第9章:俺と壊れたゴーレム
「あー、死ぬかと思った。本当にやばかっただろ、今回は」
自分の体を触りながら、生きていることを実感する。無事に転位できたようだ。
ルーは奴の手の中にあったから、一緒には来ていないだろう。
仲間を確認する。ゲフネル、シャーウッド、二体とも無事だ。ビチャビチャは俺の右手の中に。
そして、変なおっさん。
「誰だ、お前は!」
マントのような膝下まで届く長さの白い服を着た中年男がそこにいた。頭髪のない頭を輝かせつつ、肩や腰をくねくねと揺らしながら興味深そうにこちらを見ている。
ゲフネルとシャーウッドを戦闘態勢に移らせる。はじまりの魔王の仲間かもしれない。
剣と矢を向けられて、驚いたおっさんはこちらに向かって何かを言っているが、さっぱりわからない。
「%&△$$○○!」
龍言語のようでもない、人族の使う言葉でもない。身ぶり手ぶりで助けくれ、と懇願しているのだけは分かる。
こちらが困惑していることに気付いたのか、服の中から紐のような物体を出して首に巻き始めた。
おっさんが首に付けた紐が点滅し始める。
「た――たすけてぇぇぇ!」
急に何を言っているのか理解できるようになった。どういうことだ。確認をしてみる。
「急に言葉を理解できるようになったぞ。正直に話せば殺すことはない。落ちつけ」
「わかったわ、なんでも答えるから。言葉が理解できるようになったのは、私が首に付けた翻訳機のせいだと思うわ」
ほんやくき? とは、なんなのか。魔道具か何かで言葉を変換する力があるのだろうか。
「ならば、聞くがお前は何故ここにいる? はじまりの魔王の仲間なのか?」
「探し物をしてこちらの世界に入ってきたんだけど、移動してきた空間に足場がほとんどなくて、何とか君たちがいた場所に降りられたと思ったら急に光に包まれてここにいたのよ。はじまりの魔王は何だか分からないわね」
俺たちの転位に巻き込まれたのか。しかし、その瞬間にあの場所に入ってくることなどできたのだろうか。
「君たちが争っていた相手……私たちの世界ではハーメルンと呼んでいた男が、はじまりの魔王だと言うのならば知っているわ」
「知っているのか」
「ええ、私たちの世界を滅亡に追い込み、そればかりか私の……私の大切なMD-01を奪い去るなんてっ!」
どうやら、はじまりの魔王に恨みを持っている人のようだ。えむでぃーなんとかわんっていうのは分からないが。
「私の可愛い可愛いMDー01をあんな外見だけ美形の糞野郎に奪われるなんてぇぇぇ。くやちぃぃぃぃぃぃ」
懐から薄い布きれを出し、噛み締め始めた。なんだ、このおっさん気持ち悪いぞ。
「いや、そのえむでぃーなんとかってのは何なんだ?」
「この子ですっ!」
俺の前に紙を一枚、差し出してきた。その紙切れには絵が書いてあり、現実と見間違えてしまうほどの綺麗さだ。
まるで世界を切り取ってしまったかのよう。その紙の世界の中には、よく見知った顔が存在していた。
「これはルーじゃないか」
「知っているの?」
「はじまりの魔王にさらわれてしまった、俺の仲間だ」
「ハーメルンにっ? それに、君の仲間ですって……。うちの子に何をしたの?」
いきなり、俺に迫り寄ってきて首筋に鈍く光る何かを押しあてられた。ゲフネルがおっさんを斬ろうとしたので、止める。
「何もしていないってわけでもないが、暴れていたのを鎮めるために服従の関係を結ばせてもらったんだ。結んだだけで実際には、命令したとかそういうことは一切ない」
「そう……、防衛機能が働いたのね。念のため聞いておきますが、エッチな事はしていないでしょうね?」
「してない! してない! 俺にそういう趣味はない!」
「そうなの、ごめんなさいね。あの子のことが心配で」
「それであんたは、あいつの何なんだ?」
俺の首に押しつけていたものをどかし、距離を取った。よくそ聞いてくれました、とばかりに胸を張る姿勢を取りながら回転しはじめた。
このおっさん……どっかの勇者王子と気が合うのではないか。
「私は! 親なんです! あの可愛い可愛い、私にそっくりな女の子である、MD-01の!」
ルーの親!? そっくり、とは何を言っているんだ、このおっさんは。似ている部分など欠片もないぞ。
「あー、こっちではそのえむでぃー何とかってのをルーって呼んでたんだ。種族が機龍ってなってたからな。それを縮めて」
「機龍!? なぜ、それを。あの状態では分からないはず。この世界、独特の認証があるのかしら」
いきなりブツブツと呟き始めた。
「あー、それであんたの名前は何ていうんだ? 俺の事はアインって呼んでくれ」
「そうね……、私の事はメルローズと呼んで頂戴」
「よろしくな、メルローズ。えっと、このさっきから浮いているのがゲフネル、俺の後ろに隠れているのがシャーウッドだ。それと……」
右手を開いて中に握っていたものを見せる。
「こいつが……」
「ビチャビチャですー。よろしくお願いしまーす」
喋れるのかよっ!
普通に指輪から声が出ていたぞ。喉とかそういうもん必要じゃねぇのかよ。と、考えたところで気付いたがゴーレムにも喉なんかなかったな、そういや。
「よろしくね、ゲフネルにシャーウッドにビチャビチャ。みんな個性的な姿ね」
まったく驚くことなくメルローズは挨拶を交わしていた。こいつのいた世界では、指輪が喋るのが普通なのかもしれない。
「なんじゃなんじゃ騒がしいのう。おおぅ、アインさん来ておったのか。随分と遅かったのう」
遠くから知っている声が聞こえた。ゆっくりとこちらに小柄な人影が歩いてくる。
あれは、ドワーフのガフさんだ。俺たちが転位してきたのはゲイン鉱山だったのか。
「ゲフネルもシャーウッドも久しぶりだのう。なんか変なのも増えているが、ルーとビチャビチャは来ておらんのか?」
「ルーは、ちょっと事情があってな。ビチャビチャならここにいるぞ。ほれ」
「お久しぶりですー。ガフさーん」
「おおおお、なんて姿になっとるんじゃい。それがお前さんの魔核じゃったんだな。とりあえず、オラの工房へ行かんか」
ガフさんの後ろに続いて歩いて行く。道中、メルローズがガフさんに話しかけまくっていた。いいお髭ですね、筋肉触っていいですか、とか。今まで知らなかった気持ち悪さだな、あいつは。
「――というわけで、ここに飛んできたんだよ」
「そんなことがあったのか。大変なことになってきているのだのう。じゃあ、そのはじまりの魔王の計画を阻止しに行くんか?」
「したくても、俺にはそんな力がないしな。唯一対抗できそうなビチャビチャもこんなんだし」
テーブルの上に指輪を転がす。ころころと転がって飲み物の入ったグラスにぶつかった。
「もっと丁寧に扱ってくださーい。さっきから魂が抜ける感じがして大変なんですからー」
またふざけたことを言っているのか、と思ったが指輪から何かが出ているのが薄く見えた。
よく見てみると黒曜石に小さなヒビが入っていた。ここから魔素が漏れているのか。
「おい、ビチャビチャ! どうして教えなかった」
「教えてもどうしようもないことというのがありましてー」
「お前、このままだと消えてしまうぞ」
自然発生タイプのゴーレムにとって魔核とは一番重要なものであり、これが無事ならば体の再構成も可能と言われている。
逆に魔核となった物体から魔素がすべて抜け出してしまい元の物体に戻った場合は、人でいうと死んだことと同じ状態になってしまう。
「ガフさん! 宝石の研磨はできますか?」
「すまん、オラは金属の事ばかりでのう。力になってやれん」
くそっ、ひび割れた部分を研磨して補修する事もできないか。
魔素の補充で何とか先延ばしにっ。
「龍穴に通じている道はまだ使えますか?」
「この間の戦いで崩れやすくなっているが、以前と同じ道で行けるはずじゃ」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきます」
指輪を引っ掴んで、工房から出る。
龍脈付近の濃い魔素を吸収させて状態を維持させるしかない。
急げ、急げ、急げ。
「ビチャビチャ、もうすぐ龍穴に着くから、もたせろよ」
「なんかー、気持ち良くなってきちゃいましたよー。マスターに抱えて走って貰えるなんて幸せですねー」
「抱えてねーよ。握っているんだよ。まだ余裕があるようだな」
「いやー、本音を言いますとね。結構危険ですよー、さっきから自分が何なんだか分からなくなってきています」
「待て待て! 何とか留まれ。あと少しで着くから」
こんなに全速力で走ったのは、いつ以来だろうか。記憶に残っているのだと、フタコが死にそうな時か。そういう時じゃないと走らない奴なのか、俺は。
「そういや、お前の魔核なんだけどさ。失くしたと思っていた結婚指輪だったんだな。いくら探しても見つからないはずだよ」
「あんな何もない河原で、魔力が籠りそうなものなんて限られるんですから、気付いてくださいよー」
「見つからなかったせいで、義母さんとドラコにどんだけ怒られた知っているのか?」
「知っていますよー。愚痴は全部聞こえてましたから」
「ぐっ――それはそれで恥ずかしいものがあるな」
見つけるまで家に帰ってくるな、と言われて日がな一日を川辺で過ごしたのを思い出す。あの時は寒かった……。
ただでさえ寒気がきついと言われる東の最果ての近くだったしな。
洞窟の中を直走り、穴から光の奔流が舞いあがっている場所に着いた。
魔王との戦いで壁面が崩れていたり、地面が隆起している部分はあるが、龍穴自体は問題ないようで以前と変わらない輝きを発している。
「着いたぞ。ビチャビチャ、おい……着いたぞ。魔素を取り込め」
返事が……ない。
「おい、ビチャビチャ! ふざけてるのか。着いたんだぞ!」
龍穴の近くに丁度いい高さの台があったのでその上にビチャビチャを乗せる。
かなり濃い魔素が漂っている、これを吸収すれば修復まではいかずとも意識の流出は防げるのではないか。
「すみませーん、朦朧としてきちゃって」
「周辺の魔素だけじゃなく龍穴から直接取り込んでもいいから、何とかしろ」
「ちょっと疲れちゃったので、後で……い……すみませ……ん。少し……眠りま……す」
「おい、ビチャビチャ! おい!」
まだゆっくりと、魔素が指輪の黒曜石から漏れている。少しは、吸収もしているようだが体があった時とは比べ物にならない程少ない。
意識は消えていないようだが、指輪に内包されている魔素がかなり少ないことは俺の目からでも分かる。
このままじわじわと……、フタコのように逝ってしまうのか。ちくしょう、もっと早く気づいていれば。どうして、言わなかったんだビチャビチャも。
その場に座り込む。普段使っていない筋肉に疲労が蓄積したようだ。誰かに見られたら項垂れている様に見えるだろうな。
そんな状態の俺に、すごい速さで近づいてきた物体があった。
光る何かを持ったゲフネルが飛んできた。
「主よ、大変だ。これを!」
ゲフネルが手に持っていた勇者の登録証を受け取る。
――ん!? 緊急招致という文字が激しく明滅していた。その下には『東の最果ての地にはじまりの魔王が現れた。政府は総力を持ってこれを討つことを決定した。勇者はセントラルに急ぎ集合すべし。これは勅命である』とも。
あいつ、ケイオスマウンテンからもう移動しやがったのか。魔力の回復はどうなったんだ。東の最果てはハジコ村の近くだ、確実に巻き込まれる。
ドラコやあの村に被害が及ぶ前に何とかしなくてはならないが、俺の力で何とかできる問題でもない。
だけど、娘を見殺しにすることも……できない。
「ビチャビチャ! すぐに迎えに来るからな! いくぞ、ゲフネル」
返事を待たず、ゲフネルを引き連れて龍穴から出る。早いとこセントラルに戻らなくては。
ガフさんから転位石を借りなくてはならない。
行きと同じくらいの早さで工房に戻ると、そこには話に華を咲かせている髭と禿げがいた。
「物質と結合させると様々な特性を持つなんて……、すごいわね。こんなの私のところにはなかったわ」
「ミスリルとオラたちは呼んでいる。希少金属でのう、中々採取できないものなのじゃが、この山にはそれなりに眠っておる」
「私の世界の物とくっつけたらどうなるのかしらねぇ。精製方法と合成方法は、どうやっているの? あら、おかえりなさい」
メルローズが戻ってきた俺に気付く。
「ガフさん、すまないが俺はセントラルに戻ります。登録済みの転位石か空いている転位石を譲ってくれませんか。はじまりの魔王が俺の娘のいる場所の近くにいるようなんです」
「ハーメルンが現れたの? ということは、扉がもうそろそろ開き始めるということかしら」
「扉の件は分からないが、そこにいることは確かなようだ。メルローズ、あんたもあいつからルーを取り戻すんだろ。行くか?」
「そうね……、行きたいのだけど今の私では、ハーメルンに勝てない。あなたたちが戦っていた時に見た力は、私の世界を滅ぼした時よりも遥かに上だったわ。少し準備をさせて」
「わかった。じゃあ、俺とゲフネル、シャーウッドはセントラルで準備出来次第、東の最果てに向かうぞ」
ガフさんが奥から転位石と、白い何かの束を持って戻ってきた。
「セントラル指定の転位石じゃ、それとこいつが手紙に書いたアインさん用の武具じゃ」
「手紙って?」
「なんじゃ、読んでたからここに来たのではないんか。まぁ、いい。龍穴のところに現れた魔王の破片を利用した作ったんじゃ。勇者ってのは、こういうのを持つことになっとるんじゃろ」
「セイタンシリーズですか。確かに勇者は持つことになっていますけど。俺は武器関係、ほとんど使えないんですよ」
「武器ではないぞい。マントじゃ!」
そう言うと持っていた白の束を広げて見せた。腰の上ぐらいまでの長さしかないショートマントになっている。装飾は肩の辺りの留め具に付いている赤い宝石のようなものだけで、それ以外は真っ白だ。
「あんたが戦いを得意としていないのは知っているからのう。防具にした。敵との戦闘になったら、このマントに魔力を常時流すようにしてくれ。それだけでいい」
「魔力武装なんですか、これ。微弱でもよければ俺でも流せますけど。こいつの名前は何て言うんですか? あった方が意識して魔力を流しやすくなるんで」
「うむ、名前は【ダルイ】じゃ」
「ダルイ? なんか締まらない名前ですけど、作成者であるガフさんの命名だから仕方ないですね」
ダルイを受けとって、身に纏う。首元をすっぽりと覆い上半身は顔だけしか見えないようになった。
メルローズが中々似合うとか茶々を入れてくるが、色が真っ白なだけにやたらと目立っている気がする。戦場ではまずいじゃないのか、これは。
「ビチャビチャはどうしたんじゃ?」
「龍穴のすぐ近くで寝ています。後で様子を見に行って貰えませんか。俺もできるだけ早く戻ってくるつもりです」
「わかった。責任を持って預かろう」
「ありがとうございます。ガフさんには色々とお世話になりました。ビチャビチャをよろしくお願いします」
俺は転位石を使った。体が光に包まれていく。
はじまりの魔王相手に俺の力では生き残れる確率は低い。命が終わる瞬間まで、ダルイは大切にします。それとビチャビチャをお願いします。
「なんじゃ、あいつは。今生の別れのような挨拶をしおって」
「さぁねぇ、何か思うところでもあるんじゃなーい」
◆
(アインたちがセントラルに向かった後、ガフはビチャビチャの様子を確認するために龍穴を訪れていた)
「ど……どうなっとるんじゃ、これは」
「きれーい、なんて神々しいのかしら」
ガフとメルローズ、二人が見たのは龍穴から緑色のすさまじい輝きを放つ光の奔流が生まれ、小さな黒い石を中心に渦巻いている光景だった。
その光は洞窟内のすべてを満たし、包み込み、幻想的な光景を生み出していた。
目も心も奪われていたガフとメルローズの頭に声が響いた。
「お二人にお願いがあります」
ビチャビチャを残し、東の最果ての地へと向かうアイン
門を開き、異世界の軍勢を呼び寄せたはじまりの魔王と勇者を筆頭とした政府軍の世界をかけた戦いが始まる。
アインは娘を、世界を救えるのか!?
第10章:俺と異世界の軍勢




