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81 総帥

八十一



 五十鈴連盟の本拠地へ向けて飛び立った次の日の朝。趣向を凝らし、ミラはワゴンの外でピクニック気分に浸りながら朝食を味わった。そして再びワゴンに乗って空へ舞い上がる。

 好きに休めと告げていたミラであったが、空を飛ぶ事など息をするにも等しいガルーダにとってその必要は皆無で、快調に飛び続け旅程は残り半分。ガルーダのおかげで目的地へは予定より幾分早い到着となるだろう。

 直線を進む空の旅路は順風満帆で、ミラはワゴンの中でマンガを読んだり部分召喚の考察を組み上げたりしながら、非常に緩い一時を過ごした。


 何事もなく日が暮れ始め、地平の先に赤い楕円が沈むと、夕日に染まる空を黒く塗り潰しながら、小粒の光がきらきらと浮き上がってくる。

 そしてとうとう太陽の残滓も掻き消える中、月が満ちる夜空を飛び続け、ミラの腹の虫が騒ぎ出す頃。月影に入り一層黒く浮かぶ、高い壁のような断崖が窓の外に広がった。


「もう到着か?」


 ミラは御者台の扉から顔を覗かせる。左右から悠然と伸びる山脈が進行方向正面でぶつかり交わって、一層高い絶壁を造りだしているのが見えた。星空を背景に黒く聳え立つ姿は圧巻であり、目的地である四季の森を抱く四宝山脈の中心だと分かる。

 時刻を確認すれば、午後七時を過ぎていた。夜遅いとも言いきれない時間で、このまま乗り込もうかと考えたミラであったが、そもそも夜に訪れるというのもどうかと思い直す。

 結果ミラは、ガルーダに麓の湖の傍へ下ろすように指示をして、今日はそこで一晩を明かす事に決めるのだった。



 山脈から流れ落ちる風は夜の気配を絹で撫でるように流し去り、初夏であるにも関わらず、冷やりとした空気で辺りを満たしていく。悠然と腕を広げる山脈の麓で目覚めたミラは、寝惚け気味にワゴンを出て、鏡のように山脈を映している湖で顔を洗う。


「ふぅ」


 眠気の残滓を振り払い、ふと見上げれば、今にも雪崩のように降ってきそうな高く隆起した大地の壁が、朝の陽光を浴びて白く輝いていた。夜とは随分印象に差のある景観だ。

 そんな山脈を背にしながらワゴンに戻ると、その途中で三つの黒い塊がミラの目に入る。良く見ればそれは、虎に似た姿をしたナイトレイダーという魔物だった。夜行性であり、仲間達と共に闇に乗じて獲物を襲う、組合ではCランクに分類される強敵だ。

 そこから少し視線をずらせば、不寝番として佇むホーリーナイトの姿が目に入る。塔のような巨大な盾、そして鈍く朝陽に輝く血塗れの直剣。夜中にミラを起こす事無く、速やかに役割を果たした証だ。


(頼もしい限りじゃな)


 ミラは、ホーリーナイトの有用性を再確認すると「ご苦労」と、意味は無いと知りつつも声を掛けてから送還した。

 朝の支度が終わり朝食も済まし、ミラはいよいよかと四季の森がある遥か山の頂へと視線を向ける。霞のような雲が覆い、上層には未だ雪が残っている。標高は天上廃都よりもずっと高いが、ミラはワゴンを振り返り確信する。これなら行けると。

 ワゴンに入り御者台から顔を覗かせガルーダを召喚すると、そのまま四季の森まで行くようにと指示を出す。

 徐々に高度を上げていく中、ミラはワゴンの説明書にあった方法で内部の気密性を確保する。標高が高くとも、ワゴン内の気圧が変わらず、薄霧草で空気が循環するならば高山病の心配は一切ない。

 ミラは仇でもとったかのように晴れ晴れとした表情で、ぐんぐんと下に流れていく山肌を窓から眺めた。


 地上から離れて二十分と少し、とうとう聳え立つ山を越え、ミラは勝ち誇ったかのようにその景色を一望する。

 上空から見下ろした山脈は、眼下の巨大な火口にもみえる広大な窪地を中心にして四つに分かれ、残雪を被ったまま遥か遠くまで続いている。それはまるで、とてつもなく大きな巨人が大地を握り締めたまま、手だけを残して化石になってしまったかのようだった。

 そしてその手中。一際高い断崖に囲まれた窪地には、不自然なほど色彩に溢れる森が広がっていた。それこそが、五十鈴連盟の本拠地があるという四季の森だ。しかし空から一見した限り、それらしい場所は見当たらなかった。森以外といえば、中央に大きな湖があるくらいだ。

 ミラは窓から離れると御者台の扉横にある管に向かって「ガルーダよ、湖に降りてくれ」と告げた。その声は、管を通り確かにガルーダに届き、ワゴンは湖に向けてゆっくりと降下を始めた。


 窓一杯に四季の森が迫る。ガルーダの巻き起こす風圧が波打つように梢を揺らすと、突然の来訪に驚いた小動物達が四方八方に走り回る。

 そんな波風を立てながらガルーダが降り立ったのは、小さな村より遥かに広い湖の畔。森との隙間に空いた僅かな草地だ。

 着陸を確認すると、ミラは扉を開けてワゴンを降りる。そして胸いっぱいに溢れ返る緑の匂いを感じ、ゆっくりと息を吐きながら目の前に広がる森を見渡した。

 四季の森は、その名の通りの場所であった。芽吹きの春のように色とりどり満開の花を咲かせ、生育の夏のように青々とした力強い葉を茂らせ、実りの秋のように甘い香りの丸々とした果実が生り、休息の冬のように芽を抱いて眠る。それらが隙間を埋めるように乱立して森となっていた。それは無秩序なようでありながら見事な色彩をどこまでも繰り返し、確かな秩序を見せつける。そこはまるで散文詩のような森であった。


(いつ来ても不思議な光景じゃな)


 四季の森を前に、いつも通りの感想をミラが抱いた時。湖から、空から、森から精霊達が姿を現し、瞬く間にミラを包囲する。


(歓迎、という訳ではなさそうじゃな)


 森の中などで時折出会うと、何かと行きずりで手助けしてくれる精霊は、いつも楽しそうな顔をしている。しかし、数十と現われた精霊達は、見定めるような、それこそガラス玉のような眼を向けたまま必要以上に近づかず、警戒心を前面に滲み出していた。中には、威嚇するように力を具象化している者もいる。

 精霊を狙うキメラクローゼンがいて、ここにはその敵となる五十鈴連盟の本拠地がある。ならば周辺にいる精霊は関係者である可能性が高いだろう。

 言うなればミラは、突然空から降りてきた侵入者であり不審者である。警戒されるのも当然かと、そう思っていたミラであったが、あからさまに敵意を向けてくる相手にガルーダは黙っていなかった。

 突如として周囲から風が失われる。囁くようだった葉の擦れる微細な音も静寂に掻き消え、ガルーダの大木の幹のような肢が大地に喰い込む鈍い音だけが響く。

 主を守ろうとその隣に立つガルーダは、極彩色の羽を逆立て周囲を睨み付けた。まるで大気と共にその場を支配してしまったかのような圧倒的威圧感に、精霊達は息を呑む。


「ガルーダよ、こやつらは大丈夫じゃよ」


 無音の世界に、ミラの声が穏やかに凛と響く。そうして見上げ両手を伸ばせばガルーダはその気配を鎮めて、剣を鞘に収めるかのようにミラの両手の間に嘴を差し出した。そしてミラは「心配ない」と告げて、精霊達にも争う気は無いという意思を証明するようにガルーダを送還する。

 絶大な存在感を放っていたガルーダが消えた事で精霊達も若干矛先を緩めると、周囲を飛び交っていた精霊力の欠片が霧散していった。ミラは振り返りそれを確認すると軽く一礼をし、最も力の強い精霊へと視線を向ける。


「驚かしてすまんかったのぅ」


 ミラがそう告げると、正面のその精霊は一歩前に出て礼を返す。


「こちらこそ失礼しました。ここには滅多に人が訪れないものでして」


 周囲に集まった精霊の中でも上位であろう存在は、一見すると髪のお化けだった。白い布のような衣を纏い、陽光を透かした葉のように明るい翠の髪は腰の下まで覆っている。顔はそんな髪の隙間から僅かに覗くのみだ。声は女性だがどこか低く、精霊特有の人に友好的だった色は失われていた。

 滅多に人が訪れなくとも、本来の精霊の姿はやはり友好的であったはずだ。ミラは、即座にキメラクローゼンの名を頭に浮べた。その影響がこうして出ているのだろうと。


「お主がこの集団のリーダーじゃな?」


「ええ、確かに。見ただけで判るとは、ただの術士ではないようですね」


 ミラが問い掛ければ抑揚の無い声で翠髪の精霊が返す。ミラは単純に頭一つ抜けた力の粒子が見えただけなので、大した事ではないと首を横に振る。


「まず、わしはお主らを害する気はない。五十鈴連盟の本拠地がここにあると聞いて、話をしに来ただけじゃ」


 一声目で、精霊は居るが人は居ない、なんら関係の無い山奥の辺境の地。そのような言い方をした目の前の精霊に、ミラは紹介状を差し出しながら単刀直入にそう切り出した。その瞬間、精霊達が騒ぎ始める。それは動揺に近い声であり、徐々に翠髪の精霊に注目が集まっていく。


「その事をどこで知りましたか?」


「祈り子の森で会ったんじゃよ。シルバーやらブルーという名の者達にのぅ。これは、そこで貰った紹介状じゃ」


 ミラはそのまま押し付けるように手にした紹介状を渡す。翠髪の精霊は、その封蝋と署名を確認して「確かに」と呟く。


「少々お待ち下さい」


 ミラを一瞥しそう言うと翠髪の精霊は、まるで霞のように朧にぼやけて姿を消した。残るのは若芽のような香りだけだ。

 この場に居る精霊の半数は、キメラクローゼンに襲撃を受けたところを五十鈴連盟によって救い出された者達だった。本来は人懐っこいはずの性格が、心無い者の行いにより生まれた疑心により形を潜めてしまったのだ。しかし、本質は早々変わるものではない。

 残った精霊達は、敵意は無いと判ったミラに興味津々だ。

 しかしまだ過去の傷からか、一定の距離を保ったまま見ているだけであった。




 翠髪の精霊が居なくなってから十分と少々。空から真紅の翼を羽ばたかせて大きな鳥が舞い降りる。良く見ると鳥の肢には衣冠を纏う女性が掴まっており、その両足が地上に着くと同時に鳥は一瞬燃え上がり煙のように消える。肢を掴んでいた女性の手には、式符が残されていた。


「なんだこれは。どういう状況なんだ?」


 その女性は、いつの間にか戻っていた翠髪の精霊に問い掛ける。だが、彼女も理解が及ばず「不明です」と答えた。

 湖の畔は、コンサート会場になっていたのだ。歌い手兼伴奏はレティシャ、主催はミラ、観客はそこにいる精霊と動物達である。

 興味深い人間が目の前に居るのに踏み込みきれない精霊と、普段と態度の違う精霊の様子に警戒が解けきれてないのかと考えたミラ。空の青さと景色の良さに相反し、泥のように重い空気がそこにはあった。

 そこでミラは考えた。人が駄目なら、同じ精霊に仲を取り持ってもらえば良いと。

 その結果が現状である。間にあった見えない壁は確かに取り払われ、レティシャ作『奏主様の歌』のへんてこな歌詞が、気付けば鼓動すらリズムを合わせてしまいそうになるほどに心を奪う旋律に乗せて歌われている。

 ミラはというと、功を奏して精霊に囲まれハーレム状態であった。

 衣冠の女性は懐に式符をしまうと精霊達を掻き分けて行き、ワゴンの縁に腰を掛ける銀髪の少女と対面する。


「貴女がミラ様ですね。お話は伺っております。一応、証拠となる勲章を拝見させていただいてもよろしいですか」


「うむ……これじゃ」


 ミラは言われて勲章を取り出しそのまま手渡すと、女性は両面を一瞥してから「ありがとうございました」と言いミラに返した。


「確認させていただきました。改めて、私は、四季の森の見回り兵長を務めるアカドリと申します」


「ミラじゃ」


 アカドリと名乗った女性。その衣装は緑を基調としており、衣冠というよりは布地が少なく、それは袖の長い忍装束にも見えた。後頭部で結われ垂れ下がる長く黒い髪が、更にその印象を引き立てる。


「シルバー隊長より大まかな事情は伺っています。そこでまずは、我らの総帥と会ってくださいますか。詳細は、その時に」


「ほぅ、それは願っても無い申し出じゃ。快く同行しようではないか」


 五十鈴連盟に来る当初の目的は、式神ニャン丸の主がここの所属であるかもしれないというものであった。だが実際に来る事になった今、ソロモンから連盟トップ宛の手紙を預っている。ミラにとっても、労せずして頂点に会える良い機会であるので即答であった。


「えっと、では……」


 ここぞとばかりに、今まで歌えなかった歌をエンドレスリピートしているレティシャを見やるアカドリ。

 精霊らしく、だろうか、花火のように力を使って盛り上がる精霊達と別れを惜しみながら、それでも満足げにレティシャは送還されていった。


「では、参りましょうか」


 アカドリがミラにそう言うと、集まった精霊達が「またねー」とミラに声を掛けてから森へと散って行った。

 人に受けた心の傷が癒えず、笑っていてもどこか影の差していた精霊達の表情は、今はかつてのように優しく、不思議と伝染しそうになるような笑顔である。いつか取り戻したいと願う、本当の精霊の笑顔だ。

 アカドリは、そんないつかを心に浮かべ、湖へ顔を向けて、誰にともなくそっと微笑むのだった。


「ところで、このワゴンはここに置いておいても大丈夫かのぅ?」


 精霊達との挨拶を終えたミラは、湖の畔で堂々と佇むワゴンを掌で軽く叩きながら、そうアカドリに声を掛ける。


「え? ええ。大丈夫です。問題ないですよ。では改めて、参りましょう」


 精霊達に感化されて普段とはらしくない事を考えていたと、アカドリは、必要以上に首を縦に振り答えた。だが、いつか実現する為に気合を入れ直し、湖の畔を沿うようにしてミラを本拠地の入り口へ案内する。

 数分ほど歩いてアカドリが立ち止まった場所は、湖の畔だ。ワゴンがまだ右手側に見えている。


「少々、お待ちを」


 そう言うとアカドリは、どこからともなく水晶の鈴を取り出し湖に向けて響かせた。ガラスのように小さく澄んだ音は、余韻も残さず風に消える。だがその波紋は劇的であった。

 それは湖の縁から中央へ向けて線を描くように浮かび上がる。一見すれば小さな波がぶつかり合ったような、一瞬の線だ。しかし、線が湖面に沈むと唐突に、まるで無色透明の巨大な板がゆっくりと突き刺さっていくかのように湖を引き裂いた。

 かつて聞いた事のあるモーゼのような事も、この世界では十分可能な範疇なのだと、ミラはその光景を目の当たりにしながら小さく驚嘆の声を漏らす。


「では、こちらへ。見えづらいですが、足元は階段となっておりますので、ご注意ください」


「うむ、分かった」


 両脇を延々と滝のように流れ落ちる水は、風に揺れるカーテンのようで、階段は水に溶け込むような半透明の青だ。どしゃぶりの雨の中、空から雫と共に落ちていくような、そんな光景であった。

 下れば下るほど落ちる水は飛沫となり、周りを青から白へと変化させていく。そして踏み出してから三分程度。足元から濁流の叩きつけるような音が、進めば進むほど高まっていく。

 更に下りて行くと、階段は小さな門の前まで二人を導いてから途切れていた。


(湖底までは行かんのじゃな)


 ミラは止めどなく落ちていく滝の先を覗き込む。湖の底はまだまだ下で、どういう原理なのか、湖底にできていた湖面は滝つぼのようになって降り注ぐ飛沫を受け止めている。

 門があるのは、湖の中ほど。まるで水中に浮かんでいるかのようであった。

 アカドリがその門に水晶の鈴で触れ、それから掌を押し当てる。小さくも重厚な金切り音を響かせて門はその口を開く。ミラは導かれるままに門を抜けた。


 奥には、小さな街が広がっていた。

 どことなく日本の歴史を髣髴とさせる、全体的にこぢんまりとした平安京とでもいった様相の街がそこにあった。だが、ところどころを闊歩する人々は異国のそれで、色とりどりの髪と衣を纏う精霊達が第一印象に止めを刺している。


(なんともキテレツじゃのぅ)


 入り口の門の位置は高く、出た場所は展望塔のような所であった。ミラは街全体を見渡せるその場所で辺りを一望しながら、特に異質感を生み出している石柱に目を留めて、そんな感想を抱いた。区画整理された街から等間隔で、石柱が天を突き刺すように伸びているのだ。柱は計十二本で、門の位置よりも更に高く、その先を追いかければ、天を覆いつくす水そのものの空が揺らいでいた。

 陽光はより遠い湖面で弾けながら浸透していくように深くへと滲んで、水の壁を突き抜け街へと五月雨のように降り注いでいる。地面を見れば、風任せに揺れる湖面が投射され、まるで法則性のない万華鏡のように光が笑っていた。

 アカドリに連れられて、ミラは螺旋階段を下りて街に出る。

 最も大きな建物へと向かう途中、アカドリが簡潔に本拠地の説明をした。そこかしこを行く顔ぶれは、五十鈴連盟の者の他に、協力者や保護された精霊であると。特に幼い精霊は戦闘力が低いため、積極的に保護しているのだと続けた。

 それは確かなようで、どこに視線を巡らせても、裸に近い幼精霊が必ずといっていいほど映った。倫理観すら破壊されそうな光景である。

 協力者に関しては主に技術方面であり、精霊の協力もあって質の良いものが出来上がるので、この街は職人達に好評だとアカドリは語る。

 進む途中、五十鈴連盟の戦闘要員であろう武装した男や女に、アカドリは簡単に挨拶を交わしすれ違う。更に本拠地内には、初のキメラクローゼン捕獲の協力者としてミラの噂が広がっていたようで、もしやその子が、と二人は道中何度か声を掛けられた。

 そんな中でもミラが特に気になったのは、青年と精霊が仲良く手を繋いでいた事だ。聞けば、アカドリ曰くここでは珍しい事ではないという。人と精霊が惹かれ合い、そして結ばれる。存在は違うが愛は共通だと、アカドリは熱弁した。


 そうこうして行き着いた場所は、街の一番奥。平安京でいうところの、正に大内裏となる場所である。

 築地塀に囲まれているが、正面の門は既に開け放たれ、門番の二人がアカドリに一礼した。その門の奥には、幾つもの殿が並んでいる。

 アカドリと門番が、やり取りをしている中、ミラはその景観に日本人魂を擽られ、ちょろちょろと角度を変えながら門の奥を覗き込んでいた。


「ミラ様、まずは正殿へ」


「う……うむ。分かった」


 話を終え通過の許可を得たアカドリは、口元に含み笑いを浮べながら見た目相応に落ち着きの無い少女に声を掛ける。首を傾げて屈み込んでいたミラは、バツの悪そうな笑みを浮かべて頷いた。


 築地塀の中もまた築地塀で各所が仕切られており、ミラはアカドリに案内されるまま角を曲がる。門を抜けてからは目に映る人と精霊の数は激減し、大内裏には、寂しくも荘厳な気配が満ちていた。

 二人の足音が静かに続き、二つ目の角を右に折れると別の門の前に到着する。

 門の奥、厳かに佇む正殿。靴を脱いで板張りの廊下を挟んで、謁見用の間の前まで通される。アカドリの案内はここまでのようで、引き戸を開けると一歩下がり、その場に正座した。


「どうぞ、ミラ様。総帥がお待ちです」


「案内、ご苦労じゃった」


 ミラはそう言って戸を抜ける。そこから長い廊下を進んでいくと大部屋に到着した。床は全て板張りで、壁は白く塗られている。部屋の中央には奥へ向かって長く大きな座卓が置かれ、直ぐ手前に座布団が敷かれていた。そしてその向かい側に一人が既に腰掛け、更に手前には座卓を挟んで向かい合うように補佐役であろう者が座していた。


「どうぞ、お坐り下さい」


 柔らかい笑顔を浮べながら補佐役の一人が告げる。ミラは言われるままに座卓へ近づき、座布団に胡坐をかいて坐った。

 向かい合う形となったミラと正面の人物。紫の衣を纏い、頭には白く薄い布が垂れ下がっている笠のようなものを被っている。その布は上半身を覆い隠し、顔は不鮮明であった。だが、この者が五十鈴連盟の頂点であろう事は、ミラには何故だかはっきりと分かった。


(予想はしておったが、やはり元プレイヤーじゃったか)


 現実の平安京に似せた街並みといい、それらしさを感じていたミラ。そして調べて(・・・)みれば、やはりそうだと判明する。


「まずは五十鈴連盟、統合本部にようこそ。私はウズメ。一応、連盟の総帥。で、貴女はミラさんよね。キメラ一人の捕獲成功に尽力してくれたと聞いたわ。ありがとう」


 白い布で顔が見えなくとも、その声から女性であろう事が分かる。そうしてウズメと名乗った五十鈴連盟のトップもまた、ミラを元プレイヤーであると見抜く。


「大した事はしておらん。お主らの争いに横から割り込んだだけじゃからのぅ」


 ミラがそう答えると、ウズメは「随分と謙遜するのね」と言って笑った。


「ところで、この紹介状には貴女は人を探しているとあったわ。それが私達の仲間の一人かもしれないって。詳しく聞いてもいいかしら」


「うむ、今からじゃと三週間ほど前になるかのぅ、精霊を守る式神と会ったんじゃ」


 五十鈴連盟を訪ねたそもそもの目的は、賢者の一人と関係しているかもしれない式神の名を辿ってきた結果である。ミラは、前置きをすると、古代神殿ネブラポリスから鎮魂都市カラナックへの帰り道での出来事を話して聞かせた。



「カラナック、ね。答える前に聞かせて。その人物を探している理由はなにかしら?」


 ミラが話を終えると、ウズメはそう言って問い掛ける。たとえ恩人といえども、仲間を害するつもりならば教えるわけにはいかないからだ。だがもちろん、ミラにその気は無い。


「少し話を聞きたいだけじゃよ。わしは、その者とはまた違う人物を探しておるんじゃが、その本命と関係があるかと思っただけじゃ。手掛かりも式神の名という、実に小さく曖昧なものでのぅ。とはいえ情報がゼロじゃから、手当たり次第というわけじゃな」


「そう、探し人のために人を探すなんて、随分とややこしいのね」


「本人も相当にややこしい人物じゃ」


 ミラが包み隠さず伝えれば、その言動をじっと聞いていた補佐役の一人が、ウズメを窺うように視線を向けた。何かを見透かそうとするかのようにミラを見つめていたウズメは、ふっと肩の力を抜き、補佐役に小さく頷き返す。


「いいわ、少し待ってね」


 そう言って補佐役が差し出した書類を受け取った。


「確かにその時期、カラナック近くに数人居るわね。それで式神の名前という事は陰陽術士よね。となると、この二人のどちらかかしら」


 ウズメは、人事に関する書類を捲りながら、式神関連という事で周辺で作戦行動中であった数人の中から陰陽術士二人の名を確認し答える。


「ほぅ、二人か。では、そのどちらか、ニャン丸などというへんてこな名を式神に付けてはおらぬか?」


 誰もいなければそこでこの話は終わりであったが、二人居るとなれば確率も上がる。ミラはいよいよかと、ここまで来る要因となった式神の名を口にする。

 その時であった。補佐役の二人が、びくりと僅かに肩を震わせ恐る恐るといった様子でウズメに視線を向けた。


「ニャン丸。……へんてこ?」


 それまでとは違い、明らかに半音下がった声で、ウズメが問いの一部を繰り返す。その声に、補佐役の二人が更に肩を震わせる。


「うむ、随分と単純まんまで捻りの無いみょうちくりんな名じゃろう。特徴的で判断し易い材料だと思うのじゃが」


「ええ、いるわね。でも、へんてこかしらねー。良い名ではないかしらー」


 ウズメが書類で確認した陰陽術士の中に、ニャン丸という名の式神を使う陰陽術士は確かに居た。それを聞いてミラは、若干高揚する。


「おお、おったか! して、今どこかのぅ。会えたりはせぬか?」


「今はグリムダートの方に出張中かしらー。というよりも、へんてこな名前かしらー。可愛くないかしらー」


 果たして繋がるかどうかと、揚々に質問を続けるミラ。しかし、ウズメはニャン丸という名前に関して繰り返し疑問をぶつける。そしてその声は第一声に比べ、飾る事を忘れたような少女の声色が薄っすらと混ざっていた。五十鈴連盟の総帥は、床に両手を突き立て、ミラを睨むかのように白い布に隠れている顔を向けている。


(随分と突っかかるのぅ……)


 やけに拘りを見せるウズメの言葉、そしてむくれたように見える態度。それはどこか懐かしいような、誰かに似た面影があった。そんな姿を前に、ミラの脳内である人物の幻影が薄っすらと重なる。


「時にのぅ、亀吉、ニョロ蔵、ピー助、ガウ太なんて名を式神につける奴がおるのじゃが、お主はどう思う?」


「分かりやすくて可愛くて、とても素敵な名前ね! 花丸よ!」


 ミラが覚えのある式神の名を並べると、ウズメはびしりと親指を立てて答える。その声は弾み、心からの解答であるとはっきり分かるものだ。

 まさか、と。ミラは顔を隠す白い布を見据えたまま、都合の良い一つの可能性を脳裏に浮かべる。


「猫カフェ篭城事件」


 ミラは何かの呪文の如く、そう呟いた。ある人物との付き合いで巻き込まれた黒歴史の一つである出来事を示唆する単語だ。

 そしてその言葉の効果は覿面だった。ウズメは突然、落雷にでも打たれかのように背筋を逸らし、勢い良く立ち上がると、こほんと一つ咳をしてから静かに坐り直す。


「二人とも、ちょっと席を外して」


 淡々とした声でウズメがそう告げると、補佐役の二人は一礼してから立ち上がり、音も無く退室して行った。


「ミラ、さん? ……もしかしておじいちゃん?」


 ミラの呟いた言葉にウズメは確かに反応し、そしてその単語を共有している人物を思い浮かべて目の前の少女に重ね合わせる。


(これを機に辿っていく予定じゃったが、早々に当りとはのぅ)


「久しいな、カグラよ」


 式神の名に関しての感性の他、決定的だったのは、不機嫌そうに両手を床に突き立てていた姿だった。ミラの知るカグラの癖の一つである。

 五十鈴連盟の本拠地最奥、大内裏に似せた造りの正殿で、遂に旧知の二人は再会を果たした。

お仕事決まりました。


何をどうしたのか、力仕事と同じくらい苦手なレジ業務のあるお仕事です。


安心一割、不安九割。

さぁ、やるだけやってみよぅ。

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― 新着の感想 ―
今はどうなっているかわかんないですけど仕事頑張ってください ミラちゃん可愛すぎだぜ
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