65 鉄道旅情
六十五
「切符を回収させていただいてもよろしいでしょうか」
自身の体臭確認から戻ってくる気配の無い少女に、係員の一人が声を掛けた。そこでやっと人に気付いたミラは顔を上げると、視線を合わせず気まずそうに印の押された切符を手渡す。
(こんなに係員がいたとは……。わし、変態に思われたかもしれん……)
「ご利用ありがとうございます。左車両と右車両、ご希望はございますか?」
「ぬ、何か違うのか?」
「はい、左車両は雄大な山脈が多く、右車両は彼方まで続く壮観な景色を楽しむ事ができます」
「なるほどのぅ、そういう事か」
脳内に覚えのある大陸図を浮かべ納得すると、ミラは「右車両で」と答える。そこに理由は存在せず、ただ何となくで右を選んだだけだ。
「畏まりました。では、お部屋までご案内させていただきます」
「うむ」
営業スマイルを顔に貼り付けた係員に案内されて、ミラは大理石の色合いが見事な階段を上がっていく。
(これはまた、なんとも豪華じゃな)
羞恥より立ち直ったミラは、ファーストクラスの車内に改めて視線を巡らせた。
壁は幼子の肌のように穢れのない白で、調度品は見当たらないが代わりに細工の込んだランプが絢爛に奥まで照らし、通路に敷かれた絨毯は、まるで薔薇が敷き詰められたかのような鮮烈な赤に染まっている。王城にも劣らぬ徹底ぶりである。
「こちらのお部屋になります」
「うむ、ご苦労じゃった」
廊下を進み木目がくっきりと浮かんだ扉の前まで案内されれば、係員が専用のカードキーで扉を開き、手はそのまま招くように一礼する。
小さく頷いたミラは、誘われるように客室へと足を踏み入れる。
「ファーストクラスの最上階はプレイルームとなっております。遊びの他、食堂などもございますので、御用があればいつでもお呼び下さい。では、ごゆっくりどうぞ」
丁寧で落ち着いた声と共に背後で扉の閉まる音がした。だがミラは、そんな音など耳に入っていない様子で、目の前に広がる光景に笑みを浮かべる。
「流石、ファーストじゃな!」
真っ先に目に入ったのは、壁一面を取り払ったかのような大展望だった。空から駅のホームまでが一望でき、走行中ともなればそれこそ絶景が流れる一大シネマとなるだろう。
室内もまた行き届いており、窓際にはソロモンの執務室にあるような革張りのソファーに重厚感あふれるテーブルが設置されている。
ミラが視線を横に外せば別の扉があり、そこはお手洗いとなっていた。列車の備え付けとは思えない程の輝きだ。
テーブルの上には見覚えのあるベルが備えられており、係員を呼ぶ為のものだと把握する。
ミラは大事に抱えていた幕の内弁当をテーブルに置くとお手洗いへと入り用を済ませ、本格的に室内の確認を始めた。
棚には数多くの飲み物が備え付けられ、どれもが別料金となっているがそれ相応の品が並ぶ。だがミラには、その辺りの知識はない為、俗に云うイベント価格のようなものだろうと判断していた。
棚にはそれ以外にも料金表や路線図など鉄道関係の書類、有名な物語や聖書などが揃えられている。
一通り確認を終えたミラはソファーに座ると、紙袋から幕の内弁当を取り出す。だが、そこで手を止め窓の方へと視線を向けた。
(やはり、流れる景色を眺めながらの方が美味いじゃろうな……)
そう考えたミラは弁当をテーブルに置いてメニューを開き、出発までの時間を確認する。
「三十分か……」
ただ待つには微妙な時間で、ミラは僅かに疼く腹部を宥めようとアップルオレを飲もうとアイテム欄を開いた。
「ぬ、これは」
アイテム欄の適当な場所にある小包みが一つ目に入る。それは出発前、アマラッテから貰ったものだ。
発車までする事の無いミラは、丁度いいとアップルオレと共にその小包みを取り出し包装に手をかける。
「あやつは、わしをどうしたいんじゃ……」
開いた包み紙から出てきたのは、僅かに向こう側が透けて見えるパンツ、カップ付きの総レースキャミソール、ニーソックスにガーターベルトと一式揃えられた黒い大人下着であった。
その妖艶なデザインにさりげなく身に付けた自分を妄想した後、包み紙で再封印したミラは、隠すようにアイテムボックスの片隅へと収めた。
それからは何をするでもなく、ただホームを見下ろしセドリック達が乗車するのを眺めて暫く、どうにも聞き慣れたベルの音が鳴り渡り放送が始まる。
『左循環線、発車いたします。揺れますので近くの手摺などにお掴まり下さい。繰り返します──』
放送が終わるとホームに町中へ鳴り響けとばかりに、けたたましくベルの音が轟く。更に、その音に負けじと汽笛が声を高く上げて発車を知らせる。
莫大な蒸気で押し上げられたシリンダーが歌うようにリズムを刻み、ごとりと車体が静から動へと移り変わる。調子を上げていく車輪は、アンダンテから変調していき、テンポを上げていくとやがてプレストへ至る。心地良い音色を耳に入れながら、ミラは高い視点から流れていく街を眺めていた。
(図体は愚鈍そうじゃったが、意外と速いのぅ)
列車は見かけの大きさでは想像つかない程の速度でレールの上を走行する。窓から見える直下は視認できないほど瞬く間に後方へと流れていった。
数分でシルバーサイドを後方に映すと、あっという間に列車は自然溢れる領域へと飛び出した。レール近辺は整地されており人の手で管理されているが、僅かに外れればそこはまだ魔物と動物の領域だ。車体には動物避けとして特殊な加工がされており、走行中はただ走るよりも大きな風切り音を唸らせるようになっている。傍目で見れば、巨大な鉄の猛獣と映るだろう。
ミラの視界には、青と緑の境界がくっきりと見て取れ、限りなく透き通る空色には淀みの無い白が浮かび、彼方まで広がる大地のキャンバスは見事なほど豊かな色彩で溢れている。
時折、空へと上る鳥達の姿を目で追いつつ、ミラはいよいよと幕の内弁当を手に取った。
「何とも堪らぬ瞬間じゃのぅ」
籠もるような笑みを湛え、ミラはその上蓋を開く。瞬間に閉じ込められていた香りが鼻腔一杯に広がり、思わずきゅるりと音がする。
ようやくといった面持ちで窓から望む景色を楽しみながら幕の内弁当をつつく。
副食を齧り白米を口に含んで咀嚼し飲み物に手を伸ばしたところで、ミラの動きが停止した。
「アップルオレは合わんじゃろう!」
リンゴの酸味が程よく溶け、蜂蜜とミルクの甘さが調和した一品アップルオレ。食べ合わせ飲み合わせは普段気にしないミラだったが、今回ばかりはこだわりをみせる。それだけ楽しみにしていたからだ。
駅でお茶を買い忘れた事を後悔しつつミラはアップルオレを一度手にするも、そのまま置き直して立ち上がる。
(備え付けで色々あったのぅ。茶があればいいんじゃが)
別料金で置かれていた飲み物を思い出しミラは棚へと向かう。有料飲料の棚は大きく、そこに並んだビンはまるでモザイクのように棚を飾っていた。
「うーむ……」
一通り探したミラだったが茶の類は見つからず、それどころかそこには酒類しか置いてはいなかった。ミラは少し考えて、アップルオレよりかはましかとエール酒とグラスを手に取る。料金表を確認し、銀貨を一枚トレーに置いてテーブルへと戻った。
(そういえば、この世界に来てから初めての酒じゃな)
グラスにエール酒を注ぎながらふとそう思ったミラは、誰にともなくグラスを掲げると一人で乾杯し、景色と弁当を肴に旅情を楽しむのだった。
『まもなく当列車はリバーフォール駅に到着します。お忘れ物の無いよう、ご注意下さい』
「ぬぅ……」
ソファーに寝転がった少女は、車内放送の声で目を覚ましその身を持ち上げるようにふらりと起こす。
「何の声じゃ……」
仄かに熱を帯びた頬を桃色に染めたミラは、寝惚けたような明瞭さを得ない思考のまま窓の外へと視線を向ける。そこには微かな灯りに照らされる自身の姿が宙に浮いており、更にその奥は墨を注いだような闇で塗り潰されていた。
月もなく星もない闇の中を迷う事無く進む列車は、それから間もなくして速度を落とし次の駅へと到着する。
『ご乗車ありがとうございました。次の左循環線の運行は、明日朝九時に発車予定となっております』
特に荷物も無いミラは三本の空瓶を手早く片付けると車内放送に耳を傾けながら、眼下のホームに視線を向ける。日の暮れた夜にあっても、その場所は日中の光が沈澱したかのように明るく、そこを進む乗客たちの背を見送るとミラも立ち上がり列車を降りた。
駅構内を抜けて外へ出ると、シルバーサイドより一回り大きな広場が目に入る。ここも駅前は無数の宿が乱立しており、少しでも目立つようにと奇抜な看板を掲げている宿も見受けられた。
「今日は、どこに泊まるのがいいかのぅ!」
列車から溢れた人々は一度広場に出ると、そこから宿を求めて方々へと散っていく。ミラは緩んだ頬を締め直す事もなく、その中へとふらりふらりと紛れ込んだ。
宿探しを始めてから約二十分ほど。ミラは劇場があるという宿にチェックインする。
主役の劇場は食堂と隣接しており、食事を楽しみながら劇を観賞できるという、少し大人びた雰囲気のある宿であった。
どこかクラシカルなパーティ会場を思わせる食堂の端に一段上がった舞台があり、そこで毎夜、劇が演じられているのだ。
本日の演目は、九賢者に関係する物語だというのがミラがこの宿を選んだ理由だ。自分がどのように伝わっているのかが気になったという事である。
ミラは現在、食堂の中央近い席に腰掛けており、劇が始まるのを今か今かと待ち侘びていた。
客席も埋まり始め、空席が目立たなくなってきた時、徐々に場が静まり始める。
暫くして食事が運ばれると、食堂を満たしていた灯りが吸い込まれるように舞台へと移っていき、一斉に拍手が沸いた。
『遡る事今より三十年余り、迫害された術士達は一つの国に身を寄せ合い生を繋いでいた時代。これは後の世に、敬意と畏怖を込め、九賢者と謳われる事となる英雄達の物語である』
抑揚をつけた語り口調で、朗々とした声がその場を一気に引き締める。込み上げてくるかのように演奏が始まると満ちる音符に押し上げられるように幕が上がり、王の衣装を纏った青年と九人のローブを纏った者達が堂々と舞台上で構えていた。
『やはり攻めてくるか。ならば迎え撃つ。この度の戦は我が国の名を大陸中に轟かせる前哨戦となるだろう。術士の力、存分に見せ付けてやろうぞ』
『我らが王の御心のままに』
鋭く目を細め、右手を振り抜く王の青年。声を揃えて答える九人は、右手を胸に置いた型で一礼する。アルカイト王国の軍式の礼だ。
今回の演目は、九賢者の名を大陸中に知らしめたアルカイト王国の初戦、エルダーワード防衛戦の様子を劇にしたものであった。そしてこの第一幕は、王と、後の九賢者が初戦に挑むに際して、作戦の立案と策謀を巡らせる場面で展開していく。
ミラは、肉を切り分け所々に突っ込みを入れながら高揚気味に舞台を観賞していた。
(初めて宣戦布告された時のソロモンの言葉は、こんなに堂々としたものではなかったがのぅ!)
実際のソロモンの言葉は「うわっ、やっぱりきちゃうみたいだよ。どうしよう。皆頑張ってくれているけど、やっぱり術士ばかりじゃ前線が厳しいかな? 兵士もあんまり育ってないしなぁ、ううー」であったりする。
(ううーむ、劇にまであの軍式が出てくるとは……若気の至りとはこの事よ……)
更に、九人のとった礼はこのエルダーワード防衛戦に勝利を収めた時、調子の上がったメンバーが勢いで設定したものであるので、このタイミングではまだ影も形も無いものである。
とはいえ、その辺りは当事者でなければ知る由の無い事だ。ミラはそこを想像で埋めるのも劇の醍醐味だとして、気持ち良くその舞台を楽しむのだった。
劇は進んで第四幕の見せ場の一つ、ダンブルフのホーリーナイトが前線を維持し、後方よりルミナリアが炎の雨を降らせる、防衛戦の際に最も術士の力を見せ付けた場面が演じられる。
(わし、カッコイイ!)
舞台用に開発された術具と音楽で演出されるそれは、手に汗握る展開であり、周囲の客からも歓声が上がる。だがミラはそれよりも、ダンブルフ役の演者に注目していた。歳は初老を少し超えた頃だろうか、ベテランといった風格であり見事に役に合っている。その一挙手一投足は堂々と振るわれ、正に老練の術士という役割を演じきっていた。それこそ、ダンブルフであったミラ以上に様になっているといっても過言ではないだろう。
ダンブルフ役の演技に合わせて声援を送るミラ。するとその演者は、その声に応えるようにさりげなくミラへと視線を返す。正に貫禄の余裕と、積み重ねた経験から来る見事な流し目だ。
ミラはといえば今日は男の理想像に二度も会えたと、上機嫌にグラスを傾けていた。
劇は拍手喝采で幕を閉じる。明かりの戻った食堂で、ミラはデザートのケーキを満面の笑みで頬張った。
舞台では現在、劇を盛り上げた楽団が、水の流れるように緩やかな曲を演奏している。それは熱く盛り上がるラストシーンの余韻を残しつつ、なだらかに落ち着かせていくものだ。
そしてケーキを食べ終えたミラは空のグラスを呷ると眉を顰め、代わりにアップルオレを取り出して一息に飲み干した。
「ぬぅ……そうじゃった」
アップルオレの空きビンを唇を尖らせ据えた目で睨みながら、ミラはその在庫が僅かである事を思い出す。それからテーブルに両手をつくようにして立ち上がると、食堂のカウンターに身を寄せて、そこの料理人に声を掛けた。
「ちょいと聞きたいんじゃがのー、ここでこういったビンに入ったアップルオレは扱っておらぬか?」
そう言いながら、先程飲んだアップルオレのビンをカウンターに置くミラ。慌しい時間も過ぎ、洗い物に専念していた一人の女性がミラの声に顔を向けると、少しだけ表情に困惑を浮かべてから駆け寄った。
「君、大丈夫かな?」
「ぬ?」
「随分と顔が赤いけど、熱でもある?」
女性は心配そうにミラの額に掌を当てる。だが特に熱いとは感じず首を傾げる。
「わしは至って健康じゃー。それよりもアップルオレはないかのぅ?」
「アップルオレは扱ってないかなぁ。でもこの辺りだと、スイートベリーオレが美味しいよ」
「ほうほう、それはビン入りで売っておるのか? 幾らじゃろう?」
若干、普段よりも声色の上がったミラは、ビンを手に取りぐいぐいと女性に突きつける。
赤い顔でころころと表情を変えるミラに、女性はその原因にようやく思い当たった。
ああ、酔っ払いだと。
「売ってるけど今日の分は売り切れてるね。でもビン入りは明日の朝になれば一本二百リフで販売するから、取っておく事も出来るよ。どうする?」
悪酔いという程ではなく随分と可愛らしい様子の少女に、女性は優しく語りかける。ミラは、アイテム欄を開きアップルオレの在庫を確認してから勢い良く顔を上げる。
「では、二十本で頼む」
「はい、二十本ね。それじゃあ、明日になったら受け取りに来てね」
「うむ!」
ミラは、アップルオレの代わりとなるスイートベリーオレを注文し終えると自室へ戻った。女性は注文票にスイートベリーオレ二十本と書き込んだ。
本日宿泊する部屋は、とても平凡だが非の打ち所が無いシンプルな内装である。
戻ってきたミラはそのまま備え付けのシャワーへと向かい、服を脱ぎ散らかして頭から湯を浴びる。
酔いのせいか普段よりも高揚気味なミラは、鏡に映った自分の姿に甘い笑みを零すと、宵の一時に戯れてから眠りにつくのだった。
早朝、一時間後に発車するという鉄道の運行情報の放送が流れ、半ば叩き起こされるようにミラは目を覚ます。一糸纏わぬ姿でベッドから起き上がると、熱に浮かされたようではあるが酔いの抜けきった意識で、夢現な音の残響を明瞭に認識していく。
「一時間か……」
ミラはそう呟くと脱ぎ散らかした衣服を回収し、カバンから替えの下着を手に取った。
身支度を整えたミラは、階段を下りその足で食堂に向かう。
するとそこは戦場と化していた。食堂に居るほとんとが鉄道の乗客で、ミラと同じように放送を聞き起き出して食堂に殺到しているのだ。
ミラはカウンターに並び朝食と共に四千リフを渡し注文していたスイートベリーオレ二十本を受け取った。
発車まで残り二十分。駅前の縦横無尽に行き交う人々の波を縫い、チェックアウトを済ませたミラは駅へと向かう。
(混んでおるのぅ)
リバーフォール駅はシルバーサイドよりも広く、複数のブロックに分かれており出入り口近辺は土産物の店が軒を連ねていた。小柄なミラは揉まれるようにしながらも、駅弁の売っている店を探す。
そして喧騒に揺れる構内を奥へと入り込み見つけた店で、どうにか栗おこわ御膳と緑茶を購入してホームへと急いだ。
乗客で未だごった返すエコノミークラスと違い、ファーストクラスは随分と穏やかだ。残り五分で乗車する事が出来たミラは、車内に並ぶ係員の一人に言われる前に切符を渡す。
「本日はご利用ありがとうございます。左車両と右車両がございますが、どちらかご希望はありますか?」
「そうじゃな、では左にしようかのぅ」
「畏まりました。ではお部屋へご案内させていただきます」
まだ二度目だが、もはや慣れたといわんばかりに答えるミラ。そんな姿を、係員達は微笑ましそうに見送った。
左車両からは幅の広いレールの奥に無人のホームが確認できた。ファーストクラスとは違い色合いそのままの石造りであるそこは質素だが広大で、時間になればそれだけの人で溢れかえるのだろうと想像させるに難くない空間だ。
その場所は右循環線用のホームである。手前に敷かれたレールは丸太のように太く、それは乗り込んでいる列車の力強さを代弁しているかにも見えた。
(これだけ大きければ、土台も相応になるじゃろうしのぅ)
昨日とは違う待ち時間の景色、ミラは無人のホームに時折作業に訪れる駅員の姿を目で追いながら、発車までの時を和やかに過ごした。
列車がリバーフォールから出発し五時間弱、次の駅ベロチェシティへと到着する。停車時間は一時間であり、長そうだが構内を見学するには短いというその間、ミラは本棚に並んだ本を手にとっては、ぱらぱらと捲っていた。
(ほぅ、駅街宿特集か。折角の旅行じゃしな、良い宿を見繕ってみるのも一興か)
そう考えその本を手にソファーに戻る途中、扉を叩く音が小さく響く。丁度目の前に居たミラは、そのまま扉を開けると、そこには客室まで案内した係員がにこやかに立っていた。
「失礼します。ベロチェシティへ到着しましたが、お客様は次の駅までご乗車致しますか?」
「うむ、その予定じゃが……ああ、そうか」
答えながらミラは、切符を購入した時の事を思い出す。切符は一枚で一駅分であり、次の駅に行くには更に一枚が必要になるのだ。
「切符は持っておるんじゃが、一度出て印を押してもらわねばいけぬか?」
ウエストポーチからファーストクラスの切符を取り出しミラがそう尋ねると、
「いえ、お持ちでしたらこの場で預からせて頂く事も可能です」
係員はそう優しく答えた。その言葉を受けて「では、次の駅まで頼む」と切符を差し出すミラ。
「良い旅を」
一礼して係員が立ち去ると、ミラはソファーに身を預け手にした本を広げて、次の駅街での好みに合う宿を探し始める。
やがて列車は動き出し、それから二日後、ミラはアリスファリウス聖国の大地へと降り立つのだった。




