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77 ミラ、尋問する

七十七



 見捨てられた庭園の中央、術を封じる結界に覆われた観覧場で下半身部分を砕かれた全身甲冑の男と、もはや黒ではなく灰の襤褸(ぼろ)布を纏った男二人が横たわっている。唯一その場で立っているのは、顎先を指でなぞりながらアクアマリンのような瞳で全身甲冑の男を見下ろす長い銀髪の少女一人だ。


(まずは、あの剣の処理じゃな)


 ミラは未だ暴走寸前の属性力を内在したままとなっている精霊剣に視線を移す。そしてそれを無造作に拾い上げると、空へ向けて解き放った。

 複数の精霊の力が融合した奔流は、虹のように、しかし見た目とは対照的に嘆き苦しむ怨嗟の咆哮を響かせる。破壊という意味しか持たないその光は封印結界に衝突すると、その本懐を大いに遂げた。周囲を覆っていた結界が瞬く間に霧散したのだ。


「一石二鳥じゃな」


 危険物が処理できて、わざわざ結界の解き方を聞き出す手間も省けた。ミラは青く遠い空を見上げると、唐突に軽くなった右手を持ち上げる。

 属性力を完全開放した精霊剣は、柄だけを残して砕け散っていた。足元には残骸であろう焦げたような鉄屑が転がっているだけだ。

 武器防具全てが陰の精霊武具。そして共鳴するかのような属性融合現象。それらを思い出しながら、ミラは全身甲冑の男に向き直る。


「さて、お主には色々と聞きたい事がある。正直に話すんじゃぞ」


 ミラは仰向けになる全身甲冑の男、カイロスを押さえ込むように右腕に左足を乗せ、胴には右膝を乗せる。そして空いた手で扉をノックするように冑のフェイスガードを叩く。


「何だよ……」


 カイロスはもう諦めたのか言い捨てるように声を漏らす。肩の力も抜けて、その目は途方もなく遠い空の彼方を見つめていた。


「この精霊武具、どこで手に入れたものじゃ?」


 ミラは少し低めの声で、冑の額を左手で押さえつけながら、隙間から相手の目を覗きこむような姿勢になって睨みつける。

 対してカイロスはというと、その質問に一瞬疑問を浮べていた。彼は最初、何故こんな事をしたのか、伏兵の二人は何者か、この後どうやって落し前をつけるつもりか、そういった事だろうと考えていた。それが実際に聞いてみると、賢者の弟子の前で何の役にも立たなかった精霊武具の話だ。

 そしてその質問に首を傾げていると、それまで呆然としていた意識が僅かに理性を取り戻す。そして気付く。自分に圧しかかっている少女の手には、あの精霊武具を容易く砕いた石が握られていない事に。


「知らんな!」


 あれだけの事があっても少しだけ覗いた自尊心。魔封爆石が無くても、既に術を封じる結界が解かれているので、状況は更に最悪であろう事までは理解が及んでいないようであった。


「全く、この小僧は……。無駄な抵抗しおって」


 カイロスの返答に、ミラは呆れたように肩を竦めると、どう仕置きしようかと考える。頬を張ろうにも冑が邪魔をする。脱がそうにも精霊武具は強制脱衣防止という特性がある為、自分で脱がせるしかない。頬を叩くから冑を脱げなどという命令に従うのは、それを好むような人種だけだろう。

 ならば術が開放されたので、それで破壊するという手もある。とはいえ精霊武具を破壊するような術では、ミラが行使するとどれもカイロス相手では唯では済まない威力となる。尋問が処刑に取って代わるのだ。

 どうしたものかとミラが視線を巡らせれば、ある一点を目にして、にやりと不敵にほくそ笑む。


「言うならば今のうちじゃぞ?」


「知らんな!」


 実力行使の前に最後の確認を行うも、手が出せないと勝手に思い込んだカイロスは即答する。そして直後、顔を離すとミラの手が動く。

 その手は胴から更に下へと進んで行き、そして魔封爆石によって精霊武具の砕かれた下半身へと到達した。

 もぞりと、忍び込むような竦み上がる不安感がカイロスの全身を打ち据える。そしてその不安は実体を持って、鮮烈な嫌悪感と多少の劣情を伴い全身の神経を弦楽器の如く引っ掻き回すような苦痛となって襲う。


「ああああああやめろぉぉぉ! 潰れる! 潰れるぅぅぅー!」


 のた打ち回るも要所をミラに抑えられて逃れる事の出来ないカイロス。全身から脂汗を滲ませて認識の甘さを後悔しながら、まるで追い立てられた獣のような声で叫ぶ。

 精霊武具ごと真っ二つにしてしまいそうなダークナイトの剣、四肢まで千切ってしまいそうな仙術、どれもじわじわと追いつめる尋問には向かないと判断したミラ。そこで眼についたのが守りの薄くなっていた下半身である。術士として平均的な筋力しかないミラの手でも、十分な苦痛を与えられる部分がそこにはあった。

 若干の空寒さを感じながらも、ミラはその一つを親指と人差し指で挟むと、ぐっと力を込めた。それだけでカイロスは想定通りに屈したのだった。


「正直に話すんじゃぞ。さもなくば……」


 言いながら徐々に、だが確実にミラの親指と人差し指の間の距離が狭まっていく。一度緩められてからの再試行なので痛み自体はまだ無い。しかしカイロスは激しく頸を縦に振る。冑がかちかちと揺れる。


「言う、何でも話す! だからやめてくれぇぇぇぇ!」


 その先に待ち構える恐怖を内在した苦痛を思い出して懇願した。


「分かれば良い」


 ミラはそう答えて指先の力を抜く。それと同時に、金属音を打ち鳴らしながら強張っていたカイロスの身体も大人しくなる。


「ではもう一度聞こう。この精霊武具、どこで手に入れたものじゃ?」


「商人からだ」


「ほほぅ、ではその商人はどこの誰じゃ? それと、どこで仕入れたと言うておった?」


「知らん」


 放り投げるように淡々と答えるカイロス。だが、知らないと言った直後、ミラの指が万力のように動く。体中が萎縮するような寒気が背筋を走り、カイロスは大慌てで声を上げる。


「本当だ、嘘じゃない! あの商人は母様と懇意にしている奴で、俺は母様に話して買ってもらっただけなんだ。詳しい事は母様しか知らない!」


 表情は冑に遮られて見えないが、その声から必死な様子は伝わってくる。


(父親ではなく、母親とは。ふーむ、詳しい事は戻ってからじゃな。ソロモンにでも伝えれば調べてくれるじゃろう)


 一つですら珍しい陰の精霊武具を全身揃えて売った商人。ミラの脳裏には最悪の展開が浮かび上がる。陰に分類される精霊武具はその全てが、いわゆる精霊の断末魔だ。

 それだけの希少品を揃えた商人。そこにどことなくきな臭さを感じたミラは、ソロモンへの土産話がまた増えたなと心の中で呟くと、目の前に転がるカイロスの処遇を考える。

 腐っても相手は貴族だ。勝手に処理すると後々問題となる可能性もあり、ミラ自身もそこまでする気はなかった。ならばやる事は一つ、然るべき公の場に出して処断するだけだ。

 一先ずは、首都ルナティックレイクに帰る事だと思い至り、ミラはカイロス以外にも転がっている黒装束の二人を見る。余程に強烈な一撃だったのか、未だに起き上がる気配は無い。当然重要な参考人となる二人を、このまま放置していく訳にもいかない。

 となれば、手段は一つ。ミラはカイロスから手を離して正面にガルーダを召喚した。


「っっっ!」


 遥か高みより見下すような怪鳥の姿にカイロスが思わず悲鳴を上げれば、ガルーダは鬱陶しそうに横たわるカイロスを見据える。人一人など余裕で飲み込めるようなガルーダの嘴に、カイロスは息を呑んだ。

 この怪物に俺を食わせる気か。そう考えたカイロスだったが、それは杞憂である。だが、その直前の気分は十分に味わう事は出来るだろう。


「ガルーダよ、今回もわしを乗せて欲しいのじゃ。ついでにこやつと、そこに転がっている二人もじゃな」


 ミラは足元のカイロスの冑をつま先で蹴ると、視線で黒装束の二人を示す。ガルーダは声もなく小さく頷き、その首をミラの目の前にもたげる。春風にも似た温かくふわりと緑の香る風の中、ミラはその首に飛び乗ると、ぐんと視界が高くなった。

 それから無造作にカイロスと二人の黒装束を、かつての日と同じように獲物の如く掴み上げると、翼を広げて大空へと飛び立つ。

 宙にぶら下げられるよう、それこそ地に足の着いていない不安感を満載にして、カイロスは次第に意識を遠のかせていった。



 ガルーダに乗ってから数時間、日中を過ぎてもうじきおやつの時間に差し掛かる頃。アルカイト王国の首都ルナティックレイクに到着する。

 ペガサスとは比べ物にならない存在感を放つ怪鳥ガルーダであったが、普段は賢者代行のクレオスがワゴンに乗ってガルーダと共に現れるので、その状況には慣れたものであった。しかし、今回はガルーダの持つ風格と、肢に挟まれた人の姿に目を細める。

 城門前に着陸するその姿を、門番はいつもの事のように見守りながらも、そのいつもとは少し違うなと顔を見合わせた。

 だがそのガルーダが地に伏せて、首のあたりから銀髪の少女が飛び降りると、そういう事かと即座に得心する。アルカイト城ではもはや知る人ぞ知る、九賢者ダンブルフの弟子ミラだ。最近はペガサスに騎乗している印象が強かったが、ガルーダにも乗れて当然の存在である。


「おかえりなさいませ、ミラ様。これからソロモン様と会談ですか?」


「うむ、そうじゃ」


 城の者達には、ミラは次代の賢者候補であり、王の友人であり良き理解者という立場で自然と固まっていた。ミラの動きを容易にする為の、ソロモンの配慮である。


「ところで、そこの三人は如何しました?」


 門番の一人が、ガルーダに押さえつけられるようにして地に這いつくばらされている全身甲冑と二人の黒い襤褸雑巾のような男に視線だけを向けて言う。


「この鎧男はカイロスという貴族のようじゃ。してこっちの二人は協力者みたいなものじゃろう。なにやら逆恨みで呼び出され、襲ってきたのでな。返り討ちにしたのじゃよ」


 ミラは爪先でこつこつとカイロスの冑を突っつきながらありのままを話す。そして話を聞けば聞く程、門番達の目は蔑むような、それこそ汚物でも見るような目で転がる三人を見据えていた。魔術の腕が良く、父親も魔術士としてアルカイト王国の重役に就いている事から、気に入らない者にはそれを振るい、すこぶる悪名高かったカイロス。それが遂には三人がかりで少女を襲うという事までしでかしたという。


「貴族となると後々面倒事になりそうだったのでな。とりあえず連れてきたんじゃ。どうすれば良いか判る者を呼んで来るよう頼めるじゃろうか?」


「畏まりました。私が呼んできますので、お待ちになっていて下さい」


「うむ、感謝する」


 軍式の礼をとると、門番の一人が城の方へと駆けて行く。もう一人の門番はというと、ガルーダに丁度良い具合に締め落されている三人に目を配る。


「色々と悪い噂の絶えない方でしたが、とうとう年貢の納め時ですかね」


 門番のその言葉には、憐れむような色は微塵も無く、むしろ清々しそうでもある。


「ほう、こやつはそれほど有名じゃったのか?」


「それはもう。魔術の腕だけは確かなものでして、逆らう者には実力行使。親の威光で権力もありますので、強く言える者もおらず。私の息子も学園に通っているのですが……見ての通り私はしがない門番ですので。権力には勝てず」


「なるほどのぅ。まあ、それもこれまでじゃ。その息子には、安心して勉学に励むよう言うと良い」


「はい、ミラ様のおかげだと伝えておきます!」


 とても良い笑顔で答える門番。図らずも学園の平穏を取り戻したミラの名は、この後、知らず知らずのうちに広がっていく事になる。


「ミラ様。お待たせしました」


 そうこうしている内に、もう一人の門番が城から話の分かる者を連れてきた。


「おお、ご苦労じゃった」


 そう言い顔を上げたミラの目に映った人物は、ソロモンの補佐官スレイマンと、全身赤が目を引く九賢者のルミナリア、そして数名の衛兵であった。


「何やら襲われたとお聞きしました。詳しい事情を聞かせて頂いてもよろしいですか?」


 スレイマンは、ガルーダに押さえつけられている三人を一瞥すると、ミラへと一礼してからそう言う。ミラは「うむ」と頷いて、簡潔に事の次第を説明する。


「ミラ様が審査会で活躍した話は聞き及んでおりますが、それが原因とは。逆恨みにも程がありますね。ミラ様の実力では反則技に近いでしょうし腑に落ちないところはあるかもしれませんが。それで襲うなど、どうみても今回はやりすぎですね」


 話を聞き終わると、スレイマンはこれ以上ないくらい呆れたように長い溜息を吐く。審査会は飽くまで術の可能性を披露しあうものである。故にミラの代役も許された訳だが、その一方で得点がつけられる為に自ずと順位が出てしまう。この辺りは暗黙の了解というものであり、公式においては抵触していないが、そういった事情から反則寸前の行為とも受け止められるのだ。

 そしてカイロスは、この暗黙の一面に固執していた人物であった。


「ところで、その呼び出しの手紙は現在お持ちですか?」


「確かポーチにじゃな……おお、これじゃ」


 ミラはウエストポーチを漁り、そこに入れていた封書を取り出しスレイマンに手渡す。これもまた証拠として利用できるからだ。


「では、次はこの三人の事情聴取ですかね。尋問室へ移動しましょう」


「うむ、分かった」


 ミラはそう答えるとガルーダを送還して、三人を解放する。カイロスはまだ、さりげなくガルーダに締め落されたままであったが、黒装束の二人は目を覚ましていた。だがルミナリアを前に逃げる気にはならず、大人しく狸寝入りと決め込んでいる。

 スレイマンを先頭に、カイロス達は衛兵に担がれて城内へと運ばれる。その後について行くように、ミラとルミナリアは並んで歩く。


「ところで、このような事についてくるなぞ、お主は暇なのか?」


 それほど大きな声ではない、相手にだけ聞えればいいというだけの声量でミラが問い掛ける。ルミナリアは、身長の差から見上げるような恰好になっているミラの頭にぽんと手を乗せる。


「そんな訳ねぇさ。大事な大事な親友が襲われたと聞いて心配になって来たんだぞ」


 覗き込むように顔を近づけて、もう片方の手で目元を覆い、さめざめと言うルミナリア。


「ほぅ、して本心は?」


「女が男に襲われたなんて、それはもうナニがドウな話かと思ってだな」


 ありありと演技じみた様相にミラが問いただせば、それはそれはとても良い笑顔でルミナリアが答える。三十年経っても本質は変わっていない。ミラはどこか安心すると同時に、困った奴だと薄っすら微笑む。


「残念じゃったな。奴にそれ程の器量は無かったようじゃ」


 そんな気兼ねの無い会話をしながら、城の地下へと降りていった。



 カイロス達三人を受け取って尋問の準備を終えた尋問官が、扉を開けて一礼する。


「では、こちらへ」


 通された部屋は薄い鉄の扉の奥、窓もなければ飾りも無い質素な狭い場所で、幾つもの拘束具が並んでいる。明かりは薄暗く、扉を閉めると一層圧迫感が増した。どこか一般から隔離されたように思える尋問室は、照明が時折思い出したかのように明滅しては、不安感を煽っている。


「まずは、鎧を脱がせる必要がありますかね。どちらにせよ彼らの意識を覚醒させるのが先でしょうか。それから詳細を語って頂きましょう。ルミナリア様、お願いできますか」


「ええ、加減は慣れてないけど任せて」


 スレイマンが言うと、ルミナリアが一歩前に出て答える。それは丁度、椅子に座った恰好で拘束された黒装束の男の前。ルミナリアの返答に不安感を抱いて、狸寝入り中の男はちらりと薄く瞼を開く。


「待て、もう起きている。それは必要は無い」


 静かに、だが頬を引き攣らせて、男は懇願にも近い切羽詰った声を上げる。顔を背けるようにしながらも、その目はルミナリアの指間を無音で走る放電の光を捉えていた。


「俺もだ」


 触発されるかのよう連鎖的に、もう一人の男も瞼を開いて申告する。ルミナリアがその二人を見据えれば、黒装束の男達は激しく首を横に振って意識が健在である事をアピールするのだった。


「こっちだけのようね」


 淡々とそう言うと、ルミナリアはその手でカイロスの冑に触れた。直後、閃光と共に短絡(ショート)したかのような破裂音が断続的に響き渡り、カイロスの身体が壊れたゼンマイ人形のようにカクカクと痙攣する。


「──っっっ!?」


 ルミナリアが手を触れて数秒か、それとも刹那か、意識を強引に戻されたカイロスが言葉にならない声で叫び覚醒を知らせる。

 手を離せば、再び静寂に戻る尋問室には、カイロスの引き攣ったように息をする枯れた音だけが残る。黒装束の二人は、自分達もあの寸前だったのかと、全身に脂汗を滲ませてて表情を強張らせた。


「ここは……どこ……だ」


 筋繊維の隙間に硝子の欠片でも挟まっているかのような、麻酔を打たれたかのような、そんな感覚に声を濁らせながらもカイロスは冑の隙間から、光量が足りずどうにも覚束ない床を見つめる。


「ここは、アルカイト城の尋問室です」


 低く、今までとは明らかに気配まで変わって、スレイマンが告げた。その声にカイロスは視線を上げれば、声の主であるスレイマンと、その隣に因縁のミラ、そして魔術士ならば誰もが知る九賢者ルミナリアの姿があった。


「現状の把握は出来ましたか。では、これから貴方達を尋問します。全て正直に答えてくれると大変喜ばしいですね」


 非常に冷めた目付きで三人を睨むスレイマン。ルミナリアも手慰みか、指先を合わせて放電させていた。唯一、ミラだけが普段と変わらぬ表情であったが、三人にはそれが一番不気味に見えた。


「随分と派手にやっているようだな」


 鉄の扉が開いて一人の少年が姿を見せてそう言った。廊下の明かりが射し込み閉塞感が若干和らぐが、それ以上の緊迫感が三人を襲う。その場に姿を現した人物が、国王のソロモン自身であったからだ。

 瞬間、尋問される側の三人の表情が、暗闇の中から髑髏でも転がってきたのを見たような、漠然とした畏怖で凍りつく。

 尋問室など、本来は国王などという重鎮が来るような場所ではない。部下が尋問し、王は報告を聞くだけであるはずだった。しかし、何故か今日に限って王が直々に、その足で、ここを訪れたのだ。しかも、一声目の余韻もそこそこに、ミラへと向き直り口を開く。


「やっと戻ったかと思えば、面倒事とは、いつも話題に事欠かないな」


「今回は不可抗力じゃろう。こやつらが勝手にやった事じゃ」


 そう、まるで旧来の親友のような雰囲気で言葉を交わしたのだ。

 王と面識があり、しかも友好的な間柄。そんな相手に襲い掛かった自分達。盲目的に燃やしていた復讐心が圧倒的な力の前に吹き消された今、カイロスは、ここでようやくミラという存在の重大性に気付く。正に今更である。


「して、何用じゃ?」


 国王相手に気後れする様子もなく問い掛けるミラ。


「なに、土産話を早く聞きたくてな。尋問は慣れている者に任せればよい。話したい事もあるのでな」


 ソロモンはそう答えながら、慣れている者として尋問官とスレイマン、そしてルミナリアを示す。今回はたまたまであったが、この三人が揃えば口をつぐめる者はいないと云われていた。尋問官が適切に拘束し、スレイマンが誘導し、ルミナリアが絶対的な恐怖を体現するというものだ。


「ソロモン様、話によればこの者は、今後、国家の要となり得る賢者候補の暗殺を企てたという事。その罪状から、第一級尋問特例を申請します」


 たまたま現れたソロモンだったがスレイマンは、これは丁度良く強力な材料に出来そうだと、あえて尋問される三人の前でそう言った。


「九賢者として、彼の申請を支持しましょう」


 意図を汲んだルミナリアが、規則的に右の掌を見せるようにして胸元まで上げて続く。二人とも、どこか冷たい炎を湛えるような、そんな目付きだ。


「特例を許可しよう」


 ソロモンは淡々と一言告げる。そのやり取りを前にカイロスは、何の事かと座り心地の悪い椅子で身体を揺すっているだけであったが、関係性の高い世界に身を置いている黒装束の二人は「あり得ない……」と呟いて、全身の血液だけが凍りつくような寒気に身を震わせた。

 カイロスと同じようにミラも何の事かは分かっていなかったが、後の説明で把握する。

 第一級尋問特例とは、尋問対象が国家に関わる要人の暗殺や、国家への反逆などの意が認められた場合に、九賢者を含む公爵以上の支持と王の許可により執行されるもの。そしてその効力は、尋問対象への損壊の一切を許可するというものである。つまりは、拷問の類を認めるという事だ。


 黒装束の男にその意味を聞かされ、カイロスの懇願し許しを請い泣きじゃくる声は扉が閉まると途端に霧散して、静まり返った廊下を談笑しながら、ミラはソロモンと共にいつもの執務室へと向かうのだった。

そろそろ仕事見つけないと首吊る事になりそうなので、暫く更新が不定期になりそうです。

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