670 実験と訓練
六百七十
断崖城に拠点を移してから数日。ミラ達の研究と実験は更に捗っていた。
改造魔物が強さを増した事で、これまでには問題にならなかった要素や影響などが判明し、より性能を突き詰めていくための指標になったからだ。
「さて、次はこれじゃな。折角貰ったのはよいが、思った以上に複雑な仕様じゃったからのぅ。しかしそれも、ようやっと調整完了じゃ」
この神々の実験場に来てから、それはもう様々な実験が出来ている。ミラは、その中でもお気に入りの準備を始めた。
その手に携えるは、ミラの背丈の倍ほどある長大な大杖。いつぞやに貰ったアーティファクトであった。
「それって、前に大失敗だったって言ってたやつよね? どうにかなったの? 昨日も期待外れだったけど」
その大杖を前にカグラは心配そうに、また不安そうに聞いてくる。
「うむ、今度こそ大丈夫じゃ」
そう思われるのも無理はないと頷くミラは、けれど次には笑い飛ばした。
ミラが選んだアーティファクトの大杖。その効果は倍化。この大杖を使って術を放てば、その大きさが倍になるという代物だ。
けれど、ただ倍化するだけならば術士用の装備に同じものが幾らでもあった。ゆえにアーティファクトの効果としては凡庸と言わざるを得ない。
だが当然、アーティファクトというのだから、それだけのはずもない。こちらは何が違うのかというと、その対象は効果のみならず魔法式や術式までも含まれるという点だ。
「この可能性を信じて正解じゃったな。流石はわしというものじゃよ。これも先見の明というやつかのぅ」
試用の段階では、あまりにも扱い辛い効果であったためにハズレ枠といっても過言ではなかった大杖。なぜなら魔法式や術式の倍化により、マナの消費量が跳ね上がるからだ。
下級の術すら上級レベルの消費になる。ならばわざわざ大杖を使わずとも、上級を一発使う方がずっと効果的だった。
それでもミラがこの大杖を選んだのは、術式の倍化という唯一無二の性能を買っての事だ。
術式の構築には規模に限度がある。下級や上級の違いは、この上限の違いと言ってもいい。
大杖は、その限界を突破出来てしまうわけだ。
「これのために最適化した術は、まだ一つしか出来ておらん。しかし、いずれは……。楽しみじゃな」
断崖城の門に堂々と立ったミラは、いざと気合を入れて大杖を構えた。
そうしている間にもカグラの式神が敵を誘導し、断崖城の下にまで連れてくる。
【倍化召喚術:ホーリーロード】
大杖にマナを通すだけで、いつも通りの召喚術が発動する。けれども、いつもとは違う光景が目の前に広がった。
地面に浮かび上がる召喚陣が、目に見えて巨大なものになっていたのだ。直径にして四倍はあろうかというほどで、だからこそ現れたホーリーロードもまた巨大化していた。
身の丈にして八メートルにも達するホーリーロードは、その体躯と同じくらいに巨大な塔盾を両手に携えている。そしてそれを合わせるように構えて強く押し出せば攻防一体の必殺技の完成だ。
「うむ、やはりここまですれば十分な威力になるのぅ!」
普通に対峙していたら大きく見えるはずの改造魔物達。けれど今のホーリーロードの前では小物にしかみえないくらい、そのサイズ感に差があった。
巨大な壁に衝突したように次から次へと弾け飛んでいく。あまりにも圧倒的な物理攻撃だ。そしてミラは、その豪快な迫力に胸を躍らせた。
「なるほどね。確かに召喚術とは相性がよさそう」
次の改造魔物をおびき寄せるための式神を放ちながら、巨人になったホーリーロードを感心したように見据えるカグラ。
他の術とは違い召喚術というのは、形や大きさに幾らか規定というものが存在する。
それらは、契約対象の器に合ったものになる。人間が使っていた武具から生まれた武具精霊は、人間サイズまでが限界というわけだ。
そのため単純な術の倍化効果では、このような巨大化など不可能。だが、その根本である術式そのものを倍化出来たらどうなるかと試した結果が、これだ。
「術式が複雑になると、術そのものが壊れてしまうのでな。初級の術式だけしか倍化出来んがのぅ。まあ、その初級を磨き上げたわしにしてみれば、やはり相性は抜群だったというわけじゃ!」
術式倍化の効果を十全に活用出来るのは、初級の術まで。しかも巨大化が可能なのは人工精霊に属するものだけだ。
昨日、団員一号で試してみたが、やはり元々の大きさが変わる事はなかった。代わりに上級に匹敵するほどの防護など、召喚の補助効果が倍化しただけだ。
本来は、術式を倍化して流せるマナの量を増やし、効果を飛躍的に上昇させるためのものだったのだろう。これさえあれば簡単な魔法しか使えない未熟者でも強敵に大打撃を与えられるようになるはずだ。
弱い者でも仲間の役に立てるように。または、役に立たせるためか。どちらか定かではないが、これを手にしたミラは怪しい笑みを浮かべながら巨大化したホーリーロードを見つめる。
「次はダークナイト……いや、部分召喚用の方が先かのぅ」
倍化するのなら専用に術式の最適化も必要だ。マナ消費が大きくなるため、それに考慮した術式を構築しなければ無駄が出てしまう。
試しに使った部分召喚によって投擲した剣が、改造魔物ごと木々を切り裂いていく。その容赦のない破壊っぷりは実に爽快だが初級の術三回分のマナを消費するため、今はまだ気軽に使える状態ではない。
「いや、邪魔になるからホーリーロードを改良していくほうがいいだろう」
「なん、じゃと……」
今は魔物を統べる神との決戦に備える期間だ。そのための実験であり、だからこそソウルハウルは前衛陣にも危険が及びそうなそれを邪魔になると斬り捨てた。
「うーん、わたしもそう思うヨ」
この中では前衛代表のメイリンもまた、先ほどの一撃を見てそう感じたようだ。巨大な剣が突然降ってくるのはちょっとと、苦笑い気味である。
事実、ミラの大型召喚の類は、これまでも仲間達が戦う最前線にまであがった事はない。なぜなら、邪魔になるからだ。
ゆえに団体戦では空だったり副戦場だったり後衛の護りだったりと、活躍の場は限られていた。
今のホーリーロードは、移動出来る強固な防壁としての活躍が見込める。だが巨大なダークナイトは邪魔になり、部分召喚についても危なっかしい事この上ない。
これについてはカグラとフローネも皆と同意見のようだ。前衛陣には迷惑かけるなよと、その目が語っていた。
それはミラ達が神々の実験場に籠り始めてから一週間ほどした頃だった。
「南地区、避難完了!」
「西地区、兵の配置完了しました!」
「学園の収容人数超過。これ以上は厳しいかと」
アルカイト城の上階にある作戦室にて、次々と報告が上がっていく。
アルカイト王国の首都ルナティックレイクは今、厳戒態勢だ。住民は教会の地下や学園、王城などに避難していた。そして代わりに兵士と戦闘用プロティアンドールが街の全域に配備されている。
「学園は閉鎖。学生と市民を分けて収容人数の確認を。超過した分は城のホールに集めよ。南地区までの輸送は、どこまで進んでいる?」
騒然とした中、ソロモンの指揮が飛び多くの士官達が出たり入ったりと忙しなく続く。報告に連絡と方々でも指示が飛び交い、王城全体で慌ただしく動いていた。
「ソロモン様、どうやら一部の職人が避難を拒んでいるようです──」
そんな時だ。スレイマンから問題発生の報告が入る。避難指示に従わずその場に留まろうとする職人達がちらほらいるとの事だ。炉の火を消すわけにはいかないだとか、納期がギリギリだとか、様々な理由で今は現場を離れられないと言っているらしい。
「……まったく仕方がないな。ではその者達には今日の事を家族や友人にしっかり教えてもらうよう言い聞かせておけ。それと本番では必ず従うようにとも」
「畏まりました」
ソロモンの言葉を受けて担当者へと連絡を入れるスレイマン。その様子に苦笑を浮かべながら、ソロモンはテーブルに広げられたルナティックレイクの見取り図に視線を移した。
そこには『第一回避難訓練』という文字と、各所の主要施設の状況などが事細かに書き込まれていた。
そう、今日は来たるべき決戦の日に備えて街全体で避難訓練が行われているのだ。
避難時の人の流れや戦闘配備の導線に展開までの所要時間。他にも発生する問題点などを全て洗い出し、決戦当日は住民が安全に避難出来るよう今から準備しているわけだ。
「観光客が問題ですね。あの天空城と精霊王様の効果もあり、去年に比べ倍近く増えておりますので。教会の避難所は、半分以上が観光客で埋まっているそうです」
多くの情報が寄せられる中、スレイマンは浮き彫りになった問題点の一つを挙げる。
避難訓練については随分と前から計画されており、住民のみならず観光客側にも周知してあった。だからこそ避難訓練自体は誰が文句を言うでもなく、居合わせた観光客達もまたノリよく指示通りに動いてくれた。
だが誤算は、その膨れ上がった人数だ。観光客の増加によって観光収入も増えたわけだが、いざ避難となったら住民の席まで観光客で埋まりかねない。
「これは次の議題に挙げておこう。決戦日が迫ったら旅行は自粛するようにするべきだな」
「いっそ、禁止にしてしまった方がよろしいのでは?」
決戦日は、魔物を統べる神の頭部の封印を解く日でもある。すなわち、こちら側で調整が可能というのが大きな強みだ。
よって決戦前に大陸全土で国家間の移動を禁止して、自国に留まるように促せば避難もつつがなく進められるというもの。
「今回の戦いは、遠い未来の憂いを断つための戦いだ。極端なところ、今を生きる者にとっては負債の前払いみたいなものになる。今は三神国が音頭を取ってくれてはいるが、内心では反発している国もあるはずだ。そこで更に禁止を押し付けようものなら、余計に反感を生むだろう」
未来のため。目的としてはたいそう立派なものではあるが、人によってはただの美辞麗句に過ぎない。だからこそソロモンは、そのために厳しい制限などを課すべきではないと考えていた。
「確かに生き方は、人それぞれ。そのように思う者もいるでしょう。しかし、今回のような事態など異例。重要な局面なればこそ厳粛に律して問題の芽を徹底的に潰す事も必要かと」
ソロモンが見ているのは、直ぐ先の未来。いわば決戦後の後始末において、幾分宥めやすくしようというやり方だ。
対してスレイマンは大陸全土が一丸となるような場面だからこそ、一つの問題がどのような厄を招くかを懸念しているようだ。だからこそ今は徹底するべきだと進言する。
「うーん。……わかった、考えておこう」
どちらが正解かなど直ぐに出るはずもない。スレイマンの言い分も、もっともだ。
次の会議にどちらも提案すると決めたソロモンは、また直ぐ次の問題に話を移した。
「さて、子供の対策も必要だな」
兵士とプロティアンドールだけが並ぶ街を窓から眺めながら、これもまた重要な問題だと口にする。
「子供への対応ではなく、対策、ですか?」
避難となれば、子供達にも気を使わなければいけない部分も多いだろう。だからこそ避難中の子供への対応は大事なのだが、ソロモンは対策と口にした。
それはいったいどういう意味なのか。スレイマンが首を傾げていたところだ。
ソロモンは作戦室の隅の方でこそこそ通信を行っている焦り顔の男を示すように、ちらりと目を向けた。
彼がどうしたというのか。スレイマンはソロモンに促されるように、その男の声に耳をそばだてた。
「──校舎にはいないのか? ──いや待て、ならば他にどこへ行ったというのだ。──なんという……幾人かで周辺の捜索に当たれ、今すぐだ」
次から次へと指示を飛ばす男だが、その顔は随分と切羽詰まったものだった。一通りの通信を終えた彼は、ほとほと参ったように溜息を零し「勘弁してくれ」と項垂れる。
「何かあったようだな」
そんな男の傍にまで歩み寄り声をかけるソロモン。すると男は慌てたように居住まいを正し「いえ、その」と視線を泳がせた。
「問題が起きたのなら、報告をするように」
「は、はい! 実は──」
スレイマンが厳しめの口調で促すと男は即座に立ち上がり、先ほど発生した問題について口にしていった。
その報告を要約すると、早い話が学園に避難していた民間人の子供が数人ほど見当たらないというようなものだった。
トイレに行ったきり戻ってこないと、子供達の両親から連絡があったらしい。そして現在、兵士達も協力して学園内を捜索しているが発見出来ずという状態のようだ。
「避難自体は大きな問題もなく終了したのですが、まさか作戦完了後にこのような事態が発生するとは思わず……」
学園の封鎖まで済んだ事で、東地区の避難訓練は無事に終了。一安心だと思っていたところで転がり込んできた問題に、男は頭を抱えていた。
「一先ず、見晴らしのよいところを中心に捜索するよう伝えよ。場合によっては、屋根の上なども確認した方がいいだろう」
その問題に対してソロモンは、それこそ予想通りだとでもいった笑みを浮かべながら指示を出す。そして直ぐに従い通信を始めた男の元を離れ、窓から遠くに見える学園を望む。
「子供達は、いったいどうしたのでしょうか」
「予想通りならば、直ぐに見つかるはずだ」
そんな言葉を交わしてから、十分ほどした後だった。他にも色々な問題に対応していたところで、先ほどの男から報告が入る。
無事に子供達を発見出来たそうだ。何でも校舎の屋上に隠れていたとの事である。
「見事に見晴らしのよいところに居ましたね。もしやソロモン様は、子供達の動機まで予想しておられたのですか?」
ソロモンの指示通りの場所で子供達が見つかった。お見事と感嘆するスレイマンは、なぜ子供達がそこにいるとわかったのかと興味深げだ。
「いや、なに。簡単な話だ。こういうイベントの時は、だいたい一部の子供達が『外はどうなっているのか見てみよう』などと言って抜け出すのが定番だからな。目的は、普段と違う外の様子を確認するため。非日常感を味わうためだ。ならば見晴らしの良い場所を目指すのが道理だろう」
これまでの日常とは違った、特別な状況。そんな体験が身の回りで起きた時、好奇心旺盛な子供は大人の目を盗んでこっそり抜け出し、後々に様々な問題を引き起こすというのがよく聞く話だ。
「というわけで、どのように対策するのがいいものか」
多くの物語で似たような状況を目にした事のあったソロモンは、ここでも同じ事が起きたかと笑いながら、その予防措置について思案した。
「出入口を警備で固めてしまうのが確実でしょうか」
「こういう時、子供達はそういった障害があるほど余計にやる気を出すものだ。あの手この手で警備の目を潜り抜けようと工夫を凝らすだろうな」
子供達が抜け出せないように監視を厳しくすればいい。そうスレイマンが提案するも、ソロモンはそういう時に悪知恵を働かせる子供達を甘くみてはいけないと語り、かつてやんちゃしていた時を思い出しながら苦笑する。
「ではいっその事、抜け出す気にならないようにするという方法はどうでしょうか」
更に少し考え込んだスレイマンは、抜け出せないようにするのではなく、そもそも子供達にその気を起こさせない状況を作ってしまえばと提案する。
避難場所に子供達の興味を惹くようなものを、それこそ玩具や遊び場などを用意すれば気を紛れさせる事が出来るのではないかと。
「ああ、その方向性は悪くない。場所をとらず、大勢が楽しめるものがあればいい。何なら大人でも楽しめたら言う事なしだ」
決戦当日になったら、当然多くの者達が不安を抱くだろう。そのため避難所という場所には、重い空気が広がるものだ。
だからこそ娯楽は必要だと、ソロモンは用意出来そうなものを考える。
本やボードゲームの他、巷で人気のカードゲーム、レジェンド・オブ・アステリアなどもあれば老若男女を問わず楽しめるはずだ。
「大人も巻き込んでしまえば、子供達も幾らかは落ち着いてくれるだろう。……けれど、まだ何か、もう一つ決め手が欲しいな」
候補を幾つか挙げていったソロモンだが、それでもまだ解決には至っていない気がすると唸る。
避難所などで子供達がじっとしていられない理由には、大人達の態度も幾らか関係している。不安で沈痛で焦燥に駆られる大人達の姿を見る事で、子供達に居心地の悪さというものを与えてしまうからだ。
だからこそ大人も楽しめる娯楽があれば、ある程度は抑制出来る。しかしソロモンは思う。それでも好奇心だけは止められないと。
「外の様子が気になるというのなら、いっその事、外を見られるようにしてしまう。というのはどうでしょうか」
スレイマンは非日常の街を見ようと企む子供達を止める方法について、そんなに気になるようならば外の様子がわかるようにしてしまえばどうかと答える。
「外を……ああ、そうだな。それだ、それでいこう!」
避難所から抜け出すような気を起こさせない方法。子供達の好奇心を満たせるそれを、避難所に用意してしまえばいい。
それは現代日本では当たり前に存在していた。その事を思い出したソロモンは、他にも続く報告や問題に対応しながら、必要なものをリストアップしていくのだった。
先日のコース料理風チートデイの時に余った惣菜を使い、旅館風チートデイを実行しました。
結果、品目も特にかわらなかったので、なんか似たような感じに。
旅館風には、まだまだ遠いなと思いました。
そして同時に思いました。
コース料理も旅館料理も再現しようとすると手間暇がかかるので、家庭でやるような事ではないと。
こういうのは、やはりそういった場でこそなのでしょうね……。
さて、次はどんなチートデイを目指そうか……。
品目を多くするというのはありだと思ったので、そちらを追求してみるのも。




