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第8章:俺と世界の鍵

 胸を貫かれたザルートがルーを抱えたまま大きく喀血する。


「ガハッ……、誰じゃ。まったく気配を感じんかったぞ」


 腕が引き抜かれ胸に大きな穴が空いた状態になるが、見る見るうちに塞がっていく。これが高位ドラゴンの再生力なのか。

 ザルートの背中側に誰かいるようだそいつが今、腕を突き刺したのだろう。


「ヒャハハハハハ、久しぶりだな。糞トカゲぇぇぇぇぇ」


 洞窟の中に甲高い声が響き渡る。ここは隔離されていて転位してこないと入れないような場所だったはず。

 声の主がザルートの後ろから姿を表す。

 金色の全身鎧を纏った青年だ。鎧に負けない輝きを持った白金の髪に端正な顔立ちをしているのだが、口元は嫌な感じに歪んでいる。


「その姿は初代勇者!? まさか、本当に――」


 まだ繋がったままだったのか、鏡のようなものの中でカレインが驚きの声を上げていた。


「あれー、気付いちゃってるのかー。救世主様の帰還ですよーって一芝居しようかと思ってたのによ。どうよ、似合う?」

「相変わらず、性根の腐った奴のようじゃの、はじまりの魔王よ」


 こいつが、はじまりの魔王なのか。見た目は神々しいオーラのような雰囲気を備えているため、まるで物語の英雄と相対しているかのようだ。

 ビチャビチャの推測通りなら中身は、はじまりの魔王のはずだ。初代勇者ではない。


「しかし、どのようにしてこの世界に来たのだ。この辺りに歪などなかったはずだ」

「んなもん、世界に穴ぶちあけて入ってきたに決まってるだろうが。位置さえ探知すれば、後はどうにでもなるんだよ」


 最強のドラゴンと対峙しているのに気楽なものだ。余裕で倒せる自信があるからなのだろうが。


「さぁーて、糞トカゲちゃん。さくっとぶっ殺してやってもいいんだけどよぉ。その前に鍵をこっちに渡せ」


 鍵!? ルーのことか。まだ必要ということなのか……、はじまりの魔王自身がこちらに現れれば用無しになるのではないかと考えていたが、そうではないらしい。

 ザルートの手に渡れば殺されてしまうし、はじまりの魔王に奪われれば何かに使われるのだろう。やはり、俺たちが何とかするしかない。


「貴様の欲している物を、ワシが渡すと思っているのか」

「ヒャハハハ、そりゃそうだよなぁ。じゃあ、昔のように奪わせてもらうぜ!」


 ザルートが周囲の魔素を集めている。強力な魔法でも使うのか。うって変わって、はじまりの魔王は何もしていない。ごく自然にザルートに歩み寄って行くだけだ。ザルートが距離を取って魔法を放つ、赤い光線が手からまっすぐに伸びていき、はじまりの魔王にぶつかる。

 洞窟内に爆発音が響き渡る。舞いあがった煙で姿が隠れ、はじまりの魔王がどうなったのか確認することができない。

 ザルートは戦闘態勢を解かず、さらに魔素を溜めこんでいく。


「この程度だったっけか、龍言語魔法ってのはよぉ。あまりに弱すぎて食らったことも忘れてしまってるのかもしれねぇけどよぉ」


 煙の中からまったく無傷のはじまりの魔王が現れた。そのまま家路に着くかのような足取りで歩を進めていく。

 ザルートが何度も魔法を放つがまったく効果がないようだった。


「何故だ、貴様にも初代勇者にも魔法無効の能力などなかったはずだ」

「いや、これは無効化してるわけじゃねーからぁ。よく考えろよ、ボケトカゲ」

「ちっ、ならばこれならどうだ」


 何もない場所から炎の槍が数十本現れて、はじまりの魔王に突き刺さる。鉱山の魔王との戦闘でビチャビチャが使用した魔法の炎版のようなものか。

 魔王を刺し止められるほどの強力な魔法だったはずなのだが、はじまりの魔王は体中に炎の槍が刺さった状態で平然と歩き続ける。

 どういうことだ完全に刺さっているように見えるが、何も効果がないのか。何が起きているのか俺の横にいるゴーレムに聞こうと思ったが、ビチャビチャは何かを悩んでいるような仕草を取っていた。


「これはまずいかもしれませんねー。あの人、到達者です。それもここではない世界で複数の理を見てきていますよ」


 アーリードラゴンがビチャビチャを差して言っていた到達者に、はじまりの魔王もなっているというのか。それも複数とは一体。


「恐らくですけども、この世界に辿り着く前にいくつかの世界を滅ぼしてきていますね。そして滅ぼした世界の【真理】に触れてきています」


 一つの真理に到達しただけで、二大ドラゴンに恐れられる程なのに、それを何回も繰り返してきていることになる。どれ程の力を得ているのだろうか。

 まだその事に気付いていないザルートは、魔法を撃ち続けていた。はじまりの魔王には傷一つなく、徐々に徐々に近づいてきていた。


「何故だ、ワシも300年前とは比べ物にならん力を手に入れたはずだ。それが何故、通じぬ」

「お前に才能がないだけじゃねーの? 天才と凡才の差を教えてやろうか」


 はじまりの魔王が、息を吹きかけるようにザルートへ向かって口を窄めた。何かがその口腔から放たれたのか、周囲に物凄い突風を撒き散らし俺は吹き飛ばされそうになったが地面に這いつくばり耐えた。

 何が起きたのか確認しようとザルートを見ると、何かがない。ルーは抱えたままだ。首の辺りから液体が噴出していた。

 そうか、首より上、頭がない。それを理解して、吐きそうになる。周囲に降り落ちる血が水溜りのように広がっていく。


「ありゃ!? 頭ふっとんじゃったかー。ちょっと息を吹きかけただけなんですけどぉ」


 息を吹きかけただけ……だと。それだけのことで俺は吹っ飛ばされて、ザルートは頭を失ったのか。異常だ、力の次元が違う。

 抱えられたルーはザルートの血に塗れて真赤になっている。


「人の物に汚い血を付けないでくれますかー? マナー悪いですよぉ。ギャハハハ」


 頭を吹き飛ばされたせいか、再生速度は遅いが下顎から徐々に復元されてきている。ケイオスドラゴンも化け物だな。

 口元の再生が終わった辺りで洞窟全体に聞こえるくらいの声で言った。


「カレイン! ワシの手には負えん。後は頼む!」


 何をするのか理解したのか、はじまりの魔王は先程までと違って踏み出すような姿勢を取った。

 それよりも速く、ザルートの口が動く。ルーの体が光ったと思うと次の瞬間には消えていた。だが、それを追うようにはじまりの魔王の姿も消える。


「めんどくせぇーことさせんなよ!」


 声が上から聞こえた。見上げると、はじまりの魔王がルーの首根っこを掴んで浮いていた。

 さっきザルートが使ったのは転位魔法か何かなのだろう。転位中の物体を途中で捕まえたというのか。


「ばっ……馬鹿な!? 転位の途中で止めるだと。そのようなことが可能なのか」

「馬鹿はお前だ。転移ではなく転位なんだから止められるに決まっているだろ」


 さも当たり前のように言い放つ。転移ではなく転位ってどういうことだ。


「ザルートよ! 奴は我々の予想以上に強くなっておる。体勢を整えるぞ。今のままでは勝てぬ。逃げよ!」


 鏡のようなものの中からカレインが叫ぶ。それに呼応してかザルートの姿が人の形を失い、竜の姿へと戻る。洞窟の中はかなり広いとはいえ、大型のドラゴンが入るには狭い。

 本来の姿で全力を出して、何とか逃げ延びるつもりなのか。竜が咆哮を上げる。

 洞窟の壁が崩れはじめ、どこかの割れ目から溶岩が流れ込んできた。このままここにいたら焼け死んでしまう。とっとと逃げたいのだが、はじまりの魔王の手中にいるルーを何とかしたい。


「マスター、ザルートと戦っている時に隙をついてルーちゃんを助けます。そうしたら、これを使ってください。場所はすでに設定してあります」


 そう言ってビチャビチャが転位石を渡してきた。あの異常な奴から助けられるのか、それに転位しても止められてしまうのでは。


「転位は止めさせませんよー。私が行かせないようにしますので安心してください」


 いつも通りの能天気な受け答えなので、それが簡単なことのように思えてしまう。到達者と呼ばれる存在ならばなんとかできるのかもしれない。

 ビチャビチャの姿が消える。行ったようだ。


「あれれー、本気出しちゃうのかな糞トカゲちゃんはー。まぁ、出したところで糞なのには変わりないけどよぉ」

「力が足りぬのは承知の上だ。だが、その軽口くらいは止めさせてもらうぞ」


 ザルートが牙の生え揃った大きな口を開き、火球を放った。これも先程と同じように無抵抗のまま受けるのかと思ったが違った。

 はじまりの魔王は初めて攻撃を回避した。どういうことだ。百戦錬磨のケイオスドラゴンは、俺とは違って何かに気付いたようで火球を続けざまに放つ。


「めんどくせぇなー。自分以外が調子に乗ってんの見ると、なんでこんなに腹が立つんだろうなぁ。なぁ、おい!」


 はじまりの魔王が、空いていた手を前に突き出した。手の先から何重もの魔法陣が生まれ重なるごとに大きくなっていく。

 飛んできていた火球はすべて、その魔法陣に阻まれて消えた。多重結界なのだろうが、展開速度が速すぎる。軽ヒールを唱えるよりも速かったぞ。

 簡単に消されたことなどお構いなしに火球を吐き続けるザルート。流れ込んでいる溶岩と、火球のせいで周囲の温度が上がってきている。


「ゲフネル、シャーウッド、逃げる準備しておけよ。ビチャビチャがルーを奪還次第、こっから逃げるぞ」


 二匹とも肯定の意志を示す。


「無駄な足掻きは止めて、死んどけよぉー」


 はじまりの魔王は自分の何十倍もあるような大きさのドラゴンを蹴り飛ばしていた。追撃とばかりに指先から赤い光を放ち、ドラゴンの体を穿っていく。

 翼や体に無数の穴を空けられてもケイオスドラゴンは攻撃の意志を見せる。

 崩れてきた部分からも溶岩が流れ込み、俺たちがいる場所以外はほとんど沈んでしまった。ここも時間の問題だ。

 ケイオスドラゴンは傷を急速に回復させ、はじまりの魔王に迫る。敵の眼前で回転し、尾を振る。尻尾全体が輝きいくつにも分裂し、オクトパスの足のように増えてはじまりの魔王とルーを包み込む。

 尻尾の檻の中で激しい炸裂音が鳴り、隙間から爆炎が漏れる。

 耳が壊れるほどの爆音の中で一際甲高い音が鳴ると、檻になっていた尾に黒い線が走り、それに沿ってバラバラになってしまった。

 中から透明な球体に包まれたはじまりの魔王とルーが出てきた。ルーも無傷のようで安心する。


「遊びは終わりだ。消えろ」


 はじまりの魔王が掌から黒い球体を出した。それはゆっくりとケイオスドラゴンに向かって進む。

 洞窟の瓦礫がその球体に触れると音もなく消え去った。文字通りの消滅だ。

 球体は自ら意思を持っているのか、ふわふわとケイオスドラゴンに近寄って行く。ゆったりとした速さなので追いつかないのは明白なのだが、その球体はゆっくりと大きくなってきていた。

 ついにはケイオスドラゴンの半分くらいの大きさになり、翼の先が触れてしまった。瓦礫と同様に消え去った。翼を削られ地面に落ちたケイオスドラゴンは溶岩に沈みながら黒い球体に侵されていく。

 じわじわと体を消され再生もできなくなっている。このままでは完全に黒い球体に消滅させられてしまう。


「ゆっくりと自分が消滅するのを感じながら逝けよ。あの世でお仲間と仲良――げぶっ」


 はじまりの魔王の頭に指が刺さっていた。人のサイズではない、硬質で大きな指の形をした岩だ。すぐにそれは引き抜かれたが、はじまりの魔王の頭は穴が空いただけで血は出ていない。微かに黒い瘴気のようなものが上がっているだけだ。

 奇襲を成功させたビチャビチャがルーを奪おうとするが、その手からはじまりの魔王は逃れた。


「イヒヒヒ、いきなりでビックリしちゃったよぉ。自分でやったとの同じようなことされると癪だねぇ。お前、モンスターにしか見えないが到達者だな。わかるぜ、他の世界でもたまにお前みたい奴がいたからなぁ。全部ぶっ殺してやったけど」

「あららー、上手くいかないものですねー」

「お前もこいつが狙いか?」

「そうですよー。殺したり、鍵として使ったりという目的のためではないですけどね」

「じゃあ、何のためだ? 到達者なら気付いているだろ。俺には勝てないってことによぉ」

「マスターのためです」

「はぁ? なんだそりゃ、意味わかんねーよ。死んどけ」


 黒い球体が何個も出現し、ビチャビチャに向かって飛んで行く。触れたら消されてしまうのでかわすしかないないが、ビチャビチャはその場から動いていなかった。

 はじまりの魔王と同じように掌を前に出すと、黒い球体と同じ数の白い球体を生み出した。白と黒の球体はぶつかると、衝撃も何もなく消え去った。


「ちっ――てめぇ【識】っているだけじゃねぇな」

「知識とは使えてこそですよー。あなた、いくつの世界を滅ぼしてきたのですか?」

「あぁ? んな数覚えてねーよ。ここに着くまで手当たりしだいだ、ボケ」

「守護者も倒してきたのですかねー」

「守護者? そんなもん知らねーよ。さっさと死ね」

「知らない――とはおかしいですね。中央に何か異常があったのでしょうか、それとも……」


 会話をしながらお互いに黒と白の球体をぶつけ合っている。その間にもどんどん溶岩に浸食されて、より一層俺たちの立つ場所がなくなってきている。ゲフネルに浮かせてもらう方法もあるが、どれぐらいの持つのか。


「めんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇーめんどくせぇー、しねよしねよしねよしねよしねよ」


 はじまりの魔王が明らかに苛立ってきている。ビチャビチャは何かを狙っているのか、わざと怒りを誘っているように見える。


「あー、もういいわ。扉を開けるのに必要だから温存しておいたのによぉ。お前むかつく。多重到達者の力を見せてやるよ――平伏せ、愚か者ども」


 はじまりの魔王の背中から蜘蛛の脚のようなものが飛び出した。うねうねと気持ち悪く動き、脚というよりも触手に近いかもしれない。

 その先端には見た事もないような魔法陣が展開されているのが見える。


「こいつは相殺できないだろ、お前の世界の【真理】にはないものだからなぁ。ヒャハハハ」 


 よくわからない、と言うしかない。背中から伸びた脚一本一本が魔法を起動させている。ここからだとはじまりの魔王の姿が歪んで、まるで遠くにいるように見える。

 魔法陣から出た細い光が一点に収束し、はじまりの魔王の前で大きな一つの魔法陣となった。そこから大きく太い光がビチャビチャに向かって放たれた。

 ビチャビチャがその光の柱に飲み込まれ、その背後の洞窟の壁に突き刺さる。だが、壁に接触してもどこも崩れなかった。

 攻撃魔法ではないのか、と考えていると光が収まってきた。その惨状は目を疑うようなものだった。

 壁に穴が空いて外が見えているようになっていたのだ。さっきの光が当たっていた場所が完全に消失している。


「完全に消えちまったなー。ったく、手間を取らせやがって……、これでまた時間かかっちまうじゃねぇか」

「お時間かかるようでしたら、もうやらなければいいのではないですかねー」


 はじまりの魔王の真横にビチャビチャが浮いていた。


「お前っ――どうやって避けた。いや、完全に飲み込んだ。他世界の理をぶち込んでいるから無効化もできないはずだ」

「超光速で動いただけですよ。発生する衝撃波を消すの面倒なんですからね」

「超光速だと!? どういうことだ。この世界の【真理】にそんなものはなかった。まさか、お前も他世界を――」

「違いますよー。あなたが到達したところは、浅いんですよ。触れて終わりだと思いましたか? あるんですよ……その先が」

「な――なにっ」


 またしてもビチャビチャの姿が消える。はじまりの魔王の背中の脚がすべて消え去った。

 ルーを抱えた腕もおかしな方向に曲がったが、まだ離さない。


「そろそろ離してくれませんかねー。時間も押してきてますので」


 はじまりの魔王の背脚を手に持ったビチャビチャが再度、はじまりの魔王の前に姿を現す。

 時間がないというのは俺たちが溶岩に飲み込まれる前に何とかしなくてはならないからだろう。

 主人たる俺がテイムモンスターに心配されるなんて、なんて体たらくだよ。


「それほどの力を手にしてよぉ、どうして世界を支配しない? 思うがままだろ」

「世界なんていりませんしー。欲したこともありませんよー」

「気に食ねぇ奴だ。欲するがために力を手に入れるのが道理だろうがぁ」

「私が欲しいものは力で手に入るものではありませんので」


 ビチャビチャが少しだけ視線をこちらに向ける。


「そういうことかよぉ。ギャハハハ、単純だなぁ。じゃあ、こういうのはどうよぉ」


 はじまりの魔王は、俺に向けて魔法を使用した。赤い魔法弾がこちらに向かって飛んでくる。

 足場もないこの状況ではかわしようがない。当たっ……てない。

 目の前に大きな岩の背中があった。


「マスターたちを狙うとは、卑怯者ですねー」

「卑怯って、笑わせるなよぉ。俺は魔王だぜ。悪い事は任せておけよぉ」


 こちらがかわせないことを知っているのか、次々と魔法弾や何かよくわからないものを飛ばしてくる。

 俺らがいる場所以外はさらに削られ、抉られて地面には見えなくなってきた。


「ビチャビチャ、俺たちのことは気にするな。やっちまえ」

「主は、我が守る」

「(コクッコクッ)」


 ゲフネル、シャーウッドも同意だ。お前の力を見せてやれ、ビチャビチャ。

 だけど、ビチャビチャは動かなかった。


「どうしたんだ、行ってくれ」


「できません。あいつの魔法が当たったらマスターが消えてしまいます。マスターに何かあったら……私は、私は」


 普段のお気楽な喋り方ではない。真剣でいて悲痛な声だった。

 そのまま動かずに俺の前で攻撃を防ぎ続けている。


「計画は遅れちまうけど、とっておきを出してやるよぉ」


 はじまりの魔王の纏う金色の鎧が黒く染まり、手も顔もすべてが黒に侵されていく。目だけが赤く赤く光っている。

 その頭上に黒と呼ぶにはあまりにも深い色、闇と呼ぶにはあまりにも澄んだ色、『無』というものを表現すればこのようなものであろうと納得してしまう。そんな色をした巨大な剣が現れた。


「機械仕掛けの神の剣!? システムと一緒に破壊されたはずではなかったの」


 ビチャビチャが驚いている。それほどのものなのか、あの剣は。確かに異様であることは俺にもわかる。

 あれには触れてはいけない、ただ漠然と心の奥底から体に対して命令が飛ぶ。

 その異様な剣を、はじまりの魔王はこちらに向かって投擲した。


「受け取れやぁぁぁぁ」


 ビチャビチャの背中にいくつもの穴が開き周囲の魔素を吸収し始めた。

 自分の前に一瞬で数十、いや数百にもなるような障壁を展開した。だが、薄絹を破るかのように簡単に障壁を突破してくる。瞬く間にすべての障壁を貫通し、俺たちに届く。

 というところで金色に輝く文字で描かれた一枚の障壁で止まった。

 ビチャビチャは凄まじい勢いで周囲の魔素を吸収し、その障壁に力を送りこんでいるようだ。


「神性障壁なんて使えたのかよぉ。だが、こんな下層世界の魔素を転換してるんじゃ少しももたねぇだろ。死ね! 今死ね! すぐ死ね!」


 相当な負荷が体にかかっているのか、ビチャビチャを構成する岩や石に亀裂が入り始めた。

 取りこまれていく魔素の量も少なくなってきている。もう周囲に魔素が残っていないのか。


「マスター、もう限界が近いです。転位石を使ってください。今のあいつは魔力を消費しすぎて、動く事ができないはずです」


 話している間にも、剣は徐々に障壁を押しこみ、ビチャビチャの腕を消し去り始めていた。

 俺はさっき渡された転位石を握りしめ、魔力を込める。


「あの剣は目標を消し去るまで追い続けます。どこまで逃げようとも。私が対象となっている間に早く!」


 は? 置いていけってことかよ。 


「そんなことできるはずないだろ。お前も来い」

「無理なんです。このままだとマスターまで」

「無理とか言ってんじゃねー。諦めんな!」


 そんな問答をしているうちに、どんどんビチャビチャの体が消えていく。

 何か方法はないのか。剣が来るのは対象が消えるまでって言っていたよな。……消されればいいのか。


「ビチャビチャ! 魔核を出せ! 早くしろ!」

「えっ、あっ、恥ずかしいです」

「早くしろ!」


 背中の真ん中の一部が開き、中から宝石のようなものが飛び出してきた。

 俺はビチャビチャの魔核を知らないと言っていた。それは事実だったのだが、実際には知っているものだったのだ。

 それは黒い光沢を持つ黒曜石の指輪で、俺にはとっては忘れたくても絶対に忘れられないものだ。

 その指輪を掴んで、叫ぶ。


「転位っ!」


 一瞬にして光に包まれた俺たちは別の場所へと動かされる。


 転位する途中、完全に消し去られるゴーレムが見えた……。


ルーを奪われたまま撤退を余儀なくされたアイン。

戦いで疲弊したはじまりの魔王は、魔力回復の時間を稼ぎつつ門を開こうとしていた。

頼みの綱であったビチャビチャは破壊され、このままなすすべなく世界の崩壊を見届けることになるのか。


次回予告

第9章:俺と壊れたゴーレム

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