677 聖域の主
六百七十七
フラウティア皇湖より南の方へと進んだ先にある森の奥に一人でやってきたミラ。
「そーら、出番じゃー」
いよいよ調査開始だと、まず初めに団員一号とワントソを召喚。続けてペガサスとヒッポグリフも召喚した。
「小生にお任せ下さいですにゃ!」
「吾輩の鼻でお役に立ちますワン」
ミラが今回の任務を伝えれば、両名は魔獣調査ならば慣れたものだと自信満々に主張する。そして睨み合いながらも直ぐにそれぞれがペガサスとヒッポグリフに騎乗した。
「では、頼んだぞ」
「御意、ですにゃ!」
「行ってきますワン!」
ミラが調査開始を告げれば、存分にやる気を漲らせる団員一号とワントソ。更にはペガサスとヒッポグリフもそれに応え、それぞれ別の方向へと飛び立っていった。
「とりあえずは、間引きながらじゃな」
目標である魔獣もだが、魔物の数が増えているのも確かだ。周囲から、こちらを窺うような気配が漂ってくる。
ミシャーナと里長が懸念していた通り、今の森は危険に満ちていた。けれどそれは、一般的な者達にしてみればの話だ。
「ふむ、やはり種類が多いのぅ」
ミラは魔獣探しのついでに、見つけた魔物と襲ってくる魔物を片っ端から片付けていった。
飛び掛かってくるものは、そのまま殴り倒す。様子を窺ってくるものは、部分召喚であっさりと斬り捨てる。
そうしながらそれぞれの魔物を観察してみれば、より状況が明確になっていく。
以前ここに来た時に比べると、数のみならず魔物の種類までも大きく違っていた。この近辺では見られないような魔物まで交じっているのがわかる。
魔獣発生時には、その脅威によって本来のテリトリーから追い出されてくるものもいるが、今回の場合は既に予想がついている。どこかから率いられて来たのだろうと。
一定以上の知性を有する魔獣は、魔物を従え群れを形成する事がある。今回は、正にそのパターンに当てはまるタイプだ。
「この分布具合からすると、もう随分と包囲が進んでおるようじゃな」
団員一号とワントソからの報告も、逐一入ってくる。それらを参考に現在と照らし合わせれば、魔物の動きもおおよそ窺えた。
北から東西、そして南へ。里を包囲するように広がっている。見事に統率された動きだ。
「これも最近の変化に関係しておるのじゃろうか」
よくぞまあ、こんなところに危なっかしい魔物が現れてしまったものだ。
大きな被害が出る前に気づけて良かったと考えるミラは、数日前にソロモンから聞かされた話を思い出す。
いわく、大陸の各地で魔獣の発生率が上昇しているらしい。今月の時点で、既に去年の倍近い魔獣が確認されているという。
(今の時点でこれだけの影響とはのぅ)
頭部以外を失った魔物を統べる神。その怒りに因子が反応し、大陸の各地に僅かながらの影響が出始めている。
不足分を補うために動き出した因子は今、その準備の更に前くらいの段階。しかし精霊王達によると、魔獣の発生率が上がっているのは、その影響を受けてのものである確率が高いそうだ。
魔物を統べる神の因子がざわめいただけとはいえ、その規模は大陸全土。ならば他にも予期せぬ事態を引き起こす事も十分に有り得る。
魔獣の多発に対して迅速に処理出来なければ、決戦より先に被害が出てしまう事になる。
ソロモンの方でも話し合っているそうだが、どこまで対応が行き届くかどうか。
少なくとも、ここは今対応しておこう。そう考えつつ、ミラは魔獣の捜索を進めていく。
「このあたりは、大方片付いたのぅ」
包囲網を敷く魔物を片っ端から潰していったミラは、一先ず南側はこんなものかと振り返りながら一仕事終えたと微笑み、焦がしショコラオレで一息つく。
『見つけましたワン!』
と、同時に調査範囲も絞れていった事もあってか、遂にワントソから魔獣発見の報告が入った。
「でかしたぞ、ワントソ君!」
報告を受けて直ぐに駆け付けたミラは、木々の先に見える巨体を確認した。
身の丈にして五メートルはあろうかという体躯を誇り、太い両手と太い両脚、そして岩の如き胴体という特徴を持つ魔獣。狒々にも似た姿のそれは『老焔暗児』。知能が高く魔物を率いる器を持つ、予想していた通りの魔獣であった。
「というか、何やら騒がしいのぅ」
標的は見つかった。だがそれとは別にもう一つ、そこにはどこかふくよかな体型の大鳥の姿も見受けられた。
あれは、老焔暗児を威嚇しているのか。五倍以上はある体格差にも怯まず果敢に鳴いて騒いでいる。
「ん? もしやあれは……」
その大鳥を見つめる事、数秒。ふとマリアナから聞いていた、ウィーヴィーという鳥の特徴がそこに一致すると気づく。
だが同時に臆病な性格であるとも言っていたが、なかなかどうして。そのウィーヴィーは、かなり勇敢に見えた。
「ともあれ危険じゃな!」
その勇ましさは称賛に値するが、相手が相手である。勝ち目などあるはずがない。
いよいようるさくなったのか、老焔暗児が路傍の石でも蹴散らそうかという仕草でその足を振りかぶった。
あわやといった瞬間だ。その足が振り下ろされた時、甲高い金属音が響くと共に、老焔暗児が驚いたように後退した。なぜならウィーヴィーの正面には、塔盾を構えるホーリーロードが立ち塞がっていたからだ。
老焔暗児はそれを睥睨して不機嫌そうに唸り声を上げ、今度はその両腕を振り上げた。
「そら、背中ががら空きじゃ!」
正面しか見えていない老焔暗児。新たな武装召喚に身を包んだミラは、その背後から一足で迫ると老焔暗児の後頭部に強烈な光剣パンチを叩き込んだ。
研究と実験を重ねた結果、その威力は以前から更に飛躍している。猛烈な閃光が瞬くと共に、それこそ落雷の如き轟音が響き渡った。
「手応えあり、じゃな」
老焔暗児の体がぐらりと揺れる。
近接不利な召喚術士による近接の一撃。けれど武装召喚は、そんなこれまでの常識を覆す性能を秘めた新術として形になった。
魔獣相手にも十分に通用する。その完成度に満足げなミラだが、かといって魔獣というのは、そこまで容易い相手ではない。
どしりと両足で地を踏みしめた老焔暗児は、その直後に体を捻り、大木のような腕を振り回してきた。
「おっと!」
大雑把にみえて的確に放たれた拳は、ミラがいたそこを豪快に貫く。直前に空闊歩でその場から飛び退いたミラは、更に続けて放たれる拳もひらりと躱し、幾らかの距離をとった位置に着地した。
「流石のレイド級じゃな。やはり一撃では無理じゃったか」
本来ならば、上位プレイヤーが複数人は必要な強敵だ。しかもその中でも老焔暗児は、見た目通りに頑丈さにおいてトップクラスだ。
改良を重ねた光剣パンチでも、一撃必殺には至らなかった。それどころか不意打ちでそれなりの手傷を負わせたからか、かなり怒り心頭な様子である。
「オオオオオオオオオ──!」
老焔暗児はミラを睨みつけたまま咆哮した。するとその怒りに呼応するかのように周辺の森一帯が賑わい始める。
「呼び寄せおったか。まあこれで、探し回る手間も省けるというものじゃな」
あちらこちらから多くの気配が押し寄せてくるのがわかった。近くの魔物を全て、この場に呼び寄せたようだ。
「おっと──」
だが、それだけに頼るような相手ではない。老焔暗児は魔物達が動いた事を確認すると、更に大きく吠えて襲い掛かってきた。
その突進を塔盾の部分召喚で防いだミラは、そのまま背後へと回り込み素早く身を隠し距離をとる。
と、そうしている間にも続々と魔物が集まった。戦いが始まるより先に樹上へと退避していた団員一号より、ここの周辺一帯が既に百近い魔物に包囲されているとの報告が入る。
見れば、[我、木の葉なり]というプラカードを手にして擬態する団員一号の姿があった。
「ふむ、これは実戦で試すには手頃な状況じゃな」
ミラの姿を見失った老焔暗児が団員一号を見つけて吠える。そして、いざ飛び掛かっていったところで、ミラは両手を中空へと差し出した。
『範囲固定、空間掌握。精霊王の御名において、今此処に契約を結ぶ』
【合作魔法:玉響の聖域】
ミラの手から零れた光の雫が大地へと吸い込まれた。それは、静かで穏やかな一滴だった。
けれど、どうだ。ほんの僅かな時を置いて、その地面を中心に周辺が淡く輝く空間へと染め上げられていった。
その途端に、周辺の空気ががらりと変わる。先ほどまでは老焔暗児が放つ刺々しい気配に満ちていたはずが、今は安らかに静まり返り、清く厳かにも感じられる雰囲気が広がっていく。
「ふーむ、まあまあ、といったところじゃな」
玉響の聖域。それこそミラが新たに得た力。精霊王との契約がより強く深くなった事によって可能となった魔法だ。
その効果自体は単純なものだが、人の領域を超えた力だった。一時的ではあるものの、周辺一帯を聖域に変えてしまうというものだ。
「グォ……オオオ──」
突如として周辺の様子が一変した事に驚いたようだ。団員一号を追いかけ回していた老焔暗児は、戸惑ったように周囲を見回す。
そしてそれは、集まってきた魔物達にとっても同じだった。張りつめていた統率者の気配が一瞬で別のものに塗り替えられるなど余程の事態だ。ゆえにその動揺も激しく、怯んだように後ずさっていく。
「お主達には、実験台になってもらおうか!」
だが、ここに集まった魔物を放っておくはずもない。里への危険を考慮するなら、当然殲滅するのが妥当というものだ。
ここからが実験の本番だと楽しげに笑ったミラは、自らが創り出した聖域と自らのマナを繋ぎ、その力を解放した。
【召喚術:聖域の総宴】
術式が起動すると共に周囲一帯が一気に騒がしくなる。あらゆる地点に召喚陣が浮かび上がると、次から次へとミラの仲間達が飛び出してきたのだ。
サラマンダーにシルフィード、ノーミードとウンディーネ。更にはアンルティーネにミスティークが聖域に降り立つ。
しかもそれだけではない。ロッツエレファス、ガーディアンアッシュ、ガルーダ、ウムガルナにコロポックルのウネコとエテノアも続く。
だがそれでもまだ終わらない。ガルム、ポポットワイズ、アルラウネ、ジングラーラまでもこの場に出揃った。
「加減はなしじゃ。一気に殲滅する!」
今か今かと合図を待つ仲間達を見回したミラは、いざ里の平和のためにと号令を飛ばし、武装召喚した鉄槌を力任せにぶん投げた。
その鉄槌が老焔暗児に直撃して鈍い音が響けば、それを合図に全員が一気呵成と動き出す。加えて上空で待機していたペガサスとヒッポグリフも、待っていましたとばかりに攻撃を開始した。
標的は老焔暗児の他、周辺に集まった魔物の全てだ。
「しかし、とんでもない力じゃな」
ミラが創り出した魔法、玉響の聖域の効果の一つ。それは範囲内に限定されるものの、召喚枠の上限を無視した召喚を可能とするものだった。
この通り聖域の中ならば、頼もしい仲間達を大集合させる事が出来てしまうのだ。しかも詠唱の必要ない中級までなら、このように一度で勢揃いだ。
しかも聖域内にいる仲間達の強化まで同時に出来るのだから、その瞬間戦力は圧倒的。
加えて精霊王固有の繋げる力というのが、この聖域に思わぬ利点を生み出していた。
それは、霊脈への接続だ。つまり、一時的にとはいえ霊脈を流れる星の力すらもミラは己のものとして利用出来てしまうのだ。
ミラは身体に流れ込んでくる霊脈の力を感じながら、これほどでも星の力の片鱗なのかと、その膨大さに感嘆する。
「良い調子じゃ。これならばそこまで時間はかかりそうにないのぅ」
強力な魔法ではあるが、現状その持続時間は十分ほど。なお一度聖域化した場所は、そのパワーバランスが不安定になってしまうようだ。連続での使用は避けるようにとは精霊王からのお達しである。
十分とはいえ、瞬間的な戦力をみればミラが扱うこれを超えられるものなどそうはいない。
そしてそれは、老焔暗児も例外ではなかった。多くの精霊と聖獣に囲まれ、手も足も出ないままに沈黙した。
一度にこれだけの数が集結し、更には聖域バフで強化まで盛り沢山だ。レイド級の魔獣といえど、これを相手にしてしまったら形無しである。
「上級召喚を使わずとも、あっさり片付いてしまったようじゃな」
老焔暗児に加えて集まった魔物の方も、そのまま波に呑まれるかのように殲滅されていった。これを瞬く間に成し遂げた皆はというと、どうだと言わんばかりに胸を張っている。
「実に見事じゃった。それに何よりも壮観じゃのぅ!」
改めてみれば、大切な仲間達が大集合だ。これからもよろしくと満足そうにミラが笑えば、皆もまた笑って応えた。
と、そうしたところで、いよいよ聖域の時間切れだ。辺り一帯が、これまで通りの森に戻っていく。
すると、ゆっくり魔法が解けていくと共に皆もそのまま送還されていった。
この季節になると小さな虫がどこからともなく湧いてきますよね……。
コバエとかではなく、なんか小さな甲虫のような虫です。
そして今年もまた、うじゃうじゃと!!
一日に十数匹と処理する日もあったりで、もう大変です。
だから春と夏は嫌い!!
ただ、駆除のためにさりげなく役立っているのが、
掃除道具のクイックルハンディ!!!
天井とか壁とかに張り付いているとき、これでさっと抑えてぐりぐりすると、簡単に捕らえる事が出来るのです!!
そしてその後はもう、お好きなように。
これのお陰で、どうにかこうにか虫の数は減ってきております。
とはいえこれから更に暑くなってきたら、また増えてくるのでしょうね……。
夏が終わるまで戦いは続くのでしょう……。
大変だぁ。




