653 巫女フレーム
書籍版23巻が12月の末に発売!
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六百五十三
「わしもあの時は焦ったものじゃが、今はこの通りぴんぴんしておる。カシオペヤ殿にも検査をしてもらい問題なしと診断されたのでな。もう大丈夫じゃよ」
神器のチャージと骸の回収に出発する前。ミラは通信室でソロモンにおはようの挨拶をしていた。
既にカグラから報告などは受けているはずだ。だが皆が心配していただろうから、こういう時はしっかり直接、目が覚めた事を報告しておけとミケに促されたからだ。
『そっか、よかった。安心したよ本当に』
通信機の先からは、これといって相変わらずな調子の声が響いてくる。心配していなかった、というよりは無事だと信じていたといった様子の軽い口調だ。
『君に何かあったら、どう報告すればいいのか未だにわからないからね──』
続けて冗談交じりに、だが苦笑気味にソロモンが話すのはマリアナについてだった。
先に戻ったルミナリア達だが、ミラだけはまだ帰っていない。この二週間、それについて彼女には、ミラが少し長めに研究所に滞在する事になったとだけ伝えていたそうだ。
ミラが必ず目覚めると信じ、心配をかけないように、不安にさせないように出来る限り皆で話を合わせたという。
「あー、そうじゃな。わざわざすまんかったのぅ」
とても優しく健気なマリアナの事だ。きっと真実を伝えていれば、とてつもない心労をかけたに違いない。不安を抱え、体調を崩してしまっていたかもしれない。
三十年もの間、ダンブルフの帰還を信じて待ち続けてくれてた彼女に、これ以上の辛い思いをさせたくないと思うミラはソロモンの配慮に感謝した。
『というわけで君からしっかり報告しておいてね。じゃ、そういう事で!』
ただ伝え終えたら、そのまま口早に話を切り上げ通信を切ったソロモン。後はよろしくとでもいった勢いだ。
何やら不穏なソロモンの態度。そして、ここまでの流れからミラも薄々感じ始めていた。
「……一番の問題をぶん投げおったな!」
ソロモン達で話を合わせた内容からすると、マリアナの認識ではミラが二週間も研究所に留まったのみならず、一切の連絡もとらずに研究に明け暮れていたという事になっているわけだ。
もっと他に、そこらへんもふんわりさせる伝え方もあったのではないか。
そう思うミラだったが、もはや過去の話。今はどうやってマリアナに穏便に伝えようかと大慌てで考えを巡らせ、落としどころを模索した。
「──というわけでのぅ。連絡出来んですまんかった。もう暫くしたら、一度戻るのでな。成果はその時に披露するとしよう。楽しみに待っておれよ」
『神様のお力ですか。流石ミラ様です! わかりました。ミラ様のお好きなものをご用意して待っておりますね』
考え込む事、十数分。意を決してマリアナに連絡したミラは、どうにかこうにか上手く言い訳を並べて彼女を納得させる事に成功していた。
なお、その言い訳の内容は思い切り三神を利用したものだった。
この二週間、実際は集中治療室で昏睡状態のままだったが、ミラはその間ずっと神域にいたという事にしたのだ。そして神気が満ちる中で修行して、その神気を宿すまでに至ったのだと得意げに語る。
また何よりも神域にいたからこそ連絡が出来ず、途中で出ると不完全になってしまうため連絡が遅れてしまったのだと、最も重大な言い訳を述べた。
真実と虚偽を混ぜ合わせたミラの連絡。神域で昏睡したのだから、意識的、記憶的には神域にいたままといっても過言ではない。また神域で通信装置が使えない事だけは確かだ。
明確な修行はしていないが、身体が神気に耐えていた事を修行と称してもいいだろう。何より過程はどうであれ、神気を宿しているのは事実だ。
きっと嘘塗れであったなら、マリアナに見抜かれていたであろう。だが半分は本当か、解釈次第でそうだと言い含められる内容だった事が功を奏した。
マリアナの声に、連絡を怠ったミラに対する怒りは含まれていなかった。
「それは楽しみじゃな!」
『あ、それと──』
『きゅい!』
『──ルナもこのように遊びたがっていますので、早く戻ってきてくださいね』
マリアナのみならず通信装置の向こう側から、ルナの元気はつらつな声が響いてきた。
何でも、この二週間は特に落ち着きがなかったそうだ。けれど今朝方から急に元気になり、通信装置が鳴ってから嬉しそうに飛び跳ねているという。
『もしかしたらミラ様が神域から戻ってきたのを感じ取ったのかもしれませんね』
そう言って優しく笑うマリアナの声には、ほのかに安堵の色が込められていた。
「もしかしたら野生の勘というやつかもしれんな!」
不思議な事もあるものだと笑うミラは、それからもう少しの間だけ言葉を交わすと、残りの細かいところは戻ってから大いに語ろうと告げて通信装置をきった。
不安を抱かせる事なくマリアナの不満は解消出来た。よかったよかったと安心したミラは、憂いなくご馳走を堪能するために、さっさと仕事を片付けようと気合を入れる。
「……まあこのくらいならば罰は当たらんじゃろう、きっと」
『ああ、問題ない問題ない。何かあったら全て、あの者達の責任にしてしまえばいい』
『そうよ、そうよ。幾らでも便利に使っちゃいなさい』
言い訳に三神を利用したという点を少々気にしていたミラ。だが精霊王とマーテルは、いっそその程度ではまだまだ足りないなどと言い始めた。
神域でミラが危機に陥った事については、現場の監督不行届きだったと、今もまだ完全に許したわけではないそうだ。
場所は三神のおひざ元である神域だ。安全を確保する方法なんて幾らでもあった。だからこそ当日は、それこそ保護者のような勢いで三神に詰め寄っていた両名である。
それを怠ったのだから、その名を幾らでも好きに使ってしまえばいいと、三神に代わって堂々と許可する精霊王とマーテルだった。
『おお、なんと! うむ、わかった。試してみるとしよう!』
まずはリーズレインの力を借りて神器のチャージを完了させた。そして次には日之本委員会の方で現場を押さえた封印場所で五つ目の骸も確保し、ガルーダワゴンで研究所に持ち帰っていたところだ。
精霊王から驚きの提案を聞かされた。
それは巫女服に頼るのではなく、いっそミラ自身の力のみで対応出来るようにしてしまおうというものだった。
精霊王が言うに、取り込んだ神気によって加護などにも幾らかの変化が現れているそうだ。
精霊王の加護で、最も特徴的なのは繋ぐ力。その中でも大きな変化の一つが、精霊のみならず神気や神力までもそこに加わった事だ。
そして今回、最も相性がいいものとして、以前に黄金都市で契約したガーディアンが挙げられた。
神都の守護者であるその力は、だからこそ神気や神力による影響も強く発揮される。ゆえに神域の神気を完全に防ぐ鎧としても大いに役立つだろうというわけだ。
「さて、まずはどのような感じか──」
ワゴンの中で立ち上がったミラは、己の内側に意識を集中させていく。
これから行うのは、慣れ親しんだ精霊召喚とは全く感覚の違うものとなる。何といっても、これまでに扱った事のない神気を召喚の術式に組み込むのだ。
「──こうして……こうじゃろうか。いや、こうか」
だからこそミラは、内に宿る神気を感じ取り分析し、詳細を把握してから掌握し、丁寧にじっくり術式へと組み込んでいった。
精霊王の加護による繋ぐ力のお陰で、ガーディアンと神気は反発する事なく素直に融和していく。
そうしてガーディアン召喚を神気仕様に改良する事、一時間と少々。これまでにない、特別な召喚術が仕上がった。
「よし、これでどうじゃ!」
【武装召喚:セラフィックフレーム】
術を発動した途端に眩い光がミラを包み込んだ。そして同時にガーディアンの力強さが全身を包み込み、溢れるような神気が身体中を巡り浸透していくのがわかった。
すると心が、まるで大きな何かに抱かれているかのような安心感で満ちていく。
武装召喚の後、状態の維持と観察に集中したミラ。精霊の力と神気。ガーディアンという存在と、その役割。多くの要素が入り混じり形を変えながら、一つの存在として、その意味するものへと向かい昇華していった。
「ほぅほぅ……ふーむ、安定しておるな。綻びや違和感も特になしか。うむ、これは成功じゃな!」
完成だ。完全に身体にそれが馴染んだ事を実感したミラは、上手くいったと喜んだ。
「……ん?」
と、喜んだのも束の間。神気を得たガーディアンを纏う自分は、どれほど格好よくなったのかと楽しみに確認してみたところだった。
何やら、様子がおかしい。
屈強でクール、そして何よりも、その役目に相応しい姿をしていた神都のガーディアンだ。これまで通りならば、それこそ戦乙女の頂点のようなそれか、はたまた女神アテネもかくやといった戦士スタイルになるだろうと予想していたミラ。
けれど何がどうしてそうなったのか、自分の身体を見下ろせば、それらしい鎧感はまったく見られなかった。
どういう事か。ミラは直ぐに姿見の精霊を召喚して自身の全身を確かめた。
「なんじゃこれは。どうして、こうなった……」
そこに映ったのは、思い描いていた聖なる神の乙女騎士ではなかった。なぜかガーディアンとは似ても似つかぬ巫女装束の姿であったのだ。
『それはきっと、これまでとこれからを自ら考えた結果であろう』
あの日に見た格好いいガーディアンのようになれると期待していたミラに、ガーディアンの意を汲み取った精霊王がその思いを伝えてくれた。
なぜ、荘厳な鎧ではなく巫女服に姿を変えてしまったのか。精霊王いわく、これまで神域へ行くために巫女服へ着替えていた事を学んでいたからだという。
そして今回の試みは、神域へと安全に入るためのもの。ゆえにガーディアンは、それに相応しい形へと姿を変化させたわけだ。
「ふーむ、まあ実際にらしいといえば、一番らしい感じじゃが」
何となく巫女服になったから着ていただけだったが、神域という特別な場所でも通じる正装といった意味で、気分的にもどこかしっくりきていたのは確かだ。
また思ってみれば思い描いていたような完全武装の姿で三神のいる神域に赴くのは、それもそれでどうだろうなんて気にもなってくる。
そうすると、やはりこれまで通りの巫女姿が最も確実といえるのではないかなんて考えに落ち着いてくるものだ。
「それに、こういう方向性も悪くはないのぅ」
色々と着たり着せられ過ぎた結果、もはや開き直ったミラである。巫女服という属性も十分にありだなと得意げに笑う。
姿見に映ったその姿といったら、それはもう神々しくも可憐な巫女少女。惚れ惚れする程の可愛らしさであった。
召喚術に神気を組み合わせる事に成功して新たな可能性を見出したミラは、他にも何か出来ないかと研究を始めた。
と、そうこうしている間にも日之本委員会の研究所に到着。一旦研究を切り上げたミラは、そのまま港に停泊している飛空船に乗り込んだ。
ゲートは、今もまだその飛空船の船倉に備え付けられた状態になっている。最終決戦に向けての点検と改修作業が進む中、ミラは骸を抱えたままずんずんと奥へと進んでいった。
「やあ、来たね。いよいよ五つ目だ」
船倉のゲートをくぐって、まずはアンドロメダの秘密基地に入ったところだ。そこには幾つもの機材を運んでいるアンドロメダの姿があった。
「うむ、これが終われば残りは頭一つになるのじゃな」
魔物を統べる神において力と脅威を最も秘めているのが、その頭だ。特に厳重な管理が施されているそれのある場所については、五つ目の処理が終わってから三神より伝えられる事になっている。
「そうだね。そして、その先に待ち受けるのが最終決戦だ」
魔物を統べる神の力は強大だ。いずれは自ら封印を解いてしまう。そして頭が世に解き放たれれば、その力は残り全ての封印にまで影響が及び、そう掛からぬうちに全身が復活してしまう事になる。
だがそれは、何もせずにいた場合だ。今は、状況が大きく変わっていた。
不滅であった骸を消滅させる手段が見つかったからだ。そしてこれから行う作業が終われば、頭を残して残りの部位は全てが消滅済みとなる。
そうなったら頭の封印を解き魔物を統べる神を復活させたとして、もう完全体になる事はなくなったわけだ。
つまり選択肢として、万全に準備を整えた後、こちら側から最終決戦を仕掛けられるという事だ。
封印を破ってしまうほどに力を蓄えられるより先に戦いを始められるというのは、かなりのイニシアチブといえるだろう。
「どれほどの戦いになるのか、想像もつかぬな……」
「弱体化出来ているとはいえ、その力は大陸全てを呑み込むほどだ。少なくとも、これまでで最も大きく激しいものになるだろうね」
かつて世界を絶望の淵にまで追いやった存在である。身体を全て消してもなお脅威である事に変わりはないそうだ。
「勝つために、出来る限りの事をしておかねばな」
「そうだね。人類全てが手を取り合い挑むべき相手だよ」
最終決戦に挑むための作戦は、既に大きく動き始めている。それが実を結ぶまでは時間がかかるが、きっと人類は大きな一歩を踏み出せるはずだ。
ミラとアンドロメダは、そう信じて神域へのゲートに向かった。
「して、また何やらごちゃごちゃ持ち込むような勢いじゃが今度は何をするつもりじゃ?」
ゲート前に積まれた機材の数々。ここにきて、今度は何をしようというのか。ミラはきっと研究員達の期待も含まれているのだろうそれを見ながら、軽々と背負うアンドロメダを見やった。
「ああ、どうにも魔王が企んでいた内容に、気になる部分があったんだ。それで封印を解除した骸の状態の詳細なデータがほしいってなってね。理想は頭部のデータだけど、それは不可能だ。だからせめて残った部位を徹底的に調べようって盛り上がったわけさ」
魔物を統べる神を乗っ取ろうと画策していた魔王。どうやらその研究の中に、それを成すための様々な試みや実験結果というものが見つかったそうだ。
だがそれらには肝心のデータ──魔物を統べる神本体に関係するものが抜けていたため、明確な形を成すには至らなかった。
とはいえ、それらの実験結果には非常に興味深い情報が盛り沢山だったという。ゆえに研究員達は、ここに骸から得られる本体のデータを加えてみようと考えたわけだ。
「それとタイミング的にも、今が一番丁度よかったからね」
骸から直接、魔物を統べる神のデータを読み取る。これは封印を完全に解除しなければ出来ない。けれどこれまでに消滅させてきた分でそれをやろうとすれば、とてつもなくリスクが高まる事になる。
数が多く残っているほど、その時に発生する骸の共鳴が激しくなるからだ。
だが頭を残すのみとなった今は、その影響も最小限。だからこそチャンスであり、結果、アンドロメダはこれだけの機材を託されたという事だった。
「ふむ。まあ、データがあるに越した事はないじゃろう」
どのような実験や研究に使うのかは定かではないが、敵を知るというのもまた戦いに役立つものだ。
その結果で何か凄い武器でも出来ればいいなくらいの気持ちで答えたミラは、さあ行くぞと服を脱ぐ。そして気合を入れて神器を手にしてから武装召喚を発動した。
【武装召喚:セラフィックフレーム】
眩い光に包まれたミラは、次の瞬間に神々しい巫女服を纏っていた。
なお、いつもの武装召喚と違い事前に服を脱いだのは、少し内側に余裕のある鎧と違って着膨れ感があるからだ。
「おや、着替えるのかと思ったら何だか面白い事になっているじゃあないか!」
神域用の服を用意するのではなく、神気を秘めた精霊をその身に纏ってしまうという特殊な召喚術。アンドロメダはそこに秘められた力までも見抜き、愉快そうにミラの巫女服を観察する。
「どうじゃ、なかなかのものじゃろう!」
これは凄い、見事な融合具合だなどと感心しながら隅々まで見られても何のその。あのアンドロメダを驚かせたとあって得意げなミラは、実に堂々としたものだった。
久しぶりにハーゲンダッツを買いました。
しかも普通のよりも大きなサイズのやつです!!
これをスプーンでそのまま食べるという贅沢!
やはりハーゲンダッツは、特別な美味しさ。
しかも量も多いので満足感もあり、何度もその贅沢感を堪能できるという素晴らしさ!
ご褒美が長続きするなんて凄い事ですよね!




