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646 軍勢出撃

六百四十六



『やっぱり来たよ。しかも全方位からおでましだ』


 ルヴォラによる渾身の一撃が決まり、見事に魔王が持っていた厄介な剣を折った後。全体への支援を強化していたところだ。飛空船のスピーカーからミケの声が響く。

 彼女の声が示すのは、あまり好ましくない予想が的中したというもの。いわく、飛空船のレーダーがこの島に向かって集まる魔物の群れを捉えたというのだ。


「思った通り、あれで終わりではなかったのぅ」


 ルヴォラ特攻の結果による情報を書き留めながら、遠い空に海、そして島の端まで一瞥したミラは、やはり来たかとため息混じりに呟きながらも不敵に微笑んだ。

 次に城壁の上から眺めるのは、後方に並ぶ自慢の軍勢だ。しかも今回は、聖剣持ちを筆頭に各種の武器持ち灰騎士のみならず更に特別な編成になっていた。

 まず、ヴァルキリー七姉妹がそれぞれ率いる七部隊。ここに、ヘムドール隊が一と四聖将隊が十二加わっているのだ。

 更にヘムドール隊には遊撃手としてロッツエレファスが同行する。また四聖将隊は四隊が一部隊として動き、それぞれにガルーダ、ジングラーラ、そしてロンサムバロンが随行する形となる。

 しかも小砦ゴーレムが加わる事で、攻撃力のみならず防衛力も兼ね備えた部隊の完成だ。

 合計二十隊。魔物の襲撃を見越し、その対応を任せるために準備しておいたとっておきである。


「では、増援分は全て任せたぞ」


「お任せください!」


 いよいよ出陣だと告げれば、アルフィナが力強く答える。その顔には確かな自信と、この大一番を任されたという誇らしさが浮かんでいた。


「さあ、出陣です!」


 軍勢の先頭に戻ったアルフィナは鼓舞するように声を上げ、いざ出撃だと進軍を開始した。

 これに呼応するのはエレツィナ以下、ヴァルキリー姉妹なのだが、同時にヘムドールと四聖将達も共に鬨の声をあげて予定していた通りに方々へと隊を進めていく。


(何やらアルフィナが軍団長みたいになっておるが……まあよいか)


 彼女の号令に従うように動く姉妹達は、いつも通りの事だ。ただ、どうみても部下のような反応をみせたヘムドールや四聖将は、上から数えた方が早い国のお偉いさんである。

 そんな立場の者達を、部下の一人のような位置に置いても大丈夫だろうか。そんな懸念を浮かべたミラであったが、直ぐにもうしょうがないと諦めて流れに身を任せる方を選んだ。


「まずは空から先手必勝じゃな」


 ミラが指示を出すと、巨城の横で構えていたアイゼンファルドが空をドラゴンブレスで薙ぎ払った。

 一瞬の閃光が奔ったら空が輝き炸裂する。ミラは遅れて響く轟音を耳にしながら、その結果を確認した。


「ふむ、これなら十分かのぅ」


 今のドラゴンブレスで撃ち落とせたのは、空の魔物全体の一割ちょっとといったところだ。ただ、その一割は速度と機動力の高い面倒なタイプばかりでもあった。先に突出し過ぎたために、まとめてドラゴンブレスの餌食となったわけだ。

 もう幾らか削るつもりだったミラだが、むしろこの方が良かったと満足し、進軍していくヴァルキリー隊へと視線を移した。

 多くの経験を経て、隊の運用も様になったものだ。アルフィナはもとより、クリスティナまでも隊長として軍を率いる姿は頼もしく見える。

 初めて出会った日から今日までを思い返しながら、満足げに見守るミラ。

 ただ、いよいよ接敵して魔物の群れとの戦いが始まり暫くしたところだ。そんな自信を揺るがすものが目に入った。


「……あれがプロというものか」


 それぞれの持場にて魔物との激戦を繰り広げるヘムドールと四聖将が率いる隊は、これだけの規模でも実に整然としていた。乱れのない隊列に加え、砦ゴーレムを中心にして綺麗に揃えられた陣形は、それこそ的確に隊の状態を捉えられている証拠といえるだろう。

 魔物の動きに合わせ流れるように陣形を組み替えて即応する。その鮮やかな隊捌きは魔物を翻弄するほどだ。加えて、それぞれの隊につけたロッツエレファスにガルーダ、ジングラーラとロンサムバロンらと見事に連携している。

 隊の運用と集団戦については、アルフィナ達も相応に頑張っている。ただ、やはり個々の実力もあってか姉妹達は前に出ている事がほとんどのため、隊の細部にまでは注意が行き届いていない傾向にあった。部分部分で乱戦に突入している。

 殲滅力だけでいえばアルフィナ達の方がずっと上だ。けれど隊長という立場でみれば流石は軍属であろう。ヘムドールと四聖将が一枚もニ枚も上手に見えた。


「ふむ、しかし……あっちはなかなかじゃのぅ」


 唯一、乱戦手前で踏み留まり隊の形を保ったまま魔物の進行を防ぎきれている隊があった。

 それは、クリスティナ隊だ。姉達のように血気盛んに飛び出し過ぎないためだろうか。それとも他より隊任せにする傾向が強めだからだろうか。

 彼女なりに試行錯誤して消耗を抑えつつ、ゆっくりだが確実に仕事をこなしていた。





「いつ動くのかと思えば、そういう事か。まったく忌々しい」


 魔王は全方位から魔物の大群で取り囲む事で戦力の分散を狙ったようだ。そして狙い通りに控えていた軍勢が動いたわけだが、その迅速な対応を前にして、そもそもこのために用意されたものだと気づく。

 慌てる様を見てやろうと佇んでいた魔王は、つまらなさそうに吐き捨てた直後に巨大な炎弾を巨城へと放った。

 だがそれは、ルドールが素早く展開した光の盾によって防ぐ。前線に立つ盾役もまたきっちりと役割を分担しているため、対応も素早いのだ。


「ああ、何度も何度も……」


 魔王は、ますます不機嫌そうにノイン達を睨みつける。

 その目に秘められたのは、圧倒的なほどに膨れ上がった魔の力。本能的に恐怖を覚えてしまうような悪意と殺気で満ちていた。

 ルヴォラの一撃が、なかなかに効いているようだ。力だけでねじ伏せる事が出来ないとあって、その苛立ちを顔に浮かべる。


「よそ見なんてせず、まずは目の前からってもんだろ!」


 だが、これに居竦む者などここには存在していなかった。威圧などどこ吹く風と蹴散らして疾走するゴットフリートが大剣を振りかぶれば、瞬時にアルトヴィードとローザンが続く。

 得物を失った魔王は、正面から受けるのは不利と判断したようだ。その身を翻すと、ゴットフリートの強烈な一撃が大地を揺らした。

 それから間髪を容れずに迫る剣撃の嵐をしなやかな身のこなしで躱していく。

 けれど、その刹那の合間に挟み込まれるローザンの鋭い抜き斬りが魔王の胴を捉えた。


「またしても……!」


 不可思議な力に阻まれたローザンの刃。その圧倒的な護る力は、正しくフォーセシアのそれだろう。


「まったくお前達は!」


 全ての攻撃を防ぎきった魔王は、そのまま息をもつかせぬ勢いで反撃を繰り出す。振り抜いた脚はアルトヴィードを蹴り飛ばし、投じた嘆く亡者の剣の柄はゴットフリートの脚を掠めた。

 そして次には握った拳を繰り出そうというところ──。

 はっきりと、その強力無比な力を目の当たりにしたローザンは、けれど瞬時に刃を返し納刀し、迫る拳が届くより先に抜刀していた。


【抜刀奥義:連ね音無】


 卓越し研ぎ澄まされたその技は、まるで納刀と抜刀を同時に行ったかのようにすら見えるものだった。

 魔王よりも遅れて放たれた一刃は、それでいて直後には相手の胴に届く。そしてまた護る力で防がれるかと思いきや、ローザンの一撃は見事に魔王の身体を斬り裂いていた。


「──調子に乗るなよ!」


 鮮血が舞う。相当に深く決まったはずだが、魔王は傷など意に介さず身体を捻りローザンを力任せに蹴り抜いていた。


「むぅ──!」


 怯みもせずに繰り出された一撃は、全力を放った直後のローザンにとって避けようないものだった。魔王の脚が容赦なくその身体を捉えると、痛烈な衝撃と共に宙へと打ち上げられる。

 それから直ぐに追撃の炎弾が向けられたがルドールが即座に対応したため、それが届く事はなかった。


「よっと、いい一撃だったぜ」


 そのまま地面に落下するローザンを受け止めたのは、名も無き四十八将軍の一人『破城卿グリンデルバルド』だ。大きな鉄槌を軽々振り回す彼は二メートルを超える体躯を誇る、まさに熊のような男である。


「でだ。見たところ、あの特殊な力には再使用まで少し時間がかかるってところだったか?」


 それでいて繊細な力加減も心得る彼は、優しく受け止めたローザンに賛辞を送る。そして同時にローザンが見出した可能性についても触れた。


「ああ、あの力を使えば避ける必要などない。私にした時のように受けて返せば、それだけで十分だ。けれどそうはしなかったのでね。試してみたら上手くいったわけさ」


「あんな場面でよくやるぜ」


 護る力にはリキャストが存在する。その可能性がローザンの試しによって浮かび上がった。

 ただ連続では使用出来ないとしても、その間隔まではわからない。もしもそれが僅かであったのなら、ローザンは致命的な反撃を受けていただろう。

 だが、そのリスクを越えて可能性を示したローザンの一撃は、それだけに状況を変えるほどの価値があった。

 護る力の弱点に気付いたのは、グリンデルバルドだけではない。あの決死の一撃で、ここにいる皆がそれに気付いたのだ。


「こうしちゃいられねぇな!」


 距離を取ろうとする魔王と、この機を逃すまいと畳み掛ける仲間達。その様子を見やったグリンデルバルドは、そっとローザンを下ろしセレーナに合図を出すと、直ぐ最前線へと駆けていった。





「群れる人間は、これだから忌々しい!」


 最前線にて繰り広げられる魔王との戦い。その流れはローザンが示した可能性を受けて大きく変わっていた。

 護る力を警戒していたこれまでと違い、今はその力を使わせた直後を狙うという方針に移行している。

 ノイン達が大技を防ぎ、ゴットフリートらが隙を見て攻撃を打ち込む。それの対応に動いたところを更に狙い、否応なしに護る力を使わせたところでメイリンなどの速度と威力を兼ね備えた者達が一撃を叩き込む。


「有効打は与えているはずだけど、なかなか先が見えないな……」


 護る力を抜けて、既に幾度と直撃を与える事は出来ていた。けれどノインは動きも鈍らず強烈な反撃を繰り出す魔王に、どうしたものかと苦笑する。

 なぜなら戦い動き回っている最中でも、魔王の傷が塞がっていくのがよくわかるからだ。ローザンが決死の覚悟で与えた傷も既に見えなくなっていた。


「やっぱり、このまま押せはしなかったな」


「面倒な能力トップ3に入るのが再生だからね」


「で、残り二つが強制デバフとダメージ無効だったか」


「うわぁ、全部入りだ」


 はたして、この再生能力はどれほどのものなのか。限界はあるのか。続き現れた魔王の能力を前に阿鼻叫喚しながらも、それでいて絶望や諦めといった感情は皆無。

 誰もが、それならばとあの手この手で手段を変えては仕掛けていき様子を探る。

 とはいえ魔王も、大人しくしてくれるはずがない。こちら側の戦力や特徴などを把握し始めたようだ。特に強力な一撃を持つ者への警戒を強め、護る力のタイミングを調整し、特大の一撃のみを無効化するようになった。


「あー……まずい、ふらふらする」


 先程までなら完璧だったはずの一撃を防がれ、強烈過ぎる反撃を受けたゴットフリート。吹き飛び転がった先で、起き上がれないまま後衛陣へと回復要請を送る。

 と、そうしている間にも、また一人──グリンデルバルドが最前線からよろりと這い出てきた。


「見事な飛びっぷりだったぞ」


「お前も随分とこっぴどくやられたもんだな」


 状態からすると、既にお互い満身創痍といったものだった。これが一対一であったなら、ぐうの音も出ないほどに圧倒的なボロ負けだ。

 けれど二人には、負けたなどという気持ちは微塵もなかった。今目指しているのは、チームの勝利。そしてそれを勝ち取るため、全身に走る痛みもなんのそのと立ち上がる。

 そうして完全回復まで待った後、二人は聖術士『伝道者ラブグッド』に感謝しながら急ぎ前線へと戻っていった。





「ふむ、あちらも少し流れが変わってきたようじゃな」


 魔王と死闘を繰り広げる最前線と、魔物の群れを迎え撃つ防波戦線。そのどちらの様子も確認していたミラは、最前線の変化に気づく。

 攻撃の手数が、これまでの数倍にも跳ね上がった。けれど闇雲にというわけでもなく、相応の理由がありそうだともわかる。


『──と、どんな状況じゃろう』


『護る力には一度使ったら次に使うまで少し時間がかかる事がわかったそうですにゃ。今はその正確な時間と、どこまですれば再生能力を上回れるかを試している感じですにゃ!』


 なんだかんだで今もまだ最前線に潜んでいる団員一号。前衛陣が集中出来るように現状報告などは、団員一号を通じてミラが把握し後衛陣に伝える形となっている。

 そうしてミラがその事を共有したら、ここが出番かとルミナリアが張り切り始めた。


「お主は魔物の群れの担当じゃな」


「えー」


 護る力を使わせるのなら、ルミナリアが持つ破壊力は極めて有効だろう。しかしそれは同時にことごとくが広範囲に及ぶものばかり。ゆえに巻き込まれないよう退避していたら追撃に間に合わないのだ。

 また、護る力が使えない瞬間に合わせるとなったら、使わせた側の退避が間に合わなくなるため不採用。ゆえにルミナリアの仕事は魔物の群れの掃討がメインだ。


「まあ、こっちもこっちでいいけどさ」


 その数秒後には、遠くで地響きを伴う爆炎が空へと上る。四聖将達が見事に押さえていた魔物の群れの後方が豪快に吹き飛んでいった。

 遠方にて戦々恐々と振り返る四聖将の事など意に介さず、次の詠唱を紡ぎ始めたルミナリア。


「どこにしようかな」


 などと口にしながら周辺を見回す彼女だが、言葉とは裏腹に、その目が見据えるのは最も効率よく魔物達を巻き込める地点だ。


「よし、もう少しじゃな」


 ルミナリアのみならずクラバやシュバルツら魔術士組にとって、今は最も能力を発揮出来る状態だ。だからこそ、その殲滅効率は絶大。ソウルハウルが扱う大砲も、魔物相手に無類の強さを発揮する。

 また何よりも、ヴァレンティンとアシュラオの活躍ぶりも相当だ。魔物や魔獣の類に強い退魔術士は、こういった場面で特に頼りになる存在だった。その特化した強化と弱体化は、軍勢の生存率を大きく上昇させてくれた。

 そのお陰もあって軍勢による戦線の維持も安定している。空と海から続々と上陸してくる魔物達だが、問題なく持ち堪えられていた。


「しかしあれじゃな。何となく磯臭いのは海に囲まれているだけだからじゃろうか。それとも──」


 そんな言葉を口にしながら見据えるのは、海から上がってくる魔物達だ。


「そう言われると、暫く海鮮はいいかなって気分になってくるんだけど」


 ミラの呟きに対してカグラが不機嫌そうに返す。

 魔王の能力がどのようなものなのか詳しい事はわからないが、どうやら今は周辺の魔物などを呼び寄せているといった類のようだ。

 陸に見える魔物は蟹や海老などに似たものが多く、所々にトカゲもどきや蛇にカエルなど、水中にも適応していそうなタイプが見受けられた。しかも無理矢理に招集する類なのか、浜辺には陸に適応出来そうにない魔物も打ち上げられていた。


「おっと、結構賢いのもいるのね」


 遠方ばかりを確認していたところで、不意に頭上が騒がしくなる。

 見上げるとそこには、はるか上空から急襲してくる空の魔物を相手にカグラの猫斉衆が対空迎撃していた。

 いったいどれほどの高度まで上昇していたというのか。肉眼では確認出来ないくらいの高さより次から次へと降下してくる。

 その様子といったら特攻にも近いものだが、ギリギリの地点で急速に角度を変えて毒だの火だのを吐きかけていくのだから厄介だ。

 しかしながら明らかに狙いやすい頭上を、そのままにしておくはずもない。張り巡らされた結界による防御と、その結界を足場に飛び回る猫斉衆の機動力によって、魔物達は離脱を許されず地に落ちていった。


「お、そろそろネタ切れではないか?」


「まだ海鮮の事、引っ張ってる? まあ、終わりが見えてきたのは確かよね」


 魔物のおかわりは、これで終了か。ミラが少しほくそ笑みながら呟いたところ、カグラは呆れた顔をしながらも苦笑気味に答えてくれた。

 名もない島で始まった魔王大戦。怒涛の攻防が繰り広げられて幾らかの時間が経過した頃。防波戦線側に、ある変化が見られた。

 それは、魔物の数だ。押し寄せる波のようだった群れが、今は疎らになってきているのだ。

 もしかすると、魔王が呼び寄せられる範囲にいたもの、または魔物の数が限界を迎えたのかもしれない。

 倒せど倒せど増える一方だった魔物勢力ゆえ、物量によって一進一退を繰り返していたが、いよいよ大きく反撃に出る時がきたようだ。

 ここが好機だとミラが号令を出したところでヴァルキリー隊が一気呵成に動き出し、残った大物を切り崩していく。

 またヘムドールや四聖将にも合図は届き、予定していた通りの殲滅作戦へと移行する。

 隊列を乱さぬままに進行して魔物を確実に仕留めていく安定感といったら抜群だ。特にこれだけの戦場にあっても損耗率は少なく、殲滅戦への余力もしっかり残っていた。


「見事なものじゃのぅ」


 四隊に随行するジングラーラとガルーダ、そしてロッツエレファスも心なしか戦いやすそうだ。隊を中心に動き回り、大物相手に奮闘している。


「しかしまあ、未だ健在とは」


 中でもミラが特に驚いたのは、ロンサムバロンの状態だ。

 召喚術の防護を存分に活用しての特攻を大いに好む暴れん坊のロンサムバロン。これだけの時間を戦い抜いたのなら、もう今頃は防護も微かに残すほどか、なんなら既に強制送還になっていてもおかしくはない。

 だが防護の強化や再召喚をする必要はなく、それでいて大人しくしているわけでもなく、ヘムドールの指揮下で大いに暴れまわっていた。

 いったい何が違うのかというと、それはヘムドールの指揮であろう。隊を緻密に動かす事でロンサムバロンが突撃する相手の数を調整し、また反撃を受けるより前に魔物を牽制して抑え込んでいた。

 だからこそミラは、これだけの規模の戦いで存分に大暴れしてもなお充実した健在ぶりのロンサムバロンに驚いたわけだ。


「これでそろそろ終盤戦といったところじゃろうか。今のところは派手にやられてはおらんが、このまま無事に進めばよいのぅ」


「そう願いたいところですね」


 ミラがこの調子で決着までと期待すれば、ヴァレンティンもまたそうなってくれたらと頷く。けれどそれでいて二人の顔には、期待よりも緊張の方が浮かんでいた。

 魔物の群れは、ほぼ片が付いたと言ってもいい。大物は殲滅完了。残る小型の魔物は四聖将の隊が的確に処理して回っているため、もう時間の問題だ。

 ならば最後は魔王のみ。

 負傷の大小や攻防の変化といったものは多々あれど、前線が瓦解するほどの被害にはまだ至っていない。前衛陣の力と後衛陣のサポートがかみ合っているからだろう。ずっと格上が相手だが、チームはどうにか食らいつけている。

 戦況は順調といっても過言ではない。けれど、だからこそ不安が募る。

 その一つは、なんといっても魔王の手札だ。今のところ魔物の群れを集めるといったものくらいしか、その特殊な力を見せていないのだ。

 あとはもう、とにかく基礎的な能力と時折使う護る力くらいで前衛陣を相手取っている。

 いったい魔王は、あとどれだけの手札を隠し持っているのか。まだまだそれを明かせていないためもあって、ミラ達は油断なく構え現状に立ち向かっていった。





 戦力としてはグランデ級であろうと同時に相手出来るほどのメンバーが揃っている。それでも魔王は、やはり別格だ。加えてグランデ級とは大きな違いもあるため、なかなか好機を見いだせない。

 何と言っても、魔王が人と変わらない姿と大きさなのが難点だ。

 公爵級悪魔以外のグランデ級は、大半が巨体を誇る怪物だ。ゆえに多くの人数をチームに分けて各部位を狙うのが定石なのだが、今の魔王が相手ではそうもいかない。

 見た目通りに少女の身体であるため早い話、的が小さいのだ。だからこそ同時に攻撃を仕掛けられる人数にも自ずと限りがあり、これだけのメンバーが揃っていながら全員で一気にという策がとれないのが決定力不足の要因となっていた。


「もう一押しといったところじゃがのぅ」


 魔王もそれをわかっているのか、あえて集団の中に身を置く事で同時に動ける数を制限したり、無差別に範囲攻撃を仕掛けたりとやりたい放題だ。

 とはいえ、余裕があるというわけでもなさそうだ。仕掛けても仕掛けても入れ代わり立ち代わりで対応する前衛陣を相手に、苛立ちを浮かべているのがわかる。

 特に迅速な立て直しを可能とする後衛陣のサポートに相当お怒りのようだ。ちょくちょく肌でも実感出来るほどの殺気が向けられる。

 けれど前衛陣に隙はない。魔王が何をしようとも、殺気以外が後衛側に届く事はなかった。


「まだ、あれを封じられんじゃろうか?」


 ここで大きく流れを掴むための一手が欲しいと考えるミラは、隣でじっと前線の様子を窺っているカシオペヤに声を掛けた。


「まだ散発的なのと僅かな時間しか使っていないから、起動するタイミングがないですね」


 魔王が利用するフォーセシアの力。物理的な攻撃のみならず魔法までも無効化してしまう無敵の力。どれだけ強力な一撃を放とうと、それの前ではまったくの無力。しかも戦いの中で力の使い方が上達してきているのだから、なお厄介だ。

 時間の間隔や発動と停止の切り替えを巧妙に調整して再使用のタイミングを前後にずらす事で、多くの必殺技に対応している。

 だがミラ達には、これを封じる手段があった。以前にカシオペヤが魔王の身体に仕込んでいた封印の魔法だ。

 とはいえ護る力を使っている時でなければ発動出来ず、現状の一瞬だけという使われ方ではうまく作用するか怪しいという。


「どのくらい継続させれば封じられるのじゃろうか?」


 団員一号を経由して前衛陣から伝えられた情報には、護る力の起動時間が長いほど再使用まで時間がかかるようだというものがあった。

 ゆえに魔王は切り替えながら使っているわけだ。

 つまりカシオペヤが仕込んだ魔法を作用させるには、それをなるべく長い時間使わせたままにする必要があるという事。

 では何秒間、その使用状態を継続させられればいいというのか。


「最低でも十秒はほしいですね」


 目を瞑りじっと深くシミュレートしたカシオペヤは、そう必要な時間を告げた。


「ふむ……なかなかに大変そうじゃのぅ」


 十秒。それで厄介な護る力を無効化出来るというのなら短いようにも思えるが、魔王に反撃する隙すら与えず十秒もの間、全力で守勢をとらせようというものだ。

 攻守が巧みになった今の魔王が相手となると、かなりの難度と言ってもいいだろう。


「しかし現状を打破しない事には、じり貧になりそうじゃからな──」


 戦いが長引けば長引くほど、体力や集中力といった面で問題が出てくる。

 ここにいる者達はその辺りも超越気味ではあるが、やはり限界は存在する。だからこそ段階を進めるための一手は常に必要だ。


「じゃが、かなり難しいのぅ」


 早い話、魔王が回避出来ず、更には力を使う選択をさせるほどの危機感まで与える攻撃を立て続けに放たなければいけないわけだ。

 先ほど見たローザンの奥義と同等の一撃を繰り返す事、十秒間。あれほどの技は闘気の消耗が著しく多く、だからこそ連発出来るようなものでもない。

 護る力を突破するために出し尽くしてしまったがゆえ、そこから先の攻撃力が不足する事態に陥るなんて事になったら本末転倒だ。


「それじゃあ俺達の出番だな」


 そんな言葉と共にぽんとミラの肩に手を置いて、ずいっと顔を覗かせたのはルミナリアであった。


「そういう時は、範囲でドンだ」


「懸念点だった周りは落ち着いたからね。とりあえずこっちは一回、ここで出し尽くしてしまうのもありかなって思うよ」


 続いてクラバとシュバルツも名乗りを上げた。

 そう、魔術士組だ。ミラとカシオペヤの話を聞いていた三人は、魔物の群れの処理を終えた今が最も丁度いいタイミングだと提案する。

 島に集められた魔物の群れは、軍勢の予想以上な活躍によって殲滅された。だからこそ魔術士組は予定よりもずっと余力があるそうだ。


「まあカシオペヤさんに任せる以上、そこらへんはこっちの仕事って感じもあるかな」


 その作戦を支持するよう隣に立ち並んだのはカグラだ。

 護る力を突破するためには、カシオペヤとの連携も重要になってくる。だがカシオペヤの戦闘能力はそこそこ程度であるため、この前線に出るのは難しい。だからこそ後衛陣側でサポートに徹しているので、このまま後衛側でタイミングを合わせた方が確実というものだ。


「飽和攻撃が必要なら、そうだな。闘気は温存してもらって、こっちで担当する方がいいだろう」


 ソウルハウルも、その方針がよさそうだと同意する。ただその顔には、まだ試したい事が沢山あるという気持ちが、わかりやすいくらいに浮かんでいた。


「まあ、そうじゃな」


 そしてこれにはミラもまた、しかりと頷く。

 今は人類の未来にまで影響する重大な戦いの最中である。けれど、そんな一戦であろうとも九賢者の根本にある部分は一切ぶれる事がなかった。

 カシオペヤは、戦慄する。そしてクラバとシュバルツは苦笑する。

 そうと決まった時、ミラとソウルハウルのみならず、ルミナリアとカグラの目にも怪しい煌めきがギラギラと宿っていたからだ。











先日、財布を買いました!!!

かれこれ小学生の頃から使っていた財布が、そろそろボロボロになってきたのと

折りたたみじゃなく長いタイプの財布が欲しいなと思ったからです!


そして財布新調後の初利用時……

あれ、カードどこに入れていたっけ?

あれ、ちょっと小銭がわかり辛いな……。


など、使い慣れていない感満載となりました!!


はたして、どのくらいで慣れる事が出来るのか。

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― 新着の感想 ―
死んでも終わりではなく、それでいて実際に体を動かすフルダイブ型ゲームをプレイしてきて、上位勢に位置しているプレイヤーってホント凄いですね。必要なのは痛みへの順応と倫理観をほんの少しだけ変えること。初見…
九賢者達は、根っからの研究者気質な所がありますもんね(^_^;) 術者って基本は後衛なのに、彼らはガンガン最前線に飛び込みますもんねえ……( ´∀`) 旦那さんが長年愛用している財布もいい加減ボロボ…
おサイフ、小銭入れに鍵を入れたり大量のポイントカードをしまったりしてると、使い勝手が変わると困るのでなかなか変えられませんね…
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