの強さに育ってる」

「おかしな言い方だね。君が育てたんでしょ」

「あー、んー、えー」


 答えづらいので、誤魔化すようにテイムモンスターたちに指示を飛ばす。

 小型の連中になら十分に攻撃は通用するだが、中型以上に対しては効果的ではないようだ。

 勇者たちも中型以上に対しては二人以上で対処している。

 普段、仲が悪いようにしか見えないゴドルさんとカツオさんも息の合った連携攻撃を見せていた。

 大規模な破壊攻撃が得意ではないヘンリー王子やクタリさんは、敵の足を止める攻撃に専念し、ミミパーンやラスールが大きい攻撃を放つ。

 破壊天使ビーチクは空を舞いながら、地上に光の雨を降らせ焼け野原を作る。

 圧倒的な攻撃力によって敵を撃ち滅ぼしているように見えるが、敵の主戦力らしき巨大兵には通用していない。

 敵陣の中盤までは順調に進んでいたが、そこからは少しずつしか前進できない。このままでは門に辿り着くことは……。


「バリトン、このままじゃ門に辿り着くなんて――」

「諦めるな、アイン。ここで諦めて倒れてしまったらこの世界は終わってしまう」

「だけど、門まで遠すぎるだろ」


 その時、俺に向かって一条の光が飛んできた。その速さは凄まじく知覚できたときにはすでに眼前だった。


「アインっ!」


 光が直撃したかと思ったが。白い手がその光を掴んで止めていた。

 俺の纏うショートマントが解け、十数本の腕と手になっていた。俺が倒したことになっている魔王が携えていた無数の腕をそのまま持ってきたかのような見た目だ。

 動いていない腕は風に揺られるようにブラブラと揺れている。その一本一本の掌には目がついており、これも魔王の手を同じ形だ。

 ガフさん……、あの場に残っていたものをそのまま使ったのか。

 光を掴んでいた手が握っていたものを、飛来した方に向かって投げ返す。その先を見ると、あまり会いたくない相手がいた。


「よぉぉぉぉ、ちょっと前ぶりだなぁ。糞人間よぉ」


 はじまりの魔王がいた。


「あのゴーレムは連れてねぇのか? ん?」


 こいつ、わかっていて言ってやがるな。


「シャーウッド! ソニックアローだ!」


 高速で打ち出された矢が加速し、耳を劈く高音を放ちながら敵を穿つ……はずだったが、突き刺さる前に矢が消滅した。


「おいおい、ご挨拶だねぇ。いきなり攻撃するなんて紳士的じゃあないぜぇ」


 自分から攻撃してきておいて、何を言ってやがるんだ。


「ゴーレムは、どこに行ったんだぁ? 見捨てられちゃったのかぁ?」

「ゲフネル! ディメンションソード!」


 空間を引き裂く斬撃を放つ。が、これも届く前に消え去る。

 くそっ、当てることさえできないのか。


「そんなに怒るなよぉ。機械仕掛けの神の剣をくらって平気でいる奴なんていねぇよ。あのゴーレムが消え去っても、そりゃあ仕方ねぇ」

「そんな事をわざわざ確認しにきたのか? 相当、うちのゴーレムが怖かったんだな」

「はぁ? 全然怖くなんかねぇし! ビビってねぇし! まぁ、あいつがいなけりゃお前らなんて敵のうちにも入らないから、楽にはなったけどよ」

「認めたほうがいいんじゃないのか。はじまりの魔王様は、ゴーレムを怖がってましたってよ」

「おいおい、調子に乗るなよ。てめぇを消すなんて造作もねぇんだぞ」


 脅しではない、あいつの力を持ってすれば、俺なんか簡単に消されてしまう。

 ただ、敵側の最大の戦力であろうはじまりの魔王の意識をこちらに向けさせておけば、他の勇者が門まで……。


「まぁ、そんな挑発して俺様の注意を引きつけている間に、お仲間を門まで辿り着かせようとしてんだろ」


 お見通しかよ。ただの短気な奴じゃなかったか。


「と、聡明な俺様はそんなことはすべてお見通しだぜぇ。それでは、作戦を看破されてしまった人には罰ゲームでも与えようかぁ」

「何をする気だ」

「可哀想にも罰ゲームの対象となった勇者さんたちは、我が家の新しいペットちゃんのご飯になってくださーい。出ておいでー!」


 はじまりの魔王の呼び声に応えてなのか、門の中から巨大な手が出てきた。

 さらに門の淵を広げるように、もう片方の手も出現し間から狼のような顔が現れる。続いて、人のような体が俺たちの世界に迫り出してきた。

 出てきたそれは、巨大な門よりもさらに大きく、敵の中では大型だと認識していた巨人種よりも遥かに大きい。

 人のそれではない牙の生え揃った口を開けて雄叫びを上げる。

 その咆哮は近くにいる異世界の軍勢どころか、反対側の世界の果てにまで届くと思わされるよな衝撃を伴っていた。


「なんだ、あれは……」


 バリトンが驚愕の声を漏らしていた。確かにあれは、なんだと言うしかない。

 禍々しさを身に纏い、はじまりの魔王と同種の存在だと感じる。


「うちの可愛いポチちゃんだ! 魔力が高い生物が好みなんだ。美味しく食べられてやってくれよ」


 そう言って、はじまりの魔王が指を鳴らすと、ポチと呼ばれた狼頭の大巨人がその体の大きさに見合わない速度で動いた。

 動いただけで周囲に衝撃波を撒き散らし、自分たちの仲間さえも吹き飛ばしていた。

 奴の狙いは魔力の高い生物……勇者なのか、一直線にゴドルさんやカツオさんの場所に向かっていく。


「止めろ! 待ってくれ!」


 口が勝手に動いていた。


「待たねぇよ。全員死んどけ。ぎゃはははは」


 大巨人が振りかぶった手を叩き落す。それだけで爆裂魔法が炸裂したかのように地面が破裂し周囲に土や石を撒き散らす。

 直撃しなかったものの、周囲を襲った衝撃が勇者にも被害を及ぼす。

 避けきれなかったのか、ミミパーンが倒れたまま動かない。

 大巨人の二度目の攻撃がくるまえに、クタリが自分の影に引きずり込む。

 無事だった勇者たちが、大巨人の足に攻撃をしかけるが、ものともしない。体の大きさが違いすぎる上に強固な防壁を有しているようだ。


「くそっ、あんな化け物どうしろっていうんだ」


 どうしていいか、わからず考えていると。大巨人の頭部から爆煙が上がった。連続して爆発が起こる。

 火の球のようなものが大巨人の頭に向かって飛んできている。


「あぁん、あいつらまだあんなに残ってやがったのか」


 空から大量の龍族が飛来した。すべてが同じ種類ではない、様々なドラゴンが群れを成している。

 先頭に巨大な黄金の竜がいた。黄金の竜……アーリードラゴン、もしかしてケイオスマウンテンで見たカレインと呼ばれていた爺さんか。


「邪魔くせぇな。やれ、ポチ」


 大巨人の頭部を覆っていた煙の中から漆黒の光線のようなものが発射され、ドラゴンの群れをなぎ払った。

 体のどこかを光線で切られてドラゴンたちは続々と墜落した。運よく被弾しなかったドラゴンも二発目、三発目の光線に当たり落ちていく。

 気付けばアーリードラゴンしか空に残っていなかった。


「相変わらずしぶといじゃねぇか、あの爺。まぁ、あの程度なら放っておいてもいいか。ポチ、勇者たちに狙いを戻せ」


 標的を空から地上に移し、再度勇者に襲い掛かる大巨人。


「おめぇも、ついでに殺されとけよな。んじゃ、俺様は戻るわ」


 そう言うと、はじまりの魔王はゆっくりと門の方へ飛んでいった。

 もう自分では何もすることがないってことかよ。

 勇者でも最古の竜でも……かなわない。この世界の力では、あいつには勝つことはできないのか。


 暴れていた大巨人がこっちにも向かってきていた。


「アイン! ここは一度引くぞ。動け!」


 バリトンが何か言っている。もう何しても無理だろう。


 世界を救うどころか、ルーさえも助けられなかった。

 他の勇者のように敵を倒すこともできない。


 俺には何ができたんだろう。

 ドラコにはあんなに格好つけて出てきたのに……。


 大巨人の振り下ろす手が迫ってくるのが見える。

 ゲフネルが俺を抱えて逃げようとするが、あの手の大きさでは避けるのは無理だ。

 死ぬ寸前なのか、落ちてくる手がゆっくりに見える。


 これは怖いな。目を瞑ろう。








 痛くない。もう死んだのか。暗いだけだな。

 ん……、目が開く。どういうことだ。


 目を開けても暗い。

 頭の少し上で巨大な何かが止まっていた。


 もしかして、これは大巨人の手か。何故、止まっている。情けでもかけられたのか。



「今度は私がお待たせしちゃったみたいですねー」


 この声はビチャビチャ!? あいつは、ガフさんのところにいるはずだ。

 そうか、あいつも死んでいて俺も死んだから同じ場所にいるのか。

 そうじゃなきゃおかしいよな。


 メイド姿の女の子が片手で大巨人の手を受け止めているなんて。



「マスターを傷つける者は、私がお仕置きです!」


アインの危機に馳せ参じたビチャビチャ

その姿は以前とは似ても似つかぬものだった。

ガフさんのところに残されてたビチャビチャに一体何があったのか

何があったら、岩と石の塊が美少女メイドになるのか

そしてビチャビチャの変化は姿だけではなかった。


次回

第14章:俺と鋼鉄の巨人

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