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649 後片付け

六百四十九



 遂に魔王との戦いに終止符が打たれた。精霊王の力を増幅して叩き込んだ一撃は、確かに届いた。確実で穏やかな死をフォーセシアに齎したのだ。

 そして、この死を受け入れた身体は、もう二度と動く事はない。たとえ魔王がどのような力で身体を操っていたとしても、その繋がりの全てが拒否される状態となったからだ。

 つまり、これでフォーセシアが穢される事もなくなったわけだ。


「来おったな!」


 だがそれだけで魔王を滅ぼす事は出来ない。魔王の主因子が残っている。

 宿主の死を起因として、その身体より出て近くの者に宿るという特性を持つ魔王の主因子。そして現状、その宿る対象はミラとなった。

 本来ならば、本人にすら気づかれないように行われていたのだろう。だがミラは、身体の内にそれを感じていた。

 三神によって創られた、神の器。そこに導かれ、そして吸い込まれていく魔王の主因子の気配が、はっきりと感じられたのだ。


「これは……なかなか大変じゃのぅ」


 地面に降り立ったミラは、体内に走る鈍痛と眩暈に堪らずふらりとバランスを崩す。


「っと……。おい、大丈夫……なのか?」


 決着を見守っていたノインが、直ぐに駆け付けてミラの身体を抱きとめた。そして心配そうに、その顔を覗き込む。


「うむ、問題なく魔王はここに閉じ込めた。ちょいと居心地が悪いようで暴れておるが、あと少しもすれば精霊王殿が大人しくさせてくれるはずじゃよ」


「そうなのか? なら、いいが」


 新たな宿を見つけたかと思えば、そこは厳重な管理下にある檻だった。魔王の主因子からすれば、女将を呼べと文句を言いたくなるような状況だろう。けれど、そこに現れるのは泣く子も黙る看守長だ。

 事実、こうしている間にも少しずつ大人しくなり始めていた。


「まったく、贅沢なものじゃな。こんな美少女の身体に入れたというに文句を言い出すとは。むしろ喜ぶべきじゃろうに。ほれ、こうして触れているお主も、そうは思わんか?」


「なっ……! って、その顔からかっているだろ? ハミィさんみたいになっているぞ」


 ミラがにたりと笑うのを確認したノインは明確な答えをはぐらかし、そういうのはまともに取り合わないという意思を示しながらミラをそっと地面に下した。


「で、どうだ。安全に倒せたんだよな。捕獲の方も上手くいったのか!?」


 そうこうやり取りしている間にも、前衛陣が続々と駆け付けてくる。特にゴットフリートは結果が気になったようだ。作戦通りにいったのか、魔王の主因子とやらは閉じ込められたのかといの一番に騒ぎ立てる。


「うむ、ばっちりじゃよ。もう大人しくしておる」


 精霊王から拘束完了の報告を受けると共に、身体の内にあった異物感も消え去った。同時に『ブレッシング・エンプレス』も解除され、もう完全に安定したとわかる。つまり、これにて魔王戦は勝利という形で決着したわけだ。


「俺達の勝利だ!」


 ミラの言葉を聞くや否や、ゴットフリートは天高く剣を掲げて叫んだ。するとそれに続くように、勝利を祝う声が次から次へと上がる。

 そこへ後衛陣や教皇に大司教、四聖将達も加わって、この大一番を乗り越えられた事を大いに喜んだ。




 盛り上がるミラ達より、少し離れた場所。そこには、フォーセシアの身体を優しく包み込むマーテルの姿があった。


「ほら、シアちゃんの好きなピンクの花よ」


 その頬に触れながら、そっと微笑むマーテルは、フォーセシアの体を無数の枝で形作った棺に納める。そして棺一杯に桜の花を咲かせた。

 マーテルにも大切な思い出が幾つもあった。棺に寄り添うように座ったまま、それを一つ一つ思い返してはフォーセシアを撫でる。そしてもう二度と動かない事を実感しては、寂しそうに目を伏せた。


「シアちゃん、ゆっくりお休みなさいね」


 沢山の草花で彩られた蓋を閉じたマーテルは、「それじゃあ、お願いね」と口にしながら顔を上げる。

 そこには、いつの間にかやって来たリーズレインの姿があった。


「ああ、わかった」


 魔王は、魔物を統べる神の眷属。それをこうして見事に討ち果たしたが、フォーセシアへの想いが強いのか、精霊王とマーテルの様子はまだ晴れない。

 この二人に、このような顔をさせるなんて、いったいどういう人間だったのか。リーズレインは、そんな興味を抱きつつ棺を受け取り、それを安全な領域へと運ぶのだった。





「しかしこれは、どうしたものか……。いや、どうにも出来んから放っておくしかないかのぅ」


 ひとしきり勝利に浸り終えたら、後片付けの開始だ。フォーセシアの体は精霊王預かりになったという報告や怪我人の治療なども含め、撤収作業が進んでいく。

 ミラはその傍らでヴァルキリー姉妹やアイゼンファルドら皆に声を掛け、健闘を称え大いに労い送還していった。

 ただマーテルを送還した後に気になる点が残った。なんと島を覆う緑がそのままだったのだ。


『久しぶりで沢山頑張っちゃったから、もしかしたらそのまま定着しちゃうかもしれないわね』


 戻って早々にミラの呟きを聞いたようだ。マーテルから、そんな答えが返ってきた。

 いわく、初めての召喚という事で張り切り過ぎたらしい。場合によっては、このまま緑の溢れる島として根付いていくかも、との事だ。


(荒れ果てた島が一日でここまで変化するとはのぅ。大きな噂にならなければよいが……)


 魔王決戦の地が、一転して植物の楽園だ。今後どうなってしまうのかと、その原因の一端を握るミラは、大事にならないようにと願う。


「ふーむ、これからも問題は山積みじゃのぅ」


 勝利したものの、魔王との戦いは前哨戦に過ぎない。この先には、更に強敵となる魔物を統べる神との戦いが待っている。


(これ以上を、どうやって目指していくべきじゃろうか……)


 攻撃のみならずサポートまでも可能な召喚術。その力は遺憾なく発揮されており、今回の戦闘でも大いに活躍した。

 進化した軍勢の戦力は、それこそ以前に比べ数倍にも跳ね上がっている。

 だがそこでミラは、ふと考えた。サポートの方はどうなのかと。

 魔王戦では、レティシャとトゥインクルパムが支援として大健闘だ。その効果は非常に強力だったが、けれどミラは思う。軍勢などに比べると、今可能な支援は以前に比べ、ほとんど変わっていないのではと。

 思い返せば攻撃面に関係した研究が大半で、補助効果といった類は全て召喚体の能力に頼る面が多過ぎた。そう改めて気づいたのだ。


(この先を考慮するならば、更にサポートも充実させておくべきかのぅ)


 魔物を統べる神との戦いは、今回の魔王戦よりも更に大規模なものになるのは間違いない。だからこそ、その規模に見合うだけの力があった方がいいと考えたわけだ。


(もうそろそろ、あの約束を果たせる頃合いではないじゃろうか)


 今以上の可能性について、ミラは一つ思い当たるものがあった。

 以前に精霊王は、加護が馴染んだらまた来い、というような事を言っていた。そして『ブレッシング・エンプレス』などという力まで扱えるようになった今は、正にその時ではないか。

 落ち着いてから精霊王に相談してみよう。そう決めたミラは、残る処理の方を済ませるために飛空船へ向かった。






「さて、わしは向こうで処理を済ませてくるのでな、こちらの方は任せたぞ」


 ミラは倉庫室のゲートに向かう途中、これから取り返した骸と魔王の主因子を処理してくるとミケに告げる。


「ああ、任せてくれていい」


 戦後の片付けについては、ミラが一人いなくとも問題はない。むしろ心配なのはその二つであるためか、ミケのみならず皆も直ぐに終わらせてこいと送り出してくれた。

 少しでも早く、この戦いに真の決着がつく事を望んでいるようだ。

 そうして皆の期待を背負い倉庫室のゲートを抜けたところ、アンドロメダがそこで待っていた。


「もう行けるかい? 準備は出来ているよ」


 骸だけなら、ミラ一人でも大丈夫だ。けれど今回は魔王の主因子もあるため、アンドロメダがサポートに同行する事となっている。

 これまでに前例のない作業になる事は確実。ゆえに何が起きても対応出来るようにしておいたほうがいい。

 というような言い分でついてくるアンドロメダだが、魔王の最期をしっかり見届けたい、そして今後のためにその過程をデータとして残しておきたいというのが本心のようだ。その目には好奇心が浮かんでいた。


(もともとか、はたまた研究員共の気質が伝染してしまったのか。判断に困るところじゃな)


 準備完了というアンドロメダは、色々な機材を背負っていた。日之本委員会製のそれに神域でも機能するよう処置を施した特製の機材だ。

 その万全ぶりを見るに、データが欲しいのはアンドロメダだけではなさそうである。


「では、さっさと済ませて戦勝パーティーに加わるとしようか」


 とはいえ、危険な事をするわけではない。気にする事を止めたミラは、きっと待っているご馳走を思い描きながら巫女装束に着替え神域へと踏み込んでいった。





 神域を進んだ先。三神の待つ場所にやってきたミラ。

 エレベーターで送ったものを三神が運んでおいてくれたようだ。そこにある台の上には骸が置かれていた。後はその隣に魔王の主因子を封じた依代を並べるだけだ。


「よくぞ勝利した。素晴らしい戦だったぞ!」


 開幕、それはもう明瞭に響く声を浴びせてくれたのは正義の神だ。

 遠く離れながらも、その一部始終を見守っていてくれていたようだ。二人を迎えるなり快活に笑う。


「実に頼もしい仲間達だった。かつてより強力になった魔王を、あれほどの戦力で打ち負かすとは。個々の力が以前とは比べ物にならないようだ」


 讃えると同時に戦況も分析し、全体の流れを踏まえて見事と称賛するのは勇気の神だ。

 特に、あれだけの頭数がありながらも統率が取れていた点と、一人一人の実力が素晴らしかったと感心した様子だ。


「見事に成し遂げてくれましたね。しかも誰一人として犠牲を出す事もなく。協力し助け合う献身の心に感服しました」


 危険な魔王との戦い。そこで誰かが犠牲になる事を最も懸念していたのだろう。危険な場面は多々あった。けれど見事なチームワークと対応力で切り抜けた皆の無事を喜び尊ぶのは慈愛の女神だ。


「正義の光が敵を穿つ、あの瞬間といったら実に爽快だったな」


「仲間を補助し強くする事で全体の質をあの域まで上げられたからこそ生まれた連係と言える」


「引くタイミングと、的確で素早い治癒が全てを支えていたといっても過言ではありませんね」


 何よりも聖術がその一助となった事が嬉しいようだ。ただ、どうにも様子がおかしい。

 神にまつわる神聖な場所で習得する事が出来る聖術。だからこそ信仰心の他、正義に勇気、慈愛の心なども効果に影響するような術も多い。ところによっては、そういった心を量る物差しにも使われる。

 そのような特性を持つがゆえ、悪党の類に聖術を十全に扱える者はほとんどいない。

 また三神の言動からわかる通り、術のタイプによって担当が違うようだ。

 敵を対象にする術は正義の神。味方のサポートを主とするのは勇気の神。回復系は慈愛の女神。といった様子である。


「──それでミラさんから見た感想としては、どの術が活躍していたかしら? もちろん、治癒よね?」


「いやいや、当然我が裁きの光だろう?」


「何を言う。補助が行き届いたからこそ、皆が存分に能力を発揮出来たというものだ」


 その一部始終を見守り、その見事な勝利を喜んだからこそ熱が入り過ぎたのか。三神は、まるで張り合うように主張を始めた。


「あー、いやぁ、そうじゃのぅ……」


(どうしろと言うんじゃ!? あっちを立てればこっちが立たん! 神を相手にこの選択は、あまりにも酷と思うのじゃが!?)


 三神を見やりながら、どうすればいいのかと追いつめられるミラ。

 もしもこれが知り合いや友人などなら、その場のノリや勢いといったもので適当に答えられたはずだ。しかしそれが三神となったら話は別だ。

 ちょっとした選択によるふり幅が大き過ぎると悩むミラは、助けを求めるようにチラリとアンドロメダに視線を送った。

 するとどうだ。その視線に気づいたアンドロメダが、任せてくれと言わんばかりに微笑み返してくれたではないか。


「まあまあ、お三方。今は先にするべき事があると思わないかい? この件は後でゆっくり話し合えばいいよ」


 そう言ってアンドロメダは、台座に置かれた骸へと視線を向けた。誰の聖術がどうこう言うよりも、まずはここに来た目的を達成する事が最優先ではないかと。


(その通りじゃが、あまり変わらん!)


 望んだのは、その不毛な選択をうやむやにしてしまう事。それでは、ただ先送りにしただけだと苦悶するミラ。


「確かに」


「ああ、その通りだな」


「そうね、先にそちらを済ませてしまいましょう」


 とはいえアンドロメダの言う事ももっともだと、一先ずの追及からは免れる事が出来た。後は、この猶予の間に忘れてくれる事を祈るばかりだ。


「まずは依代じゃな」


 ミラとしても、魔王の主因子を身の内に封じたままというのは実に落ち着かないものだ。やれるのなら早くやってほしいと準備を始める。

 まずミラが行ったのは、『ブレッシング・エンプレス』の発動だ。そうする事で精霊王の加護を強化し、神域という遠い場所からでも精霊ネットワークを繋げる事が出来る。


『よし、出番のようだな』


『ええ、始めましょう』


 既に打ち合わせだなんだは済ませているため、繋がりが確立すると直ぐに精霊王とマーテルが作業を始めた。

 精霊ネットワークを介して、ミラに力が流れ込んでくる。そしてミラが手をかざすと、花と蔓草で編まれた箱が出来上がっていった。

 人よりは一回りほど小さな箱。棺にも見えるそこに精霊王が魔法を施せば依代の完成だ。


『これは会心の出来だな』


『本番前に、しっかり仕上げた甲斐があったわね』


 今回のために色々と試作していたようだ。理想的な完成度だと喜ぶ精霊王とマーテルは、これでいつでも大丈夫だと告げた。


「もう移してもよいそうじゃ」


 ミラがそう言うと、三神は直ぐ次の工程に取り掛かった。


「では、移し替えるぞ」


「ちょっとだけ我慢していてね」


「早く終わらせるからな」


 正義の神が正面に立つと、慈愛の女神がミラを後ろから優しく抱きしめる。そして隣に立つ勇気の神が短剣を握った。


「……ん?」


 次は閉じ込めた魔王の主因子を依代に移すだけだが、はたしてこの状態から何をどうするつもりなのか。瞬間的に一抹の不安を抱いたミラ。だが覚悟が決まるよりも先に、勇気の神が短剣をミラの胸に突き刺した。


「──っ!」


 痛みとは違う。けれど得も言われぬ不快感と、背筋が冷たくなっていくような恐怖が胸に広がっていった。


「あ……んぐっ……──」


 そしていよいよ限界に達し、嗚咽を漏らしそうになった時だ。勇気の神が短剣を抜き、それを直ぐ依代の上に置いた。その瞬間、ミラの胸から黒い塊がごぽりと溢れたかと思えば、一気に噴き出して依代へと流れ込んでいったではないか。

 すると今までに味わった事のない感覚から解放された事で、強張った身体からたちまち力が抜けていく。


「ミラさん、お疲れ様。よく頑張ったわね」


 思わぬ体験をする事となったミラは、ぐったりしたまま全身に汗を浮かべ肩で息をする。

 依代に移し替えると聞いて、ただ何となくふわりと吸い出して依代に注入するような感じだと思っていたミラ。だが実際は、思った以上に肉体的精神的負担が大きかった。


(これは何というか、役得といった感じじゃろうか)


 結果、著しく疲弊したからこそというべきか。慈愛の女神はそんなミラをそっと抱擁して慰めてくれた。慈愛の女神というだけあって、その抱擁は天にも昇るほどの安らぎに満ちたもの。

 その温もりと心の底から生まれてくる安堵、そして言葉に出来ないほどの多幸感に浸るミラ。


「さて、先に準備を終わらせておこうか」


 作戦は、ここまで上手く進んでいる。ミラから魔王の主因子の気配が完全に消え去ったのを確認したアンドロメダは、ミラが回復するまでの間に処理の準備も進めておくべく動き出した。

 ただ、依代を骸の傍に移動させた以外は全て測定用の機材設置だけだ。随分と持ち込んだようで、幾つか正義の神と勇気の神が手伝っている姿まで窺えた。


(この光景を見たら、どんな反応をするのじゃろうな)


 日之本委員会の情熱と欲望が詰まった機材一式。その設置を三神に手伝わせるなどとんでもないと若干引き気味のミラ。

 もしも教皇達が、この事実を知ったらどう思うのか。見てみたいような、けれど面倒にもなりそうな。などと考えながら、見守り続けるミラだった。











年末に控える、悠久幻想曲のため


一足先にswitch2を入手しました。

折角なのでと、今はポケモンZAを楽しんでおります。

ゲームのポケモンに触れるのは、かれこれブラックホワイト以来……だったはず。


とりあえずストーリー的なところはクリアしました!


しかし!!!!!!!!!!


最推しである、ヌオーの姿が見当たりません……。ドウシテ?

なので今は、もう一つの推しであるタブンネを愛でております。


メガタブンネ、とても可愛い。

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― 新着の感想 ―
蝋人形の館かな?
魔王って、まるで牛鬼みたいな特性……持ってるんだな?
これでひとまず大団円!精霊王との直接の対面も楽しみです!これもしかして三神との契約とかは無理なんですかね…
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