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7 ダンブルフの弟子



 魔術の塔最上階、賢者の部屋と呼ばれるそのフロアは私室と研究室、執務室、そして補佐官室に分かれている。


 エレベーターの前後を塞いだ透明なフィルターが上下に開くと、ミラは正面の方から降りる。半透明なチューブの通路を渡り円状の廊下へ出ると、目の前の扉が研究室だ。


「おい、ルミナリア。おらぬかー。返事せーい!」


 ミラは小さく拳をつくり扉を連打した。塔の廊下には、少女の鈴のような声と限界を超えそうな扉の悲鳴が響き渡る。


 ルミナリアという人物はエルダーとなった時から、ログイン中には研究室に引き篭もっている事が多かった。つまり一番居る確率が高いのが、この場所なのだ。


 そのため、ミラはすぐに研究室の扉を叩いたのだが「加減しろ加減を!」とルミナリアが言いながら扉を開き蹴りを放つという、いつものお約束が無いので拳を止めて耳を澄ませる。


「留守かのぅ」


 稀に留守の時は近くの森で、近寄り難い実験を行っている事がほとんどだ。


(空気の読めない奴じゃな)


 ミラは心の中で独りごちると、顎に手を当ててどうしたものか思案する。



「どなたかしら?」


 扉の前を右往左往しながら、塔の主が帰って来るまでここで待とうかと思い始めた時、不意に後方から落ち着いた女性の声が響く。そしてその声にミラは聞き覚えがあった。


 振り返ると、いかにも秘書といった出で立ちをした、メガネが似合う金髪セミロングの美女が、青い瞳を向けて怪訝そうな表情でミラを見つめていた。


「おお、久しいなリタリア。ルミナリアはどこに行ったか知っておるか?」


 ミラがリタリアと呼んだ美女は、エルダー付きの補佐官だ。

 エルダーとなった者にはその研究や雑務を補佐するためのNPCノンプレイヤーキャラクターが国から派遣される事になっている。つまり、リタリアはルミナリア付きの補佐官という事だ。


 そして彼女はエルフという種族でもある。長命種であり、とても長い期間に渡りその美しさを保ち続けるので、人によっては夢のような種族に見えるだろう。

 しかし、アーク・アース オンラインではプレイヤーは種族を選ぶ事が出来なかった為、NPC専用の種族となっている。他にもドワーフや小人、セイレーン、狼男に巨人と言った有名どころや、猫耳と尻尾以外は人と変わらないメオウ族や、屈強な身体を持つガリディア族など、多様な種族が存在している。


「貴女は何者ですか? この階へ上がるにはエレベーターで来るほか無いですし、最上階への行き方は一部の者しか知らないはずですわ」


 張り詰めた空気を纏わせると、リタリアの瞳は警戒の色を濃く湛える。


「じゃからわしは……、っと。そうであったな……」


 ミラは今、かつての荘厳なる姿ではなく少女だった事を思い出す。誰かと訊くという事は、リタリアもまた「調べる」事は出来ないというわけだ。

 ダンブルフと名乗ったところで信じてもらえる保証も無い。それ以前に本来の自分を知っているであろう者に、あの雄大なるダンブルフともあろう者が、こんな少女の姿で楽しんでいるような奴という眼で見られるのは、ミラにとって何よりも耐え難い事だった。

 しかしそれはルミナリア相手に限れば些細な事でもある。

 何よりもまずルミナリア自身が「そういうこと」を誰よりも楽しんでいて、その姿を数え切れないほど眼にしてきたミラにしてみれば、自身の状態など可愛いものだと自信を持って言えるくらいだ。


 現状は、ルミナリアと話に来たミラにしてみれば、ちょっとした想定外だ。

 

 ミラはリタリアに言われて、エレベーターで賢者の部屋まで上がる際の操作を思い出し、今更ながらそういえばそうだったなと、エレベーターの操作について思い出す。

 俄かファンが押しかけない様、エレベーターには仕掛けがしてあり最上階に行く事が出来るのはそれを知っている者だけなのだ。

 もちろんエルダーであるミラも承知している。故にここまで来たが、それはリタリアにしてみれば目の前の少女が何故この階まで来れたのかと疑問に思う原因でもある。


 自分の正体を明かさず、通りすがりの召喚術士で賢者の部屋を見学に来ました、では通じないだろう。



 ならばと顎を指先でなぞりながら知恵を巡らせるミラ。決して自身の正体を知られること無く、かといってエレベーターの仕掛けを知っていてこの場に居る事を正当化でき、今後もそれなりに自由に出入り出来そうな都合のいい言い訳を考える。


 そして、一つの妙案が浮かぶ。



「お主、ダンブルフを知っておるか?」


「もちろん存じておりますわ。召喚術の塔のエルダー様でしょう」


「ああそうじゃ。わしはの、そのダンブルフの弟子なのじゃよ。師からルミナリア殿にいくつか伝言を言付かっておってな、それを伝えに来たところじゃ」


「ダンブルフ様の……!? それならば確かに……。いえ、しかしダンブルフ様に貴女のようなお弟子様が居る等とは聞いた事が御座いませんわ」


 名乗った途端にリタリアの表情は明らかな動揺の色を映した。話によれば三十年前から行方不明の人物の弟子だというのだから、当然といえば当然だ。


「それはそうじゃろう。三十年前に姿を消した後に弟子になったのじゃからな」


「姿を消した後ですって!? でしたら、ダンブルフ様も戻って来ていらっしゃるんですの!?」


「ああ、そうじゃ。じゃが故あって今は動けぬ状態でな。それでわしが代わりに来たというわけじゃよ」


「そうですか。ダンブルフ様が……。ですが、動けない状態というのはいったいどのような状況ですの?」


「あー……うむ、そうじゃのぅ」


 完全な思いつきだったので、詳細を聞かれて困るミラだったが、一つ適当な言い訳を思いつく。それは自分がまだダンブルフだった頃によくやっていた行動だ。この世界が、今までの歴史を引き継いでいるのならば通じるかもしれない。


「新しい召喚精霊を育てるために、幻獣の街に引き篭もっておるのじゃよ」


「……また新しい召喚精霊を。流石ダンブルフ様ですわ。時折居なくなったかと思えば幻獣の街で精霊の鍛錬と、そんなところもお変わりないのですね。それならば動けないのもしょうがありませんわ。

 ああ、ダンブルフ様。早くお顔を見たいですわ」


 苦し紛れの言い訳だったが、その話の内容からリタリアは納得がいった様に頷いた。どうやらかつての自分の行動が、しっかりとこの世界には記憶として残っていたのだとミラは確信も得る事が出来た。


 何故このような言い訳が通じたのかというと、これはプレイヤーにとっては有名な狩場である幻獣の街の特性のためだ。

 街といっても誰かが住んでいるわけではなく、そこは古代の街の廃墟で多種多様なモンスターや幻獣といった類のものが跋扈するフィールドの一つだ。ここではモンスターを倒せば倒すほど、太古より街に宿っている祝福を得る事ができ、成長速度や回復速度、敵のレアアイテムのドロップ率などが上昇していく。出現する敵も幅広く、高ランクのプレイヤーには定番として知られている狩場だ。

 問題は一度街を出ると祝福もリセットされてしまう事だ。なので幻獣の街で狩りをするならば、気合を入れて大量のアイテムを買い込み限界まで篭り続けるというのがプレイヤー間の常識となっていた。


「あー、そういう事じゃ。してルミナリア……殿は」


「そうでしたわね。現在、ルミナリア様は…………。いえいえいえ……いけません、いけませんわ。確かにダンブルフ様らしいといえばらしいですが、それだけではダンブルフ様をよく知る者が弟子である事を騙っているだけとも考えられますわ。何か証拠となる物はございませんの?」


 リタリアは、かつてルミナリアと共に国を支えたダンブルフの事を、尊敬を通り越し崇拝していた。ダンブルフの存命を仄めかすような言葉に光明を得て表情を綻ばせていたが慌てて取り繕うと、まだそれが真実かどうかを確認する事が先決である事を告げた。


「証拠か。ふーむ……、これが分かりやすいかのぅ」


 少し考えた後、証拠となりそうでダンブルフしか持っていない物をミラはアイテムボックスから取り出す。もちろんそれは九本の杖が刻まれた銀のカード、塔鍵(マスターキー)だ。


「こちらは……、召喚術の塔の塔鍵(マスターキー)ですわね! では、やはり貴女はダンブルフ様の……。お名前をお聞かせしてもらってもよろしいかしら」


「わしはミラじゃ。リタリア、お主の事は師より聞いておるぞ。して、ルミナリア殿はここには居らぬのか?」


「はい、現在ルミナリア様はルナティックレイクの方へと出かけていますわ。明日まで戻らないでしょう」


「うーむ、そうであったか。ならば仕方がないのぅ。出直すとしようか」


 居ないのならば、どうにもならない。今からルナティックレイクに向かうのも面倒だと思ったミラは、明日になれば帰ってくるのなら、またその時来れば良いだろうと結論付ける。


「そうですわ! もう夜ですし(わたくし)の部屋にいらっしゃいませんか。よろしければルミナリア様がお帰りになるまで泊まっていくのも良いかと思いますわ。それで出来ればダンブルフ様の事について色々とお聞かせ下さいませ!」


 急に表情を変え迫るリタリアに、勢いよく後ずさったミラは背後のドアに背中をぶつける。リタリアは、ダンブルフについての話を聞きたいだけだったがミラにしてみれば付け焼刃の言い訳だ。どこでボロが出るか分からないため話を長引かせるのは得策ではないと、早々と退散するつもりだった。

 それに見慣れた顔とはいえリタリアは美人だ。中身は下心満載の男のままであるミラにとってみれば、ここで理性を崩す訳にもいかない。ダンブルフ本人という矜持もさる事ながら、自分を慕う者には格好つけたくなるのが心情だ。同性であるという状況も、今は問題ではない。


「いや、他にも用事を受けておってな。また明日出直させてもらおう」


「ああ、そんな……。今夜といわず少しだけでもいいですわ。ミラ様、三十年前に何があったのか聞いてはいませんか、ダンブルフ様は今まで何をなさっていたのかお聞かせ下さいませー」


「それもまた今度じゃ。師に言い付かった用事が先じゃ」


 追いすがるようなリタリアを引き剥がすと、飛び込むようにエレベーターへ乗り込み一階へ降りていく。細かい話について追及されては確実に矛盾が出る。弟子になった経緯等を聞かれれば完全にアウトだ。そんな詳細など考えてはいないのだから。


 ミラはそれなりに通る言い訳を考えておこうと、自分の言った事に若干の後悔を残しつつ見上げてみると、透明なチューブに張り付くようにしているリタリアのその豹変っぷりに、一つ大きく溜息を吐いた。


「もっと知的な印象じゃったがのぅ」


 NPCとして知っているリタリアは、あのような行動をする性格ではなかったと記憶している。もっとデキル秘書、といった印象だったはずだ。三十年という月日のせいか、こっちが素なのか。ミラは苦笑しながら顎に手を添え通り過ぎていく各階を眺めていた。


 十数秒ほどで一階に到着すると、気合を入れ直すついでに「がんばるのじゃぞー」とすれ違い様に研究員達にエールを送る。

 ミラにしてみればダンブルフの頃のクセのようなものだったが、唐突にすれ違った少女の声援に、見覚えは無いながらも今日は徹夜でがんばろうと気合を入れる研究員が数名いたというのはミラの与り知らぬところだ。



 魔術の塔を出たミラは、そのまま召喚術の塔へと入る。明日になればルミナリアは帰ってくるのだから、それまでに確認しておきたい事があるのだ。リタリアに言った用事があるというのはあながち嘘でもない。

 その用事とは拠点として使っていた賢者の部屋の状態の確認だ。前と変わらずに使えれば、そこで一夜を明かす事も出来るだろう。




 召喚術の塔の中は魔術の塔と同じ構造で、静まり返った内部は無形術による光が揺らめき昼のように明るい。ミラは少し眩しさに眼を細めると、後で光量の調整でもしようかと思案しながらエレベーターを操作し最上階へと向かう。


 途中の通り過ぎる各階には魔術の塔とは違い、研究員が見当たらず閑散とした塔の雰囲気に「召喚術士とは珍しい」だの「初めて見た」といった騎士の言葉を思い出した。


 召喚術士の人数が明らかに減っている。そんな気がしたミラは、引退した仲間を見送った時のような、どこかやるせない気持ちになるのだった。

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