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扶桑一家は人気者

「で、では、扶桑さん。こちらイリヤさんからの依頼を受諾される、ということで大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。早速手続きを頼む」


 注目と騒めきの中心にいながら、何事もなかったかのようにシキは手続きを進めていく。その後ろでは、自分たちが、件のシキのお供であることを見せびらかす様に、踏ん反り返っているリツとナギの姿があった。


「シキさんは、自分の興味の対象以外には、冷淡だからなぁ。本当に、気に留めることさえされないんだから」


「ダケド、それがシキのスゴイところ。シュシャセンタクはタイセツ、タイセツ」


 そんなことを話し合う二人は、紛れもなくシキの興味の対象だ。だからこそ、変わり者のシキの隣にいることを許されている。そして、二人はそのことを、心の底から誇りに思っているのだ。


「まぁ、シキさんの一番は僕だけどね」


「ナニイッてる、リツ。ボクにキマッテル」


 大好きなシキのことを褒め合っていた筈なのに、いつの間にかいがみ合いに転じ、悪口の言い合いに変わっていた。喧嘩するほど仲が良いというのか、これもいつものことである。


「何をやっている、リツ、ナギ。手続きは、もう終わったぞ。今から一度準備をしに家に戻り、午後直ぐにも出発する」


 リツとナギが周囲の騒めきの一部を担うようになってしばらく、手続きを終えたシキが振り向きざまに、二人を止めた。言い訳をしようと口を開きかけた二人を、置いていくようにそのまま出口へと足を向ける。

 有難う御座いました~、と受付から響く声を背に、シキ達がパレットを出ようとした、その時。

 今まで、遠巻きから見守るだけで、シキに接触しようとしなかった周囲の人間の中から、3人を呼び止める一言を発した男がいた。


「シキの旦那、久しぶりに遠出ですか?もし良かったら、俺をお供に、なんてどうですかね」


 男はパレット内に二つある受付の内の片側、シキ達がいたところとは違う受付の方から歩いてくる。

 腰には明らかに戦闘用の大型剣を差し、体には同じく戦闘を意識した金属製の軽装を纏っていた。冒険者、傭兵、そんな言葉が似合う武装に身を包むその男は、太陽に黒く焼けた顔に人懐っこい笑顔を浮かべながら、三人の前へと進み出る。


「ああっ、ロイドさん。お久しぶりです!!」


 いち早く反応を返したのはリツ。人懐っこい笑顔を浮かべる若者に、同じく人懐っこい笑顔で応える。親しみの篭った会合を演じる彼らは、誰が見ても知己の仲であることは明らかだった。


「ロイドも仕事の受諾に来ていたか。だが、俺との同行は諦めて貰うしかない。その必要は無いからな」


「ロイドもイチニンマエのボウケンシャのハシクレなら、シキじゃナくて、シンマイのサイシキシとイッショすればイイのに」


「いや~、にべもなく断るとか。相変わらず手厳しい、旦那もナギさんも」


 技術専門職の極みに位置する彩色士と、荒くれ者を代表するかのような冒険者が、同じ建家の中で仕事の話に花を咲かせる。一見すると変わった光景と思えるかもしれない。しかし、周りをよく見れば、シキ達と同じく、一般人と変わらぬ格好をした人間と、武装に身を包んだ人間とが一緒に会話している姿がいくつも見て取れる。パレットにおいて、このような光景は日常茶飯事なのだ。

 理由はひどく単純だ。

 シキ達が足を踏み入れているこのパレットと呼ばれる組織が、彩色士と、冒険者との二つ職業を対象にした登録制の仕事斡旋を生業としているからである。


「ロイドさん、最近せっかく一人前として名前が売れ始めて来たんですから、ナギと同じ意見で癪ですけど、是非新人の彩色士についてあげてくださいよ。そっちの方が、ロイドさんの評判上がりますし、パレットにも感謝されますよ」


「そうですか~・・・・・・あ~、せっかく、俺がちょうどいる時に、シキの旦那が彩色士の仕事をするって聞いて飛んできたのに。でも、リツさんにまでそう言われちゃあ、諦めるしかないか~」


「まぁ、そう凹むな。また仕事を回してやる。いつになるかは、明言できんがな」


「本当ですか!?やりぃ!!」


 元々パレットは彩色士と一般人の間を取り持つ組織であった。それは、万化の実の性質が密接に関係している。

 万化の樹から生み出される万化の実、その特性上、実際に取り出してみない限り、イリアステルがどのような形に変換しているかが分からない、という問題点を抱えているからだ。

 その為、パレット設立以前は彩色士を謀る偽者による詐欺行為が横行した。一般人としては、豊かな生活を送るためには万化の実の魅力は非常に大きいが、騙されるのが怖くて下手に手を出すことができない。彩色士からすれば、信用を築けない内はまともな職にありつけない。そんなギクシャクしてしまった一般人と彩色士との関係を改善するために発足した組織がパレットなのである。

 それから時が経ち、効率的な運営の為、パレットも様々と機能改善が行われた。

 パレットの現在の業務は主に二つ。

 一つは一般の人々から広く依頼を募り、己の信用の基に登録された彩色士から適任と思われる者を斡旋すること。

 これは、一般の人々、彩色士共に非常に良い効果を生み出した。人々からすれば、依頼が受諾される時期こそ選べないものの、騙される心配無く、しかも適任の彩色士を雇うことができ、彩色士からしてみれば、本来自分自信が築いていかねばならない信用の一部をパレットに肩代わりして貰えるからだ。これによって、若く実績のない彩色士の育成と、一般人の保護とを同時に達成するに至り、両者の関係改善に大きく貢献したのである。

 そして残るもう一つが、今の彩色士と冒険者が同席する現状を作り出している、彩色士を対象とした冒険者斡旋である。

 これは、彩色士の保護を目的とした業務である。彩色士という職業柄、個人の素養に非常に依存するため、一人一人の価値というものが非常に高い。その為、依頼の遂行途中の危険を少しでも減らす為に、パレットは冒険者、即ち腕っ節の強い者の同行を彩色士へと勧めているのだ。当然、熱の万化の樹へと適性を持つ彩色士は、冒険者では到底届かない凄まじい火力を生み出すことができる。しかし、危険対処に活用しにくい適性を持った彩色士はそうはいかない。そんな彼らを守る為にも、パレットは尽力しているのである。

 このような異なる二つの業務を行うため、パレットに二つの受付が用意されているのだ。

 彩色士と冒険者の協力関係は、こうして成り立っているのである。


「しかしロイド、せっかく声をかけてくれたところに悪いが、そろそろ行かせもらおうか。午後にはエントを出発したいからな」


 そうして、いくつか言葉を交わすうちにシキが切り上げに入った。その頃には、シキ達を囲んでいた好奇の眼は収まり、パレット平常時の緩やかな賑わいを取り戻している。


「了解。名残惜しくもありますが、別にシキの旦那の邪魔をしに来たわけではありませんから、ここは潔く引いておきますよ」


 その言葉にロイドは残念そうな笑いで顔を彩り、ゆっくりと道をあけた。


「それでは、ロイドさん失礼します。また、いずれ旅を御一緒しましょう」


「まぁ、セイゼイガンバレ」


 「ああ」と最小限の返事と共に右手を軽く上げ、振り返ることなくパレットを後にするシキの後ろに、ロイドに別れの挨拶を述べつつリツとナギとがついていく。

 独特な精悍さを見せつけ、堂々とした足取りで去っていく彼らを、ロイドはじっと見送っていた。

近隣の都市の中でも、非常に大きな規模を誇るこのエントのパレットにおいて、優秀且つ変わり者として注目を集めるシキ達の小さくなっていく背中を見つめながらロイドは思う。

 いつの日か、彼に強く必要とされる、横に並ぶことが許される一線級の冒険者に成りたいと。

 何より強く自分を突き動かす、今一番の目的。

 それを確認するように、何度も頷く。そうして、シキ達が見えなくなるまで見送り終えると、憧憬と羨望に満ちた眼差しを決意の色で染め上げ、踵を返し改めて冒険者用受付へと足を向けた。


「なら、とりあえず、リツさんに言われたように、自分磨きも兼ねて彩色士の新人育成に協力するとしますか」


 かつて貰った恩と同じものを、そのまま他の誰かに与える為に手を差し伸べる。

 ただの綺麗ごとではない。名声と実力を手に入れて、嫌でもシキ達に意識させてやろうと、ロイドはパレットの理想理念に乗っかってやることにしたのだった。


・・・

・・


「リズは連れて行くとして、他はどうしようかな?」


 扶桑一家、お三方が自宅に戻ってから1時間。自室に籠って首を傾けている少年の姿が有った。

何を隠そうリツである。

 久しぶりの遠出ということで、気分高揚した少年リツ君は、遠足を目の前にした初等部の子供宜しく落ち着きを失っているのであった。


「約束の出発時間まで、後15分。早くしないとまた、シキさんに怒られる!!」


『リツ、時間が迫っているからって慌てたら駄目よ。乱暴に扱って私を落としちゃったりしたら、シキさん以上に怒るから―――キャア!!』


 高揚し切った気分に、周りが見えなくなっているリツに身の危険を感じているリズが、窘めに掛る。

 しかし、暴走少年リツにそんな言葉が通じるわけも無く、振り回す様にリズの鉢植えを持つ手を動かした。


「早く、早く。遅れる~!!」


『落ちるっ、落ちる~』


 この世界でたった一つの一族しか聞き取ることのできない囁きと、それに応える傍目から見れば独り言にしか思えない大声は、まだ暫く飛び交いそうである。

 こんなにも騒がしい扶桑家の一室であるが、まだシキの依頼は始まってさえいないのだった。




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