プロローグ
「行ってしまったな………」
俺は建物や人ごみの中、だんだんと小さくなっていく師匠の背中を見てそうつぶやいた。人との別れはなぜこんなにも心を不安にさせるのだろう。生まれ故郷を出て行ったときもどうしようもない不安と恐怖に襲われたことを思い出した。
「あの男はやはり掴みどころの無いやつだ。ここまで旅に同行しておきながら急にいなくなるとは。」
旅の仲間であるボーラスは師匠のことを気に入ってないらしく、面白くなさそうにそういった。かといって本人の前ではそのような態度を取らなかったあたり、彼はとても大人であると思う。
反対に師匠はとてつもなく奔放で子供っぽいところがある。見た目も子供みたいだというと叩かれたけれど。とにかくそんな師匠がどこかへ行ってしまって唖然としているわけだ。
『風を捕まえることはできないのさ』
いつだったか俺が、なぜいつまでも旅を続けているのかと聞いたとき師匠が言ったセリフだ。そのときの師匠の目はとても悲しい色をしていて、それ以上なにも聞くことはできなかった。
「きっと師匠にも事情があるんだよ。だから俺たちは俺たちで旅を続けないと。」
「そうだな。これからの旅は君自身のためのものだ。あの男は熱心に『おおぱあつ』とかいうのを探していたようだけれど、君にもやはり目的があって旅をしているのだから。」
「『オーパーツ』ね。それは俺も興味あったんだけどな。………旅の目的か。でもまずはボーラスの目的が優先だ。」
そう言うとボーラスはすごく申し訳なさそうな顔をした。
「でもさらに優先すべきことがあるんだよ………」
旅をする上で必ず必要なものがないんだ。今までほとんど師匠に頼りきりだったのが祟ったというかなんというか。
「まずは旅の資金を貯めなきゃな………」
さらに申し訳なさそうな顔をするボーラスの頭を少し撫でて俺は町を歩き始めた。とにかく今夜泊まれる宿をさがさないと。犬を泊めてもらえる場所があればいいんだけれど。
そういえば、と髪も伸びてきていて前髪が目にかかってうっとおしいことや最近ろくな食べ物を食べていないことを次々と思いつく。
旅を始めるころに想像していたサガのような旅とはかけ離れた今がなんだか無性におかしくなった。
「ふふ。」
「どうした?」
ボーラスの青色の瞳が俺を見上げる。
「なんだか楽しくなってさ。」
思っていた旅とは違っているけど隣には仲間がいて。
「それはなによりだ。」
目的だってあるんだ、今はひたすらに旅を続けよう。
いつかあの背中に追いつけるように。
風が吹き、俺の黒髪とボーラスの黒青色の毛を揺らした。その風は、少し風通しのよくなった心にも優しく吹き抜けたような気がした。