都会にまぎれる猫 2
旅人とはかなり特殊な職業だ。自らの足で国を回り、知識や技術や情報を伝えて生活している。
それは例えば農業であったり医学であったり、より優れた『贈り物』をできる旅人はどの国へ行っても歓迎されたとのこと。
「まあこの国に旅人が訪れたのはずいぶん昔の話ですから。」
だからマロンぐらいの若い子達は旅人といってもピンとこないでしょうね、と腕を組みながらマスターは言う。
「旅人が活発に訪れたのはまだ戦争が続いていたころです。今は魔族の王も倒されて数十年、この大陸も平和になりましたしね。」
俺はこの大陸からかなり離れたところに住んでいたから知らなかったのだけど、この大陸では魔族という異形の種族と戦争をしていたらしい。その戦争の間、各国からさまざまな支援とともに多くの旅人が派遣され高度な技術をもってして魔族に立ち向かったという。
「じゃあおにーさん旅人ってことはなにかすごいことできたりするの?」
ブロンドの少女あらためマロンは期待に満ちた目でこちらを見てくる。
「それは私も気になりますね。差し支えなければ教えてくれませんか?」
マスターもだ。
これは困ったことになった。実はこの大陸に来てからというものの俺の持っている旅人しての価値はほとんど意味を持たなくなっているんだ。
それも俺が持っている価値というのはめずらしい植物の種子だとか田舎特有の病気の民間療法ぐらいであってこんな大都会ではどれも霞んでしまうような代物でしかない。
あきれられるのを承知でそう素直に伝えると、
「ここはウェルズ大陸の中でもかなり栄えていますからね。すべての人々はここアムルーかカレオンに集まる、と謳われるほどです」
とマスターは言う。もちろんそのことは知っている。アムルーへは隣の大陸から船できたばかりだけど、宿探しのときにその栄えた様子は確認したし、なにより宿が多いというのがなにより栄えた国の証明でもある。
「実はそのカレオンに用事があってそこに向かいたいんですけどそのための旅費を稼ごうと思って。」
願わくば旅人として報酬をもらえる仕事がしたいというのは本音ではあるけどそれはわがままだと思うので言わないでおく。ますます旅人として情けない。
「ここならいくらでも仕事はありますよ。よければいくつか紹介しましょうか?」
「そこまでしていただくなんて………」
「遠慮することはありません。少し人手が足りていないという相談を受けていますから」
もちろん迷惑でなければですけどね、とマスターは笑う。
「それならよろしくお願いします。」
「ええ、かしこまりました。でも今日はもう遅いので明日にしましょう。マロン、部屋に案内してあげてください。」
「はーい。」
返事をしながらもマロンはボーラスに夢中になっていた。確かにボーラスはきれい好きだしその黒青色の毛並みは高級な織物のようにしなやかでぬくもりを感じる。俺があまり触ると、くすぐったいからやめてくれとよく言われるが今回はなにやらおとなしくしている。
「ボーラス、気に入ってもらってよかったな。」
「おにーさんと歩いてるの見かけたときからずーっと触りたかったんだー。この子はおにーさんのペットなの?」
「ペットなんていったら怒られるかも。ボーラスは大事な旅の仲間だよ。」
それにあわせてボーラスはぺこりと頭を下げている。
「えらいねボーラス。じゃあ行こっか、部屋は2階だよ。」
マロンに導かれて俺たちは2階へと上がった。
「ここだよ。ちょっと黴臭いかもしれないけどがまんしてね。」
「あたしは部屋に戻るけど、なにかあったらおじさんかあたしに言ってね」
そういうとマロンは部屋を出て行った。ここまでしてもらってあまりお礼を言っていないな。
「親切な人たちだな。ここにどれだけ滞在するかは決めてないけど迷惑はかけないようにしないと。」
「そうだな。しかし私のこの身では迷惑をかけるばかりだ。一刻も早くもとの姿に戻って君に恩返しをしたい。」
「今のままでもボーラスには助けられてばっかりだけどなあ?まあとにかく今日はもう寝ようか。」
「ああ、お休み。」
瞼を閉じると疲れが一気に押し寄せてきた。旅をしてからというもの様々な場所で眠りについてきたけど今日の眠りはいつもより温かく感じ、いつものように思考の海に沈むことはなかった。