第12章:俺と娘
さて、割と格好良く登場したはいいが、完全に敵に囲まれている。
こちらの戦力はゲフネルのみ、シャーウッドもこちらに向かって来てはいるが、時間はかかるだろう。
元々、敵と戦う力が皆無な俺はモンスターに頼るしかないし、ガフさんから貰ったダルイの効果もよく分かっていない。
となれば、取る手段は一つだな。
「ドラコー! 逃げるぞー!」
娘の手を掴んで一目散に逃げ出す。戦う気配を出していたのに、急に背中を見せ逃げ出した俺の行動を理解できなかったのか、異世界の連中は反応が遅れた。
このまま一気に森の中に入れば、やりすごせるかもしれない。
「ちょっと待って! お母さんのお墓がっ」
体に力を入れてその場から動こうとしない。引いていた手を逆に引っ張られる形になる。
「ここを離れないと、死んでしまうかもしれないんだぞ」
「でもっ! でもっ!」
くそっ、足の速い奴はすぐそこまで近付いて来ている。
「ゲフネル! あいつを止めろ!」
こちらに合流しようとしていたゲフネルに指示を出す。
腰から抜剣し、豹頭の敵に仕掛ける。横に薙ぐように振るわれた剣を、豹頭は手にしていた肉厚の鉈のようなもので受け止める。
辺りに甲高い金属音が響き、不快感を覚える。
ゲフネルは浮かびながら足を爪で豹頭の腕を蹴り上げて体制を崩す。立て直そうとしたところを尻尾による追撃で地面に倒し、頭部に剣を突き刺した。
「よくやった。少しの間、こちらに敵が寄らないようにしてくれ」
「御意に!」
敵と俺たちの間に浮遊しながら牽制し始める。
「ドラコ! よく聞け。自分の墓を守るためにお前が死んだら一番悲しむのはフタコだぞ。あいつなら、自分のために娘を死なせるようなことをさせはしない」
「そう……なの?」
「ああ! だから、ここは一度逃げるぞ。フタコの墓は壊させない」
ゲフネルが牽制しているが、敵の数も数なのでじりじりと距離を縮められている。一斉に飛び掛る機会を狙っているようだ。
再びドラコの手を取り、走り始める。
「ゲフネル! そのまま後退しろ。ある程度距離が取れたら空に逃げろ。連中に飛べる奴はいない」
飛んで逃げろとは言ったが、敵は今もぞろぞろと後方から増えてきている。飛べなくても投擲武器を持っている奴がいるかもしれない。
どうにかしてゲフネルが逃げる機会を作れないものか。
と、走りながら考えていると、一体の敵が頭に何かが突き刺さり吹っ飛んで行った。倒れたそいつの頭には矢が刺さっていた。
次々とどこからか矢が飛来し、敵に襲い掛かる。この機会をゲフネルは見逃さず一気に空へ飛び上がる。
姿は見えないが、シャーウッドの仕業だな。森があるところではハイドエルフィンとして特性が最大限に引き出せるようだ。
矢は飛んできているが、どこから飛んできているか分からない。何かが動きながら撃っている気配もない。
敵は全方位を警戒することになり、足を止めた状態になっている。この隙に一気に森の中に逃げ込む。
「はぁはぁはぁはぁ、何とかなったな。それにしても、うちの連中は優秀だな。ドラコ、怪我はないか?」
「うん……」
森の中に入っても走り続ける。完全に離れるまでは油断できない。
途中から、いつの間にかシャーウッドが後ろについてきていた。一声かけてくれよ、気付いたときは驚いた。
これでも闇雲に走っているわけではない。先ほどいた墓の場所からだと、もうそろそろ目的地に着くはずだ。
ドラコも息が上がってきている。そこで休息を取って、一息つきたい。
森に差し込む光が大きくなってきた。出口が近い。川を流れる水の音も聞こえてきた。
「あと少しだけ頑張れ。もう着くから」
森を抜けた俺たちの目の前には人が歩いて渡れる程度の深さしかない川があった。
この川を越えて浅い森を抜けるとハジコ村に着く。
一息入れたら村から大陸側に向けて移動している村長たちと合流できるように急がねば。
「その辺に座れ。今、水を汲んでくる」
「うん」
なんだ、なんか素直で怖いぞ。変な連中に襲われた恐怖が今になってきたのか。
とりあえず、川の水を皮袋に入れてドラコに持っていく。
「ほら、飲んでおけ。落ち着くぞ」
俺から受け取って喉を鳴らしながら一気に飲み干した。あがっていた息も落ち着いてきたようだ。
「これからお前をハジコ村の村長たちのところに連れて行く。レイコさんも村の人と一緒に移動しているはずだ」
「お祖母ちゃん心配しているかな」
「そりゃあ心配するだろ。たった一人の孫なんだから」
反省しているのか、俯いたまま黙ってしまった。ドラコが大事そうに何かを抱えていることに気付いた。古い手帳ののように見えるが。
俺の視線が抱えている物に向いているのに気付いたのか、ドラコはそれを背中側に回してしまった。
「大事そうに抱えていたけど、何なんだ?」
「いいでしょ、何でも。知らないおじさんには関係ないっ!」
さっきまでの落ち込んでいた姿から一転してセントラルに来ていた時のドラコに戻ってしまった。
「そう言われると気になるんだけど……」
「もうっ! お祖母ちゃんのとこに行くんでしょ。早く行こうよ」
「ああ」
俺を置いて歩き出してしまったので後を追う。
シャーウッドに続いてゲフネルも空から合流した。後ろを警戒させつつ、急いで村の連中に合流しないと。自分の身だけなら守るのは簡単だ。
「あのね……」
横を歩くドラコが話しかけてきた。目線はこちらには向けず、前を見たまま。
「知らないおじさんにこんな話をするのは変なんだけど、聞いてくれる?」
「ああ」
なんだ……また文句を言われるのか。知らないおじさん扱いなのに。
「わたしね、お母さんと会ったことがないの。正確には少しだけ会っているんだけど、覚えていない。わたしを生んですぐに死んでしまったから」
体の弱かったフタコは、ドラコを出産して死んでしまった。だけど、生む前からそういう結果になることを分かっていたが、あいつはそれでもドラコを生むことを選んだ。
「だから、わたしの中のお母さんは人づてに聞いた話でしかない。こんな人だったよ、とか若い頃はわたしとそっくりだったとか。そういう話を聞けば聞くほどお母さんに会いたくなった。お母さんの残してくれたものが何かないかなって家の中を探していたら、これを見つけたの」
そう言って、さっきの古い手帳のようなものを見せた。
「これはね、お母さんの日記。人に読んで欲しくなかったかもしれないけど……。人づてじゃない、お母さん本人が残したものを知りたくて読んじゃったの。そしたらね、書かれてたのはお父さんのことばかり。家を空けがちなお父さんが今、どこにいるだろうとかお父さんがしてくれた冒険の話、それ以外もお父さんのことばっか。読んでいて恥ずかしくなったよ。でも、お母さんはお父さんが好きで、お父さんもお母さんを好きだってことは、よく伝わってきた」
俺が手帳のことを知らないわけだな、その内容だと一番見せたくない相手だろう。それにしても、どんなことを書き残してたんだ、あいつは。
「日記の中のお父さんは、まるでお話の中の英雄みたいで、わたしの知っているお父さんとは全然違った。わたしが知っているのは娘を置き去りにしたまま、冒険ばかりしてる自分勝手な人」
ぐっ……、心が痛い。
「それでね。日記のお父さんとわたしの知っているお父さんが違うのには、理由があるんじゃないかなって思ったの」
ドラコが足を止めてこちらを向いた。表情は真剣そのものだが、目元が涙ぐんでいた。
「お母さんを殺したわたしをお父さんは嫌いなんじゃないかって」
溜まっていた涙を零れさせながら、ドラコは本音を出してくれた。流石にこれには真面目に応えなければならない。
「これは、俺の知り合いの話なのだが、すごく似ている話なのでよく聞いてくれ」
ドラコがこっちをじっと見つめたまま、肯定と取れるような意思を見せる。
「そいつは物心がついた頃には孤児院にいて、仲間はいたけど家族ってものはいなかったんだ。そのまま孤児院で成長するが、続々と新しい子供が入ってくるので外で仕事をしなければならない。そいつは小さい頃から憧れていた冒険者になろうと決めて、孤児院を出た。その後、色々あったが冒険者になることができた。だけど、昔読んだ物語のような冒険者にはなれず、日々暮らしていく金を稼ぐので精一杯だった。そんな毎日に嫌気がさしてきていた時、仕事で行った辺境の地で一人の病弱な女性と出会うんだ。その人は、足が悪く一日の大半を寝床で過ごしていた。外の世界をほとんど知らない女性に知り合いは、自分の冒険の話をした。それを彼女は喜んで聞いてくれた。時には興奮して、時には涙して。そんな時間を過ごしていく中で、いつしか二人は結ばれた。知り合いは、それを機に冒険者を引退して一緒に過ごしていこうとした。だけど、彼女はそれを望まなかった。あなたには冒険者でいて欲しい、そう願った。知り合いは、その意思を汲み、冒険者としての生き方を選んだんだ。ただ、依然とは違い冒険の後に帰る場所があった。都市からは離れていたため毎日というわけにはいかなかったが、できるだけ彼女の元へ戻った。ある日、帰ると彼女がとても嬉しそうな顔をして話がある、と言ってきた。子供ができたんだ、二人の間に。だけど、体の弱かった彼女は出産の時にかかる負担で命の危険があると周囲から言われていた。それでも彼女は生むことを選んだ。そして、元気な女の子をこの世に誕生させたけど、彼女は天に召されてしまった。でも、彼女は最後満足そうだった。知り合いも悲しかったけど、彼女の満足そうな笑顔を見たことで納得してしまった。彼女の分まで子供を愛することを決めた」
ドラコは顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら話を聞いてくれている。
「だけどね、困ったことに知り合いは家族を愛する方法をよくわかっていなかったんだ。自分自身がそういうものを受けて育ってきてなかったから。だから、知り合いは彼女にしたように自分が冒険者として生きて、その話を子供にしてあげればいいじゃないかって思ったんだ。でも、それは間違いだった。一所懸命、頑張ったけど冒険者としては一流にはなれない。そんな情けない姿を子供に見せたくないと、帰る回数が減っていった。そして結構いい歳になってから間違えていたと気付いたんだ。見栄を張るより、子供と一緒に過ごしていた方がよかったんじゃないかなって」
「それで、その知り合いは冒険者を引退して、土を耕して生きていこうと考えたんだけど、色々なことに巻き込まれてまだ実現してないらしいんだけどね。でも、その知り合いは言っていたよ……」
一呼吸置いて、ドラコの目を見て言う。
「妻と同じくらい、いや……それ以上に娘のことを愛しているって」
俺の話を聞いたドラコはその場に座り込んで泣き始めてしまった。
しかし、驚いた。自分の子供がこんなに成長していて、色々と考えていたなんて。
やっぱ、この戦争が終わったらハジコ村で一緒に暮らそう。
「主よ、取り込みのところ申し訳ないが、かなり近くまで来ている敵がいる」
「わかった。ドラコ行くぞ」
ドラコは立とうとしない。泣いているばかりだ。
「仕方ない。ちょっと揺れるぞ!
泣いているドラコを強引に立たせて、背負う。
もう足が悲鳴をあげているけど、ここは泣き言は出さない。
足が千切れるまで走るぞ。やばくなったらゲフネルもいるし!
◆
なんとか、追いついたか。
非難していたハジコ村の連中と合流することができた。
ドラコは泣き止んだけど、無言で背負われたままだ。
「ほら、ドラコ、村のみんなに追いついたぞ」
ゆっくりと背中から降ろす。さっきとは違ってちゃんと自分の力で立てるようだ。
「お義母さんと一緒にいろよ。俺は後少しだけやることがあるから」
そう言って、村の連中とは反対側を向く。戻ったら、もう一度ドラコと話をしよう。戻れたら、だけど。
「ねぇ、知らないおじさん」
後ろから声をかけられる。
「さっきの話の知り合いの人に伝えて欲しいことがあるの」
「いいぞ、伝えておく」
「ちゃんと、聞いて伝えてよね」
「わかった」
「えっと……その子供も奥さんと同じように冒険者としてのお父さんが好きだよ。嫌っているように見えたのは、中々帰ってきてくれなくて拗ねていただけ。だから、立派な冒険者に……それだけじゃない、世界を救う英雄ぐらいになって子供に話を聞かせてあげて!」
「それと! ちゃんと帰ってきてよね!」
「ああ! 必ず戻る!」
そう言い残して、俺は随分緒軽くなった足で戦場に戻る道を駆けていく。
娘との蟠りも解けて、戦うことを決心したアインは戦場に戻る。
勇者と異世界の軍勢の戦いは佳境を迎えていた。
広がっていく異世界の門、そこから無尽蔵にあふれ出す敵
徐々に押され始める勇者と国軍
アインの身を危機が襲うとき
帰ってくる
次回予告
第13章:俺と賢者を越えしもの




