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80 初飛行

ひっそりと

八十



 久し振りに揃った親友三人の夕食会は、ルミナリアが完全に酔い潰れた事で幕引きとなった。どうやら、昼頃に連れて行かれた訓練が相当な心労であったのだろう、酒を呷る手が止まらなかった結果だ。

 侍女に担がれていくルミナリアを見送った後、程よく酔いの回ったミラもまた、リリィに寝室へと案内されていく。


「こういう時、お酒に強いっていうのも考えものかな」


 残りの仕事をこなすために執務室へ向かうソロモンは、そうぽつりと呟いた。




 カーテンの裾から漏れ入る陽光が床で跳ね返れば、それは淡い靄のように広がり夜の残滓を掻き分けて、ベッドで寝息を立てる少女の枕元をそっと包み込む。朝の慌しい時間が過ぎ去り、そろそろ一仕事終えた侍女達が談話室に集まり始める頃、一人の侍女が無防備な寝顔を晒している少女へと近づいていく。


「ミラ様、朝ですよ。ミラ様」


 侍女は、耳元で囁くように声をかけて、少女の露出した白い肩に手を添えそっと揺さぶった。その声に少し遅れて「ぬぅ……」と少女は息を漏らし、瞼を薄っすらと開く。その目に映るのは、ぼやけたように浮かぶ天蓋の刺繍と、優しい月明かりにも似た侍女リリィの笑顔だった。


「おはようございます。ミラ様」


「うむ……おはよう」


 上体だけを起こして、瞼に錘でも釣り下がっているかのような眠気に抵抗しながら、ミラは挨拶を返す。


「今は何時(なんどき)じゃろう?」


「午前十時四十分ですよ」


 うつらうつらとまどろむミラを余所に、リリィが布団と毛布を捲り上げると、その下からは黒いネグリジェを緩やかに纏った少女の肢体が露わになる。肌触りの良い黒く滑らかなシルク生地は、陽だまりのように白く柔らかな肌と、そこに寄り添うように流れ落ちる銀髪を一層引き立てていた。その妖艶な対比は、陶然としていたミラをその勢いのまま着替えさせたリリィの犯行の賜物である。

 そんな可愛らしくて扇情的なミラを視界から外す事なく、リリィはてきぱきと起床の準備をこなしていた。


「もう、そんな時間じゃったか……」


 先日の夜の酒のせいか、思っていたよりも遅い朝の目覚めに、ミラは少し急ごうかと朝の支度を開始する。


 身だしなみは一通り整い、洗濯された魔導ローブセットをリリィから受け取り着替えるミラ。その際、身に覚えの無い黒のネグリジェに首を傾げもしたが、リリィという存在で全てを悟り、まあいいかと受け流した。

 それからミラは、リリィに連れられて食堂へと移動する。朝食の時間は過ぎているため、人は随分と疎らだ。居残っている者といえば、昼の分の仕込をする料理人と、ティーブレイク用にスイーツをちょろまかそうと狙う侍女くらいである。

 リリィが「ここで、待っていてくださいね」と席を引く。ミラは、言われるがままに着席して待つと、朝食と共に侍女達もやってきた。


「ミラ様、お土産ありがとうございました」

「おいしかったです」

「私達の事、気にしててくれたんですね」


 先日、リリィに預けた土産の礼を口にする侍女達。ミラは「喜んでもらえたのなら、何よりじゃ」と、柔らかく笑顔を浮べて答えた。


「昨日は言いそびれましたが、アマラッテ様の件に関してもありがとうございました。早速、寸法を測らせていただけました。ミラ様のおかげです」


 ティーカップに紅茶を注ぎながらリリィが言う。ミラの服に興味を持った死霊術の賢者代行であるアマラッテから、製作者であるリリィ達に話を通して欲しいと頼まれた件だ。

 かねてよりアマラッテの衣装に関して虎視眈々と狙っていた侍女達である。それがミラの橋渡しにより叶ったのだ。ミラの株は急上昇中である。


「構わん構わん」


 ミラはそう短く答えると紅茶で唇を湿らせ、そして侍女に世話を焼かれながら朝食を済ませるのだった。


 食後、ミラはリリィから大きなバスケットを受け取る。これからまた遠出するという事をソロモンから聞き、数日分の食事を用意しておいたようだ。そして一言「アイテムボックスって便利ですね」だ。バスケットはずしりと重かった。きっとリリィの愛情が沢山詰まっているのだろう。また借りが出来たかと思いながらも、ミラはありがたく受け取ると礼を言って食堂を後にする。

 休憩も終わり、また慌しくなるリリィ達と別れ、ミラは出発前に執務室を訪れた。


「やあ、おはよう。良く眠れたようだね」


「うむ、ぐっすりじゃった」


 ソロモンが書類を置き顔を上げると、ミラはソファーの定位置に腰を下ろしつつ朗らかに返す。流石、国王の口にする酒という事か、酔いが残る事も無くミラは絶好調である。


「それは良かった。じゃあ早速だけど、これ、今回分の任務達成報酬ね」


 ソロモンは、執務机に置いてあった封筒を手にとって、それをソファーの方に放り投げる。放物線を描いて飛来する茶封筒は、小さく金属音を鳴らしてミラの隣りに着地した。


「おお、丁度軽くなってきたところじゃ」


 ミラは茶封筒を拾い上げ中身を取り出す。中に入っていたのは、金貨六枚で三十万リフだ。


「次のお土産、楽しみにしてるね」


「なんじゃそれは……。まあ、わしの目に適うものがあればのぅ」


 土産代込みとでも言うようなソロモンの言葉に、ミラは呆れながらも了承する。ソロモンにとってミラの持ち帰る土産は、土産話と共に、ずっと行く事の出来ない旅行に行った気に浸れる、旅先の気配を詰め込んだ瓶のようなものなのだ。


「して、あれで年代の特定は出来そうじゃったか?」


 空っぽになった茶封筒をくるくると巻きながら、ミラは任務で持ち帰った木屑の状態を思い出して問い掛ける。


「さっき報告があったよ。時間は掛かりそうだけど、なんとかなりそうだってさ」


「ふむ、無駄足にならずに済んだようじゃな」


 一週間以上かけて持ち帰ったものが役に立たないとでもなったら、塔に帰ってマリアナに甘えながら泣き寝入りでもしようかと考えていたミラ。しかし、城の学者は優秀なようで、掛かるのは時間だけだと結論を出していた。


「そういう訳だから、安心して五十鈴連盟の本部に行くといいよ」


 これでもかというくらい、にこやかな笑顔を見せるソロモン。ミラは、やれやれと溜息を吐いてから立ち上がる。


「まったく……。では、行ってくるとしようかのぅ」


 ミラは両手を腰に当てて大きく背を伸ばし、解すように首を回す。動作がいちいち子供らしくないとソロモンは感じながらも、人の事は言えないなと、つられるように軽く首を回した。


「いってらっしゃーい。色々とよろしくねー」


 背中にかけられた声に、ミラはそのまま手を振って答え執務室を後にした。途中、カイロス関連はどうなったのかと思い出したものの、それはミラの足を止める程のものではなかった。襲撃自体はミラにとって大した出来事では無く、ソロモンが好きなよう(・・・・・)に処理するだろうと考えた為だ。



 城の廊下、延々続く金の刺繍入りの赤い絨毯の上を、ミラは小走りで進んでいく。これからいよいよ、完成した自分専用のワゴンで空の旅だ。無意識にも心は弾み、ずっと楽しみにしていた玩具を買った帰りのような気分でミラは車庫に向かっていた。

 城の中から倉庫と作業場を繋ぐ境界付近を丁度行き来していた職人が、厳つい男達の蠢く場にひょこりと現われた場違いな少女の姿を見つける。


「おはようございます!」


 職人の男は、ミラに向き直ると開口一番特大の挨拶を口にした。余りの声量にミラは肩をびくりと震わせるも、即座に取り繕い「うむ、おはよう」と返す。だが、それだけでは終わらない。大声に誘われ、次々に職人が集まり朝の挨拶の大合唱が始まったのだ。

 誰も彼もが、ミラの事を待っていた。過去最高傑作ともいえるワゴンが空に舞い上がる様を見ようと、ミラが来たらそれと分かるように合図をすると全員で申し合わせていたのである。


「……おはよう」


 気迫に押し負けて、ミラは若干後退気味に返事をする。


「これから出発ですね!?」


 職人達の間から、責任者のダグが姿を現して期待に満ちた視線を向ける。同時に居並ぶ職人達も、すぅっと声を潜めて返事を待つ。


「うむ、そうじゃ」


「では、ご用意させていただきます!」


 ミラが答えると同時に職人達は喝采を上げて、方々へと散っていく。見るだけでなく、データを取る準備もする為だ。

 職人達の、製作に掛ける情熱の汗がほとばしる中、ミラは作業場から外にある車庫に向けて歩き出す。


 風力を計る風車や、飛び立つ瞬間を確認する為の写真機など、魔導工学から派生した様々な機器が車庫の前に並べられる。そして肝心のワゴンは、職人達の人力により広場まで運ばれていた。


「さあ、どうぞミラ様。準備完了です」


「あー、うむ。ありがとう」


 ワゴンを牽いて来た職人に礼を述べると、ミラは改めて自分の物となった移動型秘密基地を見上げる。その白い車体は、朝の陽光の中で一際輝き、質素な装飾に装甲車然とした外見からか、まるで神話の戦女神が駆る戦車のような清とした雰囲気を漂わせている。

 ミラは、満足そうにワゴンを見つめながら、何を召喚しようか考えた。


(ふーむ、やはりガルーダがいいかのぅ。他は……また騒ぎになりそうじゃ。クレオスが常用しておるから、ガルーダはそこそこ馴染んでおるようじゃしな)


 結論すると、ミラはワゴンの隣にガルーダを召喚する。魔法陣から光の柱が伸びると、どこからともなく風が吹き出し、極彩色の怪鳥が姿を現した。クレオスの召喚するガルーダよりも一回り大きく、王者の威厳を纏い燐光を煌めかせる姿に、職人達はその手を止めて、魅入るようにぽかりと口を開けた。そして誰もが、賢者の弟子という存在がどれほどのものなのかを認識する。


「ガルーダよ。お主に頼みがあるんじゃが聞いてくれるか?」


 ミラがそう問い掛けると、ガルーダは真っ直ぐと視線を向け、平伏すようにその首をミラの目の前に下げる。寡黙でありながらも忠臣であるガルーダの敬意の表し方だ。その姿からは、如何様にも従うという意思が見て取れた。

 ミラの声で我に返った職人達が計測を始めた。ワゴンを運ぶガルーダのデータも収集するためだ。


「良い子じゃのぅ。して、頼みたいのはこれじゃ。わしが乗るので、お主にはこれを持って飛んで欲しいのじゃよ。どうじゃ、頼めるか?」


 ミラは、ガルーダの口先を軽く撫でると、横にあるワゴンを目で示す。

 ミラの言葉を理解したガルーダは、その伏した大きな身体を再び上げると、ワゴンの天辺の支柱を嘴で銜えてひょいと浮かばせ、重さを量ってから地面に下ろした。ワゴンの大きさは、通常の馬車とさほど変わらず、素材から軽量化が図られているが、まずは持って飛ぶ事が出来るかどうかの確認であった。

 ガルーダは再びミラに向き直り、問題無いとばかりにゆっくりと頷くように首を縦に傾げれば、ふと青く澄み通るような暖かな風が辺り一帯を包み込む。ガルーダが、仕事を与えられて喜んでいるのだ。


「ではこれから、よろしく頼むぞ」


 ミラの声に応えるように、ガルーダは力強く翼を広げた。自信満々といった様子に、ミラも安心してワゴンへと乗り込む。

 和室を模したワゴン内は土足厳禁。靴を脱いで素足で上がれば、畳の目も足裏で感じる事ができ、その優しい感触にミラは思わず頬を綻ばせる。それから、ガルーダに指示を出すために御者台に繋がる扉から顔を覗かせた。牽く為の支柱が見えるが、今は関係ない。ミラは正面で待機するガルーダを見上げて行き先を告げる。


「目的地は四季の森じゃ。ここからじゃと……あちらの方角じゃな」


 言いながら、ミラは四季の森の場所を脳裏に浮べて、その方向を指し示す。ガルーダが目的地を把握すると、徐々に広場を包む風が大きく強く唸り始めた。針路を脳裏に描き終わり、飛翔の準備に入ったのだ。


「ミラさまー。いってらっしゃいませーー!」

「お気をつけてー!」


 クレオスのワゴンを何度も見送っている職人達は、強まる風でもうじき飛び立つ事を察し、風の音にも負けじと大声を張り上げて見送りの言葉を叫ぶ。それでも、データはしっかりと計測中だ。


「うむ、いってくる!」


 この国は気の良い奴らばかりだと、扉から顔を覗かせてミラは手を振り答えた。

 それから間も無く、翼を羽ばたかせ身体を宙に浮かせたガルーダは、両肢でワゴンの支柱をしかと握ると天高く舞い上がっていく。職人達は歓声を上げて喜び、みるみるうちに白い点となり、青い空に漂う雲に同化していくように消えていくワゴンを、見えなくなっても暫く見送り続けていた。




「一日で着くような距離ではないからのぅ。疲れたら好きに休んでよいからな」


 アルカイト城が模型のように小さく見えるほどの上空。ミラは、ガルーダにそう声を掛けてからワゴン内へと戻る。出迎えるようにイグサの香りに包まれ、ミラは深く空気を吸い込むと、窓に映る絶景を前にして、肺を満たす香りを吐き出すのを思わず忘れてしまいそうになった。


(随分と違って見えるものじゃな)


 ペガサスやガルーダの背から見た全方位パノラマの景色と、ワゴンから望む景色は印象ががらりと変わって見えた。今、眼前に広がる風景は、窓枠という限定的な範囲に切り取られた一枚の絵画のようであった。更には、姿勢が自由という事も相まって、ミラは今までで一番贅沢な景色だと座椅子に坐りながら思う。

 それから暫くの間、ミラはスイートベリーオレをちまちまと傾けながら、その贅沢を堪能し、天空城を探して漂う雲に思いを馳せた。


 スイートベリーオレを一本空にして、ビンを炬燵の上に置けば、その隅にあった書類が目に入る。ダグがワゴンの説明書と言っていたものだ。ミラは、その説明書を手に取り開く。


(図解付きとは親切仕様じゃな)


 今日からきっと長く世話になるであろうワゴンの事について、説明書には各種機能や用途について詳細に記載されていた。ミラは、気合を入れて説明書の熟読を開始する。


 説明書には、様々な機能に関しての記述があり、釣り下がったランプは魔動石を燃料として光るだとか、炬燵もまた魔動石で暖かくなるなどと記されていた。光量や温度の調整についてもだ。

 そして、薄霧草の栽培法は、水は三日に一回、時々木炭の灰などを与えると理想的であり、光合成はランプの光で十分であるという事が書かれている。

 その他にも追加の家具の設置法や、耐震対策といった細かい注記もあった。


 気付けば、そっと忍び寄るような赤い陽光が漏れ入るワゴンの中。一通り説明書に目を通し終えたミラは、天井の中央に釣り下がっている銀のアンティーク調ランプを見上げた。それは魔導工学により開発された照明器具だ。そしてその燃料である魔動石は、古代神殿ネブラポリスで大量に入手済みである。

 ミラは立ち上がり、説明書通りに魔動石をセットして光量調整のつまみを捻った。すると暖色系の火が灯り、ランプに被る銀の傘に反射して、上下を明と暗に分け隔てる。どこか温かく感じる淡いオレンジの光が、和室を模したワゴン内を染め上げていく。照明一つで随分と印象が変わるものだと、ミラは光量を調整しつつ軽く周囲を見回した。

 そしてふと視線を向ければ、光を受けた薄霧草が、その名の通り薄っすらと霧を生み出していた。これもまた説明書に書いてあった現象だ。薄霧草は他の植物と違い、酸素を吐き出すだけでなく、ガスや毒素といったものまで無害な物質に変換する特性を持っている。そしてそれは光合成により発揮され、全体を薄っすらと覆う霧は薄霧草という名の由来でもあり、浄化作用が順調である証だ。

 続けて説明書の記述を確かめるべく、ミラは炬燵の天板に手を掛けると持ち上げてひっくり返す。そこには、無数の図形と記号が刻まれていた。それは、かつてソロモンに手渡したミラのメモを元に改良された精錬台だ。

 その中央に、一枚の紙が貼り付けられている。


『これで、移動中でも魔封石の作り置きとかできるよね。 今度頼むかもしれないからよろしく。 ソロモン』


 そう書かれていた。

 ミラは、しかめっ面で紙を剥がすとくしゃりと丸めて、空になったスイートベリーオレのビンに突っ込んだ。


(とはいえ、便利である事に変わりはないのぅ)


 今までは、落ちないようにと掴まっている必要があった空の旅だが、今ではもう全身が自由で、時間も十分にある。そう考えるとミラは早速、精錬台の前に坐り、アイテムボックスから二つのアイテムを取り出した。いつかに手に入れた悪魔の角とガーゴイルキーパーの戦利品である雷光珠だ。それらを利用して、ミラは精錬を開始する。

 最初に行ったのは、精錬石の作成だ。悪魔の角は、非常に魔力を蓄積し易い素材であり用途は多岐に渡るが、ミラにとってその他の用途は必要の無いものである。それよりも、精錬石に加工できるという事の方が重要であった。

 結果として悪魔の角は十四個の上位精錬石に加工された。


(やはり悪魔の角は効率が良いのぅ!)


 本来は、幾つもの宝石を束ねて一つの精錬石を作るのだが、角一本で複数の、しかも上位の精錬石が出来上がるので、これ以上の活用方法がミラには考えられなかった。むしろ、勿体無いと感じてしまうほどである。

 何はともあれ、ここまでは下準備だ。続けてミラは、雷光珠を用いての精錬を開始する。


 時間を掛けて作業した結果、十四個の上位精錬石の内、雷属性を秘めた上位魔封石が三つと、ついでに上位魔封爆石が二つ完成した。上位がこれだけ作れるほどに雷光珠に秘められた力は強い。故に、ガーゴイルキーパーは、かつてダンブルフに乱獲されていたという訳だ。

 ついでの魔封爆石は、罠以外にも術を封じる手段があると知ったので、その保険で作ったものだ。カイロスとの戦いで使用した魔封爆石の五倍以上の力を秘めている、かなり危険な代物である。


(術を封じ、勝てると油断した相手にこいつで一撃。うむ、驚きが目に浮かぶわい)


 上位魔封爆石を手に、ミラは一人口端を歪ませて黒い笑みを湛えていた。

 残った精錬石と、作った石をアイテムボックスに片付けると、ミラは労働したとでも言わんばかりに大きく息を吐いて窓の外に視線を向ける。空は既に夜の闇に覆われていた。無数に散らばった星空の中、天の川を背負い月暈(つきがさ)を纏う大きな月は、まるで大地を見守る瞳のようで、星々の光を圧倒するかのように白く輝いていた。

 ランプの光はワゴン内を昼間のように照らしている。夜の訪れに気付いていなかったミラは、メニューで現在が午後八時少し前だと確認する。そして今日はここまでにしようかと眼下を見回した。黒く広い草原が風に吹かれてちらりちらりと緑を覗かせる。そしてその奥、進行方向の先には月光を受けて微細に輝く、まるで鱗を纏う龍が地を這っているかのような長く太く続く川の姿が目に入った。

 ミラは、ガルーダに指示を出して、その川の傍に着陸させる。



 ワゴンから出ると、雨の夜にも似た、どこか心落ち着く水の音が鼓膜を揺らす。同時に、鼻腔一杯に青い草原の香りが迫り、物に囲まれた世界では感じる事の出来ない開放感と孤独感が、唐突に浮かび上がった。

 一呼吸終えたミラは振り返り、ガルーダに手を伸ばして触れる。


「ご苦労じゃったな。疲れてはおらんか? ゆっくり休むのじゃぞ」


 そう声を掛けると、ガルーダは静かに喉を鳴らし大きく翼を広げて答える。どうって事ないと言っているかのようで、ミラは安心したように頬を緩ませながらガルーダを送還した。


「さて」


 呟いたミラは、遥か遠くまでを月明かりに染められた草原を見回してから、川へと向かって歩き出す。

 用を足し終えたミラは、見張り用のホーリーナイトを召喚してからワゴンの中に戻り、食事を摂った。リリィから貰ったバスケットに入っていた、タルタルソースたっぷりの大きなから揚げドッグだ。他にもバスケットにはミラの大好物が沢山詰まっていた。ソロモンの入れ知恵である。

 もぎゅもぎゅと頬張りながら、ミラはリリィの思惑通り花丸笑顔を咲かせた。


 夕食も終わり、ミラは月光に淡く照らされ静かに揺れる草花を眺める。ワゴンのおかげで随分と自由で快適な時間が出来ていた。今後、ワゴンでの移動も多くなる事だろう。そうなれば、手すきになる時間も増える。


(折角じゃ。今日は久し振りにあれでもするかのぅ)


 今はまだ特に考えは決まっていない。ならばと、ミラは立ち上がりワゴンを出た。


 誰も居ない草原。青々と茂る草の香に、風と水の流れる音だけが今ここにある全てだ。そんな草原の中、小さく、衣擦れと少女の吐息のような音が泡のように浮かんでは、闇に溶けて消えていく。それは幾度となく繰り返し徐々に激しくなると、最後に一際大きな風切り音となって宙を衝いた。

 拳を下ろし一息吐いたミラは、次の型の構えをとる。

 近接戦における仙術を支える武術の稽古だ。ダンブルフ時代の頃では、浮き島での移動時間などを利用して行っていた事である。最近では何かと機会が無かったので怠け気味であったが、今は絶好であるといえるだろう。この武術は、実家が道場で子供の頃から武芸を習っていたという九賢者の一人、メイリンに教えてもらったものだ。ややこしい武術名なのでミラは覚えていなかったが、結構な有名どころである。

 長く離れていたので、ところどころ覚束ないなと、ミラは復習も兼ねて一から型をなぞっている最中だ。


(少々、火照ってきたのぅ)


 三の型を終えた辺りで、ミラは、運動により身体が温まってきた事に気付く。周囲を軽く見回せば誰の気配もなく、見ているのは遠い空の月と物言わぬ白騎士だけである。

 ミラは、何の問題も無いと魔導ローブセットを脱いで下着姿になると、火照る身体を撫でていく草花を賑わす微風に涼を感じながら、稽古を再開する。


 一通り型を済ませれば、続いてこの世界基準を基礎とした訓練を始める。仙術士としての能力を併せた動きだ。

 宙を駆けたり、地を跳んだりして身体に馴染ませていく。ある程度、繰り返し、ミラは当時はなかった新しい技を思い出す。部分召喚だ。ガーゴイルキーパー戦の時のように、足場に利用するといった使い方も出来る。

 今度は、その事を考慮しながら、ミラは更に稽古を繰り返した。




 冷たい川で汗を流し、熱を帯びた身体を冷ましたミラは、川原に放っておいた下着を手に戻り、カバンからタオルを取り出し全身を拭ってからワゴンへ上がった。ミラを迎え入れる和室は仄かに温かく、程よい疲労感は満足感となってミラを満たすと、それらが相まってゆるりとミラに眠気を誘い込む。


「むっ」


 誘われるままに眠ろうかと、替えの下着に伸ばしたミラの手が止まる。カバンには使用前、使用後の下着が詰め込まれたままとなっていたのだ。


(ぬぅ……リリィに頼むのを忘れておった……)


 どちらかというと地味な方の下着を選んで着けていたミラ。だが今はもう、かなり攻めているものしか残ってはいない。


「まあ、しょうがないのぅ」


 だが最近は、随分と調子に乗っているミラである。白く薄い生地にレースがふんだんにあしらわれた下着を纏い、少女らしからぬ、ぬめりとした笑みを口端から漏らす。そしてその恰好のまま布団を敷き始め、ふわりと柔らかな毛布に飛び込み眠りにつくのだった。

面接で落ち

書類選考で落ち

踏んだり蹴ったりな日々


リアルがエタりそうです!

治験にでも手を出すか……。

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