85 協力者達
すいません、遅れました……。
八十五
五十鈴連盟の本拠地である湖中の里。その奥にある殿から少女と、白い布笠を目深に被った者が並んで出てきた。ミラとウズメである。二人は同行者の一人、Aランク冒険者との話をつける為に、連盟に協力している冒険者の集う区画へと向かっていた。ダンジョンである天秤の城塞に入るには、Aランク以上でなければ入手できない許可証が必要だからだ。
途中すれ違いざまに、幾人かの住民が二人に挨拶をしていた。ウズメは五十鈴連盟の総帥であり、その行動自体に不自然はないが、その声のかけ方が随分と気楽なものだった。「ウズメちゃんは今日も白いな」だとか「こんちはウズメちゃん、と、かわい子ちゃん」といった具合だ。ウズメもまた、それに手を振って返し一言二言交わしてから分かれる。
本拠地には現在、五十鈴連盟の構成員と協力している冒険者や技術者、商人、そして保護対象が住んでいる。すれ違った相手は協力者であり、ウズメの思想、そして連盟の目的を理解し手を貸している者達だ。ウズメは、そんな者達に総帥としてでなく、精霊を憂う一人として接していた。故に、立場の違いという壁はなく、仲間として共に在るのだ。
挨拶を交わしながら、二人は本拠地の入り口から向かって左側の区画で一番大きな建物の前に到着した。碧瓦の屋根に白い壁、そして朱の柱が映え、やはりどこか平安京を思わせる建築物を見上げれば、その視線の先には水面で揺らめく光彩が広がる。ミラは、観光気分でそんな景色を見回していた。
「さーて、いるかなー」
Aランク冒険者枠の当てでもあるのだろう、ウズメは意気揚々とその建物の扉を押し開く。すると途端に幾重にも折り重なった騒がしい喧騒が、息吹のように隙間から噴き出した。その建物は協力者の待機場所、兼酒場だ。一段上がって宴会場になっているお座敷風の店内では、畳の上に直に坐り誰もが寛いで談笑していた。特に今は、最近の好調さについて大いに沸いているようである。
「おや、ウズメの姉さん。仕事ですか?」
酒場の主人と思しき男がウズメに気付き、入り口脇の調理場から手を止める事無く問いかける。
「ええ、今回は重要任務よ」
薄っすらと透ける白い布の奥で、ウズメはきりりと目元鋭く答えると、座敷手前の段差で立ち止まり、主張するように両手を振り上げる。
「はい、ちゅうもーーく」
ウズメは頭上で手を打ち鳴らし、店内へ向かって呼びかけた。まるで波が引くかのように喧騒が止んだかと思うと、今度は打ち寄せるように無数の視線が向けられた。
「おお、出番か!」
雑然とした中から、待ってましたとばかりに誰かの声が上がる。続けて似たような内容で幾人かの声が続くと、それが収まるのを待ってから、ウズメが簡潔に告げる。
「Aランクを一名募集するわ。前衛クラスが好ましいわね」
そこに集まった冒険者達は慣れたもので聞くや否や、条件に当てはまらなかった者は喧々囂々と冗談交じりの愚痴を漏らす。そんな中から、条件に一致した数人が足取り軽く前に出た。男女入り交じり、歳の頃も二十代後半あたりから五十代ほどまで。結果として該当者は男五人と、女三人だった。
ミラは、その八人を一望し「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。Aランクともなれば、出会った中ではハインリヒと同等となる。実際には、熟練度合いに差はあるだろうが、それでも最低限の実力は推測できるだろう。そして基準としたハインリヒの実力は、十分に確かなものであった。そのAランクが前衛と限定しても、八人は待機しているのだ。五十鈴連盟の強大さが伺えるというものである。
「今回の任務地は天秤の城塞なんだけど、行った事のある人いるかな?」
ウズメは満足そうに冒険者の顔ぶれを見回してから言う。
「あるな。十年ほど前になるが」
八人の中の一人、ロマンスグレーをオールバックに決めた、いかにも老練な佇まいの男が答えた。歳の刻まれた顔は、より男の深みを増し、その体躯は壮年の男達に勝るとも劣らぬものだ。特に今は軽めの服装をしており、年月をかけて精錬された肉体が一層際立って見えた。
(見事なものじゃのぅ……)
初老のその男は、いつか駅のホームですれ違った老紳士とは手合いが違うが、ミラの理想に近い歳の重ね方をしている。対比するならば静と動であり、初老の冒険者は動の快活そうな男性であった。
「じゃあ決まりね」
ウズメがそう言って指を鳴らすと、初老の男は言葉なくも力強く頷いた。残りの七人は、残念そうな面持ちで解散していく。
「えっと、アーロンさんだったわね。よろしく」
記憶していた相手の名前を口にして、ウズメは右手を差し出す。初老の男は、その手を握り返して答えた。
「ああ、任せておけ。で、天秤の城塞で何をするんだ?」
同行が決まった男、アーロンがそう訊くと、ウズメは人差し指を立てて続ける言葉を強調する。
「今度の任務は、最重要のものよ。重大な情報が入ったの。確定ではないけど、確率は高い。そして多分もう二度と無い好機かもしれないわ」
ウズメはそう前置きして、簡潔に任務の話を始める。キメラクローゼンの次の目標が精霊王であると思われるという事。そして、天秤の城塞がそれに関わっているという事を語った。それをアーロンだけではなく、残りの七人、そして条件外であった者達も全員がその話を静かに聞いていた。
「精霊王か。どこまでも罰当たりな奴らだな」
ウズメの説明が終わり、ふと訪れた静寂の中、皆が心に抱いた思いをアーロンが怒り込めてはっきりと言葉にする。声は、水を張った鍋の底から上る沸騰直前の泡のようであり、弾けると静まり返った室内の隅々にまで響き渡った。そして、その一言を切っ掛けに、キメラクローゼンを非難する怒号が一斉に沸き立つ。
「静粛にー!」
その一声で膨れ上がった喧騒は、再び沈黙を取り戻す。ウズメは皆が落ち着いた事を確認すると、自身も静かに燃える気持ちを抑えて、言葉を続けた。
「もちろん放っては置かないわ。確定ではないとはいえ、真実だった場合キメラの有力者が現れる確率は高い。そいつを押さえるのが今回の任務。上手くいけば、今以上の情報が入手できるはずよ」
「そりゃあ、責任重大だな。今までで一番だ。で、他の同行者は? 冒険者が俺だけという事は、さしづめ許可証要員か。残りはヒドゥンあたりでも集めるのか?」
「ええ、サソリとヘビ、それとこの子もね」
ウズメは、ヒドゥンの二人の名前に続けて、アーロンをじっと観察していたミラを紹介すると、瞬く間にミラに視線が集まった。当のミラは、突然アーロンと目が合ったので驚いたように顔を逸らしたが、次に向けた先でも目が合い、自分が注目されている事に気付く。
ウズメの話を半ばまでしか聞いていなかったミラは、その状況に一瞬だけきょとんとするも、即座に笑みを浮かべて堂々とふんぞり返る。
「サソリとヘビか。申し分ない。しかし、その娘っ子には見覚えがないな。だがまあ同行する以上は、余程、という事だろうな」
アーロンは、流行の魔法少女風衣装に身を包んだミラを、じっと見据える。事は重大な任務であり、もっともそれを承知しているはずのウズメが、中途半端な人選をするはずはない事をアーロンは理解している。そこには長年掛けて積み重ねられた信頼があるのだ。
「彼女はミラちゃん。キメラの一人を初めて捕らえた時の立役者で、九賢者ダンブルフの弟子でもあるわ。アーロンさんには、彼女の補助をお願いする事になるわね」
ウズメは、ゆっくりと自信満々に頷く。すると、室内がざわつき始めた。アーロンは、この場に集まっている冒険者全てから一目置かれている存在である。主戦力ともなり得るアーロンが、補助に回るというのだ。しかも、ミラと呼ばれた少女は、行方知れずの賢者の弟子だという。
「ふむ、いいだろう」
だが、アーロンは楽しげな声で答え、笑みを浮かべながらそれを了承した。そして、今一度ミラへ視線を向けると、ウズメに認められた賢者の弟子というのがどれ程のものなのかと期待を膨らませるのだった。
アーロンに詳細を伝えるために、三人は酒場の二階にある会議室に場所を移した。会議室は、今回のように協力してくれる冒険者との打ち合わせをする為に用意された部屋である。三人は適当な席に着くと、各々に楽な姿勢をとった。それから一呼吸おいて、ウズメが口を開く。そして、まだ推察とはいえ間違いないと、キメラクローゼンが精霊王を狙っているという解に至った根拠を並べる。更にこの件に関わっているアルカイト王国、術士組合に関しても伝えられた。
術士の国として名高いアルカイト王国、そして冒険者の動向を知る事ができる術士組合。精霊と親和性の高い術士に、キメラクローゼンを敵と公式に認定している組合。アーロンは、信頼に足る情報源だと認める。
そんな前置きが終わり いよいよ任務の詳細が語られた。アーロンが時々に相槌を打ち、補足を求めつつウズメの話を聞いている中、ミラはというと、酒場で目をつけたオールシーズンオレを堪能していた。
会議の内容は、目的地までの移動手段や同行者、相手側の戦力分析と行動予想にまで及ぶ。それから敵の拘束手段に移送の手筈は、ヒドゥンの二人が担当すると言いウズメは話を締め括った。
「そうと決まれば、準備が必要だな。出発はいつだ?」
詳細を聞き終えたアーロンは、各種の情報を整理し、必要になる物資を脳内に羅列する。
「明日よ。明日の朝九時!」
ウズメは、ミラが幸せそうな顔で傾けているグラスから目を逸らし、きりりと鋭く答える。
「余り余裕は無いな。急いで支度するか」
キメラクローゼンが出入りしているとはいえ、いつ現われるかは不明。場合によっては、現地で何日も待ち伏せる事になるだろう。とはいえ、キメラクローゼンが、天秤の城塞で全ての事を成し遂げた後に到着するよりは数段ましである。だからこそ、出発はなるべく早いほうが良い。アーロンも、そう理解するとそのまま立ち上がる。
「あ、これ渡しておくわね」
続くようにウズメも立ち上がると、言いながらカード状の青い紙片をアーロンに差し出す。
「おお、ありがたい。使わせてもらおう」
アーロンは、嬉しそうにそれを受け取った。
「それじゃあ明日、時間になったらいつもの場所に集合でね」
「分かった」
短くも、強くはっきりとした口調で答えると、アーロンは旅支度のために宿泊している部屋へと戻って行った。それから直ぐ、ミラとウズメも会議室を後にする。
「おじいちゃんは、準備大丈夫?」
冒険者達の溜まり場でもある酒場兼宿を出ると、その場で足を止めてカグラが問い掛ける。
「ふーむ、薬ならば一通りは揃っておるぞ」
ミラは、アイテム欄を一瞥し、緊急時用の薬品類の在庫を確認すると、その中の一つを適当に取り出してみせる。
「これも残っているのでな。死に掛けようが、安心安全じゃろう」
ミラは、そう言いながら、とろりとした桃色の液体を内包した水晶を軽く振ってみせる。それはエコードロップというアイテムで、使えばたちまちに体力を全快させる事ができる最上級の治療薬だ。
その効果は、現実となった世界でも確かに有効である。
「おじいちゃんって、まだこの世界に来て一ケ月経ってないのよね。となると、まだ大きな怪我もしていないのかしら」
「まあ、そうじゃな。それがどうかしたのかのぅ?」
ミラは、エコードロップをアイテムボックスに戻しながら答える。すると直後、カグラがおもむろにミラの頭を手の平で叩く。それは軽い衝撃だったが、確かな痛みを伴う感触であった。「なんじゃ、急に」と、ミラが唇を尖らせ抗議の声を上げれば、カグラは続けざまに両手で顔を挟むようにして、少女の頬をぺちりと叩いた。
「さて問題です。今のでおじいちゃんはどのくらいのダメージを受けたでしょうか」
何度も叩いてくるカグラを睨みつけたが、相手のその声は少し低く真剣そのもので、ミラはむすりとした表情を軟化させる。
「ふむ……。十前後といったところかのぅ」
どのような意図があるかは想像できなかったが、ミラは頭と頬に残る感触から感覚で答えた。カグラはそれを聞くと、わざとらしく大きな溜息を吐いてから、人差し指と親指で丸を作って「答えはゼロよ」と告げた。
「それじゃあ、この世界での先輩として、おじいちゃんに教えておくわね。まず、ダメージの有る無しは、受ける側にどれだけ影響があるかで決まるの。さっきみたいな軽いものは、生命にも影響を及ぼさないからダメージはゼロ。何度も繰り返せば多少は影響するけどね」
カグラは、そこで一度区切ると、ミラの額を指先でこつんと弾き「これもゼロ」と言いいながら、睨んでくる少女の視線を受け流しつつ言葉を続ける。
「つまり、ダメージを受けるって事は死に近づくって事なのよね。ゲームだった時は、どれだけダメージを受けても生命力の数値が減るだけだったけど、現実になった今の世界だと、全体の半分もダメージを受ければ、痛みとかの色々な影響が出てまともに戦えなくなるわ。つまり、瀕死の状態で薬なんて使えるわけがないの」
「ふむ……」
現実ともなれば怪我による痛みや、それに伴う出血、意識の混濁といった影響があるのは当然ともいえる。
(確かにそうじゃな。どれだけ効果のある薬でも、使えなければ意味はない)
「その通りじゃな。気をつけよう」
どこかまだ、ゲーム時代の感覚が残っていたと省みたミラは、カグラの言葉を真剣に受け止めて気持ちを改める。するとカグラは、自身のアイテムボックスから黄緑色の液体が入った小瓶を取り出し、反省中のミラの顔の前に突きつける。
「そこで、この魔法薬の出番。あらかじめ服用しておけば、痛みの感覚を緩和して出血も抑えられる、ゲーム慣れしちゃった私達みたいな者には、とてもありがたいお薬」
カグラは見せびらかすようにそう言うと、ミラの視線を攫ったままその薬をアイテムボックスに戻した。
「これを使えば、怪我や毒で動けなくなるなんて事はなくなって、昔みたいに戦えるようになるわ。とはいえ、ただ自分を誤魔化しているだけだから、治療薬を使う時間を稼ぐというのが、この魔法薬の本質だけどね」
カグラの見せた魔法薬は、プレイヤーによって生み出されたものだ。戦闘で実際に感じる痛みは、それまで無かった恐怖を生じさせ、数倍数十倍にも膨れ上がらせる。プレイヤーの一部は、それが原因で戦う事を捨てた。しかし、魔物の蔓延る世界において、否応無く戦わねばならない時もある。魔法薬は、そんな現実と化した世界で、プレイヤー達が感じた恐怖を元に開発され、高価ながらも常備薬として重宝されているのだ。
特に実力が比肩する相手と対峙する場合、この魔法薬の有無で勝敗が決する事もあるだろう。
「それは、幾らで売っておるのじゃ?」
ミラは、魔法薬の有用性を即座に理解すると、所持金を思い出しながらそう訊いた。
「一つ二十万リフよ。大き目の店舗なら大抵扱っているわね」
「薬一つで二十万とはのぅ。効能を考えれば安いとも、いえるのじゃろうか……」
「これでも随分と安くなった方なのよ。私が初めて手にした時は、五十万もしたもの。それに、この魔法薬に限らず強力な治療薬は、ゲームだった頃より数倍か十数倍に値上がりしているわよ。まあ、命に直結するから仕方ないわよね」
カグラが言うように治療薬、特に死の淵からでも立ち戻れるほどの上級薬は需要が跳ね上がっていた。これは、元プレイヤーが一斉に買い占めた結果だ。そういった薬は、保険代わりに溜め込む者も多く、原料も希少であるため、市場では品薄が続いている状態であった。
「それはそうと準備の事だけど、薬だけじゃなくて食べ物は大丈夫? 事と次第によっては、一週間分は必要になるかもしれないわよ」
カグラに言われて、ミラはアイテム欄を開き手持ちの食料を確認する。一通り眺めると、ミラは一つ大きく息を吐いた。
「ミックスベリーオレくらいしかないのぅ」
そう答えたミラに、カグラは先程アーロンにも渡していたカード状の青い紙片を差し出した。
「じゃあ、これあげる。うちで発行している引き換え符で、商業区画の食材店に渡せば一週間分の食料と交換してくれるわ。あの頃と違って食事は必須だから、おじいちゃんも常に備蓄しておいた方がいいわよ」
「ふむ、そうじゃな。では、ありがたく使わせてもらおうかのぅ」
ミラは、引き換え符を受け取りながら、今まで行き当たりばったりだったと振り返る。そして、天上廃都に向かう途中で出会ったギルベルトの事を思い出す。彼は調理器具を持参しており、採取した食材をその場で組み合わせ食事を作っていた。正にその食に関する事情は、冒険者の基本であり、事実、冒険者用の調理器具のセットも数多く販売されている。
「料理は得意ではないのじゃがな。調理器具などもあった方がよいのかのぅ」
煮る焼く炒めるといった基本以外には自信の無いミラは、おぼろげにカレーを思い浮かべる。余程の事が無い限り、一定の味が保障されている料理である。
「私達のアイテムボックスは、組合が貸し出しているものと違って、入れている間は腐らないから、お弁当を買い込んでおくのもいいわよ」
カグラは自身の左袖をめくり、そこにある腕輪を示しながら言った。
「ほぅ……そうじゃったのか。ならば、その方が良さそうじゃな」
ミラは、少し驚き気味に答える。アイテムボックスに入れておけば腐らない、という事は分かっていた。というよりも、そう認識していた。だが、組合から貸し出されている操者の腕輪の方は、カグラの言い方だと保存中の食料が腐敗するという事だろう。
そこまで考えて、ミラは、かつて古代神殿ネブラポリスに同行する事となったエメラの買出しを思い出した。操者の腕輪を持っていながらも、主に保存性重視の食材を購入していた事をだ。
(これは随分と便利だったのじゃな)
操者の腕輪には、他にも重量による制限がある。ミラは、自身の左腕で銀色に輝く腕輪にちらりと視線を移し、改めて端末とはいかなるものなのかと疑問を抱く。
「今まで気にしておらんかったが、これはなんなのじゃろうな。ゲームシステムと直結する装置であったはずじゃが、今ではそのシステムは働いておらんのじゃろう?」
外そうとしても繋ぎ目はなく、冷たく輝く銀の腕輪は当然のようにそこにある。ミラは、腕輪を指先で弾きながらそう訊いた。するとカグラは、左袖を戻しながら「なんなのかしらね」と短く答え「ただ……」と言葉を続ける。
「一般的にはアーティファクト、操者の腕輪のオリジナルという事で通ってるわ」
「あながち、間違いとも言いきれぬのぅ」
アーティファクトといえば、神から与えられたもの。化粧箱の説明で使った言い訳をここでも聞く事になるとはと、ミラは苦笑気味ながらも、納得する。
「まあ、そのあたりの事は専門家に任せればいいわよ。それよりも準備はしっかりとね。強さではどうにも出来ない事だって、沢山あるんだから」
「うむ。肝に銘じておくとしよう」
ミラがそう言うと、カグラは満足そうに頷いて前方に伸びる通りを指し示す。
「ここを真っ直ぐ行けば商業区画よ。買い物が終わったら戻って来て。私は先に、最初に会ったあの建物に帰っているわ」
カグラはそう言うと、大きく腕を振るようにして、商業区画の方向から大内裏の方へと指先を移す。ミラは、その指の示す方向を目で追いかけてから「分かった」と答えた。
道行く人々と挨拶を交わしながら、堂々とした足取りで帰っていくカグラの後姿を見送ると、ミラは商業区画があるという方へと歩き出す。
今月頭に風邪をひきずるずると……。
いつも治るまでに二週間はかかるんです。




